空京

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浪の下の宝剣

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●海京神社の地下を探索する:page07

 さてここに一人の風流人の姿があった。
 その名はエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)、彼は地下の一角に流れ込んだ海を見て足を止め、黙って背嚢を下ろした。
「なあエミリオ……何する気だ? 俺たちは早く神社を見つけなければ……」
 飛鳥 菊(あすか・きく)が問うも、エミリオは黙って首を振るのだった。そしてエミリオは作業を続けた。背嚢を開け、道具を取り出す。道具、それは、
「な、何で竿……!」
 エミリオは釣り竿を手にしていたのだ。何のつもりだ。
 そういえば、と菊は思った。なぜだか今日、ずっとエミリオは様子がおかしかった。黙り込んで、不機嫌さを隠しもしなかったのだ。なにやらフラストレーションを溜めていたようだが……。
「たまらんねん」
 ここでようやくエミリオは口を開いた。
「あかんねん。海京……といえば海……海といえば釣り。ううう、こないに海が近いんに……釣りできひんとか蛇の生殺しやないですか……! お兄はもう、辛抱たまらんねーん!!
 振り返った彼の顔は凄まじい幸福感でキラキラと輝いていた。よく研磨された宝石のように。
「菊、お兄は一狩りしてくるわ!!」
 組み立てた竿に餌をつけ、ひょいとエミリオはこれを海に投じた。
「狩りってなんだ! 狩猟RPGかよ!!」
 あとは彼女が突っ込もうが叫ぼうが完全無視、エミリオは釣りモードになったままてこでも動かないのだった。何か釣れるだろうか……?
(「釣りしてる人がいるっ……!?」)
 シャミア・ラビアータ(しゃみあ・らびあーた)はエミリオの背中に目を止めたものの、これも何か考えがあってのことかと思い、声をかけるのをやめておいた。
(「そもそもなんて声をかける気なわけ? 『釣れますか?』とか? ……釣れますか などと文王 側により……ってこれじゃ川柳じゃない!」)
 自分で自分にツッコんでみて意味不明な気分になり、とりあえずシャミアは、フィッシング主従の姿を見なかったことにした。彼らは彼ら、自分は自分、そして自分たちの目的は――。
「お宝の匂い、なんとなくしますわね。この付近に」
 シャミアのパートナーリザイア・ルーラー(りざいあ・るーらー)が、ぴんと眼鏡の弦を人差し指で弾き上げた。シャミアとリザイアもまた、宝を求めてこの地に来たのだ。
「やっぱり?」
 シャミアもそれを感じ始めていた。トレジャーセンスがびんびんと、皮膚をつつくようなあのフィーリング……くすぐったいような気持ち良いような、なんとも嬉しくなるような感覚である。双つの胸の先端が、うっすらと立ち上がり内側からブラジャーを刺激していた。思わず「フヒヒヒヒ♪」と笑みこぼれてしまう。
「いきなりはしたない笑いかたをするのはおやめなさい。こうやって『お宝』を感じても、実際は歴史的発見ではあるものの金銭的にはガラクタだったこともあるではありませんか」
「まあ、そうはいってもねぇ」シャミアは頬を染めた。先を急ぎたい。
 二人はやがて、天然の壁面ではなく、あきらかに人工物、石造りの通路を見いだしていた。
 この通路にたどり着いたのはシャミアとリザイアだけではなかった。
「宝!? 宝!?」
 アリマ・リバーシュア(ありま・りばーしゅあ)も通路の発見者の一人だ。ブリリアント百万ドル級に目が輝き、ただでさえ長いもみあげが瞬間、クラッカーのようにパーンと破裂した。むきむきボディをパンパンと平手打ちし気合いを入れて彼は、あとは一も二もなく通路に飛び込む。「俺様のトレジャーセンスが、『ここに凄いお宝がある』とビンビンに反応しているんだぜ!」という自信満々の捨て台詞を残して。
 これを見てたまげたのはアリマのパートナー、白いテナガザルの キキちゃん(しろいてながざるの・ききちゃん)だ。
「キッキーーっ!!」
 叫んで追いかけた。なお、キキちゃんのこのセリフを日本語訳すると『おい、バカ! そのまま突撃する気か!?』となる。
 さて突然だが諸君は、全力疾走するテナガザルを見たことがあるだろうか? 筆者はない。だが描写については問題はなかった。キキちゃんが叫び追いかけようとした瞬間、その姿は消失したからだ。要するに、キキちゃんは光学迷彩を発動したのである。無論、キキちゃんはアリマにもこれを発動し、かくて主従、綺麗に姿を隠してしまった。
 以下、姿を隠した二人なので、以下のやりとりは石造りの通路に声だけが響いているという情景となる。
「キッキキキーーっ!(日本語訳『お前はバカか!? 大騒ぎして走れば敵を引き寄せるだけだぞ!』)」
「なぁに、喧嘩上等! そうなったところでぶん殴って倒すだけだ!」
「キキ……(『こいつは……』)。キキーキキ(『しっかし、どんな宝物が隠されているのかな? 何でも叶える物……まさか猿の手!?』)」
 ふっ、とキキちゃんは自分の手を見つめたようだ。でも繰り返すが光学迷彩なので、実際はどんな姿勢なのかはわからない。
「そいつはいいな! 死んだ息子を復活させよう!」
「キギーーーー!(『よせーーー! っていうかおまえ、息子なんかおらんだろうがーーー!』)」

「あのですね……クロティルデ。わたくし、さきほどなんと申し上げました?」
 ポニーテールに金の髪、笑うと人形のようにキュートなビクトワール・ワイズマン(びくとわーる・わいずまん)なのだが、怒ると少し……目が怖い。
「えーと……『トレジャーハント特有のスリルと報酬を楽しもう! イエイ!』だったでしょうか……?」
 怒られているので背中を屈めてしゅんとしつつ、クロティルデ・アイクナルフ(くろてぃるで・あいくなるふ)は上目づかいでビクトワールを見た。
「それはあなたが言った言葉でございますわ!!」
 ビクトワールの銀色の目がまた少し吊り上がった。ごめんなさーい、とクロティルデは慌てて手を振り、
「ビクトワールさんはこう言いました。『経験の浅いわたくしたちです。わざわざ好んで危険に飛び込むような真似はしてはなりません。イエイ!』と」
「おおむね正しいですが『イエイ!』はありません『イエイ!』は!」
 またまた目の吊り上がるビクトワールなのである。しかし彼女は、その怒り顔を一変させ柔和な笑顔となり振り向いて、「このたびはお助け頂き、誠にありがとうございました」と、氷見 雅(ひみ・みやび)およびタンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)に深々と頭を下げたのだった。
「同じ冒険仲間じゃない。助けるのは当然よ。気にしないでいいから気にしないで。それに結構楽しかったし!」
 雅はにっこり、向日葵の花のような笑顔を返した。
 ここに至る事情はこうだ。石造りの通路の途上、眠る巨大エビを見つけたクロティルデが、ビクトワールの止めるのも聞かずイタズラを仕掛けようとし、あっさり目覚めたエビに襲われたという話である。クマほどもあるエビは危険な相手だったが、このとき偶然通りかかった雅とタンタンが戦いに加わり、四人がかりで見事退治することに成功していた。
「ふわぁ……戦いが終わった途端、また眠くなってきたのです……なんだかこのままでは誤作動を起こしそうなのです……」
 タンタンは実にマイペースで、小さなあくびを洩らした。湿り気の強いこの地下は、タンタンにはとても苦手な場所であり、いつもより余分に眠いとのことだった。ジジジジジ……と、変な音がタンタンの内側からしていた。
「でも……クロティルデのユーモアのセンス、あれは好きですね。いくらか眠気が飛びました」
 タンタンのいう『ユーモア』とは、クロティルデが眠るエビの体に、ぱっちりした目の模様をペイントしたことを指している。
「ふふっ、それに、壁の崩れそうな場所にエビを誘い込んで戦ったところもクールだったと思うよっ! 力押しじゃなくて知恵で戦ったところがね」
 と雅は二人をたたえ、ビクトワールをなだめて、「せっかく知り合えたんだし、あたしたちと一緒に探検しない?」と申し出た。
「はい、よろこんで」と口を開きかけたビクトワールだが、先にクロティルデが、
「あ……でも私たち、トレジャーハンティングしようとしてたんですけど……いいですか?」
 と言ったものだから、またまた目を怒らせた。
「クロティルデ! またそんなワガママを……!」
「あ、いやいや大丈夫大丈夫っ!」両手を振って雅はからからと笑った。「実はあたしたちも、お宝探しを目指してたところっ! 目的も合致するし良いチームになれそうじゃない」
「ふわぁ……話はまとまったようですし、行きましょうか……」
 あまり止まっていたら壊れそう、と言って、首の後ろの隙間をカクカクさせてタンタンが歩き始めたので、一同は握手してこれに従うことにした。
 先に結果から書いてしまって申し訳ないのだが、結局、雅、タンタン、クロティルデとビクトワールの一行は財宝らしい財宝をこの探検行では見つけられなかった。しかし彼らは金銭に換えられない財宝――新しい友人――をこの冒険で得ることができたのである。そのことは、特記しておきたい。