空京

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浪の下の宝剣

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●海京に迫るイコン部隊を迎撃する:page08

「分析に寄れば正体不明機は、真後ろに死角がある……か」
 白竜からもたらされた情報をグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は考察する。しかし、白竜が『仙霞』で敵に迫りつつも発砲しなかったことを考慮しなければならない。攻撃を行えばたちまち『レッド・スティングレイ』は反応し、死角につけいる隙など二度と与えないだろう。
「これは俺たちにとって、イコンでの初戦闘……危険かもしれないがやってみる価値はある……」
 グレンは結論を出した。アンズータイプの愛機『アグレアス』の鋼の懐に抱かれる同志、パートナーのソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)に自分の考えを告げたのだった。
「正直、不安はあります……けれど」
 ソニアは頷き、迫り来る正体不明機を迎え撃つべく友軍機に呼びかけを開始した。

 紅いエイ型の正体不明イコンが、海京間近に姿を見せたのはそれから数分後のことだった。不明機は尾にあたる部分を左右に振るわせ、猛速度なれど優雅に海中を疾走する。平らな体で羽ばたくようにして進んだ。
 待つこと久し、ソニアの呼びかけに応じたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が、隠れ場所から身を乗り出した。
「ったく、どうせなら水中専用機を回してほしかったぜ。ケチくせぇ」
 ぼやいているがそれは口調だけのこと、強敵中の強敵に邂逅できたことをシリウスは喜んでいる。そのイコンのメイン操作を行うは、シリウスの相棒サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)だ。
「ま、やってみようじゃないか……シリウス、アレ」
「おう、ぶちかましてやろうかアレをな……って『アレ』でわかるかーっ!?」
 叫びつつシリウスはピアニストさながらに指を走らせ、愛機『オルタナティヴ13』に二挺のバズーカを、左右の腕に構えさせた。
「そうそれバズーカ。わかってるじゃない」
 さらり応じてサビクは操作を担当した。『オルタナティヴ13』は右そして左、両腕からバズーカを発射したのだった。位置はちょうど正体不明機の後方だ。
「いっちょエイ狩りといくか!」
 シリウスの想いが具現化したかのよう。二つのバズーカ弾は迷わず躊躇わず敵の背を追った。
 一弾は外れたが一弾は正体不明機を掠めた。エイ型イコンは反転し、シリウス機に対し敵意を剥き出しにするも、
「死角は背中! そのガラ空きの背、きっちり斬らせてもらいます!」
 鹵獲型ヴァラヌスを改造した機体『ツェルベルス』、機械の龍たるその姿が、低い唸り声上げてエイ型の背を狙った。『ツェルベルス』のパイロットは志方 綾乃(しかた・あやの)、及びそのパートナーラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)である。熱血する綾乃とは対称的に皮肉な口調で、
「新型イコンまで繰り出して、狙うのが宝剣の奪取とは……しっかしまあ、セコい連中だな。お前らの願いは人様の力に縋って叶えて、それで満足する程度のものだったのか。バカバカしい」
 とラグナは述べた。
 死角を狙われているを知り、慌てたように正体不明機は方向を転換する。しかし、
「とっとと失せろや……あ、すいません。口が滑りました」という在原 千歳(ありはら・ちとせ)と、
「滑ってない滑ってない! どーんとやっつけちゃおうよ、あのエイを!」という無籐 聖(むとう・ひじり)、そんなコンビが乗るセンチネルも追随した。また別の方角からエイの背を狙ったのだ。
「シェイル、思い切って突撃して下さい。万が一のときも、あなただけは守ります」
「やめてよルリア……さあ、勝利を掴みましょう。二人で!」
 まるで二人で一人、魂の双子のごとく息合わせ、シェイル・ヴァールハイト(しぇいる・ばーるはいと)ルリア・ヴァールハイト(るりあ・ばーるはいと)の機体『クロノ・ゼロ』もこれに続いた。
 エイ型イコンは我知らず、ぐるぐると回転させらてている。死角を守ろうとするたび、別方向からまた、海京防衛のイコンが現れて背後を取ろうとするのだ。その中には小早川 拓馬(こばやかわ・たくま)セレナ・メディウス(せれな・めでぃうす)も加わっている。彼らは渾然一体となってエイを追った。
 確かに、水中戦の適性は圧倒的にエイ型イコンにあるだろう、しかし、
「数で勝負という考え方は基本、好きではないが……強力な相手にはこういった対処法もある……」
 グレンは告げ、ありったけの高速機動でエイ型の背を取った。
「包囲戦術なら、常に誰かが必ず、お前の背後をとることになる……!」
 グレンのイコン『アグレアス』は、パイルバンカーの一撃を見舞った。コクピット周囲のフレーム越しに、振動が骨に伝わってくるのをグレンは感じた。ぐっと伸びる腕の一撃は、水中ゆえ音こそせぬものの威力充分、エイ型は避け損ね、機体制御を失った。大抵のマシンならば、この瞬間に大破が確定したことだろう。紙のように破けた装甲から、金属部品が夜空の星のように飛び散り、凄まじい水圧がイコンを、ぐしゃぐしゃに押し潰したことだろう。
 だが次の瞬間、
「これが……」ソニアは絶句した。「イコンの変形だと言うのですか……!」
 それだけ言うのが精一杯だ。エイ型イコンは瞬時、アメーバが分裂するときに酷似した収縮を行い、よく熟れたトマトが床に落ちたときのような形状になったかと思いきや、するりと逃れて元の姿に復したのである。

 青い空には雲一つない。
 輸送用トラックに飛び乗ろうとしたまま、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は身を強張らせていた。
 彼と強盗 ヘル(ごうとう・へる)は海京の海岸で、帰還した防衛軍のイコンに手早く補給作業を行っていたのだ。仕事は山積みだ。どのイコンも、慣れぬ海中戦で少なからず傷つき、弾丸やエネルギーも大きく減じている。開いたハッチからコクピット内に大量の海水が流れ込み、慌ててかきだしている者たちもあった。
 そんな最中、叶白竜が持ち帰った動画がふと目に入り、ザカコは驚きのあまり足を止めたのだった。海を征くイコンは変形していた。鋼鉄のマシンにはありえない柔軟な湾曲にうねり、まさかあの正体不明機は不定形なのか。
「おい」
 だがヘルは動じない。トラックのエンジンをかけザカコに応援を要請した。
「とんでもねぇイコンが混じっているのは判ったが、俺たちは俺たちの本分を務めねぇと。ほら、どんどん水から上がってきたぜ。元から海中用ならともかく、応急処置で一時的に入れるだけのイコンじゃ色々とキツいだろうしな」
「そうですね」
 ザカコは物資を積み込み、新たに戻った味方機の補給を急ぐ。
 満身創痍のイコン『セレナイト』が、巨体を軋ませながら海から姿を見せた。イコンは、ずん、と両腕を砂浜につけて休息する。ちょうど、溺れかけた人間がそうするように。端守 秋穂(はなもり・あいお)の機体であった。弾丸を全身に浴びたものと見える。まるでフジツボでもびっしり貼り付いたかのように、装甲に大量の凹凸があった。
「セレナイト、限界寸前ー……帰還したよー」
 秋穂のパートナー、ユメミ・ブラッドストーン(ゆめみ・ぶらっどすとーん)がハッチを開け、ザカコたちに手を振った。
「すみません。敵の決死隊と交戦したばかりです。まだ残敵を確認しています。すぐに戻りたいので急ぎ補給を……!」
 潮風にさらされながら秋穂が、姿を見せその黒い髪を風にはためかせている。
「タフなお嬢ちゃんたちだ」
 ヘルは牙を見せて笑った。あれだけ被弾している上、体だって立てないくらい疲れているだろうに、それでも彼女らの闘志はまったく衰えていないのだ。しかも彼女らは、
「ユメミ、大丈夫? メイン操作をずっとやっていたから……疲れてない?」
「平気へーきっ! 秋穂ちゃんと一緒なら、ユメミはいつだって元気なのー!」
 と、自分ではなくお互いを気遣っているのである。
「敵がとんでもない相手なのは理解しましたが……」ザカコはトラックから飛び降り、補給物資を担いで走った。(「海京を護る戦士たちは、もっと『とんでもない』んです!」)
 そんな彼らの仲間であることが、ザカコは何よりも誇らしかった。