空京

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浪の下の宝剣

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●海京神社の地下を探索する:page10

「……やはり地下の全貌はわかっていない、と」
 同じ頃、別の場所でもエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)が、別の牢を発見して禰宜を救出していた。枯れ木のような老人だが意識ははっきりとしており、海京を護るために地下に神社があることを明らかにしてくれた。やはり地下神社は存在したのだ。
 そこでは『偉大な方』が海京をお守りしていると言うものの、老人はその人物の名を黙して語らなかった。しかしその一方で、地下の神社に『不気味な女』が現れてこれを乗っ取ったこと、そして、このままでは海京が危ないということも老人は述べた。
(「彼を幽閉したのはその『不気味な女』だということだね。しかし、隔靴掻痒と言うべきか……どうも言い淀んでいるところがあって正確なところがわからないな……」)
 もう少し掘り下げたことを知りたいがどう訊くべきだろうか――とエールヴァントが頭を悩ませていたとき、そのパートナーは……割と本能のまま行動していた。
「やあやあ、君、どっから来たの? え、イルミンスール? 俺あっちに知り合い多いけどさあ、君みたいな可愛い子をチェックしそびれてたなんてうかつだったなあ」
 彼の名はアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)、天下無敵の女好きである。またたく間にチェルミィ・キルシュ(ちぇるみぃ・きるしゅ)の名前を聞き出して、馴れ馴れしくない程度にフレンドリーに話しかけているのだった。まあ要するに、ナンパだ。
「えっと……その、困るよ、そんな……」
 チェルミィはパートナー柴田 拓斗(しばた・たくと)を探すが、不幸にも彼はエールヴァントと共に禰宜から聞き取りを熱心に行っており、彼らの様子に気がついていなかった。そんな中、アルフはたくみに彼女に近づいて、
「地下ではぐれると大変だ。チェルミィちゃん、携帯の番号交換しとこうぜ」
 などと言っている。危うしチェルミィ! ……だが大丈夫。
「アルフっ」エールヴァントが気づいて、疾風のごとく駆け戻り彼の襟首を掴み引き離したのである。「ごめん、彼、こういう人だから気にしないで……ははは」ぺこぺことチェルミィに頭を下げてエールヴァントはアルフを引っ張っていった。
「ちょ……わくわく地下探検で女子のガードも下がっているこのタイミング、どうして邪魔しようとするかなぁ〜? ほんの下心……いや、出来心じゃないか」
「本音が洩れてるね……うん。ほら、ここからはわくわく地下探検だけに集中だよ」
「あー」
 こんな感じで二人が消えて、拓斗がかわりに戻ってきた。
「禰宜から話を聞いて進むべき方角がわかった。行こう」
「あ……はい」
「どうかしたか?」
 拓斗は不思議そうな顔をした。チェルミィがそっと、彼の腕に自分の腕を絡めたからだ。
「しばらく……こうやって歩いていい?」

 ネズミやサソリなら大丈夫、ここまで何度も戦ってきた。
 しかし……三崎 悠(みさき・はるか)は一瞬体が凍り付いたような気がした。
「あれ、生きてるのか? 彫像とかじゃないよね……?」
 呆然としてしまう。そりゃそうだろう。拓けた場所に到達した途端、見上げんばかりに巨大なカニ――超巨大ヘイケガニに遭遇してしまったのだから。ヘイケガニの甲羅の模様が、恨みを残して死んだ武者のように見えた。
「ど、どうする!?」
 パートナーのジリアン・アシュクロフト(じりあん・あしゅくろふと)が叫ぶ。どうするもこうするも、
「逃げよう!」
 悠はジリアンの手を引いて一目算だ。そのとき、
「こっちこっち」
 曲がり角から声が聞こえて、悠はそちらに飛び込んだ。
「大丈夫?」
 狭い通路にいたのは、黄金の髪をした少年。彼はジープ・ケネス(じーぷ・けねす)と名乗った。
「慌てることはないよ。この狭い通路ならあのカニは入ってくれないはずだから」ただし、と彼は人差し指を立てた。「カニの脚だけなら入ってくるはず。そうなったらちょっと困ったことになるね」
「困ったこと……って」と悠が言い終えないうちに、
「うわー! ほんとに入ってきたじゃないかぁー!」
 ジープのパートナーが大声を上げた。彼はリーフ・ケネス(りーふ・けねす)、ジープの弟だ。実際、彼らのいる狭い通路に、カニがその長く凶暴な脚を突っ込んできたのだ。
 あっはっはと笑いながらジープは通路奥に仲間を誘導する。
「なんとも楽しいじゃないか。巨大なカニに襲われて死にそうになるなんて、日常生活ではまずないよ。この探索こそ我が人生の冒険第一号だ! 退屈な日常を捨て、ここにいる事を神に感謝しよう!」
 ところがリーフはまったくの逆意見のようである。
「僕は退屈な日常の方がいい、生きて帰れなかったら、元も子もないよ! それに、本当に探索したところで、お宝や発見が必ずあるとは限らないじゃないか!」
「冒険とは結果よりも、過程の方を楽しむものさ」そう思うだろう? とジープは悠とジリアンにも語りかけて続けた。「結果を予測しての冒険は野暮ってものだよ。まぁ、そう悲観せずに遊園地のアトラクション感覚で楽しもうじゃないか!」
「どんなアトラクションだよーーっ!」
 リーフの泣き声を聞き流し、ジープはその卓越した頭脳で、カニの脚が届く範囲を割り出している。通路は行き止まりだったが幸い、一番奥まで進めば安全とわかった。
「さあ、狭いけどここでしばらくチクチクやろう。こんな奥まで脚を入れたのはカニにとって不幸だよ。きっと脚が抜けなくなって、味方勢にとって格好の標的となるはずさ」
 事実その通りだった。身動きできなくなったカニを、
「……おいおいなんだこりゃ!?」
 日向 朗(ひゅうが・あきら)零・チーコ(ぜろ・ちーこ)が発見する。そんな朗によく聞こえるようにジープは声を上げた。
「いやぁ、カニの脚を封じる作戦だよ。どうだい見事じゃないかな? こうやって捕まえておいたから、煮るなり焼くなり好きにやってくれないか。ついでに助けてくれると大変嬉しいんだがねえ」
「……ったく、なんて野郎だ」朗は苦笑いするほかなかった。明らかにジープが追い込まれているようにしか見えなかったからだ。それでもああいう風に自信を持って言われると、なんだか凄い作戦のようにも思える。「ならやってやるとすっか、まったく、見てられねーっつーの!」
 ところがチーコは、「ガァァァァ!」と咆哮するや、朗とはまったく別方向に走っていった。
「おいどうした!?」
「あっちからはでかい線虫が来てやがるぜ。ほら見ろ!」
 事実、海水浴に来たミミズのような奇妙な生物――ただし体長四メートル近い――が、うねりながら迫ってきていた。
 動けないカニであれば、いくら強敵でも朗にとっては大した相手ではない。たちまち脚を折って倒した。
「へっ、図体ばかりだな。こいつ」
 カニを一瞥する朗は大変得意げな表情である。戦い足りない、とばかりに、チーコの救援に行くべく振り返った。そしてその直後、後頭部をカニの反対側の脚に強烈に打たれたのだった。
「油断した! こいつ……!」
 流血し意識が遠のきそうになるも、朗は必死で堪えた。ヘイケガニの生命力は高かった。片側二本の脚を叩き折ったくらいでは死にはしないのだ。バランス感覚を欠きながらも、分厚い甲羅を持つ怪物は朗にのしかかってくる。しかしその直前、朗の腕を引き救ってくれた者があった。
「えっと……あの、大丈夫……!?」
 リーフだ。手を差し伸べてくれている。見るとジープも悠もジリアンも側道から出て、ヘイケガニに立ち向かっていた。
 助けたつもりの新人たちから、逆に助けられる格好になったわけだ。朗はぺっ、と血の混じった唾を吐き出すと、素直にリーフの手を取って立った。
「……やるじゃねーか。礼は言っておくぜ」
(「一年先輩でもまだまだだな……」)線虫を倒し駆け戻ってきたチーコは、事の次第を見て取って口元に笑みを浮かべた。今年の新入生は有望株も多いようだ。
「俺からも礼を言うぞ一年生! さあ、皆であのカニにとどめを刺すとするか!」
 チーコは再び、腹の底から強烈な雄叫びを上げた。

 ジープたちが戦う地点からさほど離れていない一帯では、害意をもって迫り来る奇っ怪なセイウチが、酒杜 陽一(さかもり・よういち)らと壮絶な戦いを演じていた。セイウチといったところで一匹や二匹ではない。おおよそ二十、しかもそれがすべて、地上にも関わらずビシャビシャと高速で動き回るのである。牙は研ぎ澄まされてサーベルの切れ味、おまけに毒霧まで吐いてくるではないか。悪夢のような光景だ。
 この戦いにおいて陽一は、あえて『ちぎのたくらみ』で子供化し、敵の攻撃の回避率を高めている。しかしその一方で、攻撃力はあきらかに低下していた。
(「けど、それでいいんだ」)
 新人に対し、力押しだけでない戦いを、言葉でも態度でもなく、行動で示そうという意図があってのことだったから。
 陽一はあえて隙を作るようにして、それを突いてくる敵にカウンターで逆襲する。これにフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)のブリザードによる援護が乗れば、効果は二倍にも三倍にもなった。
 陽一の意図は、少なくともウォルター・アーロン(うぉるたー・あーろん)には伝わっていた。
(「敵の虚をつけば、たとえ非力でも存分に戦えるってことじゃん?」)
 やってみる価値はある、そう決めたウォルターは、隠れ身を使ってしばし姿を隠し、油断したセイウチに飛びかかって後頭部を突き刺すという戦法を選んだ。ただ刺すだけではない。ウォルターは狼姿のダニエラ・グラント(だにえら・ぐらんと)と連携し、ときに彼がその背にまたがって速度を上げ、ときにダニエラ自身に、牙を用いてとどめを刺させた。
「ああっ! そんな勢い任せに突っ込んじゃ……!」
 豊緑 遥(ほうえん・はるか)はパートナーバルシャモ・ヘックリンガー(ばるしゃも・へっくりんがー)の全力アクションに、思わず目を覆いたくなる気分であった。無謀そのもの、バルシャモの辞書に『戦術』という言葉は載っていない。
「障害は全て蹴散らして全速前進DA!」
 ギラギラと三万ボルト前後の光を目に宿し、彼はドラゴンアーツでセイウチに飛びかかっていく。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 早く人間になりたーーーーーーーーーーーい!!」
 宝剣を手に入れ人間になること、それが彼の唯一絶対の願いなのである。人間になれば……なりさえすれば、遥と男女交際できる(そしてえっちなこともできる)と彼は信じて疑っていないのだった。無論そんな無謀が通じる相手ではない。バルシャモはセイウチに転ばされ、その胸に牙を突き立てられる……寸前で命を救われた。
 バルシャモは、銀の甲冑を着た騎士に救われたのだ。騎士はバルシャモに目もくれず、
「たりん……たりんな、血と痛みが」
 と一言、さらなる敵を求め剣を振るった。戦場で修羅と化す、その騎士はモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)という。宝剣クラレントを手に、殺戮の野を展開する彼はまさしく剣鬼だ。
(「神殿なんぞ、どうでも良い」)、モードレットは最初からそう断じていた。彼が求めるのは戦い、命のやりとりだ。剛雁をけしかけ敵を威圧し、畏れたところでアルティマ・トゥーレ――絶対零度の刃を与える。モードレットの戦うところ、刃が閃き鮮血が飛び、岩すら砕けて飛び散った。
(「モードレット……まるで戦うためだけに生まれてきた男だ」)彼のパートナー久我内 椋(くがうち・りょう)は、血にまみれ剣の雨を降らすモードレットに、畏敬の念とともにある種、官能的なものを感じて肌が粟立った。何事であれ一途に、身を捧げる人間は美しいものだ。宝があれば奪取せんと考えていた椋だが、いつしかその考えは、水に落ちた薬液のように消えてなくなっていた。
(「ならば俺も従うまで」)椋はモードレットと並んで打刀『花散里』を振るった。(「俺もまた、ただ戦うためにここにいる」)
 モードレットや椋の戦いぶりを、ひどく眩しいもののように白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は感じている。批難する気も称賛する気もない、自分とは正反対の生き様のように思う。強いて言うならば少し、羨ましいような感覚はあった。だがそれは月が太陽に憧れるような感情、自分と彼らとは生きる場所が違う。
(「倒すだのなんだの、華は他の人たちに譲るよ。柄じゃない」)
 太陽が必要なように月もまた地球にとって不可欠なものだ。自分は月がいい、そう考える珂慧だからこそ、ヒプノシスで敵の眠りを誘って、少しでも彼らの戦いに資することができるよう働いた。
 そんな白菊を護る一振りの剣があった。
「白菊、私は貴男のお役に立とうと思います」
 それが私の存在理由、そう言い切ってクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)は、人形のように無表情のまま幻槍モノケロスを構えた。近づく敵には容赦しない。たとえ己の身が砕けようと戦う決意だ。