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リアクション
インテグラル★ナイト
「そろそろ、頃合いですな」
ウィリアム カウパー(うぃりあむ・かうぱー)は、戦地に散っていたた同人誌の紙片を拾い上げ、言った。
彼が上げた視線の先には、周防 春太(すおう・はるた)の姿。
(ウィリアム先生、あなたに助言頂いて正解でした)
春太は自身秘蔵の書籍を抱え、ナイトの前へと出ていた。
(確かに、今、インテグラルナイトを止められるのは“この手”しかない!)
インテグラルナイトが持て余す衝動。
その衝動を昇華させることこそが勝利への道――。
春太は言った。
「ナイトさま、あなたの衝動は、例え契約者を殲滅しても、
ニルヴァーナを破壊し尽くしても、
パラミタを滅ぼしたとしても、
決して晴れることはありません。
だから――こちらの書籍を御覧ください!!」
そして、春太は自身秘蔵の『エッチな本』をナイトへと掲げた。
(ふっ、このエッチな本を見て賢者タイムになったが最後、貴様に待つのはメテオスウォームの直撃だ!
あーーーーーーーーーっはっはっは、哀れなりインテグルナイト!
性の目覚めが、生の終わりになるとはなぁ!!)
春太はエッチな本ごと吹っ飛ばされた。
「うん、エッチなのはどうかと思いますよー」
オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は、小首をかしげながら言った。
ウィリアムが振り返る。
「して、どうするおつもりですかな?」
「インテグラルさんに愛をお教えする、というのは間違いでは無いと思います」
オルフェリアは、両手の紙袋をグッと掲げながら力強く言って駆け出した。
「見ていてください!」
その後をミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく) が追う。
「……あの紙袋……いや、我が口を出すことは……無い……ですね」
とりあえず、彼は二丁の魔銃カルネッジには意識を置いたようだった。フォローに徹するよう気持ちは決めているらしい。
「インテグラルさん……オルフェは貴方に愛を教えに来たのです!」
バンッ、と紙袋を掲げながらオルフェリアは言った。
「愛を良く知るためにはまずは他人の愛から知らねばなりません」
戦場だ。
そこかしこでスポーンが飛び交い、契約者たちと戦闘を繰り広げている。
ナイトの後ろに迫るアディティラーヤから放たれる砲撃が地面を抉っている。
ドォゥゥ……と、遠く、アディティラーヤの一部が崩落する。
空気に潜むのは焦げた土と血と硝煙の匂い。
それでも、オルフェリアは言った。
「愛を知らないインテグラルさん。オルフェはそんな貴方の為に……バイブルを持ってきたのです!」
と言ってオルフェリアは紙袋から秘蔵の少女漫画を取り出した。
「さぁ、全100巻。
これを全て読破すれば貴方もたちまち恋愛マスターなのです!!
でも、愛には様々な形があるので、貴方はそこから色々な愛を知らなくてはならないのです!
知識だけではいけないのです!
そう――そこから一歩、一歩踏み出さなくてはいけません!」
オルフェリアは瞳をキラキラさせながら、少女漫画というより歌劇さながらの仕草で、バックに花を散らせつつ、ナイトの方へと片手を伸ばした。
「さぁ、オルフェ達と共に……愛を知る為のお勉強をしに行くのです!」
と、いうような具合だったので、ミリオンは、さっさと判断を付けて朱の飛沫を乗せた銃撃でナイトを牽制しつつ、小型飛空艇でオルフェリアをかっさらった。
ドォゥッと地面が破壊された余波に二人とも吹っ飛ばされる。
「これは――ツンデレへの目覚め!?」
「違うと思います、オルフェ様」
突っ込みつつ、ミリオンは……果たしてどのようにオルフェリアを守りながら地面に落下しようか、と考えていた。
「はじめまして、気高き騎士さま」
天禰 薫(あまね・かおる)は言って、微笑んだ。
つぅ、と弦楽器の一音が流れる。
熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)のチェロの音だ。
更に転じた流れに、インテグラルナイトの動きは何度目か鈍ったようだった。
罠を警戒しているのか、ただ状況への処理が追いつかないだけなのか。
ナイトの様子からは、その正解を伺い知ることは出来なかった。
「私めの歌を、聞いてくれますか?」
天禰 薫(あまね・かおる)は歌った。
チェロは太く緩やかに空気を震わせる。薫の歌声は高く澄んだ音を響かせる。
歌は、この束の間の逢瀬を楽しむように、ただ穏やかに紡がれていく。
薫は歌いながら、握手を求め、ゆっくりと手を伸ばした。
(歌を歌い、聞いてもらえる。それだけで、我も楽しい。
我、ナイトさんともっと楽しみたいのだ。だから――)
だが、ナイトの手には届かない。
(……心にも……?)
そこへ滑り込んだ、ギターの音。
「歌菜」
月崎 羽純(つきざき・はすみ)がエレキギター『月下美人』を鳴らしながら、遠野 歌菜(とおの・かな) へと視線を向ける。
「一緒に」
「うん!」
歌菜が羽純のギターの音に後押しされるように、ナイトと薫の方へと駆け、歌った。
『手と手を繋ごう』
歌いながら、魔法で羽純たちと共に空へ舞い上がる。
『触れ合った指先から
きっと 貴方に伝わる愛がある』
「ふむ……」
孝高はそれらに合わせ、チェロの低音を響かせた。
薫が歌菜と手を取り合って笑う。
羽純のギターの音が歌菜のメロディと並び、その音色を重ね合わせる。
『一歩踏み出して
近付く私と貴方――
必ず 貴方に伝わる愛がある』
そして、歌菜と薫は、歌菜のスイーツな魔法で作り出されたクッキーを手に、インテグラルナイトの手を取った。
四人は吹っ飛ばされた。
「っ――でも、手には触れた! 後もう少し!!」
「後は任せて!!」
日堂 真宵(にちどう・まよい)は、鍋を持って駆けていた。
「真の気持ちよさ! そう、それはイコール、カレーデース!」
アーサー・レイス(あーさー・れいす)はマジだった。
「カレーを食べる事こそが至上の気持ちよさなのデース。
カレーの力を信じるのデース」
「というのは、ともかくとして――
このカレーは、鳥人型ギフトをもてなした時に取った出仕込みよ!
このギフトの出汁たっぷりの液体をインテグラルに流し込んだらどうなるか、試してみたいじゃない」
「そう、カレーの王道はチキンカレーデース。
出汁もチキンなら、具にも、この通りミニバードマンアヴァターラ・ダーツを」
「ともあれ、これってもしかしたら、まったく新しいギフトの使用法かもしれないわ。
つまり――押して駄目なら引いてみな、外が駄目なら内部から!
一寸法師作戦というものよ!」
二人で鍋を持ち、インテグラルナイトの懐へと駆けていく。
一気に距離を詰め――そして、真宵は、非常に重大な事実に気付いた。
「で、このナイトって口あるの?」
二人は吹っ飛ば……されなかった。
本当に心が通じたから?
契約者たちの絶え間ない謎の行動に、情報を処理混乱しきれなくなってきたから?
明確な理由は分からない。
しかし、これは紛れも無いチャンスだった。
「今です!」
三賢者の一人、「気持よくする」と策をもたらした快楽の賢者が羽毛扇を振り、
「参りましょう」
三賢者の一人、「握手」の策をもたらした信頼の賢者は、インテグラルの元へと向かったのだった。
世界で最も危険な握手をするために。
「ふっ、ようやく俺様の出番というわけか」
素っ裸の禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)と共に素っ裸で。
時間は巻き戻る。
決戦前のニルヴァーナ校前。
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の前には河馬吸虎が居た。
「肉体言語は万国、否全宇宙共通語! 手と手を取り合い共に昇天しようというその意気は素晴らしい!」
河馬は信頼の賢者にコンコンと語りかけていた。
“昇天”の意味は、おそらくロクでもない。
「だが! しかし!! そのために重要なことが抜けているっ!!!」
河馬の熱い語りは続いていた。
「己の肉体と相手の肉体を繋ぎ合わせて事を成そうというのに、よもや服を着ていくわけではあるまいな」
「なんですと?」
信頼の賢者が、ハッと気付いたような顔になった。
河馬が賢者の様子を見て、ニヤリと笑んだ。
「どうやら、自身の二流ぶりに気づいたようだな。
“握手”という肉体言語において完全武装とは何か……」
「相手と殺し合うというのならば、鋭利な刃と強靭な鎧こそが完全武装。
しかし、こと、握手においての完全武装とは――」
『そう、それすなわち『裸』!』
河馬と賢者の声が重なり合う。
リカインは、もうどうでも良くなった。
河馬の言葉は続く、
「それこそが真剣勝負の証! 本気ならば、その姿を見せるがいい!」
「ふっ、まさかこの三賢者を超える知恵者が居るとは、ゲルバッキー殿が夢中になるわけだ」
バッと互いに衣服を脱ぎ捨てて握手を交わす二人を前に――
リカインは長く長く怨念じみた嘆息を零した。
(駄目かもしれない……色々と)
「……うん、もう、どーでもいいから、そのカバも一緒に連れてってください。
お金なら出しますから」
(そのまま二人ともメテオスウォームの餌食になって滅びればいい。マジで)
というわけで、賢者と河馬吸虎は一糸纏わぬ姿でインテグラルナイトの前へと現れていた。
その横にロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)が立つ。
服は着ている。
「『握手をする』……それは、とても象徴的な行為だと思う。
叶うなら、平和的解決の礎に――」
ロレンツォは、賢者たちと共にインテグラルナイトの元へと走った。
跳んだ。
河馬のフォローを得て、インテグラルナイトの手を目指す。
(繋いだ手は、二度と離さないっ! 届け、和解への心!)
「ぼかぁ、君といる時が、一番幸せなんだ!」
ロレンツォは、ぬちゅぅううっと手のひらに瞬間接着剤を放ち、べちゃッッとナイトの手を取った。
「二度とこの手を、離さないぞ!」
「……真面目なんだか天然なんだか、よくわかんないわね」
アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)は遠方から、その様子を半眼で眺めていた。
ロレンツォの一方では、賢者がインテグラルナイトの手を取っていた。
だから何だというわけではないが、色々と結果的に、それは最良のタイミングだった。
学校。
シーアルジスト涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)らは、最後の言葉を紡ぐ。
『天空をたゆたいし、星の欠片よ――』
『我らが魔力を標に天空より舞い降りて――』
『我らが敵を打ち砕け――!』
「あれは……」
アリアンナはニルヴァーナ校の方角に、空へ突き上げるように吹き上がった光の柱を見た。
瞬間、インテグラルの頭上。
遙か彼方の空に無数の文字が沸き立ち、それらが幾重もの巨大な円を造り出した。
同時に、凄まじいまでの、静けさが戦場に降り立つ。
多くの戦いは続いている。
幾分数が減っていたものの、砲撃は止んでいない。
空にも地上にも無数のスポーンたちが居る。
イレイザーが激しい炎を吹き散らし、触手で周囲の地形を裂き、砕いている。
だが、一切の音が飲み込まれている。
緩やかに振動を増す地面から、砂粒の靄が、ゆっくりと浮き上がり始めている。
アリアンナたちには、既に一時の撤退命令が下されていた。
降るのだ。
あの空の星が。
“握手”が成功だったかどうかはともかくとして、インテグラルナイトは、動きを止めたままだった。
その手には、ロレンツォと裸の賢者をぶら下げたまま。
しかし、ナイトの体が僅かに動こうとするのが見えた。
「――さすがに気付いたか」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はブラックコートを脱ぎ捨てながら光学迷彩を解き、低くインテグラルナイトの方へと駆けた。
視界の端で、インテグラルナイトの手が振られ、それだけの動作でロレンツォが剥がれて吹っ飛んでいくのが見えた。
ローザマリアの隣にはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)。
「友好的な紳士淑女の時間は終わりらしいな」
「紳士淑女、ね……」
呟いて、ローザマリアはナイトへとミニバードマンダーツを放った。
牽制――のつもりだったが、意にも介さないらしい。
とはいえ、目的はナイトではなく、賢者の方だ。ついでに河馬吸虎。
「退くぞ!! 命令だ!」
言ったローザマリアはメルヴィア・聆珈の姿をしていた。
あらかじめ変装しておいたのだ。
そこに居る筈の無いメルヴィアの姿に賢者たちが気を取られている内に、ローザマリアとグロリアーナは彼らを確保し、ナイトから離れた。
ナイトが片手を天へと掲げる。
その直線上の果てには隕石が姿を表していた。
「全員、一旦距離を取れ! 全力でだ!!」
メルヴィアの姿をしたローザマリアが声で仲間の背を叩く。
ナイトが掲げた手の先へはイレイザーやスポーンが集まってきていた。
それらが次々に多大な魔力を帯びた隕石を受け止めきれずに滅びていく。
それは、ゆっくりと迫っているようだった。
実際には、とても早かったのかもしれない。
インテグラルナイトは己の武器を構えた。
そこへ――
「ここでやられてくれないと、アイリスちゃんがヤバいの!!」
加速ブースターで迫ったロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)がトゥーハンディッドソードで、ナイトの足にスタンクラッシュを放った。
そのまま抜けて、逃げていく。
それに合わせて。
「アイリスさんには生きてもらうんだからな!!」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は全力で剣を投合していた。
どちらの攻撃も手応えは無い。
そして、気をそらす事も出来なかった。
本来ならば。
だが……ナイトは自身に行われた行為を確かめるようにか、、ほんの一瞬ばかり、エヴァルトの方を向いた。
それはミスだった。
積み重ねられた“ありえない事”がために生まれたミスだ。
本来ならば、この強大な魔力を纏った隕石を避ける事に全てを傾けるべきだった。
エヴァルトらが放ったものは、あの忌むべきギフトでも無いのだから。
圧倒的に力の差が開いている連中に、インテグラルナイトをどうこう出来る筈などなかった。
インテグラルナイトは選択を間違えた。
そして、インテグラルナイトは、
空から降り注いだ隕石に飲み込まれたのだった。
■
迫るアディティラーヤを背景とした荒地には、広々としたクレーターが出来上がっていた。
未だにチリチリと光る魔力の言葉が地面で爆ぜるその地の上空で、アイリスが戦っている。
あれから、彼女は長く長く戦っていた。
メテオスウォームの直撃を受けたインテグラルナイトは、それでも力を残していた。
それは、圧倒的な力ではあったものの、しかし、今こうしてアイリスと戦っている様を見れば、どうにかアイリスが互角にやり合える程度のものであると分かった。
クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は携帯音楽プレーヤーで歌を流していた。
本来ならクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)と共にアイリスの傍を飛んで、彼女に聞かせ続けていてやりたかったが――
彼女たちの闘いは凄まじく、アイリスとの距離を保ち続けるのは困難だった。
時折り、大地の祝福や驚きの歌などで彼女を僅かにフォローするので手一杯だ。
プレーヤーからは“小さな翼”が流れていた。
それは、あらかじめ録っておいた瀬蓮の歌声だった。