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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

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あなたのためにお弁当

「さて……と」
 紅葉狩りの朝。
 早起きをして、料理本を片手に、姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)は台所に立った。
 釣り目がちで硬い印象のある星次郎と、朝の台所と言うのはなかなかにそぐわない光景だ。
 そんなことは星次郎自身も分かっている。
 研究室に立っているとか。
 居合いの道場に立っているとか。
 そういうのなら似合うだろうが、自分が読書のために自分用に紅茶をいれることはあっても、朝から誰かのために台所に立つなどとは思わなかった。
 それでも、今日は台所に立たないといけないのだ。
 料理は得意でははないけれど……。
「頑張れば、それなりに食べられるものは作れる……筈!」
 シャンテに渡すためのお弁当だ。
 不味いものをシャンテに渡すなんてできない。
 これから会うシャンテの顔が頭に浮かび、星次郎は静かな気合を入れた。
「よし……」
 普段の戦いとかまた違う真剣さで、星次郎は大事な友人のために、お弁当を作り始めた。
 
 
 一方、シャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)の方も星次郎のために、お弁当を作っていた。
「お弁当交換という約束ですからね」
 シャンテはジャガイモやニンジンを丁寧に切り、鍋に入れていった。
 そして、その向こうでは白いご飯が炊かれ、シャンテを待っている。
「えと、保温できるを入れものは、と……」
 お弁当を入れる容器のそばには、アルザスの銘菓であるクグロフが置かれている。
 ふんわり生地のパンのようなお菓子だ。
 しかしそんな珍しいお菓子よりも、シャンテにとって難関なのは『おむすび』だ。
「星次郎は日本人なのだから、がんばらないと……」
 シャンテの前には、『おむすびの基本』というページが開かれていた。
 俵型とかいろんなものがあるが、きっと三角おむすびでいいはずと思って、シャンテはおむすびを作り始めた。
「これは……パンを焼く方がずっと……楽かも……」
 最初から挫けそうなシャンテだったが、星次郎の顔を思い出し、普段はリュートを奏でる綺麗な指で、慣れないおむすび作りの作業を続けた。


 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はコトコトと小豆を煮ていた。
 お汁粉を作るためだ。
 砂糖などを出しながら、弥十郎は無意識に独り言を言う。
「……京都では手を繋いだから、次はキ……」
 自分の心に浮かんだ想像を払いのけて、弥十郎は慌てて鍋を覗きこんだ。
(進みたくなるけど……我慢だよねぇ)
 紅葉狩りに誘われて、ドキドキすると同時に、薔薇学の中で初めてデートした時のことや、修学旅行でのことを思い出し、色々考えてしまう。
(気が紛れてるのか、紛れていないのか……)
 そんなことを想いながら、佐々木は保温性の水筒を出して、お汁粉をそれに詰めた。


 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)にお弁当作りを頼まれ、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)に教えてもらいながら、キッチンで四苦八苦していた。
「四天王のくせに料理一つ出来ないんですの!?」
 八つ当たり気味のエレーナにタジタジになりながら、イリーナは一応の反論を試みた。
「四天王と料理は関係ないかと。ナガンや吉永だって料理が上手そうには見えないし……だいたい四天王が欲しかったわけじゃ……」
「欲しかったわけじゃって、それじゃイリーナは何が欲しいのですの? 少尉とか?」
「それも別に。んー、レオンの一番そばにいるのが、ずっと自分ならいいなって……」
「のろけてないで、さっさと作りなさーーーい!」
 お玉を振るって怒られ、質問してきたのはエレーナなのに、と思いながら、イリーナは料理に集中した。


 その頃、シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)と2人でお菓子作りをしていた。
「シルヴァ様、レオ君甘いの苦手って言ってたけど、こんなにお砂糖入れちゃって良いのかな? 良いのかな?」
「いいんですよ、アレのことは気にしないで」
 ハンドミキサーでマドレーヌの生地をかき混ぜるルインに、シルヴァが笑顔でひどいことを言う。
 どうやらシルヴァには『パートナーを大事にする』というのはないらしい。 
「さて、紅茶も詰めましたし、キャンピングシートの準備もOK。後は……」
「後は?」
「これらをリュックにどう詰めるかが問題ですね」
 ずらっと並べられた魔法瓶などを見て、シルヴァがちょっと考える。 
「はわー、持って行く物いっぱいだねっ、減らさなきゃかなっ? かなっ?」
 ちょっと心配そうにルインが見つめると、シルヴァは笑顔を浮かべた。
「いえ、大丈夫ですよ、ルイン。なんとか詰めて、後はうちのライオンに持たせればいいだけのことです」
「うん、シルヴァ様がそう言うなら大丈夫だねっ!」
 ルインは一つの迷いもなく、満面の笑顔で頷いた。


 逆にパートナーの島村 幸(しまむら・さち)至上主義のガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)は、幸の不機嫌な様子を見て、困惑していた。
「あの……幸?」
 割烹着姿のガートナが控えめに尋ねるが、幸は不機嫌な顔のまま、答えようともしない。
 ガートナには幸の不機嫌の理由が分からなかった。
 一緒に紅葉を見ようと、朝早く起きて、幸のためにお弁当を作っていたのに。
 ベタ惚れの幸の好きな物を入れて喜んでもらおうと、前日にしっかりいろいろ買っておいて、今日に備えたのに。
「幸、どうかしたのですか?」
 もしかして具合が悪いのだろうかと心配して、ガートナが様子を伺うが、幸は聞いていないかのように、ちらっと時計を見て、こう言った。
「時間が……」
「あっ」
 時計を見ると、いつの間にか時間が経ってしまっていた。
 誰かと待ち合わせと言うわけではないが、お弁当の時間を考えたり、山に入る時間というのを考えると、あまり遅くなるとまずい。
 ガートナは慌ててお弁当を詰め、そして……。
「あれ……」
 気づくと幸がガートナを置いて、一人で行ってしまった後だった。
「幸、どうして……」
 12月には幸の誕生日があるのに、意味も分からず幸を不機嫌にしたまますれ違いたくない、とガートナは慌てて彼女を追いかけた。