空京

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●海京神社の地下を探索する:page12

 動じるまい――そう決めてこの地を訪れた熊谷 直実(くまがや・なおざね)なのだが、海とその匂いに、感傷をかきたてられずにはおれなかった。海京を訪れてよりずっと、彼は胸の真ん中に、冷たい水が流れ込んだような気分に陥っていた。
「海は苦手でね。一緒に戦った友や、敵方を思い出すのだよ」
 しかしその心は、海京神社の地下に降りると共に変化していった。感傷という意味では変わらないものの、冷たい気分から温かな、懐かしいような気分になっていたのである。まったく不思議な話だった。陽光ふりそそぐ海上とは正反対、開けぬ夜のような闇の世界の中で、「久しぶりだな」、「熊谷殿」と仲間に迎えられているような気がする。『仲間』など、遠い過去に消えてしまったというのに。
(「だが……」)
 その一方で、地下には時折、強烈な敵意を感じた。「お前がここに来たのか」と睨まれているような。しかしそれも自分の業、直実はそこから目を背けず、浴びせられる敵意も受け止めた。永遠に逃れることはできないのだろう、この歓迎からも、敵意からも。
「おっさん、大丈夫か」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は直実に駆け寄っていた。鳥居立ち並ぶ中に入った途端、彼は立ちくらみを起こしたのだ。片手を右目に当て、頭を左右に振っている。
「いや……なんでもない」
 直実は弥十郎の手を振り払い、呼吸を整えて鳥居の道を見据えた。
(「なんでもないはずがあるか……そんな様子で」)弥十郎は思った。直実は青ざめている。呼吸も荒いようであった。しかしそれを指摘するのはなんとなくためらわれた。(「やっぱり、なんかこの神社に思いいれとかあるのかな」)
 直実は弥十郎を一瞥だにせず、本殿のある方角を見やった。彼にはごく自然に、その位置がわかったのだ。
 行かねばなるまい。

 本日の七枷 陣(ななかせ・じん)はなかなかに災難である。
 彼のこれまでの道中を振り返ってみよう。まずは戦闘中、
「突然間欠泉の如く水が噴き出て炎魔法消されたりせんよな」
 と言った直後、本当にそうなって彼の魔法は役立たずになった。そして道中、
「前触れもなく天井が崩れてオレだけびしょ濡れになったり」
 と言ったら、やはり本当にそうなって水も滴るイイ男になった。さらに、
「行き止まりやったら嫌やな」
 で行き止まり、
「足元崩れへんやろか」
 で足元が崩れ、
「うおおおおおおおおお、ここで真奈が突然オレにチューするうううう!」
 と叫んだら、
「しませんよ」
 と小尾田 真奈(おびた・まな)に軽くいなされてしまった。
「やってらんねえよこの野郎!」
「何を怒ってるんですか」
 ともかく本日の陣は災難なのだ。悪い予想をするとことごとく実現する。
「排水路とか水場は鬼門なんだよなぁ、実際……」
 ブツブツと愚痴りながらも、最深部の神社まで来ることができたのだから、ある意味強運ではあるだろう。真奈と二人、濡れたり(陣一人が)落ちたり(陣一人が)の珍道中、しかしそれもいよいよ終盤であるようだ。思わず彼は言ってしまった。
「そろそろ大ボスの登場……だったらやだな」
「……あの、ご主人様」真奈は言う。「ずっと思っていたのですが、そういうことを言うと俗に言うフラグという物が立ってしまうの、では……」
「フラグって真奈……」
 と呟いた言葉が引き金になったかのようだった。このとき、聞いているだけで気分が悪くなるような音を立て、彼方より黒い軍勢が押し寄せてきたのだった。最初それは、人ほどの大きさがある鉄球の集合のように見えた。しかしそうではなさそうだ。一つ一つ、頭部をもった生物のようでもある。実際はまだわからない。わからないが、近くで調べたい類のものでないのは確かだ。
「どわー!」一瞬、狼狽の極みにあった陣だが立ち直りも早い。押し寄せるものに向き直ると叫んだ。「真奈、ここは食い止める! オレを置いて逃げろ!」
「はいそうします」
「マジかーー!」
「嘘ですよ」
 陣に顔を寄せ頬にキスすると、真奈は彼の手を引き、神社の奥へ向け全力疾走した。空駆けるような速度に体が浮き上がりそうになりながらも、(「あ、また言ったこと実現した……」)とほんわかした気分になる陣である。