空京

校長室

浪の下の宝剣

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浪の下の宝剣

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●海京神社の地下を探索する:page06

 地下に宝があるはずと、信じて眼を輝かせる者たちもある。
 エトルシャン・ワーグナー(えとるしゃん・わーぐなー)はその一人で、いいものを探してウロウロと、幸運にも危機を回避しつつ歩んでいた。ここまで、驚くべきことにエトルシャンは一度も敵と遭遇していない。狙ってやったわけではないのだが、たまたま敵が全滅したところを通ったり、ふと角を曲がることで、徘徊中の敵から隠れたりしていたのだ。本日のラッキーパーソン一等賞といったところか。
 そんなエトルシャンのパートナー、ハーフフェアリーのミリィ・ベラルーシ(みりぃ・べらるーし)は、ふと胸を抑えて顔を上気させた。
「あっ」
「どうかしたかの?」
「あのね、なんだか嬉しい予感がするよ〜♪」
「嬉しい予感とな?」とまで言ったところで、エトルシャンは左手の壁に、細い穴が開いているのに気づいた。腕を差し込めば入らないことはなさそうだ。
「ほぅ、その予感とは、どうやらこのことのようじゃな」
 言うなりエトルシャンは腕を突っ込んだ。穴の向こうには……何か柔らかいものがあった。
「きゅ!?」
 しかもその柔らかな存在は、そんな素っ頓狂な声を上げたのだった。

「うわーー!?」

 ビタビタビタビタッ! 壁の穴の前にいた深沢 ごまりん(ふかざわ・ごまりん)は仰天、ヒレの足をビッタビタさせて、驚きを表現すべく周囲を走り回った。そこに人が立っていても構わず突っ込む。
「わー!! アザラシっ、オレの足に絡みつくな! 転ぶ転ぶっ!」
 と言ったときにはもう、彼の飼い主……もとい、パートナーの夏野 日景(なつの・ひかげ)は転んでいた。といっても日景とて天御柱学院生、日頃の訓練を活かし運動エネルギーを利用してすぐに立ち直る。
「アザラシ、餅つけ、いや、落ち着け」ごまりんを抱きかかえて日景は問うた。「どうした?」
 ごまりんはその名のごとく、ゴマアザラシの赤ちゃん型ゆる族なのである。つぶらな瞳につるりんボディ、とても愛くるしい姿だが口調は割とダンディーだ。
「壁に穴が開いてたんだが、そこから謎の手が出てきやがった」
「そりゃあ、まあ、壁から出てくる手は謎に決まってるよね」
「いやまったく……じゃねーぜ。いいか、俺はいきなり手におさわりされたんだぜ。俺の気持ちにもなれっつーの!」
「女性になでられるの好きじゃないか」
「まーおネーちゃんのタッチはな。しかし壁はおネーちゃんじゃねーんだぜ」
「まったく……おネーちゃんが好きなら素直に歓迎会に出てれば良かったのに」
 ぶつぶつ言いながら日景は壁を調べた。今回、彼は新入生歓迎会に出たかったのに、相棒のごまりんが「お宝ゲットに決まってんだろ。行くぜ地下探検!」と言ってきかず、結局二人してここに来ているのだった。
「もしもし、そこに誰かいる?」
「はーい♪」
 ミリィが壁の向こうからのぞいていた。なんのことはない。自然の通気口が開いていただけのことだ。壁一枚隔ててエトルシャンとミリィ、それに日景とごまりんは隣り合わせていたのだった。
 ちらりと顔が見えただけだが、ミリィの美少女ぶりに、ごまりんはたちまち色めきだった。言葉を発さずぱたぱたと尾を振り、きらきらした目でミリィに姿を見せる。このごまりんの完全擬態、『おりこうモード』と人は呼ぶ。
「きゃ〜、かわいい〜♪」
 ミリィが喜んだのでますますごまりんは張り切るわけだが、平和な時間は続かなかった。
「あ、なんかいるよ。そっち〜」
 ミリィが言ったように突然、日景とごまりんの背後からのっそりと、小山のような巨大ネズミが姿を見せた。その体毛はどす黒い色をしており、吊り上がり血走った両眼の赤さを際だたせていた。長く鋭い前歯の先から涎が滴り落ちているのは、もしかしたら……いやもしかしなくても、こいつが空腹であることのしるしだろう。
「よーしがんばれー」
 突然棒読みで日景に申し渡すと、ぱっと光学迷彩でごまりんは姿を消した。いきなり一対一を強いられることになった日景にとっては大いに迷惑な話だ。
「わー!! アザラシどこ行ったー!?」
 慌てふためくも相棒はおらず、「助けてー」と壁向こうにヘルプを求めた。
「ネズミが良いものをもっているとは思えんが……まあ待っておれ」
「いま行くよ〜♪」
 壁向こうから聞こえるエトルシャンとミリィの声を、日景は命綱のように思った。
 なお十分後、ようやくネズミを撃退した彼らの前に、『ずっと一緒に戦ってました』というような顔をして、しれっとアザラシが戻ってきて尾を振ったとか。

 儲け話を見出すべく、時雨塚 亜鷺(しぐづか・あさぎ)もギラギラと眼を光らせていた。
「おかしいわね。さっき確かに……」
 亜鷺が求めているのは眼鏡姿の女性、小谷 友美だ。地下を探るうち一瞬、友美に酷似した姿を亜鷺は目撃したのだった。光学迷彩を発動して後を追ったものの、曲がり角を一つ曲がったところで、忽然と友美の姿は消えた。煙にでもなったのか、それとも立体映像だったのか……そうとでも考えなければ説明が付かない。亜鷺のパートナージェイムズ・ブラックマン(じぇいむず・ぶらっくまん)は終始冷静、無言だが、やはりこの消失には多少なりとも驚いているかのように見えた。
「参ったなぁ」
 ため息ついて亜鷺は立ち尽くした。
 どうも怪しい。なにかあるのではないか。もう少し調べてみよう。願わくばそれが、儲け話でありますように!

 コウモリは金切り声を上げた。
 掌サイズのコウモリだったらそれほど恐ろしい光景ではなかっただろう。しかしそのコウモリというのが、風呂桶ほどある体に、それより大きな翼をくっつけたジャイアントサイズだったのだからたまったものではない。
 まだ幼い少女目がけ、コウモリは滑空してきた。吸血種が巨大化したものだが、このサイズ差なら直接、少女の頭をかみ砕くことも可能だろう。
 コウモリは大きな口を開けた。ところが翡翠の目をした少女は動じず、冷たい目でコウモリの口の赤さに目をやると出し抜けに、
「そうやって脅かせば相手が萎縮すると思ったら大間違いよ」
 ぽつりと言い放つと腰の銃を抜いた。しかも両腕、二丁拳銃、抜くと同時に発砲するという早業だ。見たところまだ十歳程度だというのに、機械のように精確な動きだった。ぴったりのタイミングゆえ銃声は重なって一つとなる。そして二つの弾丸の軌道は、吸い込まれるようにしてコウモリの口中に消えた。
 再び金切り声がしたがそれも短時間だった。
「お黙りなさい。騒々しい」
 レイピアの一種フルーレが生き物のようにしなって伸び、コウモリの額を貫いたからだ。これは彼女の連れ、もう一人の乙女によるものだ。まだ若いが腕は確か、フルーレの切っ先は頭蓋を貫通し、瞬時にして巨大生物は絶命した。
「……他愛もない」 
 近衛シェリンフォード ヴィクトリカ(このえしぇりんふぉーど・う゛ぃくとりか)は指先だけで、銃を二回転半させ腰のホルスターに戻した。拳銃は左右同時、さくっと音を立て定位置に収まった。
「大きくなったところで所詮は蝙蝠です」
 アーサー・ペンドラゴン(あーさー・ぺんどらごん)は剣を死体から引き抜き、布で拭って鞘差した。
 二人は笑みを交わしたりしない。ただ、刹那視線を交えて互いの無事を確認すると再び歩み始めた。
 しかし二人の足は止まった。
「お見事ですわ」
 背後の暗闇から、菫色の髪をした少女が姿を見せたからだ。単身ではない。すらりとしたライトブロンドの少女を連れている。ブロンドの少女が口を開いた。
「あ、えっと、怪しいものじゃないからね? あたしはジェニファー・サックス(じぇにふぁー・さっくす)……」
 そして菫の少女が続けた。「私は、メイヴ・セルリアン(めいう゛・せるりあん)と申します」
 気は乗らないもののヴィクトリカとアーサーも名乗った。その上で、
「それで、何か私たちに用かしら?」
 ヴィクトリカはやや不審の目を向けた。同じく洞窟探検に訪れた者だろうが、気は許していない。
 その目を見てどぎまぎしながらメイヴは告げた。
「い、いえ、あの、まだ私たち、不慣れなものでして……見ればお二人も彼の地に来て日が浅いご様子、よければご一緒に神社とやらを探しません? ほら、旅は道連れと申しますし。こう見えて私たちもそれなりに役立ちますのよ?」
(「まったくもー!」)そんなメイヴの口調にジェニファーはもどかしさを覚える。(「メイヴったら、素直じゃないよね? 仲良くしたいだけならもっと簡単に言えばいいのに……またそんなおずおずしちゃってるんだからっ!」)
 男性が苦手なメイヴは、女性だけのメンバーを探し求めていたのである。やっと条件があう相手を見つけたというのに、これでは不審者ではないか。
「どうでしょう? あの……アーサーさんはともかく、ヴィクトリカちゃんはまだ小さいし……」
 と言いかけたメイヴは口をつぐむことになった。
「誰が小さいって!?」ぎり、と歯ぎしりしヴィクトリカが両銃を抜いたのだ。「あたし、十七歳よ!」
 メイヴは動じまくるが、正直な気持ちを口にしていた。「あ、あ……だったら同い年だったのですわね……嬉しい」
「嬉しい?」
「だって、同い年のお友達、私いませんでしたもの……」
 ヴィクトリカは返事せず、銃の引き金を引いた。
「……っ!」
 メイヴの背後にいた巨大コウモリが、ギェッ、と声を上げて地面に落ちた。
「囲まれたようですね。ここは連中の巣窟のようです」
 アーサーも抜刀している。頭上から次々と、放物線を描いて大小様々な怪コウモリが飛び降りてきた。
「ほらっ、メイヴも戦うよ! ぼんやりしてちゃだめ!」
 ジェニファーはパワーブレスを発動し、
「……あっ、はい! 参りますっ!」
 メイヴもカルスノウトを鞘走らせ、金属音を発した。即座、ヴィクトリカに飛びかからんとするコウモリを叩き斬り、彼女にぴたりと身を寄せ背中合わせとなる。
「それで、あの……同行していただけます……!?」
「あんたこの状況でなに言ってるの!」ヴィクトリカは一度だけ振り向くと叫んだ。「もうとっくに同行してるでしょ! さっさと片付けるよ!」
 嬉しさと興奮で、メイヴの頬がぽっと赤くなった。