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リアクション
ラズィーヤの袂にて 2
樹月 刀真(きづき・とうま)は桜井 静香(さくらい・しずか)やロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)、円・シャウラ(まどか・しゃうら)らと共に、創造主に操られるラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)のもとを目指していた。
彼がロザリンド達に出来るのは、ただ一つ。
その道を阻む者を全て排除することだ。
刀真は白の剣と光条兵器の剣を構え、先頭に立つ。
前方に見える光の人型達を前にして、彼はまったく狼狽える様子はなかった。
(ふん……。パートナーと同じ姿をした敵か……。それなら、俺には好都合だ)
誰もが人型の姿に戸惑う中で、刀真だけはその目を逸らさなかった。
なぜなら、彼のパートナーは傍にいる。常に、どんな時でも、彼の傍にいてくれるからだ。
それは揺るぎない事で、事実だった。現実は隣にある。目の前の光の敵は、彼らにとっては現実ではない。
「刀真、いきますか……?」
「――ああ」
パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に言われ、刀真は動き出した。
すさまじいスピードで迫った刀真は、人型を次々と斬り屠る。さらに月夜がそのバックアップに努め、ハンドガンの引き金を絞った。銃弾が飛び交い、光の人型に風穴を空ける。そこに飛びこんだ刀真は、人型を斬り裂いた。
「円! ロザリンド! いまのうちに行け!」
敵の中心が切り開いたところで、刀真は叫ぶ。
「う、うん、分かったよ!」
「ありがとう、刀真さん!」
円とロザリンドは静香を連れてその中心を抜けた。
「あ、あのそのっ……ありがとうっ、刀真さん……!」
静香も二人に連れられて通り過ぎる途中、刀真に慌てて礼を言う。
それを聞いた刀真は微笑を湛えた。
「嬉しいの? 刀真」
月夜がからかうように尋ねる。
刀真は妙なところを見られたとでもいうように首を振った。
「いや……嬉しいんじゃない。何だか、感慨深くてな」
「感慨深い?」
「あの彼が、いまは立ちむかおうとしてる。あれだけ臆病だったのにな」
刀真が見ているのは静香の背中だった。
静香は決心していた。ラズィーヤを取りもどすために、もう逃げ出さないと。
彼女の前から、もう二度と。自分も向き合うんだと。
「結局、運命を切り開くのは、自分……。俺達だ。あの二人の邪魔をするやつは、片っ端から叩き潰すぞ」
刀真が言う。月夜はそれに頷いた。
「うん! 刀真と一緒なら、きっと誰にだって負けないよ!」
彼女の言葉は刀真の心にも響いていた。
誰にも負けない。そうかもしれない。信じていれば、道は切り開けるはずだ。
己の手で――。
「よし、いくぞ!」
「うん!」
二人は静香達の護衛に回るべく、敵を突っ切っていった。
円・シャウラは先制攻撃とばかりに、ラズィーヤに立ちむかう。
が、その口から飛び出たのはとんでもない一言だった。
「ラズィーヤさん! そんな所で終わってもいいの! 百合子さんに、結婚関係で亡き者として永遠に弄られるよ!
負けだよ! 負け! 屈辱だよ! ババアって言われたまま負けるんだよ! そんなのでいいのっ!?」
一瞬、ラズィーヤの顔が引きつったように見えた。
怒りの形相が円を睨みつける。円は思わず、うっと唸った。
「い、いえ……! ボクは言ってません! 思っていません! 許してください! なんでもしますから〜〜!」
「……いやいや、円、言ってる言ってるって」
ぼそりと、戦っている最中であった刀真が呟く。
「あらあらまったく、円ったら余計なことばっかり言ってるわね〜」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)はそう言って、邪魔しようと迫ってくる人型の排除に勤しむ。
『貴族的流血』が生み出した杭で人型を串刺しにしたオリヴィアは、その後、極まった羅刹の力で極限にまでパワーを引き出された刀を振るった。それはラズィーヤを残して、周りの人型を一掃する。
「さ、みんなで説得に回りなさぁい」
オリヴィアは復活する人型の足止めをすることを決め、仲間達にそう言った。
「ラズィーヤさん……目を覚ましてください!」
ラズィーヤのもとにたどり着いた静香とロザリンドは、自分の意思を失ったラズィーヤに向かって必死に呼びかけていた。
だが、そのラズィーヤが元に戻る気配はない。
むしろ彼女は、そんな静香達を嘲笑うかのように、次々と光の怪物達を放ってきた。
「まずいっての!」
「来ますよっ……!?」
円が呼びかけ、ロザリンドが静香を守るように前に出た。
「きゃあああぁぁぁ!」
「ロザリンドさんっ!」
光の怪物が放つ攻撃を受け止めたロザリンドは、盾ごと吹き飛ばされる。
それを静香は追いかけ、彼女を抱き留めた。
「ロザリンドさんっ! ロザリンドさん、しっかり!」
「うっ……だ、大丈夫でしたか……静香さん……」
「僕は大丈夫です! けど……ロザリンドさんが……!」
いくら頑丈な盾を持っているとはいえ、怪物の放つ光はすさまじいものだった。
ロザリンドは傷を負い、身動きが取れないでいる。
と、そこにやって来たのはテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)だった。
「ロザリー!? 大丈夫かいな! 死んでへんやろな!?」
不吉なことを口走るが、これでも本気でロザリンドを心配している。
テレサに駆けつけられて、ロザリンドは苦笑を浮かべた。
「あ、あは……。テレサさんまで来ちゃいました……。ダメですね、私……。こんな足手まといで……」
「んなことあらへん! 待っとき! いま、ウチがあんたを助けてやるからね!」
テレサは言って、ロザリンドに応急処置と回復術を施す。
その間も静香はロザリンドを見守り、彼女の手をぎゅっと握りしめていた。
「ロザリンドさん……お願い……生きて……生きてください……。僕は……あなたが……」
「……結婚、してください」
「えっ……?」
ロザリンドの口からこぼれた言葉に、静香は一瞬、驚いた。
「私……この戦いが終わったら、告白するって……決めてました……」
「ロザリンドさん……」
静香はロザリンドの思いに胸が締め付けられるようになった。
その後、彼女は何とかテレサの治療で元の元気を取りもどす。
告白の返事はまたでいいと、ロザリンド自身が言った。今はまだ、その時ではない。自分の思いは伝えた。後はラズィーヤにも、同じ場所まで戻ってきてもらうだけだ。
「ラズィーヤさん! そちらには静香さんはいないのですよ! ヴァイシャリーも、そちらでと消えてなくなるのですよ!」
ロザリンドが言った。ラズィーヤの目線が冷たく動いた。
まるで、それがどうしたとでも言いたげな目だった。
だがロザリンドは諦めない。彼女は静香の思いも伝えるように、真っ直ぐにラズィーヤを見つめていた。
「そんなの悲しいですよ……。つらいですよ……。みんなと一緒に帰りましょう! ラズィーヤさん!」
ロザリンドは叫ぶ。それと同時に、マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)も呼びかけていた。
「ラズィーヤさん……。私はヴァイシャリーの騎士……。あなたを、止めなくてはなりません」
そう言って、彼女は剣の切っ先をラズィーヤに向ける。
戦いたくはない。しかし、もしもラズィーヤ本人が、本気で立ちむかってくるのであれば……。
それに騎士として応えねばならない覚悟は出来ていた。
「我が剣は未来を作るもの。否定は停滞しか生まない。信ずるは、肯定すべき新たなる未来――」
マリザは剣の刃に瞳を映す。その目は、色褪せない信念で染められていた。
「立ちむかえば、貴方を倒します! どうか私に、その剣を握らせないでください!」
マリザの声は響き渡る。ラズィーヤに、そして光ある世界に。
剣はその刃を輝かせていた。