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エデンのゴッドファーザー(前編)

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エデンのゴッドファーザー(前編)

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★2章



 マフィアの街とは言え、警察は存在する。
 と言っても彼らは地球の文化を受けて組織された安っぽいミリシアのような存在であって、命名センスもないから警察と名乗っているだけであって、確固たる信念も断固たる決意も持ち合わせちゃいない。
 そんな彼らが新たに警官を増やすとき、最も重要視するのは、如何に安い服を着込んでいるかだ。
 細い糸で適当に縫い合わされたポケットから物が落ちるのは『仕方ない』からだ。
 ただし、内ポケットはしっかりと縫い、物が落ちないようにしておかなければならない。
 正義感や使命感などと大変聞こえの良いモノは外ポケットからポロポロとキャンディーやガムの包み紙のように捨て落とし、内ポケットにはしっかりと厚い封筒を入れられるようにして落としてはいけない。
 それを元に危険な繁華街をパトロールしに行って、怪しい分量で作られた酒を売ってもいいのか確認し、危ない女の子がいないか売春宿にも出向く。
 性病を蔓延させて街が潰れたなんてことになれば大笑いだろう、と彼らは警帽のツバを指先でひょいと持ち上げながら、じっくりと身体検査をする。
 銃声が聞こえたら空を仰いで鳥の数を数え、爆発音が聞こえたらそう言えばあの料理店はガス臭かったなと思い出す。
 もちろん、事故や事件があればきっちりと住民区画だけは守る。
 事故が起これば交通整理もする。
 誘導に使う点滅棒が指の間に挟まる長さと細さで、先端は赤く、煙を吹いて口に咥えられるもので、だが。
 それでも時折、迅速かつ機械的なまでに警察官が仕事をするときは、重要な100枚毎に束ねられた紙束がジュラルミン・ケースで送られてきた時だ。
 今回のオールド・カジノ・オープンがまさにそれで、彼らは見事に大通りの検問、封鎖をし、選ばれた者だけが足を運べるように事を運んでいた。
 いつもは胸ポケットに忍び込ませている『気持ちよくなる薬』も今日ばかりはローカル・シガレットに変え、物足りない『頭の廻り』具合も我慢しておく。
 小遣い稼ぎの浮浪者がチューインガムを有り金全てで買占め、警官の前でわざと2割増しほどで売りに走るのも、街をよく理解している光景だと言える。
 そうした中、続々と黒塗りの高級車がカジヘの前で停車する。
 そのカジノの前で警官は無用で、車から降りた来場者たちをオールドのマフィア達が直々にチェックしていた。
 獲物は全て箱の中に入れて持ち込みを禁じ、更には4人係りでボディ・チェックをして通した。
 それはベレッタ、マルコ、シェリーといったボスも同じだ。
 顔から足の爪先まで、戦場で生きてきた証を悠然と晒すロンドのボス――ベレッタ。
 ワイン・レッドのタイトでスリットの入ったスカート・スーツを着込み、緩やかなパーマがかかったセミ・ロングのブロンド・ヘアを後ろからまとめるように払ってボディ・チェックを受けていた。
 シャープな顔立ちも相まって美しいのだが、傷跡がつながる青色の瞳が持つ力は相当な威圧を持っている。
 次いだのはシェリーで、髪型も服装もどう見た所で金融街で働くホワイト・カラーにしか見えなかった。
 緊張のせいか常に唇を噛みしめ真一文字に結び、視線も彷徨っていた。
 ロメロを彷彿とさせるのは精々綺麗に整え剃られた顎鬚くらいなもので、本当にただの青年なのだ。
 対してカーズのボス――マルコは派手で、10本の指全てに金銀宝石各種の指輪をし、3重にもなる黄金のネックレスをしていた。
 ブランド・スーツとワイシャツの胸元からは吐き気がするほどの胸毛が覗き、肥えた腹はベルトをはちきれさせんんばかりで、体臭を隠すかのようなきつい香水も印象的だった。
 そうしてオールドのカジノ・パーティーは万全を尽くす――。

*

 ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)はカジノに続々集まるマフィアを高台から覗いていた。
 車からカジノ内部までの距離、ボディ・チェックの仕方や時間、それにスナイプに備えて警戒するオールドの面々――。
 時折、物陰に隠れて見つからないよう配慮し、冷静に観察していく。
 最初に訪れた大物はロッソだった。
 もう観察は十分済んだし、狙う時間もたっぷりある。
 対物ライフルを構え、引き金を引こうと試みたのだが、寸での瞬間子供に腕を引っ張られて視界からズレた。
 引きかけた指を止め、再び隠れる。

「チックショォ……」

 一発でも無駄撃ちをすればたちまち場所を特定され、自分は殺されるだろうと思ったからだ。
 そうして二度目の機を窺っていた時だった。
 1人の女性が階段を上がって裸になり、立場が上の者が出てきて――。
 思わず見入ったのが失敗だった。
 その者がふと視線をこちらへ向けると、機敏に反応した警戒のマフィアがこちらの建物に走ってきたのだ。
 こうなれば逃げるしかない。
 嫌気が差す。
 『子供』がいようがおかまいなしに、あの瞬間ロッソを撃てばよかったのだ。
 だが――『それだけ』はザミエルに出来なかった。

*

「はぁい、私も通してくれるかしら」

 マフィアがボディ・チェックの列を作る中、順番などお構いなしに雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)はカジノの入口へ続く階段を駆け上がり、警備を担当するオールド・マフィアに声を掛けたが、オツムのイカれた奴が来たとマフィアの1人が彼女を後ろ手に取り回れ右させ、お尻を足蹴にした。

「ああ、すみません、すみません。突然の事、皆様のお仕事の邪魔をしてしまって――。私、その女性のマネージャーと務めさせて頂いています、アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)と申します」

 だから何なのだ、である。
 退場願おうとマフィアがリナリエッタに再び手を伸ばすのだが、アドラマリアがその脚にしがみ付いて懇願してくる。

「か、彼女はその、歌姫を生業としていましてっ、それでですね、そうなんですが、か、彼女は前は酒場で歌ってたんですが、客を全員食べて悪戯に自分のモノにしちゃいましてッ! それで何とかここで再起のチャンスをと思いましてぇっ! オールド様のお力添えをっ、懐の深さをぉっ」

 成る程、オツムのお医者さんが欲しい類ではない。
 だが、その分余計にタチが悪い。

「はぁい、注目」

 思わず膨らんだ脇に手が伸びそうになった所で、リナリエッタが声を上げ一同が注視した。
 すると彼女は肩を上下に揺らし、腰をくねらせ――シュルッ、と布切れの音がするやあっと言う間に服を脱いで見せた。
 豊満な胸もその尖端も、緩やかに締まった腰から、下腹部――肉付きのいい太腿まで、全てを露わにした。

「これでどう? 私は武器も持っていないし、血と硝煙の匂いで濡れる女ではないわ。歌と踊りにエクスタシーを感じるの。頭がふっ飛びそうなくらいになっちゃえば、ふふ、ちょっとお客さんに手を出したくなるだけの女よ」

 警備にあたるマフィア全員が唖然とする中、呑気な他の来客者は彼女の身体を見て楽しんでいた。

「騒ぎと聞きつけましたが……おや……」

 オールド幹部ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)が入り口の騒ぎを聞きつけてカジノの中からやってきた。

「下品な女ですね。ロッソ様に唾つけにきたのですか、それとも、吐かれに来たのですか」
「どっちも望んでないわ。仕事を頂戴」
「……いいでしょう。武器はないようですし通しなさい」
「話がわかって助かるわ」

 リナリエッタは足元に落ちた服を抱えて、融通の利かなかったマフィアに手をひらひらとさせてアドラマリアを伴って中に入って行った。

「何をしていますか、チェックを続けなさい。お客様をいつまで待たせるつもりか」

 ベフィーナの号令のもと、再びボディ・チェックが行われた。
 情けなく腰を折ったマフィアが続いたのは、言うまでもない。