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リアクション
空中要塞アディティラーヤ攻略戦.2
クジラ型ギフトに群がるイレイザー・スポーンの群れを、もし遠くから観察していたら、何かの死骸に群がるハエのように見えただろう。統制も何もなく、ただ取り付こうと押し寄せる軍勢だ。
「ああもう! うっとうしい!」
カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)が近づいてきたイレイザー・スポーンを、叩き潰した。
「要塞に取り付くまでは持ちこたえないと」
レイカ・スオウ(れいか・すおう)は歯切れ悪くそう言った。シャホル・セラフのブリザードによる範囲攻撃で、結構な数を撃墜したはずなのだが敵の数が減っているようには見えないのである。
「遅れた、手伝おう」
二人の頭上を飛び越えて、リファニーは死角から二人を狙っていたスポーンを撃退した。
「リファニー」
「詩穂もいるよ」
リファニー達に続いて、先ほどの警報を聞いて準備を整えた部隊が続々と甲板に出てきた。
「よっしゃ、さっさと片付けちまおうか!」
気合を居れてカガミが声を出す。とはいえ、援軍の到着によって状況が完全に逆転するということもなく、硬直状態にへと移行した。イレイザー・スポーンは取り付けないものの、彼らを瓦解させる戦術もないのである。こちらも空中戦へと移行できればいいが、空を飛べるのは全体を見渡すと少ない、小数で向かえばむしろ危険なだけだろう。
だが、小型の飛行型イレイザー・スポーンは外からクジラ型ギフトに致命傷を与える手段はない。取り付いて内部に潜入し、機関部なりを攻撃する必要があった。
このまま続けば、恐らくこの戦闘になんらかの決着がつく前に、クジラ型ギフトは要塞にへと取り付けるだろう。だが、彼らのもとにもすぐにブラッディ・ディヴァインのサンダラ・ヴィマーナの発見報告が届いた。
「おいおい、ちょっと待てよ。こっちに向かってんぞ」
「まさか、このままぶつけるつもりかしら?」
ざわめきが起こる間にも、どんどんサンダラ・ヴィマーナは近づいてくる。
「いけませんわ、リファニー様」
{SFL0002846#セルフィーナ・クロスフィールド}の声に気づいて、レイカはそちらに目を向けた。リファニーが甲板の端に向かって歩いている。
「ちょっと待ってください、何をするきなんです?」
セルフィーナの様子と、リファニーの覚悟を決めたような横顔に慌ててレイカは彼女の手を取った。
「あの船を止めます」
「止めるって、そんなどうやって……まさか」
「危険ですわ、リファニー様。他に手段がある筈です」
セルフィーナは、リファニーが巨大な天使のオーラを使って、向かってくる船を撃退しようとしているとわかっていた。レイカも、すぐそれに気づいた。
「他の手段を探す時間は無いのはわかっているでしょう? ここで動けるのは私だけです」
静止を押しとどめ、掴まれていた手を優しくはがすと、リファニーは甲板の端から飛び立った。
天使のオーラはすぐに現れ、文字通りにイレイザー・スポーンの群れを切り裂く。
「リファニーッ!」
止める、とそうリファニーは口にしたが、巨大な天使のオーラといえども、それよりもサンダラ・ヴィマーナはずっと大きく、単純な力比べでどちらに利があるかは明白だった。
リファニー自身もそれは重々承知している。
だから実際に行うのは、止めるのではなく逸らすことだ。
クジラ型ギフトも、向かってくるサンダラ・ヴィマーナも、どちらもかなりの速度を出して飛んでいる。ほんの僅かでも軌道がずれれば、衝突は避けられるだろう。サンダラ・ヴィマーナが慌てて軌道を修正しても、クジラ型ギフトだってぼーっと飛んでいるわけではないのだから。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
天使のオーラと共に、リファニーはサンダラ・ヴィマーナの側面に体当たりを仕掛けた。
すべての力を込めた一撃は、衝撃も大きくリファニーにオーラも掻き消えた、目論見通りに船の軌道はずれて、僅かに衝突コースから外れた。
「くっ、これだけやっても船体に傷すらつかないか」
壊すつもりの一撃ではなかったとはいえ、船体に全く傷がついていないのを見ると、相当強固な船であるらしい。
体当たりの衝撃で吹き飛ばされながら、その事実にちょっと悔しさを覚えながらリファニーは目を閉じた。体にうまく力が入らない―――あのオーラは決して便利な武器というわけではなく、リファニーと繋がっているものだ。
それが吹き飛んだ代償は少なからずある。
幸い、ここは高度がある。激突するまでに、滑空かあるいは減速できる程度には回復するだろう。
「早々にリタイアか……だが希望は繋いだ」
「まだ、リタイアには早いと思いますよ」
なんでもない独り言に返事があったのに驚いて目を開けると、ほぼ同時に軽い衝撃が全身に走った。レイカが昂翼のアネモイを使って飛翔し、リファニーを受け止めたのだ。
その体は傷だらけで、無理やりスポーンの群れを突っ込んできたのが伺える。
「リファニーさんは作戦の鍵なんですから、そんなに早く退場しちゃいけません。だから、こんな無理はもうしないでください。個人的な感情も含めて、あなたには無理はしないでほしいんです……私たちも、一緒に護るんですから」
「……申し訳、ない」
ぎこちない様子で、リファニーはそう口にした。
「もう一回群れを突破します。しっかり捕まっててくださいね!」
「あれがオリジナルか……」
ルバート・バロン・キャラハンは、船の軌道をずらした光の巨人にただ感嘆の息を漏らした。作戦が失敗した事に対する憤りなどは、その言葉からは感じられない。
「あらいいの? ここで乗り付ける予定だったんでしょ?」
メニエス・レイン(めにえす・れいん)がルバートの顔を見る。モニターの中央に立ちながら、なぜかルバートは目を閉じていた。最近、この男が目を開いている姿を見ることが少なくなった気がする。
「構わんさ」
「失敗前提の作戦なんて、作戦とは呼ばないものよ」
「手厳しいな。個人的には、いい見世物を見物できてチャラと思っているところなのだよ」
「見世物、熾天使のオーラのことですわね?」
ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)の言葉に、ルバートはうなずいた。
「ああ、セラフィム・ギフトの原型になったものという話だが、なるほど、確かにあの力を自分の物にしたいと思うのは当然の発想だ」
とはいえ、さすがにオリジナルである。恐らく、ルバートが持つセラフィム・ギフトの力で船を押すなんて芸当は不可能だ。同じように、熾天使の力を手にしようとして作られたというイコンでも、こんな芸当はできないだろう。
「今もう熾天使がほとんど現存していないというのは、全く信じられんな」
「想像を楽しむのもいいけど、これからどうするつもり?」
「協力者への義理立てに、奴らの進行を阻もうと思ったが失敗した。とりあえずの言い訳は立ったな、あとは予定通り彼らの侵攻作戦が始まるのを待って襲撃を仕掛けることにしよう」
「義理立て、ね」
「それに、恐らくあの小娘はしばらく戦闘に参加できまい。あの力とやりあうには、こちらもギフトを向けねばならなかったろうが、いいオマケもついた。無駄にはならんだろう」
「そう、じゃあ予定通りの着陸地点に向かうのね。くっついてきたスポーンは放置?」
「別に共同戦線を張ってるわけではないさ。勝手についてきただけだ、放っておけばいい」
ルバートは操縦を担当する部下に命令を告げると、そのまま自室へと戻っていった。
姿が見えなくなるのを待って、ミストラルが小声でメニエスに話しかける。
「いかが思いますか?」
「平静を装ってるけど、妙ね。焦ってるのかしら?」
ルバートの様子が奇妙である、というのは二人だけでなく多くの人に囁かれている。そもそも、以前だったら義理立てと称して体当たりなんて無謀な作戦は立てなかったはずだ。必要が無ければ、それこそ何年でも座して待つような人間である。
「ま、少し様子を見ましょう。今回の襲撃隊に参加しないのだから、じっくり観察してその後の身の振り方を考えればいいわ」
「メニエス様がそう考えられるのでしたら、わたくしは従うだけですわ」
(結局、断っちまったのか)
外で戦闘が繰り広げられる中、アルベリッヒは並ぶパワードスーツの最終調整作業の手伝いを行っていた。戦闘の最中だからこそ、すぐに使えるようにと大急ぎで仕上げに入ったのである。
そんな彼に、山田 太郎(やまだ・たろう)がテレパシーで声をかけた。ちぎのたくらみで16歳ぐらいに容姿を変えていると、元の姿を知っているだけにアルベリッヒには凄く奇妙に見える。
(ええ、まぁ。気がかりが増えてしまったので)
一緒に作業をしながら、アルベリッヒはそう返答した。断ったのは、つい先ほどクローラとセリオスに誘われたチームへの参加の件だ。
(このタイミングで増える気がかりっていうと、あいつら絡みか)
(ええ。いくらなんでも、体当たりをしようなんて発想はあの人らしくありません。リーダーが交代でもしたのか、そう考えるのが一番妥当ですね)
(残念だが、そういう話は無いようだ)
太郎がそう断言できるのは、ロサ・アエテルヌム(ろさ・あえてるぬむ)がブラッディ・ディヴァインに残っており、テレパシーで情報のやり取りができるからだ。とはいっても、流石に怪しまれているのか、作戦の細かい情報などはもう流れてこない。今回の体当たりも、寝耳に水だった。
悪い扱いを受けていないのは、ロサを尋問したりしても有用な情報が出てくると向こうが考えていないからだろう。
(何か、あったのかもしれませんね)
今のところ、シャンバラ側についているアルベリッヒの視点からでは、彼らの行動は順調に見える。ギフトを入手し、戦艦も手に入れ、直接対決をできる限り避けて今日まで生き残ってきたのである。
それは、アルベリッヒが知るルバートらしいやり方だ。だからこそ、今回の突撃は理解できない。仮に体当たりしたとして、その後白兵戦でもするつもりだったのだろうか。彼岸の戦力差は、誰よりもルバート自身がよくわかっているはずだ。
(それに、なんで前回顔を合わせた時に怒られたのか、理由も知りたいですしね。今回はちゃんと挨拶しておきましょう)
(それには、俺も巻き込まれるのかい?)
(武士は相身互いの身とも言いますよ。それに、皆さんには内緒ですが、ちょっとした小細工があります。道半ばまでは恐らくこちらの思い通りにできるでしょう)
承諾の言葉は返ってこなかった。
丁度、太郎の作業が終了したからだ。
「あの……終わったんですけど、こんな感じでいいでしょうか?」
太郎が少し気の弱い真面目な青年を装う姿は、やはりアルベリッヒには奇妙に映るのだった。
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