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リアクション
この大地とともに 7
パラミタ大陸西方の大国、エリュシオン帝国。
その中枢たる世界樹ユグドラシル内、エリュシオン宮殿。
中央の玉座に、いまだ慣れない様子で腰を下ろす新皇帝 セルウス(しんこうてい・せるうす)は、次々と入ってくる各地からの怪物の出現情報にじりじりしながら、今すぐにでも飛び出して行きたい気持ちをぐっと堪えて姿勢を正し、巨大な通信用魔法具ごしに、各地方を統治する選帝神の面々を見やった。
信頼、観察、値踏み。様々な意図を宿す彼らの視線の前で一呼吸し「各地の儀式上の様子は?」と問うと「準備は滞りなく」と最初に応じたのはジェルジンスクの選帝神ノヴゴルドだ。続けてミュケナイの選帝神イルダーナ・メルクリウス(いるだーな・めるくりうす)が口を開く。
「ただ、内海からの怪物の数が想定より多い」
海側からの抑えが弱くなったからかもしれない、と眉を寄せる。儀式場以外の場所への被害を抑える為の手が、足りていないのだ。それに対しては、カンテミールの選帝神ティアラが「でしたらぁ」と声を上げた。
「こちらはシェルターが頑丈ですのでぇ、儀式場外の守りは最小限ですんでますしぃ、沿岸部もエカテリーナちゃんがいますからぁ、余剰戦力をお貸しできますよぉ?」
それを受けて、同じ沿岸部のペルムの選帝神アントニヌス、続いてオケアノスの選帝神ラヴェルデとバージェスの選帝神ラミナ・クロス、アルテミラの選定神 アルテミス(せんていしん・あるてみす)がそれぞれの戦力や戦況の交換をしている中、ドミトリエ・カンテミールの伺うような視線に、セルウスは何か思いついたようにそちらを向いた。
「……強い怪物は、儀式場に集まってるんだよね?」
「ああ」
確認する声にドミトリエが応じると「よし」と頷いてセルウスは口を開く。
「じゃあ、儀式場に戦力を集めよう」
と、選帝神たちを見やって続ける。
「ティアラはアルテミラとオケアノス、ラミナはミュケナイとペルムに余剰戦力を回して。イルダーナ、アルテミス、それからノヴゴルドのじーちゃんは儀式場維持に戦力を集中。ラヴェルデのおっちゃんはありったけの移動手段使って支援のよろしく!」
「おっちゃ……!?」
ラヴェルが思わず声を裏返したのに、くすくすと一同の間で笑いが落ちた。僅かに緩んだ空気の中で、イルダーナが「しかし」と目を細める。
「手薄になる場所はどうする?」
「それはオレの仕事だよ」
応じて、セルウスは胸を叩いた。
「民を守るのが皇帝のお仕事。雑魚は、オレとユグドラシルで何とかするよ」
驚く一同に、セルウスはキリアナ・マクシモーヴァを振り仰いだ。
「みんなに連絡繋げて。加護を強めるからって」
セルウスの言う、みんな、が樹齢たちのことだと悟って、キリアナが頷くのに、選帝神たちも納得した様子に、セルウスは眉尻を僅かに下げた。
「雑魚はこれで近寄って来れないけど……その分、儀式場に集中しちゃうかもしれない。任せるよ?」
それにはラミナが「いいだろう」と少し笑い、それぞれの選帝神は、自らの役目を果たすためにその通信を終えたのだった。
その時だ。
『様になってきたでありますね。おっと、おられますね、陛下』
手元の私用な通信機から聞こえてきたのは、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)の声だ。
軽い驚きにセルウスが目を瞬かせる中、丈二は続けた。
『本当なら陛下の足下にて祈り微力でも……と、まぁ、建前は省略いたしまして』
その言い方にセルウスは軽く噴出した。
「一緒に戦ってくれるんじゃないんだ?」
面白がるような声に「ええ」と丈二も笑いを僅かに含んだ声で続ける。
『こういう時は同じ景色を見ても面白さ半減というものです。後日、互いに見た景色を、お菓子でも食べながら語らいましょう』
その言葉に「ドーナツがいいなぁ」と既に思いをはせる様子のセルウスに、丈二は咳払いをひとつする。
『そうやって後の楽しみを心にしまって、目の前の仕事に望めば、良いのかも知れないですよ』
そう言いつつ実のところ丈二自身に根拠はなかったのだが、セルウスは「そうだね」と納得するように頷いた。
「シャンバラの皆には、負けてらんないもんね!」
それは、エリュシオンの皇帝が口にするには重いはずの言葉だった。だがセルウスの声はただただ素直で、そこに、セルウスの思う二つの国のありようが透けて見える。それを共に目指せるか、それとも壊してしまうかは、これからの自分たちにかかっている――そんな風に感じて「ええ」と丈二は再び頷いた。
「頑張るでありますよ――共に」
同じ頃、エリュシオン帝国領、皇帝直轄地。
霊峰オリンポスの膝元であり、世界樹ユグドラシルの根元だけあって、エリュシオンの他の地に比べれば、怪物たちの数は少なかった。が、かと言って安心できる、と言う訳ではない。
その少数の怪物たちは、世界樹ユグドラシルの加護を――儀式場以外の帝国全土へ加護を与えているが故に、多少の穴が開いているせいもあるが――抜けてきた相手である。一体一体に強力なものが多く、儀式場へ手をとられている為に、最低限度に抑えられた防衛線では、神の身である龍騎士と言え、相応に手を焼かされている状態だった。
そんな中、源 鉄心(みなもと・てっしん)は自らスレイプニルへと跨り、傭兵たちを率いて遊撃隊として、ティー・ティー(てぃー・てぃー)の戦場を転々と回っていた。飛空挺を所持する傭兵団は逃げ遅れた者の避難や防衛へと回し、自らはエンド・オブ・ウォーズで戦意を喪失しない怪物たちを相手に立ち回る。避難した者はティーの救済の聖域へと誘導して、後は現場の騎士達に任せると言う形をとって、少しでも多くの弱き命を守ろうと駆け回ること、一時間強。
そうして、いくつかの戦場を過ぎた後、ティーが取り出したのは絆のケータイだった。
掛ける相手はもちろん一人――……荒野の王 ヴァジラ(こうやのおう・う゛ぁじら)だ。
『……何だ』
その不機嫌そうな声に寧ろ安堵して、ティーはあれこれと言いたい言葉が溢れ出しそうになる中で、言おうと決めていた事を声に乗せた。
「これが終わったら……また、遊んでくださいね」
その返答を待たず、ティーは続ける。
「また一緒に、ピクニックに行きたいです」
『……ふん、下らん』
そんな、意を決したティーの言葉に対するヴァジラの反応は冷ややかだった。ぶつり、とそのまま通信が途絶えてしまったのに、予想はいくらかしていても落胆の気持ちが胸を過ぎる。声が聞けただけ良いじゃないか、と、割り切ろうとした、その時だ。そんなティーの目の前を、唐突に強烈な冷たい光の太刀が、通り抜けて行った。見覚えのあるそれに、瞬くティーの頭上から力強い羽ばたきが降って来る。
「同じではつまらん。行き先は勿論、違うのだろうな?」
ヴァジラだ。飛龍の背に堂々と、相変わらずの不遜な態度を示す彼の、予想外の登場に、ティーが言葉を失っていると、返答の無いのに苛立ったようにヴァジラは眉を寄せた。
「何だ、同じでなければ不満か」
「! い、いえ」
そこで漸く事態の認識が追い付いて、ティーはつい弛む顔で首を振る。
「楽しみです、とても!」
瞬間、その笑みにヴァジラが奇妙に顔を歪ませて視線を逸らすと、下げていた剣をひゅ、と翻した。
「ならば、さっさと済ませるぞ。余は、意味もなく待たされるのは好かん」
そう言うと、鼻を鳴らしたヴァジラは、来いと言わんばかりにティーに向かって手を伸ばした。おず、と伸ばす躊躇いがちな手を半ば強引に引いて龍へ飛び移らせたヴァジラは、軽く目を瞬かせる鉄心向けて、にい、かつて敵対していた頃と似た顔で口の端を引き上げて笑う。
「さて……ゆるりとピクニックとやらを始めるとしようか?」
くく、と喉を震わせるヴァジラの言いように含む意図を悟り、もう、とは呟きながらもティーの顔は戦う者のそれへと為ると、剣を構え直したヴァジラと背を合わす。
そうして、縦横無尽に滑空する龍の上から、ティーの魂の旋律は、戦場を包むように響いたのだった。