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創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

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空中要塞アディティラーヤ攻略戦.1

 長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)はあごに手をあてて、しばらく何枚かの紙の書類に視線を向けていた。
「ふむ、いいだろう。あまり時間が無い中、よくこれだけまとめたな」
 その言葉に、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は表情を緩めたりせず、ただ敬礼でこたえた。一方、隣の島本 優子(しまもと・ゆうこ)はほんの僅かに安堵に表情を緩ませていた。
「別働隊を率いるのは、水原中尉か」
 長曽禰が視線を向けると、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は若干緊張した面持ちをしていた。
「私では役者不足でしょうか」
「いや、そういうわけではないんだがな。今のところ、要塞上に敵の姿はほとんど見られない」
「抵抗は無い可能性があると?」
 優子の問いかけに、長曽禰は首を振る。
「いや、それはありえないだろう。少なくとも、イレイザー・スポーンと呼んでいる敵は必ず現れるはずだ。そして、恐らくそれ以外の何らかの防衛手段があるだろう。そしてそれは、どの程度の規模であるか一切把握できていない」
「適正な人数を計る手段が無い、という事ですか」
「もっとも、何人いれば絶対なんてものはないがな。ごく少数に大群が翻弄された事例なんてものはいくつもある。それと同じ数だけ、逆の結果もあるわけだ。もう、この別働隊の人選は済んでいるのか?」
「はい、ほぼ完了しています」
「そうか、水原中尉。この部隊の面々の士気と、部隊の連携に一切の不安が無いと断言できるか?」
「はい」
 いまだに彼女の表情には、緊張の色は残っているが、不安の色は読み取れない。
「わかった。この別働隊は君に預けよう」
 この言葉に、小さな安堵の息が聞こえたが、長曽禰はそれを聞こえなかったものとして扱った。
 この後、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と長曽禰の間で望遠写真を見ながら細かい作戦の修正を行っていった。
「もう一つ別働隊は組めないでしょうか?」
「今から部隊を再編するのでは間に合わないな。この作戦を通せるのも、人員の選出が終わっているという点が大きい。危険の多い任務になる以上、指揮官とその下にしっかりとした信頼関係が無ければ、簡単に崩れてしまうだろう」
 要塞の資料は、クジラ型ギフトから望遠で撮影したものがほとんどだ。これらを見る限り、中央の塔を囲う要塞部分は古典的な、地球ではまだ火薬が主流でなかった頃のものによく似ている。
「それにしても、ずいぶんと懐かしいというか、今では作りづらい要塞だな。景観としてはいいものだとは思うが……」
「空を飛ぶ要塞なら、爆撃の心配はさほどありませんからね」
「修復を行っているのかわからないが、目だった損傷も見当たらない。要塞そのものも問題だが、まずはこの要塞を守る対空砲火を潜り抜ける必要があるというわけか。また、無理をさせる事になりそうだな」
 クジラ型ギフトは、今は主砲を扱うことができない。だが、のんびり修理が終わるのを待っている時間的余裕もない。
 その装甲を信じて、多少の被弾で簡単には撃墜しないという試算を頼りに突撃するのだ。
「ポイントBからDに着陸した場合の作戦をもう少し煮詰めておこう」
 不足の事態に備えて、作戦の修正は徹底的に行われた。水原隊だけではなく、他にも作戦に参加する仲間のためにも、手抜かりは許されないのである。



 クジラ型ギフト内部、格納庫として利用されているその部屋には、数こそ少ないがパワードスーツが並んでいる。
 その中には、アルベリッヒの黒いパワードスーツもあり、その整備のためにアルベリッヒはこの部屋を訪れていた。
「まともに整備したくても、パーツが足りないのは問題ですね」
「仕方ないことですが、とりあえずできる事はやっておきましょう」
 ここで整備点検のお手伝いをしている水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)も一緒になって、後回しになっていた黒いパワードスーツの点検に取り掛かった。アルベリッヒの私物であることが最後に回された理由の最たるものであったが、問題としてそもそも他のパワードスーツと構造がまったく違うので、整備が非常に大変というのも理由の一つだ。
 なにせ、同じパワードスーツでも長曽禰に対しての対抗意識で、アルベリッヒは自身が設計したこのパワードスーツの基礎となる技術を全く別のものにしたのだ。それができるという事は、つまりは常に長曽禰に一歩遅れていた事にもなる。おかげで、パーツの共有はもちろん、教導団のシステムでは点検すら難しいという使い勝手の悪い代物になっているのである。
「幸い、時間的猶予は取れたので細かい部分までチェックできそうですね」
 ここに居るのがアルベリッヒでなかったら、点検一つできそうにない。それぐらに、全く別物なのである。
 しばらく黙々と作業を続けていると、見回りとして船内をぐるりと歩いていた鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が戻ってきた。
「わ、もうこんなに時間が」
 彼は時計代わりなのか、その姿を確認するなり睡蓮はつぶやいた。
「少し休憩しますか」
 アルベリッヒは各種機器がぐちゃぐちゃに入ったカバンから水筒を取り出した。断熱性の高さが売りのその水筒の中身はあったかい紅茶である。
「本当は、ちゃんと淹れたいところなんですがね」
 彼と作業を共にすると、この言葉を何度も聞く事になる。こと紅茶には、かなりの拘りを持っているらしい。それだけ紅茶が好きならコーヒーは嫌いかと思うと、そうでもなくちゃんと飲む。ただ、どうしてもペットボトルの紅茶だけは偽者だとして口にしたがらない。水筒にいれているのと何が違うのか、というのは謎である。
「一つ、お尋ねしたい事がありまして」
「なんです?」
 休憩に入って少しして、二杯目の紅茶をよそう時に睡蓮がそう切り出した。
「いえ、私が教導団とあまり繋がりがないので、個人的な興味で以って聞くのですが……
ギフトというオーバーテクノロジーを前にしてどう思うのか、何か使命を持ってこの戦い臨む立場でもないわけですし、純粋な意見をお聞きしたいと思いまして」
「ギフトについて、ですか……」
 睡蓮の話し方に、剣呑な話題になるかと思っただけにアルベリッヒは返答にちょっと時間を要した。
「怖いですね」
「怖い、ですか。人類が持つには、危険過ぎるという事ですか?」
「いえいえ、そうではなくてですね。所詮技術は技術ですし、道具は道具です。怖さで言えば使う人間の資質の方がずっと大事ですよ。そういう意味では、持ってはいけない技術や知識なんていうものは、存在しません。その危険度に応じて、人間も進歩すれば解決する問題ですからね」
「でしたら、なんで怖いと」
「ギフトのほとんどには意思があるでしょう。それが怖い、どういう意図があってそうなっているのか、今では誰にもわかりませんからね。そして、ギフトを親にして、その分身を作り出しています。そしてその分身は、すでに多くの人に渡っている。もし彼らが反逆したら、と考えると恐ろしいとは思いませんか?」
 内容の割りに、アルベリッヒはどこか冗談めいた口調で言った。
「それは……」
「ま、今のところ心配するような話ではありませんよ。少なくとも、彼らとしても手を取り合わなければならない敵がいるんですから。その後については、今あれこれ考えても無駄な事です。それでも、少なくともギフトの製作者の情報や、それに関わる記録を見つけて調査するまでは、私個人は手にするつもりはありませんけどね」
「確かに、ギフトと手段は一緒でも、目的までが一緒とは限りませんね」
「まぁ、あまり意地悪な想像をしてると、それこそ彼らに嫌われてしまうかもしれませんね」
 いきなり、九頭切丸がかなりの勢いで背後を振り返った。
 なんだと思って二人も視線をそちらに向けると、少ししてクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)がやってきた。どうやら、誰か近づくのを察して警戒していたようだ。
「アルベリッヒさん、ちょっといいかな?」

「私が君達の部隊に同行ですか」
 話をすると、塔への攻略部隊に一緒に参加しないか、という誘いだった。
 アルベリッヒしても、塔へと向かう事に異論はなかった。その為に、こうして厄介なパワードスーツの整備をしているのである。その整備をするために、他の仕事にも協力していたのは、お留守番をするためではない。
「ここで手柄を立てれば、きっとみんなも一目置くはずだ」
 と、セリオス。
「手柄はともかく、知りたい事もあるので、塔に向かう必要がありますね」
「少佐の許可は取ってあるから、心配することないぜ」
 二人はすでに、長曽禰少佐にアルベリッヒの同行の許可を取っていた。
 ある程度の信頼を勝ち取れていたのか、それとも監視が煩わしくなったのか、口頭であっさりと許可を得ることができた。実際には、過去に何度か別行動をした際に、怪しい行動をとらなかったというのが大きいのだろう。
「でしたら―――」
 よろしくお願いします、という言葉は突然の警報によってかき消された。
「なんだ?」
「まだあの空中に浮かんでる奴の射程には時間があるはずだろ?」
 移動中のクジラ型ギフトが戦闘区域に到達するには、まだ数時間は余裕があるはずである。
『敵勢空中戦闘部隊が多数接近しています、防衛部隊は戦闘配置をお願いします』
 警報に続いて、オペレーターの声が響いた。
「あの要塞の防衛部隊か」
「状況を詳しく確認する必要があるな、すまない。同行の件は考えておいてくれ」
 そう言って、二人は駆け足で格納庫を出ていった。



 操舵室からは、外の景色がよく見える。
 リファニーがここにちょくちょく姿を現すのは、外の景色、とりわけこれから向かう空中要塞の姿を確認するためだ。
「もうすぐだね」
 音量を抑えて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はリファニーに声をかけた。
 ここでは周囲の警戒をしていたりと、何かと忙しい場所なのであまり大きな声での会話は憚られるのである。
「はい……」
「不安なのかな、やっぱり」
「そうかもしれません。あの場所は、ずっと静かなままだから」
 空中要塞は沈黙を守ったままだ。迎撃部隊が出てくることも、威嚇の砲撃をしてくることもない。とはいえ、それはまだ距離があるからで、間もなくこのクジラ型ギフトは想定される有効射程に入り、それからしばらくしたら建設が進んでいる学校にも砲撃は届くようになるだろう。
「大量の敵がうじゃうじゃ出てくるのも嫌だけど、あそこまで静かなのも怖いよね」
 話はそれだけで、また静かに正面のモニターを眺め続けた。
「あれ?」
 {SFM0010624#エルサーラ サイジャリー}がそう声を漏らしたのは、センサーにいくつかの異物をキャッチしたからだ。
「クジラ船長、これモニターできる?」
 クジラ船長がサブモニターにその映像を映し出す。
「どんどん増えてる、何これ?」
 その間にも、センサーは次々と何かの存在をキャッチしていく。
「エル、あれを見てください」
 ペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)が慌てた様子で、クジラ船長が出した映像を指し示す。
「黒い、雲?」
 思わずそうつぶやいた。だが、すぐにそれが、イレイザー・スポーンの群れであるとわかった。
 すぐにエルサーラは警報を鳴らし、マイクをつかんだ。
『敵勢空中戦闘部隊が多数接近しています、防衛部隊は戦闘配置をお願いします』
 館内放送で端的に状況を説明すると、すぐに少佐から通信が入った。先ほどの警報が間違いないかの確認だけ取ると、変化があれば報告するようにとだけ告げる。
「こんなに早く来るなんて」
 ふとエルサーラの目に、友情のミサンガが映る。「速く回復できるお守りよ」と出撃直前にエルサーラがクジラ船長にプレゼントしたものだ。
「大丈夫、友達を置いて一人で逃げたりしないわ。私はクジラのオペレーターなんだから、絶対に逃げたりなんかしないわよ」
「ボクもクジラ船長大好きさ。だから、ここに残るよ」

 モニターにイレイザー・スポーンの映像が映し出されてすぐに、リファニーは操舵室を出ていった。
「あ、詩穂もいく」
 詩穂も慌ててその後を追う。どこに向かうかは明白だ。イレイザー・スポーンを迎撃するために、甲板にへと向かっているのだ。

「これ、何か違うものじゃないですか?」
 イレイザー・スポーンの群れの映像を見つめていたペシェが、ふとその奥に何か異質なものがあるのに気づく。
「船……? あ!」
 それが何であるかエルサーラは気づいた。
 ブラッディ・ディヴァインのサンダラ・ヴィマーナが、イレイザー・スポーンの群れに紛れて接近していたのである。
 この情報は、即座に船全体にへと流された。