空京

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浪の下の宝剣

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海鎮の儀:page03


「いっ!」
 加賀宮 修司(かがみや・しゅうじ)は咄嗟にクェイルを離脱させる。大量のミサイルが彼の居た地点を蹂躙していく。あと一歩遅ければ、巻き込まれてしまっていただろう。
「今のうちにライバルを蹴落とそうとは、浅はかですわよ」
「そっちが勝手に射線に飛び込んだんじゃない!」
 伏見乃 葉月(ふしみの・はづき)の抗議に、葦原 めい(あしわら・めい)が反論する。
「急場の連携なんて、そう簡単にはうまくいきませんね」
 そう零すのは、八薙 かりん(やなぎ・かりん)だ。
 ウサちゃんの放ったミサイルで相手の足を止めたあとに、修司が前に出て敵を潰してもらう予定だったのだが、タイミングが合わない。
 もっともそれは相手も同じだ。
 幾夜に渡って行われた海鎮の儀のバトルロワイヤルを潜り抜けた参加者達に行われたのは、くじ引きだった。イコン二体を一組とした、タッグマッチだ。くじの結果判明するのは、自分の試合が何番目に行われるかというもので、その時にならないと誰と組むのもわからない。
 当然、事前の打ち合わせも、味方となる相手のイコンもわからない。バトルロワイヤルで勝ち抜けたのは一人だけだったから、どのように戦うのかという知識も無い。
 完全に真っ白な状態から、連携をその場で組むのは簡単な話ではない。まして、ここで組んだ相手とはいずれ戦う事になるのだから、手の内をさらすのも躊躇われる。
 どうしても、動きがぎこちなくなり、いつもの力を発揮できなくなってしまう。
「あのうさぎをなんとかしないとまずいねぇ」
「わかっています! けど!」
 葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)はなんとか澪標を相手の裏に回りこませようと動くのだが、自由に動き回る石丸 小唄(いしまる・こうた)石丸 ひな(いしまる・ひな)の二人が、突然壁になったりしてガトリングを本来の目的である弾幕に利用できないでいた。
 小唄達だって邪魔をしたいと思っているわけではない。
 クェイルは踏み込んでくる修司のクェイルの相手で手一杯なのだ。その上、立ち止まったらうさちゃんのミサイルが飛んでくる。
「あいつら、味方ごと吹き飛ばそうとしてんじゃないか?」
「三人倒れて、自分だけ勝ち残れれば確かにライバル減るけど、一対二じゃいくらなんでも不利だよ」
「だよな、向こうもこっちも、やっぱ状況は一緒か」
 バトルロワイヤルの次はタッグマッチ、どちらも十全に実力を発揮できないようにという意図があるように思える。運も実力のうち、と言われてしまえばそれまでではあるが。
「ミサイルが切れるまで待つか……? いや、そんな消極的な方法じゃ運も逃げちまうぜ。相方には悪いが、一気に突っ込んで倒してやるぜ」
「よーし、行っちゃえ!」



「草薙の剣に、願いを叶える力があるなんて聞いた事がありませんわ」
 安徳天皇の持つ宝剣を眺めながら、イルマ・レスト(いるま・れすと)は首を振る。
「それに、今の所持者のはずの安徳天皇がここから出られないというのも、その話を胡散臭くしてるよな」
 腕を組みながら、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)も宝剣に目を向けて言う。
「となると、やっぱ人を集めるための口実か」
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)がうーむ、と声を漏らす。
「神前で戦いをしてみせるって事に意味があるんだろう。たぶん、この結界に何かしら作用するんじゃないかって想像はつくんだけど」
 安徳天皇の動きを制限している結界は、個人の力でどうこうできるような単純なものではないらしい。既に、コウとマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)が挑戦してみて、結論がでている。
「イコンほどの大きな力をぶつけさせ、その余波を集めればそれだけで想像もできない力を集められるわよね」
 と、マリザ。
「バトルロワイヤルは戦の見立てでしょうか」
「細かいところは、この儀式の仕掛け人に尋ねるしかないんだろうが、見当たらないんだよな」
「尼ぜは邪な考えを持つものではないぞ?」
 安徳天皇の言葉に嘘は感じない。彼女にとっては、二位尼は邪悪なものではないのだ。
「ああ、悪い悪い。別に、あの人の悪口を言ってるわけじゃないんだ。ただ、なんていうか色々不可解なんだよな」
 これが、純粋にお祭りであるならば、場所を特定させないように細工をしてきたりする必要は無いはずだ。
「そうか。しかし、尼ぜは妾にあまり仔細を伝えてはくれぬのだ。心配するな、いずれこの外に出してやる、その為にこの草薙の剣を必要だ。とな。尼ぜは少し、自分に厳しすぎるきらいがある故、妾も少し心配なのじゃが」
 そう言って、安徳天皇はうつむく。
「たぶんだけど、二位尼は安徳天皇を外に出してあげたいだけなんだろうな」
 千歳の考えは、他の三人にも異論は無い。
「でも、そしたら願いを叶える宝剣なんて言い方は必要ないんだよな。草薙の剣って言っても、十分人は集められるはずだ。願いを必要としているのは、儀式に必要な条件かもしれないし、もしくはただのリップサービスってのもあるかもしれないが」
「もしかしたら、私達は少し考えすぎなのかもしれないね」
 マリザの一言が、確かにもっともしっくりくる。それはきっと、そうであったらいいな、という願望がこもっている事については、わかっていても誰も口にはしなかった。



 前回の戦いはかなり運を必要としたものだった。それに比べれば、見知らぬ誰かと連携という難しさはあるが、今回の戦いは腕に頼るところが大きい。
「こっちは命かかっているのです。負けるわけにはいきません!」
 狭いクェイルのコックピットの中、月野 影(つきの・えい)には、先ほどから天川 映(てんかわ・えい)の『負けたらどうなるかわかっているのであろうな?』という視線が痛いほど突き刺さっている。
 しかし、相手だってあのバトルロワイヤルを生き延びた相手だ。そうそう簡単に押し切れるものではない。
「完全に分断してしまえば、余計な事を考える必要もない。うまくいったな」
 今回組むことになったスウェル・アルト(すうぇる・あると)作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)の二人と決めた作戦は、たったのそれだけだ。
 それが十分に機能するのは、相手も連携が取れていない事が大きい。
 完全に分断してしまえば、ただの一対一の戦いだ。スウェル達の紫陽花が近接戦闘を主眼にしているのも、分断をうまく行えた理由だろう。
「さっさとこっちを片付けて、あちらに加勢してやろうではないか」

「これじゃ、二対二の意味はないな。けど、最初っから連携するつもりが無いってんなら!」
 であったばかりの相手と連携が難しいのぐらい、嵩代 紫苑(たかしろ・しおん)も百も承知だ。しかし、だからといって最初っからそれを捨ててしまうなんていただけない。
「やるからには、負けないもん!」
 柊 さくら(ひいらぎ・さくら)もやる気は十分のようだ。
「よっし、少し揺れるぞ。口は閉じとけ!」
 センチュリオンは、無手での近接戦闘ができるように改修されている。そのため、素手で殴ることを攻撃手段にすることができる。
 相手の、影の乗る機体もクェイルがベースだ。いきなり素手で殴りかかられたら、機体の特性を理解しているだけに驚くに違いない。
「くっ、よしこのまま押すぞ」
 パンチが決まって、相手の動きが一瞬止まる。あとはそのまま、相手を全力で押す。目標は、戦闘を続けているもう一方だ。今回の相棒がうまくやってくれるかは運次第だが、連携するつもりが無かったあちら側は混乱するに違いない。
「どりゃぁっ!」
 いいところまで押したら、一気に弾き飛ばしてやった。
 無視していた相方が突然飛ばされてきたせいで、スウェルの乗る機体が一瞬動きが止まる。
「ここだ!」
 その瞬間を見逃さず、紫苑はアサルトライフルの引き金を弾いた。

「大丈夫か、嬢ちゃん」
「なんとか……紫陽花は?」
「ちょっと被弾しちまってるが、まだ動ける」
「それなら!」
 なんとか体勢を立て直そうとするスウェルに、先ほどまで戦っていたセンチネルが迫る。
「これで終わりよ!」
 大河内 博美(おおこうち・ひろみ)がスピアを繰り出す。
 スウェルはそれを避けきれないと判断し、片腕を前に突き出しそれを引き換えにして切っ先を逸らす。
「博美、危ない!」
 メイベル・エクセラーゼ(めいべる・えくせらーぜ)の声とほぼ同時に、博美はセンチネルを下がらせる。紫陽花の鬼刀が、センチネルの表面装甲に浅い傷をつくっていた。あと一歩遅かったら、相手の腕と引き換えに倒されているところだった。
「やっぱり、ここまで来た相手だもの。油断はできないわね。けど、私は―――負けないっ!」
「想いの強さが勝負の分け目となるなら、この程度の損傷は問題になりません!」
 片腕を損壊していても、スウェルに引く様子は一切見えない。
 あのバトルロワイヤルを越えてきた相手だ。あの程度で諦めがつくような、軽い想いで戦いっているわけがない。
「それでも、私が勝ってみせるわ!」



「海鎮の儀は順調?」
「うむ、何人かはちょろちょろと動き回っているようではあるが、今更どうとなるものでもありますまい」
「そう、よかった、のかな?」
「わからぬ……わからぬよ。これは、我のただの我がままなのかもしれん。しかし、方法があると知ってしまえば、止めることも諦めることもできなかった。ふふ、これでも、お主を巻き込んだことを後悔しておるのだぞ」
「いいよ、わたしのことは、ね? それより、これが終わったらどうするつもり?」
「終わったら……?」
「一体誰と話しているのです?」
 エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)が二位尼の背中に声をかけると、ぴたりと会話が止まった。携帯電話を持っている様子ではないが、遠距離の相手と会話をする手段は今はもうありふれすぎていて、独り言なのかそうでないのか見た目で判断することはできないだろう。
「やっと見つけましたよ、二位尼さん」
 ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)が声をかけると、二位尼はうっとうしそうに振り返った。
「何用じゃ?」
「大した事じゃない。あんたの目的も、理由もおおよそだが見当がついている。あの子の為なんだろ? あの大げさな儀式は」
「そうだとして……わざわざ我に声をかけた理由がわからぬな。既にお主はあの子も、あの剣も目にしたのだろう。ならば、疑う事はあるまい。祭りに参加し、宝剣を求めればよいではないか」
「確かに、願いがあるのならそれもいいかもしれないが、あいにく物に頼って願いを叶えるなんて安易な方法は好みじゃなくてね。それより、聞きたい事があるのですよ」
「ほう、剣はいらぬが知りたい事がある、と。ふむ、知的好奇心が旺盛なのはよろしいことだが、虫が良すぎると我が思うぞ。まぁ、決して儀式の邪魔をせぬと誓いを立てるのであれば、聞いてやらんでもない」
 二位尼の表情は仮面に隠れてよくわからない。冗談か本気か、エルシュとディオロスは一度視線を合わせて頷くと、その誓いを立ててもいいと口にした。
「して、何が聞きたいのじゃ?」
「この先のことですよ。宝剣の正体は、草薙の剣。なら、まだ玉と鏡が残っていると考えるのが普通ですよね?」
「この先……か。そうか、今を生きる者には明日を思うのは当然の事であるな。ふふふ」
「何がおかしいんです?」
 突然、ふつふつと笑い出す二位尼の様子は、どこか不自然だ。笑っているようではあるが、何か違うようにもみえる。
「この先の事は、生きてるものが自由にすればよいではないか。我は今しか見えぬし、今しか興味はない。あの子が自由であれば、それでよいのだ。ふふふ、世とは理不尽ぞ、明日すら保障はしてくれぬのだ。人との約束もまたしかり……せいぜい、悔いの残らぬように生きるがよい」