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創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

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空中要塞アディティラーヤ攻略戦.14

 大岡 永谷(おおおか・とと)熊猫 福(くまねこ・はっぴー)が最前線にたどり着くと、すぐに長曽禰少佐の姿を探した。負傷者治療に当たっていた仲間に居場所を聞き、すぐさま向かう。
「少佐、物資の集約と輸送の任務終了しました」
 長曽禰は報告を聞くと、時間を一度確認してから、
「予定よりも早いな。何かあったのか?」
「それが、敵が撤退していきまして」
「戦闘真っ最中だったのに、突然逃げ出したんだよ」
 輸送部隊と連絡を密に取っていたオペレーターの福は、少し混乱しているようだった。最小でたった二人の輸送チームを、六体で取り囲んでいたのに撤退し始めた、なんて報告が次々に飛び込んできたのである。
「特に撤退する理由がないところでも、次々と蜘蛛の子を散らすように離脱していっています。注意はしていましたが、それから襲ってくるようなこともなく」
「物資の集約が早く済んだことはありがたいが、どこに向かったのかは気になるな」
「その件についてだったら、僕からも報告がありますねぇ」
 ふらりと堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)がやってくる。
「こっちに来ていたのか、何かあったのか?」
「予定通り、危険な砲台の除去は完了しました。さすがに数が多く全ての砲台を破壊するのは不可能ですが、クジラ型ギフトを浮上させるぐらいの隙間はできました」
 一緒に来たヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)がそう報告する。
「それから、少し撤退していく機晶姫を追ってみたんですが、どうも地すべりが起きた地点に向かっているようでしたねぇ」
「報告で聞いたな、一部区画が地上に落ちていったそうだが、巻き込まれたりはしなかったか?」
「完全に進軍ルートから外れた地点でしたから、今のところそういった報告や連絡はありません」
「そうか。しかし、何故機晶姫はこちらではなく、その地すべりが起きた地点に向かったんだ?」
「確認を取りに行った、と考えるには大所帯過ぎますねぇ。自分達の家が崩れたという大事件だから、なんて意外な理由かもしれませんね」
「そこでなんですが、少佐。砲台の破壊や遊撃に出ている部隊をこちらに集めてはいかがでしょうか」
 長曽禰は思案した。
 敵が撤退している理由はわからなくても、ここまでの道中の敵が消えているのは確かのようだ。クジラ型ギフトの防衛も、敵の撤退という形で収束している。撤退していった敵が、何を目論んでいるのかわからない不気味さはあるが、浮動部隊をかき集めれば、この膠着した戦場を動かすきっかけになるかもしれない。
「そうだな、遊撃と砲台破壊に出した部隊のリストをここに。二人はもう一度機晶姫の部隊の動きを追って、動きがあったら報告してくれ」
「了解しました」
「それでは、失礼します」

「状況はどうだ? 手が足りないなら貸してもいいぞ」
 補給物資が到着したとの報を受けて、ギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)が目にしたのはエリス・メリベート(えりす・めりべーと)が負傷者に治療を施している姿だった。彼女自身も、負傷者の回収のために戦場にも出ている為、服は泥や血で汚れている。
 彼女と、ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)と、新星からの兵員の救護部隊で全部で十二人。少佐の方でも負傷者を引き受けているはずだが、とてもじゃないが手が足りているようには見えなかった。
「せっかくだが、なんとか回ってる。心配は必要ない」
 背後から、ヨーゼフがそう返事をする。
「いきなり背後に現れるんじゃねーよ、びっくりすんだ、ろ」
 サミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)の声が、だんだん尻すぼみになっていく。ヨーゼフの肩には負傷した仲間の姿があり、本人の血かそれとも仲間のものかはわからいが、血塗れになっていた。
「すまない、手こずった。治療を頼む」
「ええ、そこ……は、さっき埋まっちゃったわね。シートを広げるから、ちょっと待ってて」
 エリスが急いで新しいシートを広げて、そこに負傷者を寝かせる。スキルを使った治療によって、怪我は塞がっていった。しかし、ここで治療を受けてもすぐに戦場に戻れるかといえば、そういうわけでもない。意識を失ったままであったり、負傷のショックで動けなくなったり、理由はさまざまだが怪我さえ治せばいいわけでもないのである。
「ところで、何の用だ? 負傷者が出たのか」
「いや、物資が届いたって聞いたからな。そろそろ弾もなくなりそうだってんで、補給をな」
「物資が届いたのか、薬や包帯もあればいいんだが」
「とにかく、見に行こうぜ」
「エリス、物資が届いているそうだから確認に行ってくる。こちらにも運ばれるとは思うが、何か必要なものがあったら先に言ってくれ」
「鎮静剤がもう無いのよ、あれば助かるんだけど」
「わかった。届いていたら、直接受け取ってこよう」
「ええ、お願いね」
 三人がその場を離れて、本部に向かった。
 運ぶ手段が人の手しかないため、コンテナのようながっしりした荷物の山ではなく、大きめの登山用のバッグみたいなものが、中身ごとに分別されて並べられていた。
 荷物を管理している人をすぐに見つけ、口頭で簡単な手続きを行う。間もなく物資は運んでもらえるそうだが、鎮静剤は急を要するということでこの場で受け取った。
「俺のところに運ばれてくるなよ」
「ああ、これ以上忙しくはならないはずだ」
「……うん?」
「どうした、サミュエル?」
「いや、なんか向こうの方がざわついてねぇか?」
 ざわつきは、戦場の咆哮とは少し違っていた。「うおお!」だとか「来たぞ!」などという言葉もちらほらと聞こえる。
「まさか!」
 サミュエルは人を掻き分けて、戦場が見渡せる地点まで出た。ヨーゼフとギュンターもそれに続く。
「待たせやがって」
 サミュエルは強く拳を握り締めた。
「やっとか。これで、こちらも本来の任務にとりかかれるな」
「別働隊……水原中尉か!」



 フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)のディエクトエビルに反応が入る。敵だ、それも把握しきれない程の大軍だ。
「かなりの数の敵がいますわね」
「んなもん、見りゃわかる」
 目の前の背の低い壁に、爆薬を設置していたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が答える。この壁の向こうで、突入部隊が戦っているのはすでに把握している。
「それよりも、他の敵はいないのか?」
「わたくしの探知の圏内には、この向こう以外の敵は察知できていませんわ」
「手ぬるいな、何か裏があると勘ぐりたくなる」
「裏も表も、穴を開けてしまえば関係ありませんわ」
「違げぇねぇ。よし、準備は済んだ」
 手で準備が下がるように指示を出す。あとは、水原中尉の爆破指示を待つだけだ。
「これで、少しはジーベック中尉の役に立てるハズだ」
 通信によれば、機晶姫はほとんどの戦力を持って、最後の抵抗を試みているようだ。本隊もそれに引けをとらず、善戦してはいるが突破口はまだ開かれていないらしい。
「ジェイコブ、あなたの背中は私が守ります」
「安心しな、俺達の後ろに敵は残らねぇさ。ここまでも、そうだったろ?」
「そうですね」
 フィリシアは柔らかい笑みを浮かべて頷いた。
 ほどよい緊張感こそ感じるが、二人に切羽詰った空気は無い。経験あってこそのものだろう。
 部隊の最終報告を受け取っていた水原がジェイコブのところまでやってきて、一つ大きく頷いた。険しい顔をしている。
「よし、派手にいくか」
 爆破のスイッチが押される。派手なものではなかったが、的確に目の前の障害物を破壊する、効率のいい爆薬の設置だった。
 爆発によって城壁が壊されると、大きく視界が開ける。敵の部隊のほぼ真横、全く警戒されていた様子はない。
「突撃!」
 水原の命令と同時に、はじけるように別働隊が飛び出した。
「作戦は単純明快、だけど数が多いですね」
 真横からみても、気おされそうな数にと乃木坂 みと(のぎさか・みと)は驚いた。数の優位は敵にあるとはわかっていたが、本隊と正面で戦い続けてなおこれだけの数が残っているのか。あるいは、これだけ数が居るから持ちこたえる事ができたのかもしれない。
「爆撃準備よし、砲弾、雷術!行きなさい!」
 部隊の先端がぶつかる前に、術による遠距離攻撃を叩き込む。こちらの存在に気付いたばかりの機晶姫達に当てるのは、難しくは無かった。
「見せてやろう。変わった技だが勇士の剣技の冴えを!アンボーンテクニック!」
 援護を受け、隊列なども呼べないただの群れを相沢 洋(あいざわ・ひろし)が切り開く。
 数こそ少ないが、その勢いはまるで雪崩のように敵を飲み込んでいく。
「みと!」
 なんとか勢いを殺そうと、機晶ロボが道を塞ぐ。
「洋様の突撃に合わせて砲撃します! 洋様を信じます! 皆様の腕を信じます!」
 ここまでに、何度か遭遇した厄介な敵だ。だが、みとの声に反応した隊員の援護射撃によって、機晶ロボは大きく体勢を崩し、
「お前には特別に、三手使ってやる。沈め!」
 魔力の込められた、恐るべき剣技によって倒れた。体を支える足を失った機晶ロボは、もはや狙いを定めることもできずに、ただそこでじっとしていることしかでない。
「よくやった! あとで褒めてやる」
 振り返らずに、的確な援護をしたみとに声を投げかけ、洋はさらに前へ前へと駆け抜けた。


 
「ふざけんじゃないよ、こいつら全部私の獲物だよ!」
 大豆生田 華仔(まみうだ・はなこ)のこの言葉には、九 隆一(いちじく・りゅういち)もさすがに突っ込みたい衝動が沸き起こった。
 膠着しかけた戦場を、別働隊の登場によって突破口が開こうとしている。彼らを歓迎するのは良し、遅いと文句を言うのもまぁわかる、だが登場した事に文句を言ってみせたのは恐らく彼女ぐらいだろう。
「あんまりそういう事は、思っても口にしない方がいいんじゃないかなー」
 この騒々しい戦場で、隆一のそんな言葉は誰の耳にも聞こえず掻き消えた。先ほどの華仔の言葉も同じように消えていて欲しいが、ちゃんと隆一の耳に届いている。
「このまま突っ込むよ!」
「えぇぇ、ちょっと、待ってよハナちゃん」
「待ってたら獲物が無くなるんだよ! それともまたあたしの邪魔をする気か!」
 隆一は答えに窮する。
 大量の敵との戦闘で、ハイになった華仔は何度か敵味方の区別なく攻撃を仕掛けている。いや、というかあれは、動くものはとりあえず全部撃つ状態、だろうか。
 そうなると危ないし、サイコキネシスによる弾丸の処理も追いつかない。その兆候が出るたびに何度も精神感応で声をかけて正気に戻させているが、それでずいぶんとご機嫌を斜めにしているようだ。
「じゃあ、あんたはここにいな! あたし一人でいく。第一突撃チームの役目は、一番に突っ込んで道を開けることだろ」
「わかったよ、行く、俺も行くから。けどよ、あんまり頭に血を上らせんなよ」
 返事はない。それはきっと了承の証だろうと隆一は納得して、華仔について進む。
 その横を、紅坂 栄斗(こうさか・えいと)が凄い勢いで追い抜いていった。
 小型飛空艇の3倍の速度で飛べるというダークヴァルキリーの羽の速度に、流石に徒歩では追いつけない。
 栄斗は殺到してきた機晶姫に、左右それぞれの獲物、右手の剣型光条兵器“ソードオブトワイライト、左手の女王のソードブレーカーで蹴散らしていく。トドメを刺すよりも、機晶姫が組織的な行動をするのを阻害するのが目的だった。
 前へ前へとせかされる気持ちを持ったのは、華仔達だけではない。押し込むチャンスは未だと戦場で敏感に感じ取った者は、多少の危険を覚悟で前進していた。
 だから機晶姫の壁を切り裂いておけば、続く誰かが開いた穴を大きく、そして致命的なものにするだろう。
「相変わらずこういう乱戦では無茶ばかりするのう」
 少し後ろで、彼の動きを見守っていたユーラ・ツェイス(ゆーら・つぇいす)が嘆息する。
 確かに、後続は続いている。だが、栄斗の速度が速すぎる。背中にあった穴が大きくなるどころか、塞がれてしまうだろう。完全に囲まれてしまえば、その機動力だって活かせはしない。
「世話のやける奴じゃ」
 ユーラの手のうちに、光が凝縮していって薄い長方形を形成していく。数枚のカードとなって安定したそれは、彼女の光条兵器だ。
 手首のスナップを効かして、顕現したカードを投げる。直線ではなく、ゆるやかなカーブを描いて飛んでいったカードは、栄斗が開けた風穴の近くの地面や、中には機晶姫そのものに命中し、そこで光の刃が幾重にも現れ周囲の機晶姫を襲う。
 その様子を、栄斗はちらりと振り返って確認した。
「ついてきているね。うん、このまま塔まで風穴をあけてるよ!」



 勝機を得た彼らの動きは迅速で、苛烈だった。
 二つの方向から攻撃を受けた機晶姫と機晶ロボ、そしてイレイザー・スポーンの混成軍は、今まで見せていた規律のとれた動きを失い、ばらばらに戦いを始めた。脆く隙間だらけの防壁は、まるで音を立てて崩れるように突破されていき、ついに塔への道が開かれる。
「あとは、信じるだけですね」
 紫月 昴(しづき・すばる)は後ろにある塔を振り返ることなく、目の前の敵を見据える。
 入り口を死守するというのは、彼女達の選んだ戦場だ。
「ええ、信じましょう。皆さんが、シャンバラを救う道筋を見つけると」
 九十九 天地(つくも・あまつち)の英雄のカリスマで、追撃しようと試みる機晶姫達を威圧する。
「さぁ来なさい。ただし、ここは絶対に通さない!」
 向かってきた機晶姫の攻撃を、歴戦の立ち回りでひらりとかわし、歴戦の武術で一気に切り払う。
 それが合図となったのか、次々と機晶姫が動き出した。
「入り口の守護者として、頑張らせていただきますよ」
 契約者達が塔にたどり着いてなお、この場所を巡る攻防戦は終わりはしなかった。
 しかし次第に機晶姫達の抵抗は弱まっていき、やがて機晶姫の大軍は少しずつ、この戦場から離れていった。
 この戦いの苛烈さを知る者にとっては、波が引くような静かな決着は、あまりにもあっけない幕切れのように思えた。勝利したという手ごたえは、恐らく塔にたどり着いたその時が最高潮だったろう。
 それでも僅かな時間が経過して、耳に張り付いた戦いの音が離れていくにつれて、静かに達成感のようなものが湧き上がってくる。
「次は、あなた達の番ですよ」
「お役目、お果たしくださいませ」
 ここにきて、やっとゆっくりと見る事のできた監獄塔を見上げながら、二人はそれぞれ未だ戦場にいるであろう仲間を想うのだった。