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リアクション
*
そんな中、新興マフィアのニューフェイスに近づく者も少なからずいた。
「シェリー、あんたがシェリーだね」
「だとして――?」
カーズ幹部のブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)がシェリーを見るや寄り、握手を求めた。
彼の周りにいる人間はその手を握る事を止めるよう進言したが、シェリーは躊躇うことなくブルタの手を握った。
こんな所で後手を踏んでどうするのかと、強い決意が滲んでいた。
「冷たい手だろ――。色んな事があってこんな身体になっちまった」
「……冷たい棺桶の中に入るよりはマシだ。何故なら復讐ができるから」
「言うね、気に入ったよ」
ブルタは自身の容姿――魔鎧であることを材料とし、握った手をぐっと引き寄せてシェリーに話を持ちかけた。
「カーズと手を組もう。ボクらみたいな小さなとこはドンドン手を組んで大きい所を潰していかなければいけない」
「――僕はどことも手を結ばない。例えそれが茨の道でも、だ」
「まあ、落ち着いて考えてよ。そっちのメリットは2つ、力と鍵だ。兵隊と金、そしてダイヤの鍵が手に入る」
「裏切れば、という注釈付きだな、最後は――。僕が頷くに足る理由がない」
意外と頑固だ――。
それとも決意が強すぎるせいで、弱みを見せないように振る舞っているのか。
「いいのか、本当に。ウチほど金を持っているマフィアはないんだよ。武器だって僕達が一番持ち合わせている」
「僕は父の跡を継ぐ。そしてジタバタ足掻く子供に父ならこう言うだろう。大人しくしていなさい、とね」
まさか新興マフィアに馬鹿にされるとは思わず、せっかくの計画をおしゃかにされてブルタは手を離した。
交渉は決裂。
話すことはもうないのだが――今だから言える1つがある。
ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)がシェリーの後姿に向けて言った。
「わたくし、先日、カジノ・パーティーでの無事を祈るためにロメロの墓を訪ねました。本当に彼は死んだのでしょうか? なぜなら――」
「墓荒しめッ! 消えろッ! 二度と僕の前に顔を見せるなッ! 次に僕の前に現れたら貴女も地面の下だッ! 消えろッ、失せろッ!」
シェリーの怒声がカジノ全体に響き渡った。
どれだけの人数に聞こえたかはわからないが、多くの人間が耳にしたはずだ。
ステンノーラが墓を確認した時、地面の下に棺など埋まっていなかったのだ――。
*
「ふむ、やはり同盟には至りませんね」
カーズ幹部の1人であるレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)は、ブルタの交渉失敗をマルコの影から見て呟いた。
「ボス同士で自然と協調し歩調を合わせる何かでもなければ難しいのでしょう」
レギーナ自身も、カジノへ招待を受けた時点で残り3つのマフィアに間諜を放ってみたが、いずれも不発だった。
あとは誰かが当日でもやるだろうと、マルコの影に徹して見ていたのだが、カーズに限った事ではなく全てのマフィアで不調のようだ。
「エアハルト」
ひっそりとした声の方を振り返ると、個別に組員の調査を行っていた三船 敬一(みふね・けいいち)が戻ってきていた。
「結果はどうでしたか?」
「親族、友人、過去――。そいつに関することは一応資料を通して見てみたが――うーん、さっぱりだな。裏切る奴がいるなら現場を抑えるしかない。特に――」
「契約者、ですか」
「ああ。ただカーズに所属する無能力者の連中は、大抵がマルコの甘い汁を啜りたがってる奴で、一度派手に金を使って遊んだ感覚からも抜けられないし裏切らないだろう」
「わかりました。可能な限り『カーズの契約者』だけを見張っていてください。暗殺者がいてもこちらで対処します」
敬一は頷くと、その場を離れて再びフロアを歩き出した。
*
こうして広いフロアを過ぎって、2階へ続く螺旋階段を上がると、その先はVIPルームが広がり、既に3つのマフィアが集結し、最後に遅れてシェリーがやってきたのあった。
「ニューフェイスのボス――シェリーです」
恭しく挨拶をするのだが、そんなものは不要だった。
ロッソは知己の相手と会話するような調子で話し始めた。
これがマフィアの会合というものか――。
「あー、シェリー坊ちゃん。先から傍にいるそのロリータは何かな? ああいや、そういう関係だと紹介するつもりだったら早めにそうした方がいい。マルコの豚が舐めたら、臭くて抱けなくなるぞ」
「ロッソさん、そりゃあない。フフ、女はいつも卑しく汚い者ですよ。男を知れば誰でもそうなる。ねえ、ベレッタさん」
「……そうだな。豚小屋に詰められればどんな家畜も豚だと錯覚するものだ」
3人の舌戦――その言葉1つ1つに本人たちは涼しい顔をするものの、傍にいる誰もが殺気を放ち、空のはずの懐に思わず手が伸びる。
ないはずのモノを抜いたフリをすれば、きっと他の誰かも同じフリをする。
そうしてフェイク、フェイクと探っていくと、いずれ本物にぶち当たるのがマフィアというもので、そうなれば事だ。
それは、アナスタシアの本意ではない。
「ロメロの子――アナスタシアです。お招き頂き有難う御座います。……では、僭越ながらロメロの血を継ぐ1人としてよろしいでしょうか」
「聞くだけなら」
葉巻を咥えたベレッタは大きく仰け反りながら言った。
「この稀有なマフィア・タウンは協調、協力、共闘によって成り立っています。ですから、我々もそうですが、無駄な血はあまり流さずに繁栄を生み出していきたいと考えています」
「そりゃあ、名案だ、ミス・アナスタシア。ただし1つしかない椅子に座るのは1人で、そこにすがりたかったらもう少しその貧相な胸を成長させて、艶やかなシースルーを着ておくんだな」
ロッソの言葉に汚い笑い声をオールドの護衛があげたのだが、ロミオの肘が顎を打ち、舌を噛んでたたらを踏んだ。
「失礼。まだ年端もいかぬレディに対して、大人気なかったもので」
「手前ェッ」
「よせ……。そうだな、まだ早かった。失礼した、ミス・アナスタシア。この言葉は数年後までとっておくよ」
「フハハハハッ」
一連のやり取りを見てベレッタが高く笑った。
「いいじゃないか、新参者にしては中々度胸がある。口と拳が釣り合えば街にいてもいい。豚小屋を与えてやる。好きに壊して新しい家を建てればいい」
それは明らかにマルコの事を言っていて――激昂したカーズの1人がベレッタに歩み寄る時にアナスタシアを突き飛ばした。
それが今度はマリオに火をつけ、後頭部を鷲掴みにされ宙を二度、三度振られ地面に顔から叩き伏せられた。
「おいおい、ここはそれぞれのボスが集う神聖な場所だろ。荒事はいけねぇ、荒事は。テメェが今突き飛ばしたのは、ウチのボスの妹だ。そいつぁニューフェイスに喧嘩を売ってるんだよな、あ?」
十分な火種である。
しかし、ロッソが自前の部下を似たように伏されても止めた手前、カーズも同じような態度を取らねばならない。
小さな男だと笑われるのは明白で、そうならずともマルコは争いを好まない。
それが例えどんなに小さな組織でも、争った所で黄金は生み出さない。
「おい、可愛いお嬢ちゃんをお姫様のように丁寧に起こして傷がないか見てやれ」
「随分日和った豚だ。大変だな、鳴けなくて。鳴けば自分が豚の姿をした鳥だとわかってしまうのだから、不幸だ」
「……は、はは、ベレッタさん、勘弁してくれよ。こっちは文明人だ、拳で解決するよりも言葉で解決したい。勿論ペンだって用意してる」
「ふん、シェリー。マフィアに似合わぬ男がここに何人もいるが、その筆頭が臭い息をしていて堪らん。こいつを潰すときは私は静観を決めてもいいぞ、こちらに及ばぬ限り、な」
「わかりました」
シェリーは態度を明確にするためにここへ来たのだ。
1つ1つ振られれば、余計な言い回しもなく、愚直に伝える。
「カーズを叩く時は街中を選挙のように回って触れ込みます。ですので、その時はどうか静観願います」
「……ハ、ハハッハ……。ニューフェイス、ニューフェイスね……。さ、流石ロメロの旦那の子だ……。ハ、ハァハ……ッ」
「いいぞ、愉快だ。こんな下らん集まりに出て良かったと今なら言えるぞ。血のバレテンタインはいつだ――?」
「ふー……ミス・ベレッタ。ここは俺のカジノを盛大に祝い楽しむ場だ。赤い血を見るために集まったわけでもないし、あまり均衡は崩さんで欲しいな」
よく言う、と誰もが思った。
そしてその舌戦に付き合って口を乾かすのもこれ以上は馬鹿らしい。
街の均衡を保ちたいならば、わざわざ大通りに近い場所に巨大なカジノなど建設するものか――。
カジノには人が集う、そこには様々なものが集まるだろう。
近くの路肩にタクシーや高級車が止まり、よほど人が溢れかえればホテルなどもできるかもしれない。
それは全てオールドの恩恵を得たもので、彼らに金が入る。
場所がなくなればなくなるほど、彼はゆっくりと確実に中立地帯に進出するか、各々の支配区画を圧迫するように広がっていく。
今日こそが、その第一歩なのは明白だ。
*
五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)のペットであるンガイ・ウッド(んがい・うっど)は、彷徨い彷徨いエデンに来た『猫』で、その銀色の毛に惹かれたマルコによって飼われていた。
世界に没頭するンガイにとって名前などなく、ただの猫である。
それはエデンにいる者から見ても、猫である。
「にゃあ゛ッ」
「お、おう……スマンスマン」
まさに猫撫で声でンガイを可愛がるのはいいのだが、この場の怒りについつい力を込められては堪らなかった。
「マルコ。豚のお前に飼われる猫が訴えているぞ。情けない主だ、と。フフ、フハハハ――」
ベレッタの挑発に思わず頷いてしまいそうになる猫であったが、とりあえず鳴いておけばいい。
にゃあん――。
もちろん、否定だよ――?
「ニィヤァッ」
そこに黒猫に化けた深夜・イロウメンド(みや・いろうめんど)も加われば、マルコの広い膝上でじゃれ合いが始まる。
招き猫の手のような形で互いをパンチするような小競り合いも人間にとっては愛好を刺激し、マルコもまたほっこりとしたような顔でそれを眺めていた。
「気色悪い――。いっそ通販番組でこのまま皮を剥いで三味線でも作ってくれるのなら、見ていられようものを――」
ベレッタが毒づき、猫2匹を見る眼光は鋭く、情けない鳴き声をあげて大人しくせざるを得なかった。
おっかねぇ――。
黙っていよう――?
マルコが全部悪いんだ――。
猫の爪が撫でるマルコの手をひっかくが、マゾ気質な彼はそれすらも愛情表現のように受け止め撫で続けた。
*
「しかし、ねえ、ロメロの息子よ――。もしも、もしもの話だが、ウチを叩くってんなら、アンタが大好きな血の繋がりを自ら断つことにはならないかねぇ」
「何が言いたい?」
「おいッ」
マルコが顎で指示すると、カーズ幹部オチャラティ(ティー・ティー(てぃー・てぃー))が、多くの者にガードされるイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を連れてきた。
「ふっ……カーズのボスともあろう方が――『また』女、子供で僕に何か仕掛けて――」
「彼女はイコナラチャン――ロメロの娘だ」
「あ、あの……何度も申しますが、多分、人違いですわ。わたくしは只の捨て子で、マルコさんに拾われて――」
「……だそうだが」
おどおどして今にも泣きそうな顔を向けるイコナラチャンの言葉は、自分は本当に何も知らないという感覚を与えてくれる。
騙りだ――。
マルコの騙りだ――。
マフィアぐるみでの芝居か、色々な人間があの子を担ごうとしているに過ぎない。
しかし、この話にベレッタが笑って割ってきたせいでシェリーが揺らぐ。
「ロメロの支配はもう終わり、街は転換期を迎えている。そのファースト・マーチをロメロの子供達で殺り合ってくれるなら、これ以上の演出はないぞ。豚にしては中々観客の心を掴んでいる」
「……し、新参者故の通過儀礼だと思っておきます。新人のロッカーから服が消えて、仮装パーティーのような衣装が置いてあって――」
「そうだな、そうしておくといい。互いを知って殺し合うのも見せ場としては十分だし、互いを知らずに殺し合って後で懺悔と後悔の念に駆られるのも十分だ」
「ふふ。アンタは私についてこなかったゴン・ゴルゴンゾーラ(ごん・ごるごんぞーら)――ペットだがね、それに似てるよ。チキンだ」
オチャラティがそう吐き捨てると、イコナラチャンと共にボスのテーブルから離れて行った。
「だから――だからどうした――。僕は決めたんだ。何がどうなろうと、何をどうしようともエデンのゴッドファーザーになると――!」
物語が動き出してきたと誰もが感じると、それは直ぐに目に見える形となって表れた。
*
カジノの外――。
シィから奪ったカジノを見取り図を元に、真司とリーラは有効な場所を見て爆弾を仕掛け終えていた。
そしてアッシュからの小間使いが真司とリーラの元へ行くと、2人は離れた場所からスイッチを押した。
ズドンという強烈な音の後に地響きが続き、まるでおかしくなった重力に押し潰されるように身体を伏せた。
それとほぼ同時に――、
「キィらん、配置完了したよぉ〜」
「ありがとう、フィーアちゃん。じゃあルールを守るために動いてくれるかしら」
「わかりましたー。『避難をお手伝い』してきますぅ〜」
マフィア相手にぬいぐるみのプレゼントを終えたフィーアは、ビシッと敬礼すると今度はバーテンダーやウェイターの集まるカウンターに向かって走って行った。
「いきなりぬいぐるみを渡されたら、皆気味悪がって捨てたでしょうね」
「キアラ殿……。本当にグラウンド・ゼロにするのかの? ここにはカタギの者も……少なからずマフィアに属していない者もおるが」
「だからフィーアを避難誘導に向かわせたんでしょう」
「……カタギは殺さないと?」
「当然よ――殺していいのは、殺される『覚悟』のあるヤツだけ」
「誰かを殺しに来た者は『覚悟』があるから殺してよい――とも聞こえてしまうし、血飛沫をあげる場所にいる者も『覚悟』が――」
「大丈夫よ、そういう事でもあるから」
そういってキアラが立ち上がり、会場の出口に向かって歩き出す。
破滅的なキアラの思想に、颯馬は唇を噛みしめながら首を振る。
「――蠢きなさいな、有象無象ども」
彼女は手に取った最後に残った一体のぬいぐるみを後方に放り投げた。
――Let’s Roll!
――さあ踊れェッ!
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