|
|
リアクション
海鎮の儀:page04
「ちったあやるじゃねぇか!」
ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)のアンデッド:屍龍が腕で、弾丸を受け止める。コアさえ無事であるなら、不死龍は倒れない。
攻撃を受けながら、ブレスで反撃するが当らない。アサルトライフルで距離を取られて戦う限り、そうやすやすと致命傷は受けることはないだろうが、ゲドーの攻撃も似たようなものだ。
「アサルトライフルだけじゃ、威力が足りないか」
西城 陽(さいじょう・よう)のポンコツは、見た目に反して素早い機動で不死龍の攻撃を避け続ける。一撃でももらえば、ポンコツでは耐えられないだろう。
二人は、多くがペアで参加している中でどちらも一人で戦っていた。
不死龍は一人乗りのため、シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)は参加できずにこの試合を眺めている。横島 沙羅(よこしま・さら)は、今この場には居ない。
それでも、それぞれバトルロワイヤルを勝ち抜き、タッグマッチもそれぞれ勝ち抜いてきた。
海鎮の儀は、もう佳境となっていた。
残すは、最後のトーナメントのみ。参加者にとっては、あと四回勝利すれば、宝剣に手が届くことになる。あと一歩、みなそこまで迫っている。
そこまで、それぞれ一人で勝ち抜いてきた二人の力は並々ならぬものがあるのだろう。
勝負を仕掛けたのは、陽の方だ。
攻撃を繰り返す事で、不死龍が防御する時としない時を見極め、どこが弱点であるかを見抜いたのだ。
「くらえっ!」
「甘いわ!」
不死龍のブレスが道を塞がれる。しかし、陽は敢えてその中に突っ込んでいった。
ポンコツが完全に機能停止する前に、相手を倒せばいい。いや、それしか無かったのだ。
不死龍の弱点を狙うには、不意を突くしかない。しかし、隠れる場所もなく、ポンコツは変態機動ができるような機体でもない。ならば突くべき隙は、相手の心だ。
攻撃が決まった瞬間ならば、向こうも防御を忘れるに違いない。あとは、ポンコツが持ってくれると信じるだけだ。
「うおおおおおおおっ!」
アサルトライフルの弾装が空になるまで引き金を引く。
弾が切れ、ブレスも収まっていく。ブレスが完全に収まるのを待ってから、陽はコクピットを開いた。
ポンコツでは耐え切れなかった。
視界が開けると、最初に目に入ったのは前のめりに倒れた不死龍の姿だった。
その横に立っているゲドーと視線が合う。
「どうやら、お互い宝剣に嫌われちまったみたいだな」
勝たなければ、次の試合に進めない。相打ちの場合は、両者の負けだ。
「嫌われた、か」
そういえば、宝剣に意思があるのだろうか、と陽は考えてみる。思い返せば、いくつか不思議な現象があった。相手が突然弾詰まりを起こしたり、こちらが突然バランスを崩したおかげで攻撃を回避できたりといったものだ。
単に運がよかったと思ったが、ゲドーの言葉通り宝剣が持ち主を選んでいるのかもしれない。願いを叶えるほどの力があるんだから、意思の一つや二つがあっても不思議ではないように思える。
「俺の願いはあいつと同じぐらいだったのか」
もしくは、自信をつけさせるためにここまで連れてきてくれたのかもしれない。陽は、少なくとも自分の考える限りでは、そこまで実力者ではないのだ。それが、多くの猛者を下してここに居るのだから、何か意味があるのかもしれない。
「……まさかな」
考えすぎだと、陽は思った。いくら宝剣に意思があったとしても、そんなお節介をやいたりはしないだろう。ここまで来れたのは、そのために頑張った自分がいたからだ。それに、ほんの少し運が助けてくれたに過ぎない。
「でも、少しは自信ついた……かな」
「まさかここでぶつかるとはな、わかってると思うけど、正々堂々真剣勝負だ!」
「もちろん!」
姫宮 和希(ひめみや・かずき)の言葉に、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は当然といった様子で応えた。
互いに宝剣に願うものは同じ、だからといってわざと負けるなんて選択肢はどちらにもない。どうあっても宝剣を手にできるのは一人だけなのだから、こうしてあいまみえるのはむしろ清々しいかもしれない。
「向こうもこっちも、勝手を知り尽くしてるから裏をかくのも難しいですよ」
リリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)が言う通り、互いの手の内はだいたいわかっている。真っ直ぐな性格の和希だけならまだしも、彼女にもガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)というブレインがついている。騙しあいは、どちらかというと向こうが一枚上手かもしれない。
「行くぞ!」
当然のように、和希の風林火山が突っ込んでくる。近接戦闘向きの彼女にとっては、当然の選択だ。対して、ミューレリアのストレイキャットは中〜遠距離戦ように仕上げてある。
「間合いに入られたらまずいです」
「わかってる」
風林火山を正面に捕えながら、ホバーで下がりつつ牽制の射撃。当りはしたが、致命打には程遠い。
「壁際に追い込むつもりだろうけど、そうはさせないぜ」
ミサイルをばら撒く。当らないだろうし、動きも止まらないだろう。
追いかけっこで削っていけばと思わないでもない。しかし、何故だかそうすると自分が負けるイメージしか浮かばない。理屈ではなく、そう感じるのだ。
「頼むぜ!」
「任せてください!」
リリウムの制御は本物だ、いくら相手が和希でも、そう簡単には捕えられないはずだ。機体の制御は全部任せて、ミューレリアは射撃を担当する。
スピードでかき回して、敵を狙い撃ちにする。
基本もいいところだが、これが難しい。自分が動き回っている状態でする射撃の命中精度がどれ程のもになるだろうか。まして相手が相手だ。
悲しくなるほどの確率を、リリウムとの信頼で補う。削るつもりでは撃たない、全部が全部、一撃必殺のつもりで引き金を引く。
引き金を引く時には、必ず風林火山が倒れるイメージが頭にできあがっている。しかし現実では、ほんの少しの違いでそうは至らない。野生の勘か、それともこちらの癖が見抜かれているのか、致命傷にあと一歩届かない。
ストレイキャットは未だに一撃ももらっていない。圧倒的にこちらが有利だ。
だが、風林火山は倒れない。薄皮一枚で、打撃が届かない。あと一歩が、埋まらない。
引き金を引くミューレリアの中に、焦りが産まれているのが自分でもわかった。それを振り払いながら、引き金を引くがやはりほんの少しの差で届かない。
「うわっ」
いきなり、機体が激しく振動した。
背中が壁についてしまったのだ。焦りを感じていたのは、リリウムも一緒だったのだ。少しずつ少しずつ追い詰められて、気が付いたら壁際に追いやられていた。
「俺の勝ちだ!」
風林火山がスピアを繰り出してくる。リリウムは回避しようとしているが、目に見えて間に合わない。
と―――。
あと一歩のところで、突然風林火山の膝が崩れた。
中途半端な体勢で、風林火山の動きが止まる。
「今ですっ!」
リリウムの声にはっとして、ミューレリアは引き金を引いた。崩れた膝に、マジックカノンが直撃する。片足が離れた風林火山は、バランスを崩してそのまま倒れた。
「……勝った?」
呆然とした様子でミューレリアは振り返る。リリウムも信じられない、といった様子だ。
和希がわざと負けたりするわけがないのだから、あれは事故か、もしくは与えたダメージがこの時になって浮かび上がってきたのか。ただ、あまりにもタイミングが良すぎると思ったので、試合が終わってから二人に尋ねてみた。
「あー、あれか。あの時になって、いきなり機体が制御できなくなったんだよな。あれが無ければ俺が勝ってたのに」
「無理をしたのだから、ああいう事があるのは不思議ではないだろう。しかし、これほどではないが不思議な現象が今まで無かったわけではない。もしかしたら、宝剣の何かが影響している可能性もありえるのだ」
「ま、とにかくだ。俺は負けちまったからな、あとは任せたぜ。絶対優勝しろよな!」
「そうか、こうして鴉と話ができるのも今日までであるか」
安徳天皇はぎゅっとフロッギーさんのぬいぐるみを抱きしめた。これは、夜月 鴉(やづき・からす)のためにと持ち込んだものだ。
「大丈夫、またすぐに会えるよ」
レーネ・メリベール(れーね・めりべーる)が笑ってみせる。
「ああ、そうだ。心配するな」
鴉も力強く頷いてみせる。
「うむ、妾もそう信じておる……おるのだが……」
そんな三人のもとへ、ゆっくりと漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が歩いてやってくる。
「綾瀬ではないか。試合の方はどうであったか?」
安徳天皇が尋ねると、綾瀬は首を横に振って答える。
「そうか……ここに顔を出してくる者も、随分と減ってしまうな」
「この海鎮の儀が終われば、ここから出られるのでしょう? それなら、今ここで悲しむ必要はありませんわ」
「そうであるのだが、妾は不安なのだ。尼ぜは、悪い事をするような人ではない。しかし、本当に良いのだろうか、とな」
「どういう事?」
ドレスが尋ねると、安徳天皇は振り返って飾られている草薙の剣に目を向けた。
「妾と、あの剣がここにある事には意味があるのだ。妾はこのようなところに居たいとは思わぬし、外に出れるのならば出たい……しかし、それで本当によいのであろうか?」
「でも、ここから出たいんだろ?」
「……うむ」
「だったら、それでいいではないか」
鴉とレーネの言葉にも、安徳天皇は浮かない顔だ。
確かに、無意味に彼女がここに祭られているわけがない。理由を彼女は口にしないが、これだけの施設を用意したという事は、それだけの理由があるというぐらいは予想できる。
しかし同時に、これだけの施設を用意した誰かが、二位尼一人の考えを放置するとは考えにくい。今ではこの場所には安徳天皇しかいないが、他に誰かがいた痕跡はいくつか見つけている。
悪意にしろ、善意にしろ、ここの管理を行う誰かは海鎮の儀を許可したのだ。それは、安徳天皇に非の無い話である。
「そうですわね。確かに、安徳天皇がここにいる理由は小さいものではないのでしょう。けれど、誰かのために自分の望みを捨てるのは賛成できませんわ」
「私も綾瀬と同じ意見よ。ずっと一人で居るのは寂しいもの、私はその気持ちをよくしっているわ。もしあのままだったらなんて、考えるだけでも嫌になるの……。だから、顔も知らないような誰かの責任なんて考えないで。その時が出たら、外に出よう。ね?」
それに―――安徳天皇が自由にならなければ、この儀式を許可した誰かの考えがわからない。二位尼が安徳天皇を想っての事だけであるならば、それでいい。そうでないのならば、あの悪趣味な儀式を考えた奴にお灸を据えることができるだろう。
「うむ……そうで、あるな」
それにしても、と綾瀬は浮かない顔の安徳天皇を見る。
彼女の没年は、八歳とされている。数え年だから、今の年齢であれば六歳だったろうか。英霊は生前の姿そのままではなく、様々なものの影響を受ける。それでも、こんな小さな子が自分以外の様々なものに考えを及ばせ、責任を考える姿に彼女の素質と、子供としていられなかった日々が透けてみえてくる。
誰かの考えはともかくとして、彼女はこんな場所にいるべきではない。
「もし、誰かが悪意を持って近づいてきても、私がお守りしますわ。だから、大丈夫」
「私もだ。友達だからな、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
レーネの言葉に、鴉も頷いて答える。
「友達……友達か。そうか、友達なのだな。妾とみなは」
友達という言葉が、そんなに嬉しかったのか安徳天皇は笑顔を見せた。
それから、外に出たらどこに遊びに行こうか、という話を今日の試合が終わるまで続けた。話題に出た中でも、映像が飛び出す3Dの映画に安徳天皇は特に興味を示し、今度一緒に行こうと約束までしてしまった。
「……あのメガネ、私かけられないんだけど」
ぽつりと、ドレスがそう言うが。ワクワクしている安徳天皇には届かなかったようだ。
「あーあ、負けちまったなぁ」
アンバー・ゼラズニイ(あんばー・ぜらずにい)の口調には、あまり悔しさというものが感じられない。それもそのはずで、彼には宝剣なんてものを使って叶えたい願いなど持っていないのだ。
試合が終わってから、パルジャナ アエリア(ぱるじゃな・あえりあ)と二人で神社の中をぶらぶらと散策していると、つい先ほど自分達を負かしたバロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)の姿を見かけた。
「あまり、嬉しそうな顔をしている様子ではないようであるな」
パルジャナが、バロウズの顔を見て言う。
海鎮の儀に参加した面子は、ほとんどが叶えたい願いを持っている。宝剣に忌々しさを感じ取って、誰かに悪用されるぐらいならと参加していたアンバーは少数派だ。だからこそ、勝敗が決まったあとは誰もが感情を表に出すのだが。
「随分つまらなそうな顔をしているんだねぇ、勝ったんだから喜べばいいのに」
「お前はさっきの試合相手か、何のようだ?」
問いかけてきたのは、リアンズ・セインゲールマン(りあんず・せいんげーるまん)だ。バロウズは視線を少しこちらに向けただけで、これといった反応は無い。
「負けたからって文句を言いにきたわけじゃないさ、ただあんまりにもつまらなそうな顔してるから気になっちゃってねぇ?」
「僕に願いはありませんから。だから……他の人のように見えないのかもしれません」
バロウズは淡々とそれだけ言って、視線をそらす。
「願いは無いねぇ……けど、それならどうしてここまで勝ちぬけられたんだろうなぁ?」
「どういう意味だ?」
と、リアンズ。
「ここまでお互い勝ち残ったんならわかるだろうけどさぁ、何度か変な場面にでくわしてきてないか?」
「いきなりイコンの調子が悪くなったり、突然ライフルが暴発してそれが敵を仕留めたりというものだな。事故と言ってもいいかもしれないが、この短い期間にそういうものが頻発して起こっているのだ。我らだけではなく、な」
アンバーとパルジャナの言葉に、バロウズは「?」を浮かべている様子だ。しかし、リアンズにはいくつか思い当たる節がある様子である。
「確かに、妙な場面に何度か遭遇したな」
今までリアンズ達は誰かと試合の中身について話をしてこなかったのだろう。アンバー達は世間話程度だが、周囲の話を仕入れたり持ちかけたりしていた。この海鎮の儀には、確かに不思議な現象がいくつも点在しているのだ。
「あくまで予想ではあるが、我らは常にその想いを測られているのではないかと考えている。もっとも、我らに剣は味方してはくれていないようではあったがな」
危険物である宝剣を破壊しようと考えていたために、アンバーとパルジャナが見た不思議な現象はほとんどが自分達が不利になるものだった。乱戦やタッグでの戦闘は、それを味方や状況で補えたが、さすがに一対一の勝負では致命傷になってしまった。
「そこの二人の言う通りだと思うぞ。ここは、自分の欲望に忠実でなければ嫌われる場所だ」
話を聞いていたのか、アルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)が会話に入ってくる。
「運不運って話だと、ちょっと無理があるんだよね」
真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)も同意見のようで、うんうんと頷いている。
「俺も随分と嫌われたみたいで、いきなり腕が痺れたりと散々なものだ」
ギュスターブは、苦笑をこぼす。それでも、ここまで勝ち残ってきたのはさすがと言うべきだろうか。
「俺は逆ですね、武器が手からすっぽ抜けたと思ったら、それで試合に勝ちました」
「偶然にしては出来すぎですよね」
紫茜院 紅月(しゆういん・べにつき)とリネア・ローウェルト(りねあ・ろーうぇると)も自分達の経験を口にする。これだけ、事象があるのだ。何かあると勘ぐるには十分だろう。
「だから、ここまで勝ち残れたんなら何かしらあるはずなんだがねぇ」
アンバーがバロウズを見る。
「僕に願いが……?」
「おっと、別に聞きたいわけじゃないんだよねぇ。ただ、そういう話ってだけさ。さぁて、俺はもう少しこの辺りを観光するかねぇ、ここにこれるのも今日で最後だからなぁ、目に焼き付けておかないと」
「そうだな、行くか」
アンバーとパルジャナは、ひらひら手を振ってその場をさっていく。
雪白とギュスターブも、それじゃ頑張ってね、と言って立ち去った。
試合で当ったら手加減しませんからね、と紅月とリアネも離れていった。
「僕に願い?」
未だ信じられないといった様子で、バロウズはそう呟く。
「さてな、自分でよく考えるがいい」
リアンズはそう答えるが、口元がほんの僅かに緩んでいた。
あとはこれが、いいきっかけになってくれればいいのだが、とリアンズは心の中で呟いた。