リアクション
Epilogue-II- 夢の魔物 「来たわね……!」 砂漠の小国クトレア。 アサルトカービンを抜いたナイン・カロッサ(ないん・かろっさ)。ロザリオ・パーシー(ろざりお・ぱーしー)も一緒だ。 彼女は、砂漠の民に望んだ話を聞くことができた。 ナインは笑みを見せた。おそらく、勝てる……。 隣国を落とした、魔物の軍勢が来る。 その数は異様に膨れあがっている。 吸血鬼、スケルトン、レイス、砂漠の魔物の群れ……その様に震撼させられる魔物たちの群れ、群れ。 「弓矢隊! えい今よ、射て!」 ひゅんひゅんひゅん。砂漠を来る魔物の群れに矢が射ちこまれる。 しかし、無論これでは、倒しきれるはずはない。 魔物らが、向かってくる。 「ひぃぃ」 小国の兵は怯んだ。 「これで注意は引きつけた……」 ナインは駆けた。ロザリオも続く。「おまえら続かないのか、意気地なしが!」 兵は一人、二人と城へ逃げ込んでいってしまう。 これだけの魔物だ。砂漠を、埋め尽くしそうだ。 ナインは魔物のなかへ飛び込んでいく。 「ロザリオ!」 「ナイン!」 「ロザリオ、離れないで!」 「あたりまえだい、ナイン。三郎がナインをしっかり守れと言ったにゃ!」 ナインとロザリオは魔物を誘引して、砂丘を越えていく。魔物の先頭は向きを変えて、ナインを追ってきてくれた。「これでいいのよ!」ナインは魔物を撃ち抜きながら、息を切らし、砂丘を越えていく。「ここからだと、四の砂丘を越えて、五つめの大きな砂丘が見えてくるところ……その手前が大きく落ち窪んで見えるはず。そこが……あれね?」 もうどれだけ走りづめだろう。 身軽なナインでも、もう息が持たない感じだ。「はぁ、はぁ……」それに、砂漠のど真ん中である。「ナイン、水飲めにゃ!」「あ、ありがとうロザリオ。はぁ……はぁ。ああ、脱いじゃおうかしら」「ぽっ」 後ろには、ぞくぞくと魔物が来ている。 「あぁ、いい感じだわ……」 ナインは魔物を適度な距離で引きつけて、注意深く砂丘を迂回して登った。 魔物の群れは、一直線にナインめがけて来る。 「かかった」 群れが、どっ、と砂漠の砂のなかに陥没し引き込まれていく。 ウウ。ギャーァァァァ。 おぞましい、魔物の悲鳴が幾重にもかさなる。ナインにはそれが今は爽快に響いた。 巨大な、砂漠の蟻地獄が姿を現した。 「やった!」「ナインー!」「ロザリオ。ワタシたちの作戦勝ちよ。甲賀にも誉めてもらえるかな?」 ナインは、大砂丘を上りきった。すると…… 「な、何……そんな、嘘よ!」 ナインは思わず叫んで、へたり込むと砂を掴んだ。 「にゃぁぁ……」 見ると、これだけのと思われる町一個くらい飲み込もうかという蟻地獄に飲まれたのは魔物軍のごく先陣に過ぎず、さき見たものよりもっと膨大な数の魔物が、これまで来た砂漠を埋め尽くしているようであった。 「そんな、どうして……」 魔物は、向きを転じ、ぞろぞろと砂漠の南の方へと向かっていく。 真昼の百鬼夜行であった。 「こんなの見たくない……」「ナイン、ナイン」「え?」「三郎にゃ。三郎がにゃんとかしてくれる!」「甲賀さん……」 その先には、グレタナシァ、そして岩城がある。 * 「き、来たであります!」 グレタナシァの長城から砂漠を見やる孔 牙澪(こう・やりん)、宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)。 砂漠を埋め尽くし、魔物の大軍団が、やってくる。 「いよいよ決戦の時でありますねっ! 教導団の意地をみせるのでありますっ!」 孔は、ふりふりの大きなリボンをしっかりと結んだ。孔と一緒に出ることになるのは、捕虜になっていた獣人兵だ。厳しい錬兵を行ってきたグレタナシァの兵でさえ、さすがにこの魔物の大群には怯んだ。しかし、獣人らは魔物国の吸血鬼に騙され分断されて仲間を討たれているのだ。仇討ちだと、士気は高かった。 孔は彼ら獣人兵にも同様にふりふりのリボンを結んでいく。 「……何ダ、コレハ??」 「これは、戦闘中でもボクの部隊の表示をするとともに、共に戦う仲間としての意識を高めるものなのです! それになにより……」可愛いのであります。 「……?」 孔はリボンをつけた獣人たちを見て、ぽっ、可愛い、と頬を紅らめた。そしてほわんぽわん(ほわん・ぽわん)のことを思い出した。「この戦いが終わったらほわんにも、もっと可愛い新しいリボンをぜったいつけてあげるであります……!」 * 岩城には、慌ててクレベールが駆け戻ってくる。 「き、来た!」 「グレタナシァ。とうとう動いたか」 「いや、違う。グレタナシァはすでに我らの味方が工作をかけて落としたらしい。 グレタナシァの向こう、砂漠からえらいのが来る!!」 「……よし、今こそ戦闘訓練通りの配置に就くのだ。敵が魔物であろうとここを守りきれ。 最後まで国境警備の任を果たすのだ」 最後の最後で討ち死にすることになろうとな。甲賀が指示を出す。 いや……そうではない。甲賀は振り返り、佇む岩城を見た。隊長さんのためにも、我は生きねば。 「そう言えば……煙の姿が見えませんね」 * 「私も自ら出る」 ひろしだ。獣人兵団と出撃する孔中尉に続いて、ひろしも出撃を希望した。怯む兵にあって、ひろしの士気も高かった。出すしかない。 孔中尉は、ひろしにも大きなふりふりのリボンを結んであげた。 「……」 「なにより……可愛いであります!」 リボンをつけたひろし、甘利、右にフランシスコ・ザビエル、ティトー・リヴィオと並び最前列に立った。ひろしの左隣には、不動煙(ふどう・けむい)(やっぱりリボン付き)が立っている。「じゃあゆこうか、死者の書?」「ええ……覚悟はできているアル」 魔物が、来る。 孔中尉が手を挙げる。 「さあ最終回悔いのないように戦うであります!!」 * 戦いが始まって一刻程が経った。 魔物の群れは、グレタナシァの長城を隙間なく取り巻いた。迎撃に出たひろしたちの姿はすでに魔物のなかに掻き消えてしまった。ぼろぼろにされたふりふりのリボンが、魔物らに蹂躙されて沸き起こる砂塵に巻かれて飛んできた。 それを、手にそっと取ってみる。 「……」 長城の上から、宇都宮でさえこの様子を見て、 「ここまでか……」 とつぶやいた。 魔物は、岩城にまで殺到した。 * …… …… * ここに、戦いを生き残ったある中尉の手記が残されている。 かくして、ボクたちの戦いは一応の終わりをつげたのです。 一兵士にすぎないボクには、この戦いが後の人にどのように評価されるのかは解りません。 ……ただ、一ついえることは……信念の違いはあれど……敵味方全てが命を賭して戦ったという事であります。そこに勝ち負けの意味はあるのでしょうか……? * 「ごめんね、わらわにもっと力があれば……悔しいアル」 そう言う死者の書は、涙を流していた。 魔物が行き過ぎ、あたりは死体の山、死体の山ばかりであった。 煙は、ファイアストームを駆使して果敢に戦った。多くの魔物を討った。しかし、味方もまた多くが討たれた。 「いつか何か出来る様に頑張ろう、だから泣くな、いつかは力になれるはずさ」 煙に語りかけられ、 「うん……うん……」と涙をぬぐう。 さあ戻ろう。龍雷連隊のもとへ? それとも、南部戦記から日常へ…… 魔物たちは、何処へ去ったのだろう。砂漠からわき起こった無数の魔物は、グレタナシァを取り巻き、その後いっきに岩城を攻め立て、そして北の森へ突入し、消えていった。 魔物たちは夢の世界へいったのかもしれない。それは我々の無意識の世界だ。 南部戦記が終焉した後も、魔物は無意識の世界に息を潜め、その奥深くから我々を見つめているのかもしれない。 |
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