空京

校長室

浪の下の宝剣

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浪の下の宝剣

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●海京に迫るイコン部隊を迎撃する:page03

 鏖殺寺院のイコンが押し寄せる、大小連なり浪を起こす。
 だが浪は、押し返された。各所で迎撃部隊が一斉反撃したためである。

「ちょ、海鎮の儀で優勝して、ハーレム建設の夢が……」
 デビット・オブライエン(でびっと・おぶらいえん)は唇を尖らせた。といってもデビッドはやることはやる男だ。混濁した海水から幾筋も、魚雷の類が飛んでくるが彼は、的確な判断で機体を操りこれを回避している。
「ハーレム……?」
 笹井 昇(ささい・のぼる)が訊き返すと、「まぁ、最初から信じちゃいねぇけどな」とデビッドは肩をすくめた。昇とデビッドは運命共同体、同じイコンの中に座し、戦場の只中にいた。
「当てる」
 昇が断じて弾丸を発すると、実弾兵器は水中独特の軌道を描き敵の装甲を砕いた。中距離砲撃という難しい局面だったが、爆発した敵機は見事な水柱を上げている。
「タイミング的に海京そのものというよりは、海京地下にあるという噂の地下神殿が目的かもしれないが……」
 という昇の呟きをデビッドは拾って、
「どっちにしろ連中に空京を拝ませてやる義理も必要もないってもんだ。しかし寺院の連中、宝剣の話信じてるのか? だとしたら相当焦ってんだろうな」デビッドは鼻で笑う。「ここまで大掛かりなドッキリはねぇだろうから、海沈の儀にも何か意味はあるんだろうが……」
「そのことはまた調べるとして」昇は巧みな操作で、手早くイコンの弾倉を交換する。「まずは味方の援護だな。敵を撃退できたとして、こちらの被害が大きければそれは負けと一緒だ」
 昇の鋭い視線が、窮地にある味方勢を見出した。
「オーケー、全期帰還は理想だが、そうなるように、いっちょ頑張ってみるか」
 阿吽の呼吸とはまさにこのこと、デビッドは機体を反転させアクセルを踏み込んだ。

「始まった」
 海上に出した黄色のゴムボート、双眼鏡を手に太福 満(たいふく・みつる)は立ち上がる。高性能双眼鏡を通して水飛沫は見えるものの、肝心の戦いはほぼ水中の出来事ゆえよくわからない。安全のため彼らは戦場から遠く離れているのだ。彼のパートナーヒーシル・ゴウストン(ひーしる・ごうすとん)は大欠伸を洩らした。ここは静かだ。戦いがまるで嘘のよう……。
 将来的に戦いは避けられないと思い、満はこうして戦場の見物に来たのである。目を凝らせば、双眼鏡の向こうにときおり機影や爆発も見えた。しかしそれもごく断片的なものにすぎない。
「今の内に少しでも戦場を見ておいて損はないだろう、とは思いますが」雪のような銀髪を流してヒーシルは呼びかけた。「正直、遠すぎて何も見えないに等しいのではありませんか。他にやることは本当にないし……」
 ヒーシルは両腕を上げ、うーん、と伸びをした。
「帰りませんか? これでは出てきた意味がありません。日焼けするばかりです」
「待ってくれ。あと少しだけ……」
 満はこの状況が嫌ではなかった。大海原にボートを浮かべ、ヒーシルと二人きり――どう表現すべきかわからないが、悪い気はしないのだ。暑い暑いと言いながら、ヒーシルが薄着になっているのも、嬉しいような恥ずかしいような気持ちだった。……こんなことを言ったら彼女は怒るだろうか。
「少しだけ、何ですか?」
「いや、別に……」
「はっきり言わないのなら帰らせて下さい」
 ヒーシルに困り、満が口を開きかけた瞬間、二人の頭上を轟音上げて一機のイコンが翔け抜けていった。
 大空を征くイコンはカスタム版イーグリット、そのコクピットに座るはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)の二人だ。
「あのボート、敵のスパイの類ではないようね。ジョー、航行速度は落とさなくていいわ」
 ローザマリアは眼下から視線を戻し、エシク・ジョーザに告げた。
「仰せのままに」
 鏖殺側のイコンは例外なく水中だが、迎撃側には空駆けるイコンもあった。ローザマリアが駆るセレーネ・ヘプトゥスもその一つだ。二人を乗せたイコンは、瞬時にして戦場に到達する。さらにこれを越えて、ローザマリアは敵集団後方に到達していた。
「空からの攻撃、予想してなかったとは意外ね」
 二人のイコンは一基のコンテナを抱えていた。ローザがイコンを操作し、マニピュレーターでコンテナを逆さにし、開く。
「いくら水中にいたって、これだけ爆雷を降らせば避けられないわね」
 コンテナには爆弾がぎっしりと詰められていた。これが錠剤のように降り注ぐ。元々は対イコン用爆弾弓から取り外した爆弾に信管を取り付けたものだ。単純といえばこれ以上ないほど単純な構造だが、シンプルなだけに破壊力は抜群、水中で次々と大小様々な規模の爆発が起こった。
「投下完了、降ろして」
「了解」
 ローザの命を受け、エシク・ジョーザは機体を海に降ろす。先の爆撃で混乱した敵なら容易に討てるだろう。

 攻め手と守り手、両者は本格的に激突していた。
 味方勢で目立っているのは、やはり水中用イコン『ガネット』だろうか。自在に海を泳ぐその姿は壮観だ。変形のスムーズさも美しい。縦横に戦場を駆け巡っていた。
「立ち姿もいいけど、やっぱりああいうのは動いてこそだよ!」
 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)はガネットの戦いぶりに感銘を受けつつ、自身も『ローズマリー』と名づけたイコンの銃剣で支援する。
 戦場にいる以上邪魔にはなりたくない――これが夢見の想いだった。ゆえに自信のある射撃を戦闘の主とした。数少ないガネットは味方の象徴であり戦旗に等しい。ガネットを標的にする敵イコンを追い、彼女はトリガーを引く。狙うはイコンの急所、すなわちコクピット、一撃必殺を心がける。
(「罪はナラカに行ってから償うつもり……ごめん!」)
 いまも彼女の眼前で、敵機が一台動きを止めた。
「ガネットの勇姿を見て興奮するのも結構ですが、どうか落ち着いて」
 同乗者フォルテ・クロービス(ふぉるて・くろーびす)が忠言するも夢見は、「うん。うん」と返事するばかりでやはりその目はガネットに吸い寄せられていた。かくてフォルテは、左右の警戒を怠ることができない。
(「嬉しそうな夢見を見るのは私にとっても喜びですが……それで命が危険にさらされるようなことがあっては困りますからね」)
 責任重大、とばかりに気を引き締めるフォルテだった。
 和泉 猛(いずみ・たける)も戦いに没頭していた。会戦前までは冷静でいたのだが、ひとたび戦いとなると静かではいられない。自らのイコンの、操縦桿を握る手に力が籠もる。
「ルネ、上だ!」
 猛の叫びにルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)は、超人的な反応速度を見せた。ありえないほどの速さでイコン脚部のバーニアをふかし、飛び退くとともに姿勢制御して一転、天地逆の状態から火砲を放って、上から襲いかかってきた敵イコンに逆襲したのだ。並のパイロットなら急加速の時点で反撃はおろか、マシンの制御を失い水中で錐揉み状態になっていたことだろう。
 これほど巧みな技を見せながらも、ルネは内心歯がみしていた。(「やはり最初から海戦用にカスタムされている敵機のほうが有利」)強化人間である彼女は、彼我の性能差をその肌で、痛いほど理解していたのだ。(「この差を埋めるのは、技術しかない……!」)
「同じ敵を狙うんだ」
 デイビッド・カンターが味方に連合を呼びかける一方、ハルディア・弥津波は敵に向かって音声通信を飛ばしていた。
「鏖殺寺院の人たちに問いたい。君達が来たって事は、ここに宝剣がある事も、何かしら特殊な力がある事も事実みたいだね。でも海鎮の儀には招かれなかったんでしょ? じゃあ無理じゃないかなぁ」
 無論ハルディアとて回答は期待していない。こうやって動揺を誘おうとしているのだ。呼びかけに効果があったのだろうか、銛のような水中ガンを構えたシュメッターリングの一機が、ぴくりと動きを止めた。
「よし!」
 黒風 イクト(くろかぜ・いくと)はこれを見逃さなかった。デイビッドの援護を受けながら推力を高め、敵機との距離を限りなくゼロにする。
「これくらい引きつければ……!」イクト機の副操縦士、白風 夏姫(しろかぜ・なつき)が声を上げる。彼も彼女もこれが初陣だ。しかし士気では、決してベテランに劣らない。
 夏姫が楯を突き出した。これがシュメッターリングの頭部を嫌と言うほど殴りつける。水中ゆえ鋼鉄同士の激突音はしないが、イクトは頭の内側でたしかにそれを聞いた。
「これでトドメだ!」
 居合い斬りの要領で抜き撃ちざま、握ったサーベルを叩き落とす。
 イクト機は接近戦重視のチューンナップを施されている。とりわけビームサーベルにはエネルギーを割き、地上に劣らぬ殺傷力を持たせていた。光がほとばしり、袈裟懸けに斬られた敵機はもがくように二三度四肢を動かすも、ついにイクトの眼前で爆発した。