空京

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浪の下の宝剣

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海鎮の儀:prologue


 まだ四月になって間もないというのに、気が早いのかファミレスの店内は冷房が幅を利かせていた。入った瞬間は涼しくて気持ちよくもあるが、ほんの僅かな時間も経たないうちに肌寒く感じるようになる。そもそも、店員全員長袖じゃないか。寒いと感じているのなら冷房を止めるなりすればいいのに。
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は飲み物を置いて去っていく店員の後姿にそんな事を考える。シャーロットの隣には、霧雪 六花(きりゆき・りっか)が座っており、正面には月音 詩歌(つきね・しいか)不知火 緋影(しらぬい・ひかげ)が座っている。
「そう言われてもねぇ……」
 歯切れの悪い言葉を口にしながら、六花は視線を外に向ける。
「何か気になる事とかなかったの? なんでもいいんだよ」
 最近、この辺りでは海鎮の儀なるものが行われているという噂が流れている。詩歌と緋影の二人は、その事を調べているらしい。そして、その儀式に参加していた人たちに聞き込みを行っているのだ。
 それはつまり、シャーロット自身もその儀式に参加した……らしいのだが、いまいち記憶がぼんやりとしているようなしていないような、つまりはっきりとは覚えていないのである。
 六花はシャーロットと比べれば、ぼんやりとだが覚えているらしい。それでも、夢だったんじゃないの、と尋ねられると否定しきれない様子である。
「こんな曖昧な記憶でなくて、友達の友達に聞いた話というのであればすっぱりと無いと言い切れるんですけどね」
 いまいち進展しない聞き込みに、ぼんやりと協力しているのは自分にも僅かながら覚えがあるという気持ち悪さがあるからだ。自分も覚えていないうちに、そんな怪しい儀式に加担させられていた、なんてあまりいい話ではない。
 しかし、漠然としか情報が集まらない。参加した、という人もそこそこ居るのだが、誰に聞いても曖昧な、シャーロットや六花程度の夢とも現実ともつかない話が出てくるだけで、確実なものは何一つ無い。
「でも、一度にこの話を口にするのが増えた。というのは、状況証拠でしかないですが、何かあると考えるには十分ですよね」
 緋影の言葉はもっともで、確かに何も無いのならこんな噂が飛び交うなんて事はありえない。
 なんでも夢が叶う宝剣のために、イコンを用いて戦いを行う。そんな突拍子も無い話が突然降って沸いてくるには、何かしら理由というものがあると考えるのは当然だろう。
「……あ」
 頭を四つ並べて何も出てこない中、突然六花が店内に入ってきた男子を見て声をあげた。
「どうしたの?」
「あの人、見たわ。儀式の参加者に居た人よ」
 六花が言うやいなや、行動の早い詩歌はその手を掴むとさっそくその男子のところへと向かっていった。いきなり店員でも何でもない人に声をかけられて、その男子は驚いたようだ。
「海鎮の儀、ですか?」
 声をかけられた、宇宙 葵(そら・あおい)は聞かれた言葉を口の中で繰り返しながら、一緒に居たルナティック・サンライト(るなてぃっく・さんらいと)に視線を向ける。
「へ? ミーはそんな話知らないよ?」
「……だよな。見間違いじゃないですか?」
 二人に惚けている様子は無い。恐らくは、本当に知らないのだろう。
 がっくりしながら戻ってくる詩歌の顔を見て、シャーロットは元気付けるように声をかけた。
「もし何か思い出したり、何か聞いたりしたら連絡します。今日はこれ以上は何もできそうにないですし、お開きしましょうか」




「イコンの大会、ですか?」
「うん、そうだよ」
 ニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)の表情には、いつもは見られない堅さのようなものがあるように水橋 エリス(みずばし・えりす)には見れた。もともと、あんまり嘘をつくのが得意な子ではない。
 ニーナの話によれば、所属に関係なく人を集めてイコンで模擬戦を行っている、らしい。もっとも、これはあやふやな彼女の証言を整理したもので、いまいち噛みあっていない事実もあったりして怪しい部分が結構ある。
 例えば、集合場所が夜中の駐車場である、とか。
 疑い出せばキリが無い話だが、ともあれニーナは躍起になっているようだし、本当に危ない話だったら一人で行かせる方が怖い。
 しかし、周りを見渡すと自分達以外にも結構な人が集まっている。二十人ぐらい、だろうか。街頭が遠いのではっきり顔は見えないが、全体のムードはそんなに悪いようには見えない。
 怪しい何かが行われるというよりは、これからお祭りでもあるかのようだ。
 そうやって周りを見ていると、ニーナが不安そうにこちらを見ているのにエリスは気がついた。
「どうかしました?」
「あ、ううん。けどその……迷惑じゃなかったかなって……」
「迷惑? 何がですか?」
「それは、その……」
「……ふふ、迷惑なんてとんでもない。それよりも、そんな不安そうな顔をしていたら、これから行われる大会に影響しかねませんよ。やるからにはもちろん優勝です。頑張りましょう」
「……うん!」
 元気よくニーナが頷いて、この話題はこのまま切り上げる。

 しばらくすると、駐車場に一台のマイクロバスがやってきた。
 バスは駐車場にある白線を無視して、駐車場の広く開いている場所に止まると、中から着物を着た女性が降りてくる。声をかけたわけではないが、みんながそちらに集まっていく。
  ディーン・アストラル(でぃーん・あすとらる)ファム・エレファス(ふぁむ・えれふぁす)の二人も、人の波に倣ってそちらに向かう。
「わくわくしてきたな」
「願いが叶う宝剣ってどんなのかな?」
 二人で話しながらバスまで行くと、着物の女性と目が合った。どことなく蟹を連想させる仮面をつけている。なんとも言葉にしにくい不気味な仮面だ。
「当然、宝剣を手に入れるのはあたいよね」
 バスに乗り込むと、そんな声が聞こえてきた。
 声の主は、サイラス・ワーマード(さいらす・わーまーど)だ。隣のセレスティナ・エドワード(せれすてぃな・えどわーど)も、遠足に行くような楽しそうな顔で席についている。
 当然、このバスに乗り込んだ人間のほとんどは宝剣を手に入れて願いを叶える事を目標にしている。妙な話だが、あの仮面で着物の女性が言うには、操縦技術ではなく想いの強さが大事なのだという。
 それはつまり、誰にでもチャンスがある、という事だ。
 まぁ、参加者を集めるためのリップサービスである可能性は否めないが。
 全員が席につくと、マイクロバスが走り始めた。
 まだ深夜と呼ぶには少し早い時間なのだが、すぐに猛烈な眠気が襲ってきた。
「……あれ?」
 ディーンが周囲を見渡すと、バスに登場している人は誰もがうつむいていたり、船を漕いでいたりしている。いくらなんでも、全員が全員眠るなんて事は無いはずだ。
 しかし、バスに乗り込んだ誰もがそうであるように、ディーンのまぶたはすぐに鉛のように重くなり、静かに寝息を立てるまでそう時間はかからなかった。



「ん、ん〜……はれ?」
 目の前には見慣れないパソコンが一つ。耳には、聞き覚えの無い歌が控えめな音量で届けられている。まだ少しおぼつかない頭で辺りを見回すと、どうやら簡単な仕切りで区切られた個室未満の場所のようだ。奥のソファでは、緋影がこれまた気持ち良さそうに眠っている。
「……漫画喫茶?」
 あれ、と詩歌は首をかしげた。なんで自分はこんなところに居るんだろうか。
 確か、そう、確か、海鎮の儀という怪しげな儀式について調べているうちに、小谷友美が赴任してきた時期と噂が流れ始めた頃合が一致するという事実にたどり着いて、それで彼女を追っていたはずなのだ。
 天御柱学院の校長室から出ていったところまでは記憶に残っているのだが、そこからの記憶がかなり曖昧だ。それに、なんで自分はこんなところに居るんだろう。
「って、あー!」
「ふわぁぁ……どうしたんです、いきなり大声をあげて」
 緋影は、眠そうに目を擦りながら詩歌に視線を向ける。寝ぼけているのか、現状にあまり違和感を抱いていないようだ。
「どーしよう! 漫画が涎でベトベトなんだけど! これ、弁償かな? 弁償だよね? はぁ……」
「……ところで、どうして緋影はこんなところで寝ていたのですか?」