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リアクション
ラズィーヤの袂にて 3
ラズィーヤはまるで自分の意思というものを失っているかのように、虚ろな目をしていた。
いや、事実、その意識は創造主の手の中にあった。それをラズィーヤが望んだかどうかは分からぬが、確かに今その時、彼女には自分というものが存在していない。代わりに、創造主を守るがごとく、光の人型達を操っていた。
「あれは、やはり、ラズィーヤの意思じゃない……。間違いなく、創造主に操られている」
契約者達と共にいるブラヌ・ラスダーが言った。
彼の伴侶でもある牡丹・ラスダー(ぼたん・らすだー)はそれに頷く。
ブラヌの言う通り、ラズィーヤは決して、何か目論見を持って創造主に操られているようではなかった。
フィローズ・ヴァイシャリーが告げた言葉を思い返す。
創造主はラズィーヤをアルティメットクイーンの代替として使うつもりだという。
現存の世界を滅ぼした後、創造主の下に置かれた新世界の管理者として。
「しかし、あのラズィーヤさんが……。あの人ほどなら、そう易々と操られることはないと思っていたのに……」
「それだけ、創造主ってのがすごい力を持ってるってことかもしれないねぇ〜」
牡丹のパートナーであるレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)がのんびりと言った。
口調はのほほんとしてるが、その考察は思慮に富んでいる。
(確かに、レナリィの言う通りかもしれませんね……)
牡丹は心の中でそう思った。
創造主に関する、こちら側の認識の甘さは捨てなければならないかもしれない。
「あのラズィーヤにとって、こんな風に最悪の形で自身を利用されるってのは最大の屈辱だろうな」
ブラヌが片目を絞りながら呟く。
「いずれにしろ、神楽崎総長が責任取らされて若葉分校にでも引っ込んだら、こっちの自由がなくなる――なんとしても戻ってもらう。百合園に」
一方、すでに仲間達はラズィーヤの心に呼びかける手段を取っていた。
「ラズィーヤさん! 目を覚まして!」
桜井静香が呼びかける。
吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)もそれに続いた。
「ラズィーヤ! あんたには帰る場所がある! 待ってる人がいる! そうだろ!?」
竜司にとって、ラズィーヤがどうして創造主の傍にいるのか、なぜ操られているのか、それは些細な事だった。
大事なのは、百合園にとって、ラズィーヤがなくてはならない存在だということだ。
そして竜司が大切に思っている神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)にとっても、それは同じ。
「あんたがいねえと、オレの優子が元気が出ねぇんだよ! だから、頼む! 戻ってきてくれ!」
優子の為にもと、竜司は決死で呼びかけた。
「まったく、どうしてあなたがこんなところにいるかは知らないけどね……」
上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)も竜司に続いて声をかける。
彼女の周りではフラワシが動き回り、近づく人型に攻撃を仕掛けていた。
「みんな、あんたの帰りを待ってるんだよ! ちったぁ目を覚ましなよ!」
蓮子の声に、ラズィーヤは反応を示さない。
彼女は高根沢理子の姿をした創造主へと視線を移し、ちっと舌打ちした。
(創造主とか言ったっけ……? まったく、女を操って仲間に攻撃させるだなんていい趣味とは言えないね……!)
蓮子が怒りの目を創造主に向けている間、ラズィーヤには同じ百合園学園の仲間が呼びかける。
「ラズィーヤさん……。あなたは慈しみの心で生徒たちを見守る方だったはず……。思い出してください、百合園での幸せな日々を……!」
姫宮 みこと(ひめみや・みこと)が静香達に続くように言った。
(ボクも百合園の一員です……。あなたが操られるなんて、こんな状況は見過ごせません……)
彼女の心の中では決意が渦巻く。
無闇な突出と攻撃は避け、ラズィーヤの心に呼びかけるべきだと、みことは判断した。
その間、みことを守るのは彼女のパートナー、本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)の役目だ。
「さる! どいていろ!」
「わわっ……! 揚羽さん〜っ!?」
みことの前に飛び出した揚羽は、光り輝く人型の放った光周波のエネルギー波を防御した。
巨大な斧でそいつを受け止め、弾き返す。その戦いの様はまさに武士そのものだった。
「あ、ありがとうございます、揚羽さん……」
礼を言うみことに、揚羽は笑みを返す。
「礼などよい。それよりも、あの女を元に戻すのじゃろう? だったら、急ぐことじゃ。
時間だけを割いても、じり貧になるだけじゃからのう」
「……はい! わかりました!」
みことは頷いて、ラズィーヤに向き直った。
揚羽にとってはラズィーヤに特別な思い入れはないが、百合園に彼女が必要だとは理解できる。
それに、どんな状況に陥ろうと、揚羽はみことのパートナーである。彼女の為ならば、その力を貸すことは厭わなかった。
(まあ、さるにも信ずるものがあるということじゃ。妾もその為になら、この華、咲かせてみせようぞ)
巨大な斧を振り回し、人型の攻撃に立ちむかう揚羽。
一方、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)も、ラズィーヤに全力をもって呼びかけていた。
「ラズィーヤさま! 戻ってきてください! 俺様、その為にここまで来たんですからー!」
「それがしも頼むである! ラズィーヤさまが戻ってきて、あわよくば、それがしが鯉さんではなくドラゴニュートであるという声が届く世界にー!!」
どさくさに紛れて無茶苦茶なことを言っているやつもいるが、これでも光一郎のパートナーのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)である。
二人の声が続き、ラズィーヤの目に迷いとも戸惑いともつかぬ色が現れた。
ぴくりと眉が動いている。それは、オットーの空気を読まない発言に怒りを覚えているようにも見えた。
それに気づいたのは静香と、ブラヌ・ラスダー、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)だった。
「あれって……もしかしてラズィーヤさん、怒ってるんじゃ……」
「かもしれんな」
「あ、あの、それじゃ、ラズィーヤさんは……」
アレナ達が言おうとしていることは明白だった。
つまり、ラズィーヤの本能であり理性の関わらない部分を刺激してやれば、もしかしたら彼女は元に戻るかもしれないというのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、変熊 仮面(へんくま・かめん)だった。
「ふっ……危ないところだったな」
静香達の前に現れた変熊は、無駄に気どった仕草でそう言った。
「敵が美しい俺様の姿を取っていたら、誰も攻撃できないところだった……。せめてパートナーの姿だったことを幸いに思うぞ!」
誰も聞いちゃいねえというようなことを言ってのける変熊。
しかし、パートナーのにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)だけは、彼に賞賛を送っていた。
「さすが師匠! その自信満々っぷりには惚れ惚れするにゃ〜!」
「はっはっはっ! そうだろうそうだろう! 俺様の裸を見て惚れない奴はいないからな! あっはっはっはっ!」
二人は漫才のような掛け合いを見せる。
だがそのうち、その漫才も出来ないぐらいのピンチに陥った。
それはパートナーのにゃんくまそっくりの人型が現れたことだった。人型のにゃんくまは本物のようにぺらぺらと喋ったりしないが、動きだけは彼とそっくりで、変熊に襲いかかってきた。
「なんとっ!? にゃんくまそっくりの人型が……ぐぼらっ!?」
喋っている間に、容赦のないにゃんくま人型の攻撃。
ぶっ飛んだ変熊は、今度は本物のにゃんくまのほうへ目がけていった。
「にゃにゃっ!?」
これに驚いたのはにゃんくまである。彼は偽者の自分に驚いたのもそうだが、飛んできた変熊にも驚いていた。
結果、彼が取った行動は意外なものである。
「こ、こっち来ないでにゃ〜っ!」
「ぐぼらばぁっ!?」
にゃんくまは必殺の『鳳凰の拳』で変熊を一発ノックアウトする。
顎が外れんばかりの勢いでぶっ飛んだ変熊。
さて、それと時同じくして、国頭 武尊(くにがみ・たける)は確信していた。
(ラズィーヤを創造主の精神支配から脱却させるのに必要な方法――俺の考えに間違えはなかった、ってことだ)
武尊は桜井静香に変装していた。
卓越した変装技術に加え、静香のティアラ、静香のドレス、チェリー・ブラジャー、チェリー・スキャンティーを配し、完璧な姿でドレスの裾を翻す。
(静香の格好でラズィーヤにキスをする! そして、その隙を突き、“ぱんつを確保する”)
狙いは真っ当だが、手段が酷い。
「へ、お姫様を目覚めされるのはキスだって昔から決まってるだろ?」
公衆の面前でキスされた挙句、ぱんつまで獲られるという衝撃がラズィーヤの意識を取り戻す。
そう、武尊は確信していた。
(うまくいったとこで大変なことになるだろうが、それはそれ、ってやつだ)
その後方では、猫井 又吉(ねこい・またきち)がビデオカメラを片手に本物の静香を押しとどめ、ラズィーヤの認識の外へと追いやっていた。
「今撮影中だから、この線から前に出ねーでくれよ」
「さ、撮影って、この状況で? 何を?」
「てめぇ、アホか。この状況だからこそだろうが。記録映像ってやつだ、アァ? 二度とねぇだろう光条世界のこの状況を撮影しておくのよ」
理屈は無茶でもその勢いは静香をとどめ、武尊と入れ替わらせておくのには十分だった。
一方で、武尊は、他に気を取られていたラズィーヤに接近し、抱き着いた。
「僕の知っているラズィーヤさんなら、誰かに操られたりなんてしない!! お願いだから目を覚まして!!」
静香っぽいことを言いながら、振り向いた顔に顔を一気に近づける。
(もらったぜ……!)
ズキュゥゥウウウウウウウウン!!
「残念――」
声は、上から降ってきた。
「それは私のチムチムチェリーだ」
ラズィーヤと武尊の顔の間に挟まったもの。
それは、にゃんくまにブッ飛ばされ、ラズィーヤの方へと吹っ飛んでいた変熊の股間だった。
そのまましばらく、時間は停止。呆然と見守られていたが、やがて、
「……………………ふっ……」
ラズィーヤが笑みをこぼす。
そして次の瞬間、スパーーーン、と武尊と変熊が吹っ飛んだ。
冷ややかで、かつ、蔑んだ非情の笑みが変熊の“それ”を見下ろす。
「これがシャンバラの3柱が1柱と噂された“もの”ですの? まさかこの程度とは」
それは幸か不幸か。ギリギリのラインが呼び起こした奇跡か。
ラズィーヤはいつの間にか意識を取りもどし、その瞳にはかつての高尚な目の輝きが戻ってきていた
一方、変熊はラズィーヤに殴られた鼻面からどくどくと血を流しながら、
「ふっ、見たか! これがロイヤルガードの実力だ!」
などと、のたまっていた。
殴られたダメージより精神的なダメージの方が大きかったのか、青ざめた顔で、胸を抑えてプルプル震えているが。
「……そ、想像の斜め上をいく“大変”なことに……」
武尊は武尊で泡を吹きかけていた。
ともかく、ラズィーヤは意識を取り戻した。
決して褒められた姿ではないが、彼らのおかげであることは確かなのだろう。
もちろんそれは、ラズィーヤの意識を揺さぶっていた仲間達のおかげでもあった。
「やった……! ラズィーヤさんが元に戻った……!」
「ラズィーヤさんっ……!!」
静香は涙ぐみながら、ラズィーヤに駆け寄った。
そして、その胸に飛びこんで抱きしめる。
「よかった……本当に……よかった……っ!」
「静香さん……」
ラズィーヤは一瞬、その行為にびっくりしたが、徐々に状況を把握し始めたのか、微笑み、静香と、そして、仲間たちを見やった。
「……わたくしが居なくても、ここまで出来るようになったのですわね」
「そんな……ことっ……」
まだ泣きじゃくり続ける静香に、ラズィーヤは少し寂しげな視線を向けた。
「時代は変わった。その証明ですわ――もう、わたくしが静香さんの背を押す必要はなくなったのですね」
ラズィーヤは笑み捨て、静香から体を離した。
「ラズィーヤさん……」
「つまり――これからは、//元からそんなに考えていなかったですけれど// 静香さんの成長などを気にせず、ただただ、わたくしの趣味のままに虐められるということですわね」
「……え゛っ?」
涙の止まった静香の視線の先、ラズィーヤは清々しい笑顔で、自身を救った仲間たちを見やっていたのだった。
と、ロザリンドが、静香の隣にそっと近づき。
「あ、あの、静香さん……あらためて……」
「あ……」
気づき、静香はロザリンドに、まっすぐに向き直った。
周囲で未だ熾烈な戦闘は続いている中、静香はロザリンドに告げた。
「僕も……僕からも言わせて。結婚、してください。僕らの戦いの結果は、まだ分からない。でも、きっと素敵な未来になる世界で、あなたとずっと一緒に生きていきたい!」
「っ……!?」
ロザリンドは涙を浮かべ、静香に抱きついた。
それを見守りながら、ラズィーヤは、そっと「二人の行く末に幸あれ……」と呟いたのだった。