空京

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●海京神社の地下を探索する:page13

 みずからの境遇を恨んだことはない。運命として享受するばかりか、良き巫女でありたく思う。ただ……その願いむなしく白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)は、実家からは巫女失格の烙印を押されていた。だがそんなことで腐ってはいられないのだ。この世界は学ぶべき事、訪れるべき地、出会うべき人々に満ちているのだから。好奇心と向上心で、ちょっと臆病な心を鼓舞しながら今日も征く、歩夢は征く。
 それが、神社の地下探索というのであればなおさらだ。
「あれが本堂だろうな……」
 歩夢のパートナーにして頼れる英霊、白瀬 千代(しらせ・ちよ)が、無限に続くかに思えた鳥居の向こうを示した。実際、そこには木造の小さな建物が、薄明かりを浴びて浮かび上がるようにして立っている。途上知り合って道連れとなった仲間……黒崎 天音(くろさき・あまね)ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)九条 風天(くじょう・ふうてん)といった先輩がたに先んじて、歩夢と千代が先頭を進んでいるのは、ひとえに歩夢が、巫女の家系の生まれで神社について詳しいという理由があった。
「豪華な建物とはいえんな」カイラ・リファウド(かいら・りふぁうど)が言った。「しかし、なんともいわくありげなものを感じる」寒気でも感じたか、カイラはマントの合わせ目を押さえた。
「本殿ということはついに終点到着、ようやく休息できるということか」
 というのは眼鏡が似合うクールな男子、略してクール眼鏡男子(ほとんど略になってない)こと七篠 類(ななしの・たぐい)だ。そして類は、猫が水差しにミルクを注いでもらったときのような声を上げた。
「つまり、おやつタイムということになるな!」涼やかな目で言い放つ。「大丈夫だ、皆。おやつは皆で食べられるようたくさん用意してきた。予算の許す限り買って……」
「予算っていっても三百円以内だけどね」
 グェンドリス・リーメンバー(ぐぇんどりす・りーめんばー)があっさりバラしたので、むう、とクール眼鏡男子は頬を膨らませた。けれどグェンドリスは長い付き合い、類の操縦方法は心得ている。
「だけど七篠さん、バナナはおやつに入らないよ。たくさんあるからね、バナナ」
「バナナか……バナナは………………好きだ」
 類は、ほっこりした。
 しかし類は直後、怪訝な顔つきになるのだった。さらに近づくと本殿の前に、無言でたたずむ姿を見出したからだ。シルエットからすると女性だろう。白い薄衣をすっぽりと頭から被り、こちらを待ち受けるようにしている。
「おい風天、地下探索を志願したメンバーに、あのような姿の者はおらんかったな?」
 ぴんと頭の狐耳を立て、白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)はパートナーを振り返った。
「そのはずです……。だとすればこの神社の関係者でしょうか」
 無意識のうちに風天の指は腰の刀の鍔にのび、鉄の冷たい感覚を味わっていた。ただならぬ気配を感じたのだ。
「おやおや、平穏無事におやつタイムとはいかないみたいねぇ」鮭延 美苗(さけのべ・みなえ)が手を、ポンと歩夢の肩に置いた。「どう思う? まともな人ではないのだけは確かのようだけど……」
「ど、どう、って言われましても……」
 歩夢は激しく緊張していた。ここに来るまで何度か戦いを経験したものの、妖気らしい妖気もない巨大動物との戦いに終始していた。ところがあの女性からは、手で触れ、匂いすら嗅ぐことのできそうな濃い妖気が立ち昇っている。仮に彼女と切り結ぶことになるとすれば、一筋縄ではいかないのは明白だ。
「ま、そう硬くならないことね」美苗は、歩夢の耳に唇を寄せて告げた。「ほら、そんな緊張した顔をしない。あなた可愛いんだからリラックスリラックス」
「……か、可愛い……ですか……」顔に火が付いたよう、歩夢は激しく照れてしまうのだった。だがリラックスの効果は確かにあったようだ。少しだけ体の強張りが消えた気がする。
「ここは任せてくれ。リアリストの俺が、ギブアンドテイクで交渉しよう」類はそう言うと一歩大きく踏み出した。「おい、そこの君、俺たちと一緒におやつタイムしなっ……!」
 少々浮き足立っていたらしい。ぴかぴかに磨き抜かれた玉砂利を一つ踏んで、類は激しくずってーんと転倒した。それはもう、両脚揃えて宙を飛び、急転直下で尻餅をつくくらいに。
「……くっ、眼鏡が…………ない!」
 しかもクール眼鏡男子最大の弱点、『眼鏡落とし』をかましてしまったのだった。
「七篠さん! 駄目だよ! はしゃぎ過ぎは!」
「いやはしゃいでいたわけでは……というか眼鏡……」
 緊張の糸が弛むような流れも刹那、直後、絹の衣をまとう女性の姿が視界から消えた。
 火花が立った。刃がぶつかりあう甲高い音が長く尾を曳き、響き渡った。
「迅い!」
 風天が反射的に応じ抜刀、剣の柄で一撃を受けていた。
 女性は手に、白く輝く短刀を握っていた。その切っ先で襲いかかって来たのだ。
 押し返そうとする風天の二の腕に、新たな短刀が突き刺さる。痛みが訪れるより先に風天は体を捻り短刀を外した。衣の女は、両手を交差させ飛び退いていた。いずれの手にも短刀が握られていた。
「二刀使いか」
 天音はウルクの剣を構える。女の着地点に先回りし、短刀を叩き落とすべく一太刀見舞った。ただ打つだけではない。問うた。
「君は時子かな? それともトキヒト?」
 白い薄衣の下で、女がどのような表情をしたのかはわからなかった。笑ったか、怒ったか、あるいは驚いたか……。絹の衣は軽やかに舞った。天音の剣は、相手に触れることもできなかった。通常の人間ではありえない跳躍力で、女は鳥居の上に片足立ちしている。薄衣の下から、突き刺さるような視線を天音は感じた。
「……ブルーズ、人柱って知ってるかい?」天音は眼を細める。「大規模な建築物が水や他の害に遭わないよう、建築物やその傍らに生きながら埋められた人の事だよ。呪(まじな)いのようなものかな?」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は杖がわりの棒を握りしめた。踏みつけられた老木のように、手の関節はぼきぼきと音を立てた。「何だ、唐突に。何が言いたい」しかしブルーズは知っている。天音が意味のない言葉を弄する種類の人間ではないということを。
「ここが海京の重要部分なら、神に近しい者がいるかもと思ってね」
 ただ一撃したに過ぎないにもかかわらず、天音の額には汗が浮いていた。
 セレナは鬼払いの弓を引き絞り、ぎりぎりと弦を鳴らしひょうと放つ。放たれた矢は螺旋状の回転を繰り返しながら、現れた黒い頭に付き立った。
「ムカデとな。気持ちのいい光景ではないものだ」
 セレナは吐き捨てるように言った。
 本殿を中心としてこれを包み込むように、四方から黒いムカデの群れが押し寄せてきたのだ。鳥居に巻き付き垂れ下がるものがある。本殿下の空間がから、ずるずると這い出すものもある。いずれも中世武士の鎧のような外見、大小様々だが小さなものでも体長六メートルは下るまい。一本一本が赤子の腕ほどありそうな脚を、しゅるしゅると蠢かしている。かくて戦いは混戦へと拡大した。
 バルノック・ベル(ばるのっく・べる)は蝶ネクタイを締めた犬だ。タキシードの裾を振るわせて、唸り声を上げながら後退した。敵が多すぎる。巨大ムカデは、この場所を埋め尽くすほど出現していたのだ。ところが、
「馬鹿者! 何をボサッとしておる! かかれい!」
 バルノックの背はカイラに蹴りつけられていた。ぎゃん、と鳴くパートナーはしかし、追うムカデから逃げ回るばかりだ。
「使えん! やはり私が行かねば、話にならんか……」
 カイラはぱちんと自分の額を叩くと、バルノックに代わって前に出た。マジックローブがはためき、杖の先が激しい光を発した。放つは火術、焔で舞わせ、つづけて氷術、半ば炭と化したムカデを瞬間冷凍する。
「ふははは、虫が! 畜生が!」
 こうなったら魔法大サービスだ。仮借なく彼女はムカデを責め立てて高笑いした。
「恐れよ! 崇めよ! 我が名は、カイラ・リファウド!」
 ……やがて彼女はSPが尽き、バルノックともどもムカデから追い回されることになるのだが、それはもう少し後の話だ。