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リアクション
花音を揺り起こして
ラズィーヤ・ヴァイシャリーが意識を取りもどそうとしていたその時、山葉涼司達は花音・アームルート(かのん・あーむるーと)のもとにやって来ていた。
その傍にいるのはティーラおじさんだ。彼は自らの意思を持って、創造主側に与していた。
「ちょっと、ティーラおじさん。あなたがどんな人かはよく分からんないんだけどさ……そっち側で戦うってわけ?」
ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が含んだような言い回しで尋ねる。
黙っているティーラおじさんに対し、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が言った。
「おじさん……。もしかして、この世界の本当の主はおじさんだったんじゃないの?」
「よく気づいたさぁ」
ティーラおじさんは、まるで近所の子供が遊びにやって来た、といったような笑みを浮かべた。
「おじさんは、この世界に最初からいた。でも、それだけさぁ」
光り輝く全裸のおっさんを前に、皆が対峙する光景というのは妙なものだったが、あまり緊張感は削がれない。
それというのも、おじさんには全裸など些細なことに感じるぐらいの圧倒的な存在感があったからだった。
「創造主が解放されたら、ここも元の姿に戻るの?」
「そうなるかもしれないね。あの子たちの絶望が解放されることがあれば、だけど」
「駄目、だと思う?」
「おじさんには分からないさぁ。あの子たちの悲しみは、生命としてありふれたものと言い換えられるけれど、たくさんの意識が同じだけの悲しみを持ち寄って一緒になってしまった。内側で繰り返し繰り返し、そうして残ったのが、あの絶望さぁ」
「ふぅん、でも、その同情で光条世界を創造主に渡したってわけでもないのよね。おじさんは創造主にのみ味方していたわけでもなさそうだし」
「あの子たちの力は単純におじさんを上回っていたさぁ。おじさんは長いものに巻かれて生きるよ」
「仕方ないかもしれないわね。でも、従うだけでも無かった?」
「あの子たちは可哀想な子さぁ。その望みが叶ったとしても」
「ずっと見守っていたんだね」
「あの子たちもそうさぁ。ずっとここから見てたさぁ、あなた達がまた巡り合う様を」
と――
『う、くぅううう!!』
花音が呻きが響いた。
涼司が慌てて花音へと視線を移す。
光が集まり、輝ける肉体と化している花音は、苦しそうに呻き声を漏らしていた。
『あ、あぁァァ……! 涼司さんっ…………!』
「花音ッ!! てめぇ、花音に何をした!」
怒りの眼差しでティーラおじさんを、そしてその向こう側で輝く創造主を見つめる涼司。
ティーラおじさんは肩をすくめた。
「おじさんは何もしてないさぁ」
「花音ちゃん……っ!」
山葉 加夜(やまは・かや)と布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が、歯噛みして花音を見つめる。
「……ビアー?」
タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は首をかしげながら、尋ねるように言った。
「彼女自身はビアーではないさぁ」
ティーラおじさんが答える。
「あなた達の世界の管理者として遣わされたビアーとメーテウス。退屈と疑問がビアーを突き動かし、メーテウスをそそのかした。そうして、かつて古代ニルヴァーナに光条世界への道を開いた際、メーテウスは罰せられ、ビアーは逃げ逃げて、やがて地球に辿り着いたさ。幾つもに自身を切りばら撒きながら」
「……でも、彼女は……」
「花音・アームルートはビアーに利用されたのさぁ。いや、それが皆の助けになるから、本人も望んでのことだったがね。彼女は、ずっと創造主の中に“潜んでいた”ビアーの一部に守られ、従っていたのさ。だから、ビアーがいなくなった今……」
「ほらほら、アタシの天使ちゃん。そういうことは後にしなさいな」
「むう……」
ニキータに咎められ、タマーラは口をつぐむ。
その間、おネェなその本人は、『テンプテーション』を使って男の姿をした人型に魅惑の力を降り注いでいた。
「あらあら……。こんな存在まで魅了しちゃうなんて、あたしって罪なオンナよね……」
ふぅっとニキータは自分で悦に浸って笑う。
もちろん、効いているのは男の人型の一部で、ほとんどはガン無視して迫ってくるのだが――それを意ともせず、ニキータはフラワシを使って排除した。
(さてと……どうにか無事に連れ帰ってあげたいところだけどねぇ……)
と、彼女は思いながら、花音に目をやる。
すでに創造主の意思に包まれつつある花音は、瞳の力を失って、仲間達に攻撃を仕掛けてきていた。
「くっ……! 花音ちゃん! 目を覚まして!」
加夜が呼びかける。けれども、花音の目は彼女に敵意を向けていた。
「ダメだよ、加夜! このままじゃ! 花音ちゃんの心に呼びかけないと!」
ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)が言う。
彼女にとっても、花音は大切な存在だ。それは加夜や涼司と同じようにだった。
ノアは加夜と涼司を先に行かせるために、防御術を駆使して彼らを守った。
さらに、傷ついた身体は、回復の術が癒してくれる。ノアのその奮闘に、加夜達はどうにか花音に近づけるようになってきた。
「佳奈子ちゃん!」
「うん……! 山葉さん、私が渡した剣を使って!」
加夜に呼びかけられた佳奈子は、涼司にそう呼びかけた。
「あの剣は、花音さんと山葉さんを結ぶ、大切な絆だよ……。だからきっと、花音さんの心にも届くはずだから……!」
「花音の心に……?」
涼司は呟きながら、佳奈子から渡された剣を見つめた。
それは、かつて吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)が振り回していた剣だった。
もっとも、その本来の持ち主は花音で、涼司も大切にしてきた二人の絆だ。
光条兵器は穏やかな光を帯びて、涼司に語りかけているようだった。
「私は信じてる……。二人がきっと、また絆を取りもどすって。だから――」
佳奈子は言って、飛び出した。
近づく敵を排除しようとしていた光の人型に向かって、彼女はハーゲンダーツと呼ばれる弓矢を射放つ。それは人型の中心点を貫き、その輝く身体を霧散させた。
「戦って! 山葉さん! あなたの想いは、きっと花音さんに届くはずよ!」
「…………ああっ……!」
涼司は頷き、加夜と共に花音のもとへと突入していった。
それを見送り、佳奈子は佇む。後ろでは、彼女のパートナーであるエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が微笑んでいた。
「相変わらずね、佳奈子。主役は向こうに譲るってこと?」
エレノアは穏やかに微笑しながら、そう尋ねていた。
「そんなんじゃないわ」
佳奈子は言って、首を振る。
戦いの場は、決して二人に定められたものではない。しかし、佳奈子はそれを選んだ。
花音が待っているのは涼司だ。そして、涼司の心が結びつけているのもまた、花音の心。それを佳奈子は分かっていた。
「花音さんが自由を取りもどすには、あれが一番の道しるべってだけ。そういうことだよ」
「そう? なら、いいけど。どっちみち私達に残されてるのは――」
そう言いながら、エレノアは振り向きざまに敵を切り裂いた。
光り輝く人型はその場に叩き斬られて、消滅する。その姿を見届ける間もなく、エレノアは剣を振り抜いた。
「邪魔する奴らを蹴散らすってことね。そうでしょう?」
「うん、もちろん」
佳奈子は頷く。その手は、弓矢にあてがわれた。
「山葉さんの声が花音に届くことを祈りましょうか。戦いながらね」
エレノアは言って、再び剣を構えた。
佳奈子はそれに微笑みながら、弓矢の矢を引く手に力を込めた。
創造主の光が花音の許容量を越えて、弾け出そうとしているのだ。
「涼司くん!」
「おおっ!」
それを悟った加夜と涼司は、すぐさま花音を助けだすために彼女のもとに急いだ。
一方、創造主はそれをさせまいと光の人型達を放つ。が、その前に人型達を食い止めたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
美羽の放ったブレイブオブブレイドの剣が、人型を一瞬にして切り裂く。続けざまに現れる人型も、剣で応戦した。
「涼司は花音を取りもどそうとしてる……! その邪魔は、絶対にさせない!」
人型を一刀両断する美羽。
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)もサポートの為、美羽の傍に動いた。
「美羽! 涼司! 二人とも、この力を!」
コハクが与えてくれるゴッドスピードの力は、美羽と涼司のスピードを加速させる。
美羽は涼司を狙ってくる人型を切り倒し、彼に声をかけた。
「大丈夫だよ、涼司! 私たちなら絶対にできるよ。だから、一緒に花音を取り戻そう!」
それを聞いた涼司は勇気が湧いてくる。それまで、どこか気負いを感じていた自分が、嘘のようだった。
「ああ、もちろんだ……! 必ず、取りもどす!」
二人はそう言って、花音のもとまで突き進んだ。
しかしその途中、美羽は徐々に人型のパワーに体力を奪われてゆく。
そんな彼女を勇気づけたのは、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)の言葉だった。
『美羽ちゃん! 頑張って!』
「うそ、瀬蓮っ!?」
美羽は驚いて思わず立ち止まった。
瀬蓮の声がしていたのは、コハクの持っているケータイからだった。
彼は美羽を元気づけようと、わざわざ瀬蓮に連絡を取ったのである。
その声に、美羽はどんどん力が湧いてくる気がした。
「ありがとう、瀬蓮……! 私、まだ、頑張れるよ!!」
『その調子だよ、美羽ちゃん! 瀬蓮も応援してるからね!』
ケータイの向こう側の瀬蓮に対して頷き、美羽は再び剣を振るい上げた。
その切っ先は人型を断ち切る。涼司と共に、彼女は邪魔者を蹴散らして進んだ。
そうして、たどり着いた花音のもと。
彼女はその時、自分というものを失いつつあった。
『あ、アァァあァッァ……っ!』
「花音っ!!」
涼司は手を伸ばす。
が、瞬間、凄まじい力が涼司たちを吹き飛ばした。
花音自身から幾本もの光条が鞭のように噴出し、暴れまわっている。
合わせて、花音の身体が保たれず崩れ始めているのが分かった。まるで、ろうそくの火の最後のそれのように。
「くそ……駄目、なのか……!」
「人間五十年――」
朗々と唄が響く。
「下天の内に比ぶれば夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬ者のあるべきか」
「ヒャッハァ〜!」
織田 信長(おだ・のぶなが)と南 鮪(みなみ・まぐろ)だった。
モヒカンを引き連れた鮪が補陀落科数刃衣躯馬猪駆で花音に突入していく。
「ヒャッハァ〜山葉ここはお前の出る幕じゃないぜぇ〜。花音はオレが頂く!」
「なんか既視感を感じるぞ、この光景!」
「ヒャッハァ〜ここからはラブ(裸撫)と覇阿途(ハート)が全てを決める時間だァ〜俺は全てを愛するぜぇ〜そしてすべてに愛させる! そして全てに愛とパンツを与え全てから頂く!」
『え、困ります』
花音は至極冷静に告げた。
女の愛は上書き保存だった。
「いいや譲れねえな! おまえは俺が特別に与えそして奪ったオンナだからなァ〜」
鮪が花音とすれ違いざまに、その体を小脇に拉致した。
花音から溢れる鞭がビシバシと鮪の身体を削っていく。
信長の声が創造主に向けた声が、明朗に響き渡る。
「恒久な時と比べれば刹那の人の世とこの世界。
今生き死ぬ者のするが侭にさせるべし。
余計な世話も他者の尻拭いも無用ぞ。
共に在り今世を作るか傍観するか。
それが出来ぬならば失せよ。
是よりは言の葉の世よ。
わしらと共に歩み共に或ると言の葉に刻んでみよ。
さすれば世を成す力と成す。
是が今世の天下布武ぞ。
新たなる世の理を率いる為に我が生在り」
「つまりは愛だ! パンツだ! 俺が丸ごと愛して奪って愛してやろうじゃねえか。滅んだ奴も未来の奴も創造主もまとめて新しいパンツをくれてやるぜ!」
「お前は結局それか!!」
涼司のツッコミに合わせたわけではないだろうが、加夜と涼司は同時に花音の方へ駆け出していた。
鮪と信長の行為は、創造主の影響を鈍らせていた。
“響いた”からなのか“呆気にとられた”からなのか“思い出した”からなのかは分からない。
だが――
『涼司……さんっ……』
「花音――――っ!!」
二人の手と手が触れあう。
「花音ちゃん……」
加夜が花音に呼びかけた。その目と目が、二人を結びつけた。
「花音ちゃんは……涼司くんにとってかけがえのない存在です……。私にとっても、大切な友人なんです……!」
目に見えないが、絆はきっと繋がってる。そう信じたい。そう、信じてる。
涼司の手にする光条兵器が、花音の心の中に再び光となって戻っていった。
「戻ってきてください、花音ちゃん! 涼司くんのところに……! 私達のところにっ!!」
その――瞬間。
『鮪さん……仕方ないので、もし“待ってくれていたら”、あなたの愛をもう一度受け止めますね』
光は弾け、花音の姿は消え去った。
「……花音」
虚空を掴んだまま、涼司は呆然と呟いた。
花音は消え去っていた。
しかし、気配だけは感じる。それはとても小さく、しかし、確かなものだった。
「涼司くん……大丈夫」
加夜が自身の身体に手を置きながら言った。
「もう少しだけ待ってください。きっと、すぐにまた会えるから」