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リアクション
海鎮の儀:page01
「戦場よりも性質が悪いですよ、これは」
レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は悪態をつきながら、クェイルを走らせる。
「バーゲンセールかよ、ちくしょう」
ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)はモニターに映し出される滅茶苦茶な状況にめまいを感じていた。十数体のイコンが、まともな遮蔽物も無ければ広さもそこまでは無い場所で乱戦を繰り広げているのだ。
しかも、イコンの装備に制限は無く、射撃武器も近接武器も使いたい放題。状況を把握しようとしたら、それだけで頭の容量がパンクしそうだ。
「出たとこ勝負の運任せなんてっ」
的にならないように動きながら、ライフルの引き金を弾く。着弾の確認なんてする余裕は無い、とにかく数が減るまでは流れ弾がよってこない事を祈るしかないだろう。
マイクロバスに乗せられて連れてこられたのは、見覚えの無い神社らしき場所だった。
神社はかなり立派なもののようだった。バスで連れてこられた人数から考えれば、誰か一人ぐらいは知っていそうなものなのだが、誰も見た事が無いという。
そんな場所に対する反応は人それぞれで、不安になる人も居れば、むしろ宝剣の存在にリアリティが出たと張り切る人も居た。
神楽 祝詞(かぐら・のりと)が驚いたのは、ずらりと一列に並べられたイコン達だ。一体どうやって運び込んだのか、自分のクェイルもしっかりそこにあった。
「無理はしないでほしいですわ」
不安そうな弐来 沙夜葉(にらい・さやは)に、
「そこまで心配はいらないよ。なぁに、きっとなんとかなるよ、大丈夫」
そう笑顔で答えてイコンに乗り込んだ。
準備を整えるのを待って、仮面の女性が口にしたルールは単純明快なものだった。
ここに居る全員の中から、最後の一人になるまで戦闘を続ける。バトルロワイヤルだ。
バトルロワイヤルの本分は、協力と裏切りだ。誰と組み、どのタイミングで裏切るか。その駆け引きが勝負を分ける。
しかし、アイコンタクトもできなければ、通信も封じられている状況では協力は難しい。漁夫の利を得ようと逃げ回るには、広さが足りない。となると、取る手段は一つ。
一番近くに居る相手を、とにかく時間をかけずに倒す。これを繰り返す事だ。
「沙夜葉のために、絶対に負けないっ!」
「さぁ、風になろうぜ、ワイルドウィンド♪」
ワイルドウィンドが機体と機体の隙間を、ライフル弾の雨を風のようにすり抜けていく。
「ボクは風、キミ達にボクの動きを捉えきれるかな?」
混戦状況の中、鳴神 裁(なるかみ・さい)は押し潰されそうな情報量の中であくまでマイペースに状況をかく乱してまわっていた。
「本領発揮ね、裁ねぇさん」
鳴神 裁(なるかみ・さい)も上機嫌だ。現状、今の彼女達ほど自由に動けている人は見当たらない。止まれば的、かといって動けばいいという状況でもない。
そもそも、流れ弾がびゅんびゅん飛び交う今の状況を理詰めでなんとかするのは無理がある。ならいっそ、心が赴くまま動き回るのも一つだ。それで目立って狙われたとしても、ワイルドウィンドなら対応できるという自信がある。
そんな彼女達の向かう先に回りこんで、サーベルを構えるクェイルが一機。
「おっと」
一撃で倒せると踏んで、こちらから速度を上げて近づいていったら横からさらにもう一機が向かってきた。そちらもサーベルでこちらを捕えるつもりのようだ。既に手にライフルが無いところから、恐らくもう使い果たしたのだろう。
「アリス達を倒して勢いをつけるつもり?」
「二体でも三体でも、ボクを捕まえるなんでできないって教えてあげるよ!」
「これで、終わりだっ!」
如月 結城(きさらぎ・ゆうき)のイコン、シュティルブロイエはビームサーベルを振り下ろす。
銃弾飛び交う海鎮の儀は、時間の経過と共に状況がだいぶ変化してきていた。
イコンは生身と違って、被弾しても痛みを感じる事は無い。そのため、被弾においてある程度の許容範囲というものが存在する。急所に当らなければ、動き続ける事ができるのだ。
射撃に特化したタイプのイコンでなければ、持ち込める弾丸の量はさして多くはない。時間の経過とともに、花火大会のように連続していた火薬の破裂音は静まっていき、近接武器による肉弾戦へと移行していった。
「仕留め損ねてるわ!」
「わかってますよ!」
ネイル・ユーティライネン(ねいる・ゆーてぃらいねん)の報告に、少し乱暴に受け答えしながらシュティルブロイエを敵の攻撃範囲から離脱させる。ネイルの報告通り仕留められはしなかったが、相手のイコンの腕の片方を切り落とした。
「次で終わりだっ!」
「焦るな、体制を立て直す」
「はい!」
ただ単に運が悪かったのか、それともあの仮面の女が言う通りに想いの力が足りなかったのか。夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)とデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)の乗るオートクレールは花火大会のうちにいくつか無視できない被弾を受け、そしてたった今武器を持つ腕を切り落とされた。
バトルロワイヤルである以上、弱った相手から落とすのは常道だ。もっとも、だからといって「そうですよね、仕方ありませんよね」と納得できるものではない。
まだオートクレールは落ちてはいない。動ける、戦える。
想いを乗せて戦っている以上は、決して自分から諦めるわけにはいかない。
「凌げますか?」
「わからん、だができるだけの事はやってみよう」
たった今、こちらに手痛い一撃を打ち込んだシュティルブロイエが再び接近してくる。手元にあるのは盾が一つ、武器を拾う余裕は無い。
まずは一撃、そして二撃、決して機敏ではないオートクレールで攻撃を凌げるのは、デュランダルの読みが頼りだ。
「訓練の教科書を見るようないい動きだ。ならばっ!」
「しまっ――」
相手は片腕、武器もなく盾一つ。それが油断になってしまったのか、いやそんな事はないと結城はすぐにその考えを否定する。
目の前のイコンのパイロットの腕がいいのだ。きっといくつも経験を積んでいるのだろう。盾で攻撃をいなしながら、肩でこちらに体当たり。自分の体ならまだしも、イコンで行おうとすれば簡単にはできない。
「結城!」
「だからといって!」
倒れてしまえば、この状況では恐らく立て直せない。なんとか踏みとどまって、盾で殴りかかってくるオートクレールの打撃を腕で受ける。おかげで、最悪の事態は回避できたがサーベルを持っていた手がほぼ死んだ。
肘あたりから先が制御できない、ビームサーベルは手から零れ落ちてしまった。ライフルは既に弾切れ、武器が無い。相手の盾がすごく頼もしい武器に見えるのは、決して変な事ではないだろう。
間合いを取り直すか、しかし今の一瞬の難を逃れたとしても、武器の無い状況ではいずれ積むだろう。ビームサーベルを拾いたいところだが、そんな素振りを見せられるような相手ではない。
焦る結城の視界、モニターの隅にあるものが映った。
海鎮の儀はイコンで行われるものだ。しかし、中にはワイバーンであったりデコトラのようなものも混じっている。特に主催者が何も言わないのだから、そういうのによる参加もアリなのだろう。
「だいじょうぶかなぁ、あれ。でも久君は丈夫だから、大丈夫だよね」
くすくす面白そうに、佐野 豊実(さの・とよみ)は遠くから海鎮の儀の様子を眺めていた。視線の先には、出虎斗羅がある。
最強のイコン乗りを決める大会がある、という風の噂を聞いてやってきた夢野 久(ゆめの・ひさし)に連れられてここまでやってきた豊実は、儀式には参加しないでこうして観客をしている。
そういう人も少ないが何人かいるらしく、境内から儀式を観戦させてもらっていた。
「あれって、久君が倒した扱いになるのかな?」
もし、そうなるのであれば、さしたる武装も乗っけていないデコトラの出虎八でもイコンを倒せるという新たな伝説になるだろう。本人が喜ぶがどうかは置いておいて。
何があったのかというと――
試合開始直後、まずは牽制もかねた射撃武器による応酬から始まった。久はその中を滑るように動き回っていたが、運悪く流れてきたミサイルによって吹き飛ばされてしまった。
しかし、悪運は強かった。吹き飛ばされた出虎斗羅は空中できりもみ回転をして、ケツから地面に落ちたのだ。出虎斗羅が直立したのである。
車輪が地面についていなければ、出虎斗羅は動けない。あとは、みんなが勝手に相打ちでもしてくれる事を祈るしかない。つまり、事実上の負けである。
そんな出虎斗羅のすぐ傍らで、戦闘をしていた二体のイコンがあった。これが中々いい勝負で、片腕を切り落とされてなお盾だけで状況をひっくり返していた。
その一撃で武器を失ってあわや絶体絶命、その時イコンは落とした武器ではなく、出虎斗羅に手を伸ばしたのだ。手を伸ばせば丁度届く距離に、出虎斗羅があったのだ。
これは相手も想定外だったのだろう。どうやら出虎斗羅は鈍器として優秀だったらしく、一撃で相手のイコンを打ち倒したのだ。
出虎斗羅はマスターソードか、はたまたエクスカリバーか、どちらにせよ出虎斗羅が無ければ結果は全く別のものになっていたかもしれない。
「何か記録できるもの、持ってくればよかったね。これは是非色んな人にみてもらいたいよ」
特に、本人に。
「気持ちで負けるな、行け」
紅音 竜(こうの・とおる)の言葉に押されるようにして、ヴァレンシア・シルフィノーム(ばれんしあ・しるふぃのーむ)は攻撃の手を休めない。
センチネルの動きは決して悪くない。
「やっぱり向こうが一枚上手ですね。でもっ!」
突き出したスピアが、空を突く。あたらない、しかし相手がどうやって避けるのかは見ている。こちらのどこを見ているのか、何が判断基準なのか。
盗める技術は盗む。幸運だったのは、最初の乱戦で何もできないまま倒れる事が無かったことだろう。それはもしかしたら、想いの強さが影響しているのかもしれない。
「こちらも向こうの動きに対応できている。神経を研ぎ澄ませるのだ、付入る隙が無い相手などそんざしないものだから」
「わかってますよ」
そうは言うが、立ちふさがる疾風迅雷の動きは相当なものだ。
このまま戦い続ければどうなるか、想像できないわけがない。
「やりますね、けど、俺は譲るつもりなんてありませんよ」
宝剣を手にして、叶えたい願いが長原 淳二(ながはら・じゅんじ)はあった。失った記憶を、それがもしかしたら自分を苦しめるとしても、取り戻したいと想う気持ちに嘘は無い。
だからこそ、あの弾幕の中無傷で残れたのだ。
周りを見れば、あれだけの弾幕があったはずなのにかすり傷一つ負っていない機体がいくつもある。想いの強さを測るとは、そういう事なのかもしれない。
ならば、とここで淳二は深く踏み込む。ここまでの想いがそれぞれ等価と判断されているのならば、実力でもぎ取るしかない。
「……」
その背中を心配そうに、ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)が見つめる。
願いが叶ってしまえば、淳二は変わってしまうかもしれない。しかし、その事に対する不安よりも、今の姿の方がどこか危うい感じがして怖い。
だが、戦闘そのものはこちらが優勢だ。このまま行けば、相手のセンチネルを倒すことができるだろう。
「駅! ヒラニプラ鉄道! 鉄道鉄道鉄道!!! 駅駅駅!!! 鉄道! 電車! 汽車!列車!!!!」
「乗り物の頂点は列車だ、悪いがここは勝たせてもらう!」
あと一歩、そこまで迫ったところで間を緋羅丹賦螺列車砲が突っ込みながら高圧ウォーターキャノンを淳二に向かって放ってきた。
湯島 茜(ゆしま・あかね)と契約の泉 前(けいやくのいずみ・さき)の二人が乗るトラック緋羅丹賦螺列車砲だ。トラックだが、列車砲だ。
避け切れずに肩に被弾。しかし、損害はそこまで深刻ではない。緋羅丹賦螺列車砲はすぐにその場を離れてしまった。追うのは難しい。
「淳二!」
この隙を逃すまい、とセンチネルが突っ込んでくる。なんとかそれを受け流すものの、勢いが向こうに移ってしまった感はいなめない。
そうだ、銃撃戦ではなくなったとはいえ、これはバトルロワイヤル。一対一の決闘ではないのだ。まだ、想いは試され続けているのかもしれない。
「それでも、俺は!」
踏み込む、前に出る、宝剣がどんな望みも叶えられるなら、叶えたい事が俺にはある!
「おーい、生きてるか?」
猫井 又吉(ねこい・またきち)はぼやくように言いながら、出魂斗羅の下敷きになった国頭 武尊(くにがみ・たける)を引きずり出した。
「おう、なんとかな」
「だから言ったろ、いくらなんでもトラックじゃイコンに勝てないっての。まぁ、善戦できたような気がすけどな」
「そりゃ、俺の願いが強かったからだ」
「はいはい、病院に行く必要はなさそうだな」
「んで、誰が宝剣を手に入れたんだ?」
武尊が辺りを見回す。既に勝負がついたらしく、辺りは戦闘中とはうってかわって静かだ。あちこちに、倒れたイコンの姿があって少し不気味にすら感じる。
「残念なおしらせだぜ、武尊」
「あん?」
「これ、予選らしいぜ。参加希望者がいっぱいいたらから、ふるいにかけてるんだと」
周囲は戦場跡、といった様子だ。片付けるだけで時間がそうとうかかりそうなものだが、仮に参加者が後片付けするなら逃げるしかない。
「それで、今日の予選を突破したのがあそこの奴だぜ」
「……真っ白になっちまってんな」
又吉の示した先、死屍累々としたイコンの墓場の中でもかなり酷い損傷を受けているコームラントカスタムの姿があった。
「武尊は途中でおねんねしてたから見てないだろうが、最後はひどいもんだったぜ。あれか、骨肉削る戦いって奴だ。それで、魂削るような戦いやって、なんとか最後まで立って奴にだ、じゃあ次は来週だから、だ。ぶっちゃけ、負けて良かったかもしんねーぞ」
果たして、あの損傷は一週間とそこらでなんとかなるのだろうか。
それはともかく、魂が抜けた様子で天井を見上げるコンクリート モモ(こんくりーと・もも)と、その横でげっそりしているハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)の様子は痛々しいものがある。
「このまま続けるのと、普通に友達作るの、どっちが楽なんだろうネ?」