空京

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浪の下の宝剣

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浪の下の宝剣

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海鎮の儀:page02



「結局、お腹がすいただけでしたね」
「あんな運任せだとは思わなかったよ」
 マンマ ミーヤ(まんま・みーや)栗栖 菊(くりす・きく)の二人は、まだ戦いが続いている戦場を眺めながらぼんやりとしていた。
 初参加の海鎮の儀は、最初の花火大会で振り落とされてしまったのだ。終わると帰らせてもらえるらしいのだが、それまで眺めているというのもなかなか暇なものである。
「ん、なんかあの人こそこそしてない?」
 ふと菊がそんな事を言うので見てみると、早足で移動する二人組みの姿を見つけた。
 恐らく自分達と同じ、最初期に振り落とされてしまったペアだろう。確かに、自分の出番が終わってしまった試合を眺めているより、この不思議な場所を探索した方が面白いかもしれない。
「つけてみる?」
 いたずらを思いついた子供のように、好奇心を隠しきれない菊に苦笑しつつも同意するのだった。

 少し早足で歩きながら、坂上 来栖(さかがみ・くるす)は周囲の造りにも目を配る。
 この神社が設置された空間が一体どこにあるのか、窓が見当たらないし、そもそも全体の印象としてここはそこまで古くない。
 比較的近い時期に作られたものだろう、しかしこれだけのスペースを持つ場所が建設されたのなら噂なり、誰かが知っていたりするのが当然だろう。となると、ここは秘匿される場所なのだろうか。
「……海鎮の儀、ね」
 ふと足を止める。ため息をつきながら振り返ると、ナナ・シエルス(なな・しえるす)に武器を向けられて両手をあげている二人組みの姿が目に入った。
「えと、一体どういう状況?」
「こそこそつけてきている身の程知らずがいたんですよ」
「そう……とりあえず、その物騒なものをしまってあげたら。そこのお二人さんは、私達と同じただの参加者よ。きっと、ちょっとした好奇心で探検してみてるんじゃない?」
 いきなり武器を向けられた二人組み、マンマと菊に一緒に来る? と声をかけてみた。
「いいの?」
「もし何かあったら、人数が多い方が便利ですからね」
「それって、俺達を囮にするって事ですか?」
「どうしようもなければ、それもありですね」
「……まぁ、そんな事は無いと思いますけどね。もし、勝手に動き回られて困るならとっくに仕掛けてきているでしょうし」
 海鎮の儀の理由もわからない。誰が何のために行っているのか、そもそも宝剣なんてものが本当に存在するのか。何の確証も物証も無い。実は何か壮大な危ない事に、知らず知らずに手を貸してしまっているのではないか。
 考え出せば、際限なく黒い可能性が湧き出してくる。
 もちろん、そんな事を口にはしないが。
 しばらく四人で歩いていると、唐突にマンマが何か甘い匂いがすると口にした。
「あっちですよ」
「幻臭なんて聞いた事ありませんが?」
「まぁ、行ってみましょ」
 マンマが先導して進んだ先には、小さな社殿らしき建物があった。こじんまりとしたものだが、威圧感にも似た力を感じる。ここが、この場所の中心部なのだろうか。
「誰か、人がいるみたいだよ。仮面の人とは違う人みたい」

「あなたの事知ってたら、もっと持ってきたんだけどね」
「妾は十分満足じゃ。気にするでない」
「新しい客が来たみたいだぜ?」
 神崎 優(かんざき・ゆう)の視線に先には、来栖達四人の姿があった。
「ほんとだ」
「ふむ、祭りが始まってからこうして客人が来るようになったのはいい事じゃ。能面のような輩ばかりであると、気が滅入ってしかたないからな」
「能面って、いつもお世話してくれる人がいるの?」
 水無月 零(みなずき・れい)が尋ねると、ああそうじゃ、と簡潔に少女が答えた。どうやら、この少女にとってあまり楽しい話題ではないらしい。
 まだ年齢にしたら十歳ぐらいだろうか、小さな体つきではあるが表情は凛としたものがあり、産まれながらにしての高貴さというものが備わっているように思える。着ている着物も、色彩豊かな、素人目にも高級なものであるのがわかる。
「よくぞ参った客人よ、あいにく妾は身動きを制限されている身故、満足なもてなしもできぬがゆるりとしてゆくがよい」
「あんたは、どちら様ですか?」
「むぅ、ここに来る者はみな妾の名前を聞くのう。お主も神輿を担ぎに来たのであろう? 全く、この度の行司は何を言って政を開いたのだか……。次から表札代わりに看板でも掲げておこうかの。ああ、すまなんだ、妾の事は安徳天皇と呼ぶがよい」
「安徳天皇……」
 来栖は口の中で、今の名前を反芻する。
「神輿って何の事です?」
「それはイコンのことだ。俺も同じ事聞いたからな」
 マンマの疑問には、優が答えた。優達も、偶然ここにたどり着いた側の人間で、この儀式の仕掛け人ではない。
「俺も色々気になってたから聞いてみたんだけどな。彼女もあまり海鎮の儀については教えてもらってないらしい」
「彼女が嘘をついていない、という確証は?」
 と、来栖。
「無いけどな。ああ、けど面白いもんは見せてもらえたぞ。なぁ、安徳天皇、このお客さんにも見せてやろうぜ」
「うむ、構わぬぞ。少し待っておれ」
 一度奥に引っ込んだ安徳天皇は、何かを抱えてすぐに戻ってきた。
 それは剣だった。刀のように曲線を描かず、真っ直ぐの刀身を持つ剣だ。
「これが、宝剣……本当に、あったんですね」
「あ、バカ、止まれ!」
 もっと近くで見ようとしたマンマの肩を、優が掴んで引き止める。え? という顔をしているマンマに、
「とりあえず、手だけをゆっくりと近づけてみろよ。それで、わかるから」
 意味がわからないまま、言われた通りに手を近づけると――
「うわっ!」
 いきなり、凄い力で弾き飛ばされた。
「そういうわけだ。顔を近づけてたら、目が潰れてたかもしんないぞ」
「イタタタ……」
「妾にはただの透明な壁のようなものなのだが、外からでは作用が違うようじゃ。危ないから気をつけるのじゃぞ?」
「いや、先に言ってくださいよ、そういうのは……」
 指をさすりながらマンマはもう一度剣を見た。
「ところで、その剣には名前ってあるんですか? さすがに、宝剣なんて名前じゃないでしょう」
「この剣の名か。ふむ、よかろう。この剣の名は、草薙の剣じゃ」
 日本の天皇は天照大神から授けられた神器を代々受け継いでいる。それぞれ、八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙剣といい三つまとめて三種の神器と呼ぶ。そのうち、八咫鏡と八尺瓊勾玉は現代にも受け継がれているのだが、草薙剣のみ現在の所在は不明となっている。
 その行方は諸説あるが、そのうちの一つに源平合戦の壇ノ浦の戦いのさいに、安徳天皇と二位尼と共に水没したというものがある。つまりは、行方不明という所在だ。
「この剣は常に妾と共にあった。それを手放してしまうのは、少し寂しいものもあるな」



 最初は本当の事を言えば、不安だった。
 だが今は、彼女の言葉に従ったのは間違っていなかったように思える。ああして、笑っている安徳天皇の姿を見るのは、本当に久しぶりだ。
 子供が子供でいられない事が不幸なのかどうかはわからない。少なくとも、自分はあの子に愛情を持って接していたつもりだが、それが本当にそうであったかもわからない。
 豪華な食事も、きらびやかな衣装も、彼女にとっては喜ばしいものであったかどうか、聡い子ではあったから笑顔を見せて喜ぶ姿を見せていたが、果たしてあの笑顔と同じものであっただろうか。
「なるほど、やはり宝剣とは天叢雲剣であったか」
「何奴じゃ」
 振り返ると、そこには人の姿があった。
「彼女が安徳天皇であるのなら、お主の素性もおおよそ推察がつく」
 源 義経(みなもとの・よしつね)は、遠くに見える社殿から視線を仮面の女に向けた。
「そなたは……っ」
「待ってください。今ここであなたとことを構えるつもりは、私達にはありません」
 源 紗那(みなもと・しゃな)が、手の平を見せてそう宣言する。
「天叢雲剣を手にするは我等が悲願であったが……祭りの仕来りを無視するほど無粋でもないのでな、今しばらくは眺めておく事するべきなのだろう」
「私達が知りたいのは、そちらの真意です。一体、何をするおつもりですか?」
「……また、貴様等は奪うのか。もっともらしい大儀を掲げ、我等を、あの子を、また冷たい海の底へと追いやるというのか。人の皮を被った鬼どもめ、なぜお主がそのような姿で自由にして、あの子があのような場所におらねばならぬというのだっ!」
「待ってください、私達は―――」
「紗那、待つのだ。当事者である彼女にとって、我等は悪鬼そのものと思われるのも仕方ないことであろう? それに、英霊などではなくあのような姿で世に留まっていたとならばなおさらだ」
 義経の言葉に、仮面の女はあとずさった。
 この男は、果たしてどこまで感づいているのか。
「よって、尋ねる事は一つだけだ。二位の尼よ、今宵の祭りはあの子のため。他に他意は無い。それで間違い無いな? 既に世の中は、源も平も遠い過去のものにしてしまった。それを混ぜ返すつもりであるのであれば、私はその責任を負う必要があるのだ」
 仮面の女は、二位尼は頷くしかなかった。
 あの子のためにも、そして彼女の身のためにも、今争いごとにするわけにはいかない。
 それに、口惜しいことではあるが、義経には天の先からつま先まで全て見透かされている。もとより、源も平も今となっては些細な事。
 違えてしまった約束に比べれば、世の覇権などという虚しいものに興味などない。
「今は、そなたを信じよう。この誓いが偽りでない事を私個人は切に願うよ。では、戻るか。そろそろ、会場もいい具合に煮詰まって面白くなる頃合だろうからな」
 それだけ言うと、義経はさっさと背を向けて会場の方へと歩き出してしまう。少し虚をつかれて驚いた紗那も、慌ててその背中を追う。
「はい。でも、いいんですか、彼女を放っておいて?」
 義経は一度振り返ってみると、もうそこには二位尼の姿は無かった。
「さてどうであろうか。しかし、子を思う人の気持ちまで疑いはじめたら、それこそ人の皮を被った鬼というものであろう。とはいえ、何も無いとも言い切れないか……。いざという時のためにも、牛若丸の修理は手早く済ますべきだろうな」



「イケメンに、俺の気持ちがわかるかー!」
 魂の咆哮と共に、桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)の乗るクサナギ突き進む。
「もてたいんだよ! 俺はな、もてたいんだよ! 二次元の世界に行けばみんなちやほやしてくれるんだよ!」
「引いてください!どんな理由があろうとも、私達は負けられないんです!」
 リンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)も吠える。
「そんな、くっだらない望みのために宝剣は使わせないわ! 人民の理想郷のため、宝剣の力はあたしが手に入れるの! そして、悪しき資本主義を終わらせ、本当の共産主義の世界を作る―――それが、あたしの使命なんだからっ!」
「エリスちゃんの理想のために、負けるわけにはいかなのよ!」
 藤林 エリス(ふじばやし・えりす)アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)操る瑞鶴も一歩たりともひかない。
「天下とは己の力を持ってこの手でもぎ盗るものよ。その様なモノによって得た天下に何の価値があろうか。それで得た力に何の価値があろうか。何かに頼ろうとする未熟なおぬしに天下など、笑止千万。ここで朽ち果てるがよい!」
 第六天魔王 建勲大神南蛮大具足を駆る織田 信長(おだ・のぶなが)がその戦いに割って入る。エリスの願いは、信長にとっては看過できなかったのだろうか。
「ヒャッハァ〜! やっちまぇ〜!」
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は応援するのが仕事なので、景気よく応援していた。
 三つ巴の火花散る戦いに、さらに飛び込む機影が一つ。ラルクデラローズだ。
「私は黒薔薇に誓ったのだ! この戦いを勝ち抜き、ナイスバディを取り戻すのだと!」
「願いはともかく、宝剣は私がいただくと決めている! 負けても恨むなよ!」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ サーズデイ(らら・さーずでい)だ。

「欲望むき出しで、ドロドロしてんなぁ。願いが叶うって話になると、ああいうもんになっちまうのかねぇ」
 レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が冗談めかしつつ伏見 明子(ふしみ・めいこ)に言葉をかける。
 気がつけば、中央で戦っている四体以外と、明子らを除いてみんな沈黙している。
「それで、どうするんだマスター。ここで眺めて、おいしいところだけかっさらうか? 俺達のこと、きっと見えてないぜ」
「……ほんとに、宝剣を手に入れたら願いが叶うと思う?」
「うん? あー、わかんねぇよ。確かに確証の無い話だし、怪しいっちゃ怪しい話だけどな。こんな大規模なことやってんだぜ? これで、嘘でしたじゃやばいだろ」
「そうかもね。でも、ちょっと都合のいい話過ぎる気がするのよ……でも、ま、こんだけ大騒ぎすれば、ドージェも目を覚ますかもしれないわよね」
「なんだ、随分思いつめた顔してんなと思ったらそういう事か……。ま、俺様もちィとあの大将の顔はもう一度見てェと思うぜ。おっしゃ、気合い入れっか。当然、黙って眺めるつもりじゃねェんだろ?」
「もちろんっ!」
 ペガサスがいななき、スピアを構えた明子が最後の集団へ突っ込んでいく。
「やーってやらぁーっ!」
 今宵の決着は、まだしばらくつきそうにない。