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リアクション
*
「ナギ、いい加減フロアに上がらせてくれないか。美女が俺を呼んでいるんだ」
マルコはカジノ入口を少し入った広い通路の壁にもたれかかりながら愚痴った。
何故、俺がオールドの人間のように出迎えの真似事をしているんだ、と――。
幹部兼秘書を担当するナギ・ディープムーン(神凪 深月(かんなぎ・みづき))は魔導書のクロニカ・グリモワール(くろにか・ぐりもわーる)をまるでスケジュール帳のようにめくりながら言った。
「今日は武器密輸団体の方、麻薬畑関係者、売春宿の女衒――。我々の資金源にとって重要な方々も多くお見えになっております。他のマフィアに『寝取られる』より先に挨拶しておくのがよいでしょう?」
「ふう。寝取り寝取られ大いに結構。逆に聞きたいが、我々よりも彼らに金を出すマフィアが――大きな取引先はあるか? 答えはノーだ。それでも彼らが喜んで寝取られるなら、マフィアのように恫喝し潰して、新しい取引先を作り上げるまでだ。そういったものを彼らはよく知ってるし、それ相応の金と女はこちらから出している」
眼鏡の縁を押さえながらナギは、そうではないのですと言った。
「信頼ですよ、ボス。信頼関係の話です」
「くだらん。それは金がない時の話であって、金があれば尻から出る類と同じだ」
「お金が無くな――」
「俺の金が底を尽きると思うかね?」
ナギはこれ以上ボスを怒らせるようなマネはせず、首を振って答えた。
それでこの話は終わりだ。
渋々お前のいいなりになってやるから胸の1つでも揉ませろとマルコが迫るのだが、相も変わらずひらりと回避される。
*
「大き〜い」
煌びやかな黄金の絨毯を抜け、緋色の絨毯に色代えした広い吹き抜けのホールに出て、ロッソの娘アンジェリカ(ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー))は煌めいた声を上げた。
「ハッハ、パパが造ったんだよ」
アンジェリカの後をゆっくりと歩いてきたロッソは、彼女の肩に手を置き顔を崩した。
娘を愛する父の顔である。
いつも屋敷に閉じ込められているような生活をしてきたアンジェリカにとっては、カジノでさえ遊園地に見える。
「お父様……遊んできていい?」
アンジェリカの言葉は既に父には予期していたもので、彼女の護衛をする小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に振り返っては、2人の間に顔を寄せ、声のトーンを落として言った。
「ああ……可愛いアンジェリカ――。こんな所へきてどうなるっていうんだろうな、ええ、護衛のお2人さん。俺の首が欲しい奴はごまんといる。ボクシング・グローブを嵌めるリングの上に銃を一丁持ってあがってくる奴もいる。そうなれば即座にレフェリー・ストップで没収試合だ。俺にとってもアンジェリカにとっても、お前たち2人にも不幸が訪れる。言ってる意味がわかるな?」
マフィアのトップでもあるから、心情を見せずにこんな台詞を吐く。
ロッソを殺すために誰もが機会を窺っていて、今こそ、その機会の内の1つだが、正攻法でオールドのボスを倒せるとも思ってなく『如何なる手段』を用いても隙を突きたい。
だがしかし、命ある限り屈さないと宣言しているのだ。
例え――アンジェリカを人質にとられ迫られても――。
「……マフィアのそういう所が嫌いだよ。でも、私はアンジェリカの友達だし、守ってあげるもん」
「僕も同じ。美羽もアンジェリカも守る――守れる」
「よし――俺はお前たちのそういう部分を買っているんだ。期待は裏切らないでくれ」
ロッソが唾を返すのは、拘束を解いたということ。
「美羽、コハク、行こうっ!」
「おー、遊ぼー!」
「はは、何をして遊ぼうか」
「何でもいい! ポーカーでもブラック・ジャックでもスロットでも! 何をしても楽しくなれそうな気がするの」
こうして3人はカジノ・ゲームへと走った。
*
エデン最大級のカジノとその空気も相まって、どこかマフィア達の心は賭博での一攫千金を狙う客に成り下がっている部分もあった。
テーブル・ゲーム――。
ゲーム・マシン――。
ふらりと立ち寄ってしまうと、たちまちその魅力にのめりこんでいった。
*
「カジノ・ディーラーならリオに御任せっ!」
サンタ・リオネッラ・フォルトゥーナ(ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる))はカジノでディーラーとして潜伏していた。
ディーラーとして御任せという面も然ることながら、バカラ・テーブル特有の見えない壁をその陽気と明るさでとっぱらうところが大きい。
カジノ側の取り分が少ないバカラであるが、大金をベットする客が多いため、必然的にこのテーブルが盛り上がることは大口の客を喜ばせるに等しい。
まさにその名の通り、幸運の女神である。
「リオちゃんを抱くために勝ちを増やさないとねぇ」
下衆な目的にもニコニコ対応し、彼女はタイに賭けた客を華麗にいなしていくのだった。
*
こちらはセブンカード・ポーカーのテーブル――。
愉快な雰囲気ではないテーブルのディーラーを務めるサズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)は、客の1人がコールを叫んだ後積んだチップの枚数が見合わないのを見て、そこから1つ2つチップをポケットに入れ、ポツリポツリと言葉を発した。
「足りない――チェック――情報はなんだい――コール」
「ニューフェイスの次の秘匿部隊の数。祭りに合わせて余計な奴らまで入り込んできやがった。奴らこの街をヒュドラにでもしたいのかね」
「5つくらいはあるって話だねぇ」
「HOLY SHIT!! 街を吹き飛ばす気か――ッ」
*
「フィーバーッ、ってか、ハッハッハッ、おい嬢ちゃん、ドル箱を用意しなッ!」
純粋にカジノ・ゲームを愉しむマフィアがスロット・マシンで運を使い果たしていた。
「はいぃ、今すぐお持ちしますぅっ」
スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)がフロアを忙しなく走り、ドル箱を1つ2つ――青天井なのかと思うほどのメダルの吐き出しに四苦八苦する。
「どうよ、嬢ちゃん。今日主役が廻ってきたオレとこの後ランデブーでも決め込もうぜっ」
「あはは、カーズのマルコさん並みにお金持ちになれれば考えないこともないですよぉ」
ドル箱を積み上げながら、スノゥが遠回しに遠慮の旨を伝えると、そのマフィアは苦々しく呟いた。
「この街の半分以上の資産を持っている大富豪と比べるんじゃねぇよ……。たまにはボスみたいにフッカーの胸の谷間に札束を突っ込んでみてぇよ、オレだって……」
「が、頑張ってくださいですっ」
それでも今日は、少しでもマルコに近づけたのかもしれない。
*
ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)がゆっくりとめくったトランプは――、
「ハートのストレート・フラッシュ。8・9・10・J・Q」
ポーカーのテーブルはどこよりも静かで、咥えた煙草の煙やらが充満して霧の中のようになっていた。
そろそろ来賓の方々にも勝ってもらう頃合いかしら、とミリアはテーブルにつく面々を一瞥するのだが、静かだ。
怒りも悲しみの感じない能面を張り付けたロボット相手かと思うくらいに、彼らはただそこに座って、トランプを捲っては見ているだけなのだ。
「今日くらい楽しんで行っては如何ですか」
ミリアの言葉に反応もしなかったロンドのマフィア達だったが、一瞬だけボス達が介するテーブルの方へ視線を向けて警戒しているようだった。
成る程、軍隊とはよく言ったものだ。
*
「赤の9ですね。また私の勝ちということで――」
ティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)は積み上げられたチップを回収して、再びベットを促した。
「おいおい、袂を分かったからって、ちったぁ遠慮ってものをして欲しいね」
少し調子に乗って勝ち過ぎたかもしれないと思っていたが、生み出した苛々がニューフェイスの本音を曝け出していた。
「あくまで勝負事ですから」
「まあ、いいさ。ロメロの親父が殺されてこっちも下につく気は更々なかったからな。今はこうして下らない勝負でオールドと張り合うのが精々ってところ――おら、黒に全部だ」
残念、赤でした、という結果は言うまでもなかった。
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