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リアクション
*
ギャンブルに酒のもてなしは必要不可欠で、大きく勝った者はそういう中で女を口説きたくなる。
バー・カウンターを数ヶ所設置し、更にウェイター、ウィトレスに酒を運ばせ振る舞うほどのサービスは充実している。
「わたくしの歌を聞いて幸せになってくださいませ」
傍にあるピアノを引きながらベル・フルューリング(べる・ふりゅーりんぐ)が歌いBGM代わりにすると、酒を持ったマフィア達がズルズルの面で彼女の周りに寄っていた。
こうしてギャンブルから離れた一時の場所も提供していく。
*
玖純 飛都(くすみ・ひさと)は増えていく客と活気づいていくカジノを見ながらシェイカーを軽快に振り、カウンターの客に酒を出していた。
「ねえ、アンタ、この後暇?」
雰囲気と酒に酔った娼婦に話し掛けられるものの、飛都は興味がないと言った素振りで次の酒に取り掛かっていた。
「ふぅん……そう。一晩付き合ってくれたなら色々教えちゃうのに――」
何を教えてくれると言うのか――。
この街では迂闊な行動1つ命取りだと重々承知しているからこそ、何も期待はしないし黙々を仕事をこなす。
*
「落ちぶれたものね――。没落のプロセスをまざまざと見せられている気分だわ。そう思わない、颯馬おじ様」
「永遠の繁栄などなかろうて、キアラ殿」
バー・カウンターにてルチの娘キアラ(新風 燕馬(にいかぜ・えんま))は新風 颯馬(にいかぜ・そうま)に残念だと愚痴を零した。
実質的にエデンを支配していたオールドの姿はもはや見当らない。
それぞれのマフィアが集う場では、往々にして裏切りと画策がゆったりと、そして急速に進行し混沌とした世界を生むはずなのだ。
それは何のためかと言えば、誰しもが王様になりたくて、誰しもが力を欲するから――。
道筋は人それぞれで、弱き所から叩いたり、それとも奇襲で上を狙ったり、はたまた同じ力具合の者と手を組むなり、人の数だけある。
千差万別、十人十色――。
全てが可能性として存在しているはずなのに、現在も実質トップのマフィアであるはずのオールドに誰も近寄ってこないのはどういうわけか。
否、もっと具体的に言えば、オールドを叩きたく、もしくは繋がりたい者達が、何故ロッソに嵌められたルチの娘に寄ってこないのか――。
『私』を道具にする展開も十分に考えられるはずで、更に言えば幹部の1人である。
『娘』でもあるからこそ十重二重に転ぼうとも、どうとでもできるキアラに近づかないのは、オールドはもはや語るに落ちている存在だという証明に他ならない。
ロンドのように力があるわけでもなく、カーズのように金も振る舞うほど持っていない。
全てが中途半端で揺らいでいるマフィアの位置づけをされてしまっているのだろう。
「やあ、キアラ。キミもきていたのかい?」
声をかけてくるのは精々古くからオールドに仕える者達で、忠誠心を発揮して残ったというよりは、幸運にも綱を渡れたという者達だ。
「あ、お兄さん、キィらんにプレゼントありがとうですぅ」
キアラと共にいるフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)が両手いっぱいに抱える熊のぬいぐるみをマフィアに向けた。
そのマフィアは一瞬怪訝そうな顔をしたものの、キアラが幼少の頃から可愛いモノが好きなことは重々承知してたので、ここは話を合わせようと『喜んでくれて何よりだ』と大袈裟に手を広げ言うと、逃げる様に用があると言い残してその場を去って行った。
あげてないと言えばいいものを、何をそんなに面倒がっているのか――。
キアラは自分で用意したぬいぐるみを一瞥すると、フィーアに向かってお願いした。
「……フィーアちゃん、いろんな人にぬいぐるみをプレゼントしてきてもらえる?」
「任せてくださいですぅ〜」
何体もの熊のぬいぐるみを抱えたまま、フィーアはフロアを駆けだした。
「オールドからの――いえ、ルチの娘からのプレゼントで好感度でもあげましょうか」
「キアラ殿……」
つまらなそうに呟くキアラだった。
*
「ベレッタの弱点に、金庫の情報?」
カジノ内のショットバーで、ベレッタの恋人ロレンツォ(フランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん))はオデット・オディール(おでっと・おでぃーる)の言葉に彼女の顔をじっと見た。
「……可愛い顔してるよ」
「ふざけないでください」
「ふざけてはいないんだけど、随分と怖いことを聞くんだね。君は仮にもベレッタの部下、幹部でしょう?」
「勘違いしないで下さい。弱点を知っておけば対処できる。情報は多いに越した事はありません。全てはボスを守り、ゴッドファーザーにするためです」
ロレンツォはオデットの言葉に口角を上げ、視線をグラスに戻した。
「ふぅん? まぁ、何でもいい。俺しか知らないベレッタの弱点を、君に教えるのも面白いかもな」
「金庫は?」
「そう急かすなって……せっかくの逢瀬、ゆっくり楽しもうぜ」
「金庫は?」
「釣れなくて非常につまらないから――もう答えを言うよ。ベレッタは金庫を知らないし興味も持っていない。弱点は平穏だね。これでいいかい?」
「どうも――」
オデットがその場を早歩きで去っていくと、ロレンツォの唇が微かに動いた。
*
「はぁい、飲み物は如何?」
バニー姿に扮した綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、シルバー・トレイに色とりどりのカクテルを乗せて来訪者の元を回っていた。
彼女を初めて見てマフィア達は、軽快な口笛と共にそれを取るか、もしくはその後に恥骨あたりのポンポンがついた尻を追う。
「……後方左7時方向。さゆみの慎ましいお尻に急接近ですわ」
インカムからぼそりと聞こえたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の声に、さゆみはファッション・ショーの舞台中央で優雅にターンを決める様に廻り、近づいてきていたマフィアに相対した。
「お酒です?」
「……おおう」
マフィアは面食らったように1つ酒を取ると、その場でグビと飲み込んだ。
彼らもまた、慎ましさなど欠如している。
いい女がいたら出来る限り早く『はっ倒す』べきで、まどろっこしい口説きはないのだ。
それにしても――、
「何か不機嫌ね? こっちに来たかったの?」
笑顔でマフィアの飲みっぷりを見ながら、唇を動かさず喉を鳴らすような小さな声で問うた。
「いいえ、愉しむ皆様の行動を監視させていただいておりますわ」
カジノの会計管理に事前任命されたアデリーヌは愛しきさゆみの元につけず、監視ルームで悲しき歌を口ずさむほどだった。
それも喉元過ぎれば苛立ちへ変わり、こうしてついつい余計なことを言いたくなるのだ。
「じゃあ、監視をお願いね」
「……ベッドでの逢引きもいいかしら?」
それはさゆりの立ち位置を知ってのロッソとの関係――。
彼女はオールドの幹部で自分とは上下の違いがあれど、愛人関係というのがまた、アデリーヌの心中にドナドナを口遊ませていた。
が、そんな暗澹した気分も、次にさゆりに近づいてきた男によって仕事をするデスク・ワーカーの気持ちへと移り変わった。
「真後ろ。マルコですわ」
「あら、マルコさん。わざわざ貴方みたいな素敵な人がお酒を取りに来るの」
「フフ、それはこっちの台詞でもあるよ。キミみたいな素敵なバニーが酒を配っていちゃ、パーティーは愉しくない」
にゅるりとマルコが舌なめずりをして、彼女に触りたい気持ちを必死に堪えて酒を取るのがわかった。
マフィアの頭同士、誰が誰の愛人かだなんて、そんな情報は天気予報と同じレベルで入ってくるからだ。
「パーティーを楽しんでくださいね」
オールドの歓迎、もてなしは続く――。
*
「んんっ?」
オールドの構成員であり、争い事を好まぬ性格からカクテル・ウェイトレスとして配属されたミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)は、追加のカクテルをトレイに乗せてフロアを廻っていた。
そこで目にしたのは、さゆみを手に出来ず残念がって去っていくマルコの後姿だった。
「ちょっとちょっと――。カーズのボスをこっぴどく追っ払ったわけじゃないでしょうね?」
ミネッティはさゆみに近づき声を掛けたが、
「まさか――! お金で女をモノにできないからってオーバー・リアクションなのよ、彼」
「……そう? お金って素敵じゃん」
「ミネッティもそのお金への執着に腕がたてば幹部になれるわ。そうなればいくらでもロッソに進言するわよ。同じ女として」
「幹部なんかになったら今より命を狙われるでしょう。それは勘弁――。それじゃ――」
さゆりのトレイからまだ埋まったカクテルを自分のトレイに乗せ、ミネッティは再びもてなしのために回り出した。
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