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リアクション
海鎮の儀:page06
「なんなんだよ、あいつらは!」
「気をつけるのだ。来るぞ!」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)とゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)の前には、見た事の無いイコンの姿があった。
「こっちはボロボロだっていうのに!」
謎の爆発と、それに伴う水の浸入。詳細はわからないが危険事態だと判断したグラキエスは、クェイルを稼動させて現場に向かったのだ。しかし、海鎮の儀の試合に参加したクェイルは動くのがやっとといった状態だ。ライフルの弾にはまだ余裕があるが、足はくるぶしまで水に浸かってしまいる。まともな戦闘ができるとは思えない。
向こうは会話をするつもりは微塵も無いらしく、グラキエスのイコンを見た途端に攻撃をしかけてきた。ライフルで反撃するものの、うまく標準が機能しないのか弾があさっての方向に飛んでいく。
「新手だ」
「まだ居るのかよ」
水が噴出している場所から、さらにもう一体、追加でさらに一体のイコンが現れた。全部で三体だ。あとからやってきた二体は、手軽く動かして合図らしきものを送ると、一体を残して移動を始める。
「祭りに参加もしないで、横から取ろうってか!」
宝剣を横取りしようなんて魂胆は気に食わないが、グラキエスは目の前の一体ですらまともにやりあえていない。もう膝ぐらいまで水が溜まってきている、このままだと歩くのすらままならなくなりそうだ。
「行かせないよ!」
グラキエスの背後から銃声が響く。水を掻き分けながらやってきたのは、飛鳥 桜(あすか・さくら)とアルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)の乗るイコン、オールド・グローリーだ。
「外れてるぞ」
「アルフ君うるさいっ! って、きゃっ!」
オールド・グローリーに向かって、謎のイコンが攻撃を加える。当りはしなかったが、すぐそばで水柱があがっていた。オールド・グローリーも無理やり動かしていると言って過言ではなく、何かが掠っただけでも機能停止する危険があった。
「つーか、これ以上水かさがあがったら動けないだろ」
「じゃあ、それまでにあいつをなんとかしないとね! そこの君も手伝ってくれるよね?」
そこの君と呼ばれたグラキエスは、「もちろん」と答えた。
「安徳天皇に悪い事しようとするなら、私が相手になってやるんだから!」
「命がけにも程があるぞ畜生、やるからにはさっさと倒すぞ、いいな!」
「十中八九、狙いは宝剣ですわね」
サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)は喧騒を眺めていた。どうやらこの場所は水中に建造されたものらしく、侵入者が開けた穴から大量の水が入り込んでいる。
「わたくしらも、これに乗って宝剣を奪ってしまえばいいじゃないかしら?」
「こそ泥になりに来たつもりはない。宝剣を手に入れるなら、正面から行ってねじ伏せてこそ意味がある。そんなことよりも、気になることがある」
ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は腕を組み、侵入してきた謎のイコンを睨みつける。
「気になることとはなんですの?」
「オレ達は、宝剣は願いを叶えるものだと聞かされていた。だが、だとしたら何故あいつらはここにやってきた。見た事もないイコンだ。それなりの後ろ盾があるのは間違いない」
「その後ろ盾というのが、叶えたい願いがあるんじゃないのかしら」
「もし、ここに突入した奴が勝手に宝剣を使うとは考えなかったか。そんなわけがない。こいつらを送り込んだ奴は、宝剣はそんな使い方をするものではないと知っているというわけだ。オレの知らない情報をな」
ジャジラッドは、バルバロイに視線を向ける。
「飛べるか。よし、奴らと少し話しをしてこよう。オレの想像通りなら、宝剣と同格かそれよりもいいものの話が聞けるはずだ」
バルバロイはジャジラッドを背に乗せると、戦場に真っ直ぐに向かう。
敵の数は二体、それを迎撃しようとしているイコンは一体しかいない。海鎮の儀で戦ったあとのため、ボロボロの状態だ。
「一体、もらってやる!」
戦っているクェイルにジャジラッドはそう告げると、体当たりで一体を弾き飛ばすと、爪に引っ掛けてそのまま持ち去っていく。
「……なんですか今の? すごいのが通り過ぎていきましたよね?」
「ぼさっとしないでください! 来てます!」
グリューネワルト・ルディア(ぐりゅーねわると・るでぃあ)に言われて、慌てて篠崎 公司(しのざき・こうじ)はクェイルに回避行動を取らせた。間一髪、攻撃は水面を破裂させるに留まる。
先ほど通り過ぎていった何者か、試合に出ていたのを見たから、海鎮の儀の参加者だろう。
「助けて、くれたんでしょうか?」
「わかりません。それより、こちらにもだいぶ水が来ています。水中を通ってきたなら、これ以上水が増えるとこちらに勝ち目がありません。クェイルは水中戦はできないんですから」
なんだかよくわからないが、敵が一体減ってくれた。それをありがたいと考えて、とにかく目の前の敵を倒す事に公司は集中することにした。余計なことを考えていたら、あっという間に水没してしまうのだから。
「わからぬ。そもそも、持っただけで願いが叶うというのであれば、妾はとっくにここから出ておるわ」
宝剣を譲り受けたレイラの、どうすれば願いを叶えられるのかという問いに、安徳天皇はそう言って答えた。
「ちょっと待ってよ。それじゃ、願いを叶えるっていうのは嘘だったてことだよね?」
「嘘というわけではないぞ」
安徳天皇は炎羅 晴々(えんら・はるばる)の方を見る。
「使い方がわからないとか?」
そうピアニッシモ・グランド(ぴあにっしも・ぐらんど)が言うと、安徳天皇は首を横に振る。
「もし、なんの価値も無いのであれば、祭りの作法もわからぬ者が飛び込んでくることなどなかろう? ただ、恐らく尼ぜは少しばかり都合のいい言葉を使ったのじゃ」
「都合のいい言葉?」
「この剣の名は、草薙の剣と言う。なぜ、そう呼ばれるか知っておるか?」
「日本武尊の東征物語で、焼き討ちのさいに草を薙いで難を逃れた逸話からですね」
「うむ、その通りだ」
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)の答えに、満足そうに安徳天皇は頷いた。
「でも、草薙の剣は叢雲の剣の別名ですよね」
と、リリスティア・ハイゼルノーツ(りりすてぃあ・はいぜるのーつ)が言う。
「そうじゃ。しかし、これは草薙の剣なのじゃ……。日本武尊は東征を達するものの、道半ばで妻を失い、そして本人も国に帰ることなく没してしまう。この剣を持つということは、その宿命を背負うということでもある」
「その剣を持つと死んじゃうってことだよね?」
「さて、どうであろうか。日本武尊は、この剣を手放したから道半ばで倒れたとも見れる。尼ぜは、その逸話を持って、道行く者の行く手を遮るものの障害を薙いで払う、という意味合いで願いが叶うと口にしたのだろう。だが―――」
と、安徳天皇は剣を持っているレイラではなく、静麻の目を見た。
「この剣に選ばれし者よ、心しておくがよい。その剣は人を呪う、剣には人の道理は通じぬのだ。もしやすれば、お主の心のよくなき想いを辿って身を寄せたのかもしれぬ。もし、御せぬと思うのであれば、妾を頼るのだ。それが、妾が草薙の剣と共にここに居た理由であるのだ」
いきなり真剣な目つきを向けられた静麻は少し驚いた。
この宝剣を手に入れたいと望んだのは、自分ではなくレイラだったはずだ。なのに、何故安徳天皇は静麻を見るのだろうか。わからないまま、ただ強い視線に押されるようにして静麻は頷いた。
「うむ。それでよい。ところで、おぬし達はまだこの剣を手にしたいと思っておるか?」
安徳天皇が視線を晴々に向けた。晴々は、ピアニッシモと顔を見合わせる。
「とりあえず、保留……かな?」
「ここは、自らの願いを賭けたものが集まる神聖な場所だ! それを穢すおまえらの行いを、この帝王が看過するわけがないと知れ!」
「今です!」
ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)とキリカ・キリルク(きりか・きりるく)の操縦するエンペリオス・リオが、危険を承知で突っ込み敵のイコンに組み付いた。
侵入してきた謎のイコン部隊の最後の一体は、他のイコンとは、いやイコンという枠組みからすら外れているかのような動きをしていた。まるで、粘土か何かのようにその姿を自在に変形することができるようだ。
攻撃をしようとしても、その不可解な動きで全て避けられてしまう。万全の状態ならまだしも、こちらは動くのがやっとだ。ヴァルの組み付くという選択は、危険であること以上に価値のある行動だった。
「任せて、うりゃー!」
動きの止まったイコンに、ぽきゅのスピアが直撃する。腹部と思われる辺りにスピアが貫通した敵のイコンは、たたらを踏んでさがると、そのまま仰向けに水中に沈んでいった。少し様子を見たが、動き出す気配は無い。
「やったぜ!」
アイーダ・リコ(あいーだ・りこ)とエムドク・ロリドク(えむどく・ろりどく)はイコンの操縦室の中で、互いの手を合わせて勝利を喜んだ。
「これで、侵入者どもはあらかた片付いたか」
「海鎮の儀のあとでなければ、ここまで苦労はしなかったのですが」
海鎮の儀のために、ここに持ち込まれたイコンの半数以上は戦闘不能もいいところだった。
「水が入ってなかったらわからなかったわね」
エムドクの言う通り、足を浸す水がこちらに味方してくれた。こちらも相手も、この状況では高速戦闘などできはしない。必然的に泥仕合をするしかなく、相手のイコンのスペックが発揮できなかったのだ。
「自業自得だぜ、なんせあいつらが開けた穴なんだからな」
「ともかく、これで脱出を邪魔するやつらは片付けたな。脱出用のエレベーターが水没する前に戻るぞ。この帝王が道を開く、ついてこい」
そうして四人はその場を立ち去った。いつの間にか、沈んでいたはずのイコンの姿が無くなったことに気がつかないままで。
「無茶苦茶ね」
ニシャル・アレイスト(にしゃる・あれいすと)の視線の先には、バラバラになるまで執拗に攻撃されたイコンの姿があった。侵入者三体のうちの一体だろうが、ここまで破壊する理由がわからない。
「酷いものですね……しかし、今は放っておきましょう」
夕崎 幸兎(ゆうざき・ゆきと)の言葉に、ニシャルは頷く。二人はなんとか動くクェイルに乗って遭難者の探索を続けていた。
地上に出るためのエレベーターの場所は既に二位尼から伝達されている。既に多くは、そのエレベーターに向かっているが、中にはこの神社がどんなものなのか興味を持って個人行動を行っている人も居る。
そうしてはぐれてしまった人は居ないか最後の確認をしているのだ。
「……あそこに誰かいるみたいよ」
ニシャルの言う方向に人影を見つけ、慎重にそちらに向かう。近くまでいき、座り込んでいる獅子神 玲(ししがみ・あきら)の姿をはっきりと確認した。イコンの中から声をかけてみるが、反応が無いので二人は機体から降りてそばまで駆け寄る。
「怪我をしている様子ではないですね」
「大丈夫? どうしたの?」
「お腹が……空いてしまいまして……」
玲の声は耳を澄ませなければ聞こえない程にか細いものだった。とりあえず無事ではあるようだとほっとする二人に、怜は奥を指差して、
「ミンチが、何か見つけたと奥に……」
「まだ誰か居るんですね? ……わかりました、ニシャルは彼女をイコンに乗せてあげておいてください。俺は奥まで行って、その人を連れてきます」
「わかった」
怜をニシャルに任せ、幸兎は一人で奥へと進んでいく。イコンでは通れなさそうな細い道を進むと、扉の開いている場所があった。
「ここかな」
部屋に入ってみると、機械とコードがごちゃごちゃと設置された部屋になっていた。
「来たな悪者!」
突然そんな声がしたかと思うと、何者かが襲い掛かってきた。慌てて後ろに飛びのきながら、カルノウトを抜こうとして、幸兎の足がコードに引っかかる。
「うわっ」
バランスを崩してそのまま倒れこんだ幸兎の頭が、何かでっぱったものにぶつかってしまう。声にならない声を出してうずくまっていると、
「あり? なんだ、制服着てるって事は悪者じゃないじゃない。あーあ、ここ大事そうな部屋だからきっと誰か来るに違いないって思って張り込んでたのに」
つまらなそうな顔をした山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)の姿があった。
「いや、その前に謝れよ。ちくしょう、無茶苦茶痛かったぞ!」
ばん、と手をつくといきなり警報のような音が鳴り出した。
「あ」
「へ?」
幸兎が自分の手を置いた場所には、何か大きなスイッチのようなものがあった。しっかりと押し込まれている。
「ちょ、ちょっと、どうすんのよ! これってあれでしょ、自爆装置的な何かでしょ! やばいじゃん!」
「なっ! そもそもお前がいきなり襲い掛かってくるからいけねーんじゃねーか! てめーが責任を―――」
『ただいまより、排水システムを起動します。浸水箇所の隔壁を閉鎖しますので、職員は指定地区より退去してください。繰り返します―――』
「……自爆じゃないみね」
「です、ね……とりあえず、謝ってください」
「……ごめんなさい。これで、いい?」
「はい。それでは、俺達も脱出しましょう。ニシャル達が待ってます」
全てが終わり静まり返った海京神社―――。
そこに一人の少女がいた。
佐野 実里(さの・みのり)だ。
彼女は侵入してきた謎のイコンの破片を拾い上げた。
ブヨブヨとした不定形のそれを彼女はしばらく見続ける。
そして―――
「これが証拠なのね?」
とどこかに向かって話しかけた。
だが場は静寂が支配し、誰からも返事はない。
そんな事を実里は意に介していないようだ。
「……ラーメンの具にはならないわ」
とだけ呟いて破片を手持ちの容器に入れ、去ったのだった。