空京

校長室

創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

リアクション


儀式中日(滞るイコン整備場と灯るキャンプファイヤー)

 夕刻。
 回廊を通りニルヴァーナへと運ばれてくる機材の数々は、発注しただけの数が既に「イコン整備場」に届きつつあった。
 発注をかける側、またパラミタでそれらを手配した者たちの努力の賜物である事に間違いはないのだが、「大至急!」という脅迫にも似た指令のおかげでそれらが一斉にニルヴァーナへ送られてしまったようで……。
 整備場の外には、場内へ搬入できない機材たちが列を成して並び置かれていた。
 搬入が滞るなら外に貯まってゆくのは必然。何故に滞っているかといえば―――
「次は……おぉ! これまた大きいな」
 岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)が搬入されてきた機材を見上げて言った。次にする事は決まっている、図面を見て配置場所を確認することだ。
「え、と。あぁ、ここだ。ここ、頼む」
 『施工管理技士』に命じて場所を示させる。岡島の仕事は機材の照合と振り分けること。その後は大田川 龍一(おおたがわ・りゅういち)鬼頭 翔(きとう・かける)の出番である。
「はいはい了解、お任せあれ」
 大田川は機材の重さと大きさを確認すると、慣れた手つきで合板を機材の大きさに形づけていった。この合板が機材の台座となり、床を補強する役割も担うのだ。
 場内の床は特殊装丁になってはいるが、稼働時の衝撃を考えると直置きは出来ない。
 『機晶技術』と『先端テクノロジー』を駆使しても合板を一枚仕上げるのには、それなりに時間はかかる。機材が届いてもすぐに設置できない理由はここにあった。
「まぁ、やることは決まってるんだから、やるだけさ」
 思いは鬼頭も同じ。「人手が足りないから手伝って」と呼ばれた彼も休みなく合板の作成にあたっている。
 「とりあえず建屋だけでも完成させないと」「ここが完成して稼働を始めれば開拓作業もだいぶ楽になる」そのためにも、と溜息を吐くのも忘れて作業を行っていた。忘れた溜息はパートナーのカミーユ・ゴールド(かみーゆ・ごーるど)が代わりに吐いていたそうだ。
 機材の搬入と設置する者、また機材のメンテナンスをする者など、整備場内の内装は手分けして行われている。では外装は、と言えば―――
「順調だな」
 蕭衍 叔達(しゃおやん・しゅーだ)が建物を見上げて呟いた。「あとは―――っと、ん……図面はどこへ行ったかな?」
 降りたばかりのクレーン車に身を乗り上げて図面を探した。つい先程まで使っていたものだ、そう簡単になくなるはずはない。
 椅子の脇、クシャクシャに丸まったダークスーツの上着がそれを飲み込んでいた。もちろん図面はクシャクシャだ。
「…………まぁ、いいか。大方終えたしね」
 屋根の取り付けとその補強。外壁部で補強が必要な箇所の作業もほぼ終えている。
 実に順調順風満帆。それはパートナーの蕭 貴蓉(しゃお・ぐいろん)も同じようで、連なる壁の先でひと休みしているのが見えた。
 外壁の配管はキレイに設置されている。接続工事も終盤といった所か、もしかしたら既に終えているかもしれない。
 彼女と一緒にひと休みしよう、と叔達が歩み始めた時だった―――
「ん? あれ? ちょっ……もう届いたの?」
 回廊から運ばれてきた物資。それはイコン部品の製造機材でも調整機材でもない、分解されたイコンパーツそのものだった。
「この状況でソレって……」
 整備場の外には大量の機材、それらもすぐには搬入できないというのに、早くも『喪悲漢』や『離偉漸屠』のパーツが運ばれて来てしまったようだ。
「………………」
 どう考えても大渋滞。捌ききれるはずがない。
「……………………仕事しよ」
 現実から逃避した。今は、まぁ、内外装を形にすることが先決だ。



 教室の電気が消されると、校庭は真っ暗になった。そこに灯されるはキャンプファイヤーの激しい灯り。
 燃え上がる炎の明かりの中、浮かび上がるは術者であるシーアルジストたちの静かで真剣な表情、それから儀式に参加する者たちの楽しそうな顔に、「干し首」の死面や今も準備に追われている者たちの忙しそうな顔が炎に照らされて揺れていて―――
「きゃっ!!」
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が悲鳴を上げた。
「なっ……な…………」
 炎が照らす顔の中に「生気を失った顔」が紛れている。表情を変えない死人の顔。「死面」がそこに浮かんでいた。
 そんなはずはない、とセレスティアが首を振る。
 そしてそうして改めて、意を決してもう一度、その「死面」に目を向けてみると―――
 今度はそれが二つに増えて、うちの一つが動き出した! と思ったら、ゆっくりとセレスティアの方へ近づいてきたのだ!!
「きゃぁっ!!」
 悲鳴を上げて後ずさるセレスティア、そんな彼女に「死面」が呼びかける―――
「あら、ごめんなさい」
 驚くほどに明るい声、そして優しい声だった。声の主は藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)、手にしているのは彼女の研究対象でもある「干し首」だった。
「驚かせてしまったかしら。あなたも一つ、いかが?」
「あ、あの…………いえ……結構です」
「そう? それは残念」
 去りゆく様まで目が離せなかった。優梨子は手の中の「干し首」を校舎の窓縁に取り付けている。すぐ傍で身長6m近いモケレ・ムベンベ(もけれ・むべんべ)も同じに死面を取り付けていた。
 暗い空間、燃え上がる炎、そこに浮かぶ「干し首」。本人たちは「儀式の飾り付け」のつもりでも、怖すぎる。もはやちょっとしたホラーだった。
「どうしたの?」
「ひゃっ! あ、あぁ理沙、ごめんなさい」
 今度は死面ではない、確かにパートナーの五十嵐 理沙(いがらし・りさ)の顔だった。
「ん? 何かあった?」
「あ、いえ。なんでもありませんわ」
「そう? 顔、青いけど」
 青い顔……死面。反射的に思い出してしまった。トラウマになるかもしれないと考えただけで寒気がしたが、セレスティアはどうにか必死に笑顔を作って見せた。
「まぁ、マイムマイムでも踊ってパァッとやろう! ねっ!」
マイムマイム?」
「キャンプファイヤーのまわりで手をつないで輪になってって言えば、マイムマイムしないわけにはいかないでしょう?」
 どこに行っていたのかと思ったら、術者や参加者たちへ呼びかけて回っていたらしい。気付けば校庭になんとなく輪が出来あがりつつあった。
マイムマイムなんて懐かしいわねー」
 理沙セレスティアの手を取る中、荒井 雅香(あらい・もとか)イワン・ドラグノーフ(いわん・どらぐのーふ)もそれらの輪に加わろうとしていた。
「なるほど、やっぱり術者は別の輪なのね」
 キャンプファイヤーを中心に、術者の輪、その外側に参加者たちの大きな輪を作るようだ。
「隣に好きな人とか来るとドキドキしちゃうわよねー。ねー、イワン
「なはははは、そうだなぁ」
「隣に好きな人とか来るとドキドキしちゃうわよねー。ねー、イワン
 なぜに同じセリフ? と思って気付いた。なるほど「離れろ」と言っているわけか。イワンは「がはははは!」と笑って(心で泣いて)少しばかり歩んで離れた。
「さぁて、おっちゃんの隣はだぁれかな、お嬢ちゃんかな?」
 イワンの隣になったのは伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)だった。「死面」とは違うが、こちらもどうにも冷顔で、
「炎の奉り……破壊の力……」
 虚ろな瞳で炎を見つめ、何やらブツブツと呟いている。こちらも劣らぬ不気味さだった。
「メテオス……ウォーム……盛大なる破壊……うふふ……うふふふふ……」
「おぉ……何か知らんが、ノッてきたな? よぉし、そうだ、その調子だ」
 明らかに違った意図の笑いだが、イワンは得意げに藤乃の手を取った。
「せっかくの祭りだ! 楽しまなきゃ損ってもんだぜ!」
「……奉り……破壊への礎……」
 藤乃は握られた手を見つめ、それからイワンの顔を見た。グラサンのおっさんが満面の笑みを見せている。
 曲と共に「マイムマイム」が始まる。
 揺れて足踏み陽気なステップ。「冷面」の藤乃も軽やかなステップでついていっている。
「それでいいならそれでいいであります」
 藤乃のパートナーであるリニア・グランシュタイン(りにあ・ぐらんしゅたいん)も同じ輪のなかに居て、そう呟いた。藤乃の隣のグラサンが気付かなくても、藤乃の自我が薄くなったままでも、まぁ今はそれでいいのだろう。
 『メテオスウォーム』は見てみたいし。
 誰でも参加できる儀式、皆で完成させる儀式。参加者はもちろん、術者たちも実に楽しそうにマイムマイムしている。
 笑い合える限りに、飽きてしまうまで。
 皆で休まず踊りに踊ることで、奥義の威力を上げてゆくのだった。