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リアクション
★1章
オールドが巨大カジノの建設に取り掛かって数カ月、ようやくその完成が間近になった頃だ。
ロッソはまるでホーム・パーティーでも開くかのような陽気な声で、他マフィアのボスを含めて招待すると宣言したのだ。
それはオールド幹部の眉を引き攣らせるに十分で、カジノ完成披露のオープン・パーティーは真っ赤な血のデコレーションで染め上がるだろうと容易に想像できた。
ある者は武器の調達に走り、ある者は警備計画を立て、ある者は情報収集に余念がなかった。
電子レンジで温めたモノが爆発する一歩手前の緊張感が次第に街中に溢れかえる。
久しぶりに行われるカーニバルの熱気だった。
*
大通りに並ぶ店の裏路地――それを挟む店は区画の中に住む人間へ向けて入り口を開いている。
中立区画特有の配置であって、大通りに近い場所ほど飲食や夜な夜な光る妖しい店があり、広場のように広く道をとってある。
逆に大通りから対角の場所はマフィア区画から最も離れている事もあり、商店街が軒を連ね、優良な飲食店も多い。
「要は暴れんなら精々がここまでって暗黙の了解だ。ニューフェイスがこの区画に潜ってようが、他のマフィアもわざわざここまで引っ張ってくる話だぜ」
大通りに面し、危険を伴う場所に酒場を開いている夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)がカウンター席に座るリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に街の了解を説明した。
「意外としっかりしてるのね。ますますここにオープンするカジノで歌姫として張り切りたくなっちゃったわ」
ワインやカクテルなど小洒落た酒は出ず、当たり前のように出た大ジョッキのビールを手に、リカインは甚五郎の眉が吊り上るのを傍目に笑顔で返した。
奥のテーブルではウェイトレス姿の草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が客であるどこかのマフィア者と同席し、タロットを捲っていた。
「そなた……。近々騒々しい場所で絶えるであろう」
「羽純ィ、オレァまだ死にたくねェんだ。回避する方法くらいあるんだろッ、なっ、あるんだろ!?」
「……ふぅ……。組など抜けて大人しくしていればわからんがな」
強面のマフィアが顔を崩し、彼女にすがる様に飛びつくのだが、その瞬間ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)に首根っこを掴まれ、酒場の外に放り出された。
「面白い酒場ね。マフィアが親に叱られて泣いたみたいな顔して摘まみ出されたわ」
「そうでしょう。それがこの酒場の魅力で、ロメロでさえも認めた唯一の場所ですから」
甚五郎の後ろ、カウンターの厨房から料理を運んできたホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が、リカインの前に野菜スティックと揚げ物を置いて胸を張った。
「ホリイ、摘まみ出された奴に慰め酒でも持ってってやれ」
「はいはい、優しさ1つ入りま〜す」
ボトル・ビールを手にホリイが店の外へ向かい、通り過ぎた羽純のテーブルには次のマフィアが座ってはタロットを注視し、
「そなた、女に騙されておる。心当たりがあろう?」
「キャサリンのことかああああッ」
今度は頭を抱えだしていた。
別のテーブルでは屈強な男2人が胸倉を掴み合い、殴られた衝撃で木のテーブルをひっくり返していたのだが、
「ご退店願います」
「は、離せこのッ! コイツにわからせてやらなきゃ気が済まねぇんだよッ」
「では店の外でご自由に願います。何でしたらワタシがレフェリーを務めて差し上げましょうか?」
反撃の果ての殴り合いになる前に、ブリジットに摘まみ出された。
「全く、この街の連中ときたらどいつもこいつもまず手が出やがる。ロメロが健在だった頃が懐かしい」
「でも優しいわね」
「普通の人間がマフィアの連中におっかなビックリ生活してたんじゃ神経がすり減るだけだ。それはマフィアも同じよ。敵対する奴らにビビってたんじゃ、至る所で引き金が引かれちまう。だから中立であれる場所が欲しいんだ。ロメロもそれを理解して支持してくれては、ここで取引やマフィア同士の連絡会も開いたくらいだぜ」
「そう。なら私みたいな新参者は真っ先にここを訪れるべきね。カジノで働くことになったらそう勧めておくわ」
最後にそう褒め、リカインが金を置いて席を立つと――、
「……ホテルはこの区画の奥、サンカンパレスってとこにするといい。ホテルのオーナーと懇意で安全も保障できるぜ」
「ビール1つ、ミルク1つ、オイル満タン入りましたー」
甚五郎はそう言ってリカインを送り出すと、ホリイが新たにとってきた注文のビールを注ぐのに取り掛かった。
「……って、ミルクはまあ、いいとして、オイルってのはどういうわけだ」
「おい、店員、俺様のビールはまだか」
リカインと入れ替わりに忍者超人 オクトパスマン(にんじゃちょうじん・おくとぱすまん)が彼女と同じカウンター席に座り、甚五郎が注いだばかりのジョッキをかっさらって飲み干す。
そして、ああ、成る程と納得してしまう連れはコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)とラブ・リトル(らぶ・りとる)だった。
「マスター、入り口はもう少し広く構えてもらわんとな。いちいち腰を曲げてはフレームが歪んでしまう」
「精々が人間とナリが一緒な機晶姫レベルでしか設計してないもんでね、ロボットは想定外だ。第一契約者も元々は想定していない」
「はーい、ミルクでーす。ついでにチョコレート・シロップでトッピングしましたー」
「わーい、ありがとう」
ホリィからミルクを受け取ったラブは、それを小さな身体で嬉々として浴びる様に飲みだした。
「で、ロンド幹部のラブが何の用だ?」
甚五郎は錆びついて硬く回らないオイル・キャップに手をかけながら鼻息荒く聞いたのだが、飲む事に必死なラブは話をコアに託した。
「ロメロの隠し子がニューフェイスの話を聞きつけてやってきたのだよ、マスター。歳は12ぐらいで女の子だ」
「……そいつぁ知らなかった。それに知ってても言えないってもんだ。わかるだろう」
「ああんッ?」
2杯目のビールを勝手に注いで飲むオクトパスマンは甚五郎の言葉が障り、睨みつけた。
「マフィア共がロメロの隠し子を見つけた時のシナリオはこうだ。オールドなら保護する。カーズのマルコなら涎を垂らしてモノにする。そしてロンドなら、いい脅しの材料だと拉致して最後は有無を言わずに殺す」
「ハッハッハ、流石、わかっている。が、保護するオールドとて今回ばかりはロメロの血を継ぐ子供だ。ニューフェイスへの見せしめとして殺すだろう。手を組まれれば堪ったものではないからな」
「とーにかーく」
コフッ、と可愛くゲップをしてラブが言った。
「ロンドは隠し子については一時的に保護するよ。色々と落ち着くまではね」
コアは甚五郎が開けられなかったオイル・キャップを潰して中身を注し、3人は話は終わりだとして酒場を後にした。
*
そんな酒場のテーブルの奥の角隅――、
「お酒ーッ」
アリシア・ウィルメイル(及川 翠(おいかわ・みどり))は小さめのウイスキー・グラスを掲げて店員を呼んだ。
そしてホリィが運んできたのは、何度目かわからない甘味十分のホット・ミルク。
「マフィアの街なのに、ちょっと大人にもなれないなんてぇ……」
そう言うと不機嫌な瞳で、彼女は自前の十嬢侍を見るのだ。
絡み駄々捏ねは勘弁と彼らは、彼女の持ち物の1つである不可思議な籠を枕代わりにソファーを上において、それをポンポンと叩いた。
絡むなら寝ろよ――という無言のお願いだった。
*
しかしながら、こんな平和な展開も続かない――。
誰かが酒場で銃を抜けば、呼応するように皆が銃を取って撃ち合いを始める。
それはあろうことか従業員も同じで、まるで子供が水鉄砲で遊ぶくらいの感覚で銃撃戦が繰り広げられた。
「クソッタレ――気持ちいい酒の時間が台無しだ」
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は銃声を聞くや否や、酒瓶とグラスを抱えてすぐさま地面に腰を下ろした。
「仕方ありませんよ。今はこの街の支配者を決める大きな抗争の前半戦。文句があるなら、あなたがファミリーを束ねてしまえば良いのです」
それを見たクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)は、貧相な木のテーブルを横倒しして隅の方まで引っ張り簡易な防衛基地を作り上げ、アキュートから2つあるグラスの1つを受け取った。
「だからって、おい、店員までドンパチしてるのはどういう了見だ」
「無頼者が集まる街の活気としては及第点では?」
「冗談じゃねえぞ、クソッタレ。それに俺がゴッドファーザーってか?」
ゴッドファーザーなんて大層な言葉が出たせいで、クリビアはその肩書きを持つ彼の姿を想像しては吹き出してしまう。
「ぷふっ――! そうですねっ、アキュートが――クスクス、想像出来ません」
「チッ、遠慮無ェな。さて、問題は誰に付くか、だな」
そう言うとアキュートは、女連れなのに容赦なくいかがわしい店に連れて行こうとするポン引きから貰った店のカードを3つ床に並べた。
オールド、ロンド、カーズ――。
それに潜伏していると言われるニューフェイスも含めて考えねばならない。
「厳し過ぎては楽しめない。奔放過ぎても平和な夜は訪れない……。それよりも妙にカーズだけしわくちゃなのはどういう了見ですか? あの娼婦が魅力的でしたか?」
確かに、店の中から手を振ってくれた娼婦は美人だった。
思わず目が釘付けになり、ついついカードを持つ手に力が入ったのは事実なのだが、それを晒すわけにもいかず酒で飲みこむ。
「ば、馬鹿、んな事はどうでもいいんだ。兎に角、酒場で訊けば評判は分かる。まだファミリーを持ってない奴だっていいさ。大事なのは心意気だ。心意気」
左胸を握り拳で叩き、そこが大事だと主張する。
「そうですね。じゃあ酒場を回って情報を集めましょう。ここはもうそんな雰囲気ではないですから。では――やがて訪れる平和な夜と、美味しいお酒に」
「まだ見ぬボスと、心を揺らす軽快なジャ……ズはないから、発砲音と銃弾が転がる音に――」
2人は乾杯し、仕えるべき相手を探し出す。
*
オールド区画内にある売春宿が軒を連ねるネオンの中――。
今日も女は男を取り、男は女を買い、荒んだ心を欲望で満たしていた。
「ねえ、もっとゆっくりしていきなよ」
さほど大きくもなく小さくもない宿で、ベッドに仰向けになりオールド幹部であるラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)を見上げる裸の娼婦は、薄っすらと汗を滲ませながら首に手を回して近寄せた。
「おいおい、俺のがいくら気持ち良かったからって時間は気にしてもらいたいもんだな」
「ねえぇ」
余りにねっとりと絡むような声と接吻に、事を終えた心身は正直に反応しそうになるが、言った通り時間は常に決まっているものだ。
仕事も休暇も――デートもだ。
ラルクは娼婦を離してベッドに腰掛け、自分の服を手繰り寄せて着替え始めた。
「……で、他の組の奴らからは何か引き出せたか?」
「カーズのことなら少し。ロンドはダメよ。あいつら自分とこの女しか抱けない田舎者だから」
ベッドシーツを身体に巻き付けて起き上がった娼婦からラルクはメモの切れ端を受け取り、男女の匂いが充満した密室を後にした。
オールドが仕切る売春宿が並ぶストリート――その裏路地に繋がる出口から姿を晒したラルクはガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)に娼婦から貰った紙を渡し、
「ボスに」
そう一言ボソりと呟き、顎で行けと命じた。
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