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リアクション
●海京に迫るイコン部隊を迎撃する:page06
敵の先頭集団が総崩れしつつあるその一方、敵中央においても、大隊を分断させる戦略行動が防衛側により行われていた。
忽然と現れた防衛部隊、そのように敵の目には映ったのではないか。それほどにクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の乗機焔虎の登場は唐突だった。金庫が人型をとったかのように無機質、虚飾の一切を排除したデザインのイコンだが、それだけに『兵器』としての強烈な存在感があった。クレアは無言で、ウーア・ゲヴァルトと名づけた自機に武器を構えさせた。わずかに気泡が生まれ、天に昇る魂魄のように海面に飛び立っていった。
立ちはだかったこのイコンを排除すべく、シュヴァルツ・フリーゲをリーダーとするシュメッターリング小部隊は一斉に攻撃態勢に入る。このとき、鯨のようなものが彼らの側面を飛んだ。
鯨、ではなかった。それは黒い射出型クローであった。クローの尾には頑丈かつしなやかなワイヤーロープが取り付けてある。クローが弧を描き戻ってくると、ワイヤーがイコン集団に絡みつくという寸法だ。それと気づいたときにはもう、鏖殺寺院のイコンはまとめて何台もこの罠にかかっていた。いくら水中の移動が得意といっても、不意打ちには強くないものらしい。
「捉えた!」
朝霧 垂(あさぎり・しづり)が声を上げた。「大漁!」とライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が続ける。クローを放ったイコンは、彼女ら二人の乗機『光龍』、龍の姿を持つイコンヴァヌラスタイプ改良版ゆえ、水中でも高い機動性を保持している。
「『ぜったいここは通る』ってポイントを見つけ出して待ち伏せてただけなんだけど、きっと敵さん、それに気づかないよね」
クレアを振り返ってエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)が笑った。彼女とクレアが乗るイコン、それに垂とライゼのイコンはいずれも、潮流から敵の移動ルートを読んで伏兵していたに過ぎない。だが、出し抜けに姿を見せ、しかもワイヤーで搦め取られる格好になった敵が、その簡単なからくりに気づくことはないだろう。
ワイヤーを抜けようともがくマシンに、光龍がビームサーベルで切りつけた。不器用そうな龍の手にもかかわらず、その見た目に相違して技術が高く力も強い。隊長機とおぼしきシュヴァルツ・フリーゲは、一撃で頭部を刎ね飛ばされ戦闘不能となった。金属片が飛び散って海流に流されていった。
「敵は算を乱している。全力で叩け」
クレアが呼びかけたときには、さらに数台の味方機が姿を見せていた。水無月 優哉(みなづき・ゆうや)もノワール・アルトナイヴズ(のわーる・あるとないう゛ず)と共に、センチネルでそこに加わっている。
優哉の体はぶるぶると小刻みに震えていた。怖いからではない、血が騒ぐのだ。操縦桿を握る両手に汗がにじみ、熱でもあるかのように頭がぐらぐらと揺れた。心臓がドラムソロのように疾走音を立てているのも自覚できた。
「この世界で、オレの強さがどこまで通用するのか確かめたいんだ!」
優哉のセンチネルは水中用調整こそすませているとはいえ、ほぼ初期装備の状態だった。無謀なのは判っていたが、己の実力を知るために敢えてこうしたのだ。センチネルは彼の魂が乗り移ったかの如く、鈍色の槍を順手で構え、叩きつけるようにしてシュメッターリングに一撃を浴びせた。ワイヤーから逃れたばかりの敵は、頭部を撲たれバランスを失った。
「まったく……君のその好戦的な性格はどうにかならないんですか?」
操縦を手伝いながらノワールは呆れ声を出す。優哉が無茶をする人間であることは知っていたし、承知の上で契約を結んだのも事実だ。
「どうにかなるもんならとっくにどうにかしてるさ!」
まだあどけなさの残る目で優哉は応えた。そのときにはもう、二打目の打擲を敵に与えている。イコン戦といっても戦いの基本は気合いだ。額に汗流しながら一機撃墜した。
ようやく態勢を整え、塵殺寺院も反撃に出た。隊長機が討たれ統率がとれなくなっているとはいえ強敵であることに変わりはない。周囲は、敵味方のイコンが入り乱れる修羅の世界となった。
受領したアンズーの安定感に、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は内心舌を巻いていた。
「このイコン……すごい……!」
敵のタックルをまともに浴びても、機体重心の強さがあるのかアンズーはほとんど揺れない。むしろぶつかってきた相手のほうが、跳ね返されて戸惑うほどだ。その力強さからは想像もつかないが、医療機械のように精確なターゲッティングが可能な点も気に入った。大げさな武器に思えた右椀のドリルが、敵の関節部分を見事に貫く様は壮観である。しかしその反面、敵のフェイントなど予想外の動きに対する反応がやや遅い。これは今後改良するか、パイロット能力でフォローする必要がありそうだ。
「これがアンズー、の操縦感覚ですか……イーグリットとはずいぶん違う雰囲気ですわね」
リネンとともにアンズーのコクピットに収まり、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)はその左マニピュレーターに光条サーベルを握らせた。機体のポテンシャルは高いアンズーとはいえ、大軍を一機で相手するような無茶は禁物だ。周辺の友軍機と連絡を取り合い、常に連携できるようユーベルは心掛けた。
無限 大吾(むげん・だいご)のイコン『アペイリアー』モニター上にエラーが発生した。少なくとも、最初彼はそう思った。
「……なに!? この数値は……アリカ、計器の故障か」
調べてくれ、と西表 アリカ(いりおもて・ありか)に言い切って大吾は、まさか、という可能性に思いを馳せる。
モニターには一機、高速移動する敵が点で描かれていた。その速度が尋常ではない。いくら水中用シュヴァルツ・フリーゲであろうとありえない速度だ。通常のイコンが水中で、このような移動ができるはずがないのだ。しかし、
「通常のイコンでなければありえる……!」
データにない速度だ。これまでの鏖殺寺院に、これほどの速度が出せるイコンは存在しない。
「計器の故障じゃないよ! 本当に、こんなスピードのイコンが迫ってきてる!」
予想できたとはいえ、アリカの声に大吾は改めて戦慄した。そして、
「形状は流線型……まるで、エイ!」
アリカの報告が届いたその瞬間、大吾のマシンは被弾して大きく傾いだ。
「正体不明機によって本機は中破、戦場を離脱する……!」
大吾は無念の声を洩らしその場から離れた。
緋色のエイのようなイコンは、そのときにはもう、彼らを残し遙か彼方に泳ぎ去っていた。