校長室
リアクション
◆ ◆ ◆ 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の鋭い視線はいっかな衰えなかった。 ――しかし彼も今回の戦いは流石に骨が折れると考えたか、普段愛用している太刀ではなく、透き通るような純白、先端にかけては黒く染まっている刀身を持つ片刃剣を抜くと、光を反射する刀身を見つめて呟いた。 「今度の敵はちぃと苦戦しそうだ……だから力を貸せ、『バルバトス』」 『――――』 瞬間、強風が吹いた……ように竜造と松岡 徹雄(まつおか・てつお)は感じた。 しかしそれは錯覚であり――2人の前には白から黒にグラデーションする二対の羽を広げた女性の姿が見えた。 「いやあ……バルバトスが出てくるなんて、これはまさに奇跡だね」 徹雄の呟きを無視し、竜造は現れた女性――かつて人間と戦い死に、魔族の王によって殺された最凶の魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)――を見つめる。幻……にしては実体感のあるのが気になったが、それ以上に漂う雰囲気が気に入らなかった。 「フン、すましやがって」 「あら、大層な物言いね。折角呼び出されたから神々しい態度で居てあげたのに」 途端に高圧的な態度を見せたバルバトスに、竜造も流石に驚いた様子を見せたがすぐに表情を改め――それまでよりどこか満足げだった――剣をピッ、と振るう。 明らかに人の身では扱いかねる長さと重さのはずだが、まるで羽が生えているかのように軽く竜造の周りを舞った。 「喋れるみてぇだが、それ以上のことは出来なさそうだな。……まぁいい、とりあえず傍にいろ、それで十分だ」 竜造の命令に、バルバトスは楽しんでいるような表情を浮かべたのみで何も答えない。しかし竜造はその態度を肯定と受け取り、もののついでとばかり2つ、問いかけをしておいた。 「お前は何故俺に、この羽根を寄越した? お前は本当に、死んだのか? ……創造主をぶっ殺したら聞かせてもらうから、覚悟しとけ」 言いたいだけ言って、竜造が背を向けた。バルバトスの反応に興味を示していた徹雄も、前方への注意に切り替える。説得しようとする者たちがこの場の決着を付けてくれるならそれでいいだろう。だがここまで来て、説得に応じるようなものでもないだろう。 (おじさんもね、この世界はなんだかんだで気に入ってるんだ。だからできれば滅ぼされたくはないからね) その時は自分が露払いを担い、竜造とバルバトスを行かせる心積りであった。 戦場に吹いては消える、とある魔神の囁き ――ええ、私は死んだわ。……いいえ、パイモンに殺された。 パイモンがこの世界に生き続ける限り、私はこの世界に出てこないわ。理由は……そうね、あなたなら言わなくても分かるでしょ? ――あなたに羽根を渡したのは……そうね、あなたほどの魂を逃すのが惜しくなった、そう思っておいて頂戴。 どうせ百年もすれば手に入るでしょうから……それまでせいぜい、“生きなさい” ◆ ◆ ◆ 「運命だぁ!? そんなもん、勝手に決めつけてんじゃねえっ!」 そう言って怒鳴り散らしたのは、飛鳥 菊(あすか・きく)だった。 彼女はここで終わるつもりはさらさらなかった。 世界産みを成功させるため、新たな時代を創造するため、生きのびる覚悟だったのだ。 だから、それを否定しようとする創造主は許せない。怒りが爆発している最中だった。 「珍しない? 菊がそんなに熱くなるなんて……」 パートナーのエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)が言った。 確かに菊は以前から口は悪いが、これほど感情をむき出しにしているのは初めて見た。 そんな呆然とした目をしている彼に、菊は激しい返答を返した。 「うっせ! こんなところにいたから、周りの連中に影響されたんだよ!」 「そういうもんなん?」 「ああもう、うるせえなぁ! だから、そのっ、俺にもまだまだやることがたくさんあるってことだよ! 例えばっ――」 そう言って菊は、ぐいっとエミリオの胸ぐらを掴んで引っぱると、そのまま彼の唇を奪った。 重なり合う、お互いの口と口。接吻の感触が、エミリオにもじんわりと伝わった。 「……っはぁっ!」 菊はようやく唇を離し、ぐいっとそれを拭う。 顔は真っ赤になっていた。 「こ、これが……俺のやりたいことだよ……」 菊はしどろもどろになりながら言う。 「…………」 しばらくエミリオはぼーっとしていたが、やがて、 「はは……。相変わらず強引やな、菊は……」 と、ほがらかに笑った。 「……ごめんな、気づかんで」 「うるせー、ばーか……」 二人は顔を赤くして、互いに目を合わせられないでいる。 ただ、まだエミリオはマシなようで、彼はそれよりも人型の敵が迫っていることに気づいた。 「菊、ぼーっとしてる場合ちゃいみたい。敵が来るで」 「ああ、分かってるって」 菊もさすがに戦いを前にしたら気が引き締まる。 が、彼女は一言だけ言い残した。 「……俺を守れよ、エミリオ。俺もお前を守ってやるから」 それは女の子の台詞としてはあまりに生意気だったかもしれないが、エミリオは彼女らしいと思った。 (泣き虫やった君は、いつの間にか強くなっとったんやね……) そんな事を思って、ふと微笑む。 「かしこまりました、や。必ず守るで、君のことは」 その言葉に、ほんのり頬を赤くしながら菊は頷く。 二人は手を取り合うように、人型に立ち向かった。 |
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