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リアクション
●海京に迫るイコン部隊を迎撃する:page10
正体不明機を退散させたことにより、形成は一機に防衛側有利へと転じた。ただし、エイ型イコン包囲に人数がかかりすぎたか、わずか数台、シュメッターリングを後方に逃してしまったのは事実だた。
「正体不明機、結局あれっきり姿を消したみたいッス!」
狭霧 和眞(さぎり・かずま)は水中戦向けに調整した『トニトルス』の姿勢を制御しつつ、エイ型イコン(今はどんな形状に変化しているのかは不明だが)を探しつつ残敵を撃退していた。
「自在に姿を変えられるイコンです。なにかに偽装しているのかも……!」
ルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)としても、正体不明機を逃してしまったのは悔やまれた。できれば鹵獲したかったのだが……。とはいえ、こうなれば残るシュメッターリング、あるいはシュヴァルツ・フリーゲを、一機でも多く狩ることが使命と考え直した。士気を挫かれた敵は足並みが乱れ、水中戦用イコンというのに格段に能力が低下していたのである。このようなタイミングに敵撃滅を図るのは兵法の基本だ。
「敵を海底へ追い込んでください。水圧で負荷をかければ、動きを鈍らせれるかも……!」
シュメッターリングを追う味方にルーチェは声を上げた。
一方神崎 神護(かんざき・しんご)は、海京に向かう一機のシュメッターリングに追いすがっていた。
「それ以上はいかせない……!」
驚いたのかシュメッターリングの射撃はぶれた。銛が神護機の腰部を掠める。軽く接触したがこの程度なら、戦闘に支障はきたすまい。
「観念するのね!」
パートナーの織崎 姫歌(おりざき・ひめか)は射撃担当、やや浮き上がった状態から銃口を斜め下に向けて固定すると、撃鉄を銃把と反対のマニピュレーター(手)で煽り、その動きで速連射させた。西部劇などで見られるファニング撃ちだ。人間が水中で同じことをしようとしても酷く滑稽で無意味な動作にしかなるまいが、イコンの力と姫歌がもつ天性のセンスがこれを可能にした。連なるようにして弾丸は飛ぶ。その半数は逸れたものの残り半数はシュメッターリングを追い、そのうちさらに半分が敵のボディに突き刺さった。
これが初陣となる神護だ。姫歌もそれは同様。そもそもイコンでの訓練時間もまだ短い。そんな二人が一機のイコンに同乗し互いに命を預け合う……しかもこのような局地戦でだ。よく考えずとも、無謀な挑戦だったかもしれない。しかし――神護は思う。平穏で安定した生活を望んでいるのであれば、そもそも自分は、契約者などにはならなかったろう。
右目の眼帯の紐を手で弾きつつ神護は敵に呼びかけた。
「もうそちらの敗北は疑いようのない事実……降伏するんだ。たとえ塵殺寺院のメンバーであっても、公正な取り扱いを約束する」
ところが問答無用、傷ついたシュメッターリングは銛を投げ捨てると、肩を先にしてタックルを掛けてきた。衝撃は小さくない。神護の胸のシートベルトがきしみ、視界はシェイカー内のカクテルのように激しく振動した。同時に、姫歌がイコンに握らせていた銃が、軌道を描いて海底に落ちた。拾うには距離が遠い。
「この敵……!」
称賛とも怒りとも付かぬ声を姫歌はあげた。
クェイルは相手の捨てた銛を握る。シュメッターリングもサーベルを抜いた。
一対一、暗い海の底で、イコン同士の白兵戦が幕を開けた。
「!」
神護は反射的に左右の操縦桿を捻っていた。ほとんど本能的な動きだった。敵機の動きはそれほどに迅く、予想だにつかないものであった。
このとき、シュメッターリング大上段の一撃を、クェイルが槍の柄で受け流していた。水中のことゆえ慣性がついて、攻撃を繰り出した側も受けた側も、右左に流されてバランスを失った。
「制御は任せて」同じ機体内、副座から叫ぶ姫歌の声を訊きながら、
「水中戦カスタム機といったところで!」神護はアクセルを踏み込む。
敵は頭上だ。浮上して優位な位置を取るつもりなのだ。神護は追ってバーニアを噴かし、勢いに任せ銛を突き上げた。再びシートベルトがきしんだ。手応えはあったが同時に撲たれてもいた。衝撃で視界が瞬時赤く染まった。
神護の耳につんざくような音が突き刺さる。危険を知らせる警告音だ。姫歌はモニターに目を走らせると悲痛な声を洩らした。
「肩の装甲が貫かれて……このままじゃ浸水して酸素もなくなってしまう!」
「焦るんじゃない」神護の額から汗が滴り、右目の眼帯に流れ落ちて吸い取られた。「向こうは、もっと非常事態なんだ」
神護はゆっくりとアクセルを踏んだ。この状態で急浮上すると、機体がバラバラになる危険性があると訓練されていたからだ。クェイルは敵機を抱きかかえるようにして水面を目指した。シュメッターリングの腰部に、クェイルが突きだした銛が刺さり止まっていた。奇跡的にまだ爆発はしていないものの、それもあと数分の問題と思われた。
蒼い空が見えた。海から浮上したのだ。神護は操縦桿に両手を置き、首をもたげて深く息を吐き出す。勝ったのだ。時間にすれば数十秒だが、とても長い時間戦っていたような機がする。彼のクェイルと敵のシュメッターリング、二機は海面に半身を出し、抱き合うようにして互いのマシンを掴んでいた。しかしクェイルはまだ、動かそうと思えば動かせる。だがシュメッターリングは……。
このとき、
「あれを」
姫歌がモニターを操作し、拡大映像を神護の眼前に映し出した。
機能停止したはずの敵機のハッチが開いたのだ。そこから塵殺寺院メンバーらしきパイロットが出てくるのが見えた。パイロットスーツに身を包んでおり、フルフェイスのヘルメット装備なので顔は見えない。だがそのパイロットが狼狽しているのは火を見るよりも明らかだ。シュメッターリングのボディのほうぼうが雷光のようなものに包まれている。もうすぐあのマシンは爆発してしまうに違いない。
シュメッターリングが閃光を放った。それに熱と、爆風を。
機体から逃れようとするパイロットを、神護は咄嗟にクェイルの腕で庇った。そのせいで自機も爆発の余波を受け小破してしまい、帰還を余儀なくされたが構わなかった。
「罪を憎んで、人を憎まずだ」
うなだれる敵パイロットに目を落として神護は言った。
もうじき戦いは収束することだろう。