空京

校長室

浪の下の宝剣

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●海京神社の地下を探索する:page08

 ようやく最後の瓦礫を取り去ることができた。
「ふぅ……こうして土木作業? していると、ここが海京の地下だということを忘れますね」
 美少女剣士八雲 千瀬乃(やくも・ちせの)――なのだが本日はまだ、一度も剣を振るっていない。地下に降りるや道を誤り、崩れる瓦礫によって行き止まりに閉じ込められていたのだ。パートナーの出雲 櫻姫(いずも・おうひめ)は、
「ほれ、腕力を鍛える良い機会じゃろう。とっとと岩をどけるがよい」
 と言って手伝ってくれなかったので、結構な時間がかかってしまった。しかしこれで再スタートの準備は整ったわけだ。
「なんだか一仕事終わった気分です……」
 額の汗をぬぐって、千瀬乃は大きく息を吐いた。二人が海京に来るのはこれが初めて、これから地下探検が待ち受けている。
「一仕事? 何を言うかこれからじゃろうが千瀬よ。楽しい修行の始まりじゃぞ?」
「楽しい修行……ですか」千瀬乃は苦笑いした。「洞窟といえば足場の悪さが目立ちますし、鼠は動きの早さが恐ろしく、サソリなんて一歩間違えば毒にやられて……こ、ここまで厳しい状況がそろってれば修行には事欠かないはずですよね。あはははは……」
 ここまで一気に述べ手千瀬乃はハッとなった。櫻姫が口を『へ』の字に結んで見つめているのに気づいたのである。櫻姫は無言だが、それは百の言葉より雄弁な無言だった。
(「……って、何弱気になってるんですか私! これじゃ上を目指すなんてできません!」)
 千瀬乃は自分に活を入れるべく、両頬をパンパンと手で打った。
「よし、今回も頑張ります!」
「その意気や良し。気張ってゆけい!」
 櫻姫は破顔して行く手を指した。
「ほれほれ、出遅れたゆえ急がんと、冒険が終わってしまうぞ!」

 頭上で作業するレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)を見上げ、
「ねぇ、やめませんか……?」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は不安げに呼びかけた。
「なんでー?」
 レティシアは熱心に、天井を石でつつきながら応えた。
「どうしてとおっしゃられても……なんというか、悪い予感がしますので」
「悪い予感? あちきはなんだか良い予感がするんだけどねぇ」
 二人も人工通路に入り込んでいた。人工といっても近代的なものではなく、石を組んで作った古式ゆかしきものだ。作成された年代は正確にはわからないものの、この構造なら長持ちしそうというのだけはよく理解できた。
 さてその途上で、天井の低い地点に二人は到達した。そこは行き止まりだったが、なにやら曰くありげな模様が天井の石に刻まれていた。これを見るや壁の突起を利用してするすると昇り、レティシアは天板を調べているのだ。
「レティ、もう先に進みませんか……?」
「まあまあ、急ぐと良いことないですしねぇ」
「でも……」
 黒い瞳を上に向け、ミスティは哀願するような目でレティシアを見た。
 このとき胸のうちに、小さな火花が瞬くのをレティシアは感じた。ミスティのその表情があまりに愛らしく、いとおしく感じられたからである。思わず胸に抱きしめて、その若草色の髪を『よしよし』と撫でてあげたくなるくらいに……きっとミスティ本人は、いま自分がどれほど切なげな顔をしているか気づいてはおるまい。
「あッ」
 このとき、レティシアが触っていた天板が割れて落ちた。その破片は誰も傷つけなかったが、そのとき天板の上に溜まっていた海水が、滝のように降り注いだのだった……ミスティ一人に。
「やっぱり……悪い予感が的中しました……」
 涙目になるミスティは、頭から爪先まですっぽりと濡れ、しとどに雫をしたたらせていた。もちろん服は、体にぴったりと張り付いている。これが否応なく、彼女のボディラインを浮き出させていた。抱けば折れそうな細い腰、色っぽい肩と鎖骨のくぼみ、そして胸、ぽっちりと小さなその頂上まで……。
(「なんというお約束!」)今度は胸の奥で炎が燃えるレティシアなのである。ああ、この光景よ、眼福よ。(「私の良い予感も的中したねぇ」)と思ったがそれは言わないでおく。

「ただいまぁ」
 小柄な体格を生かし、石造りの狭い通路を進んでいた神代 明日香(かみしろ・あすか)が通路を戻ってきた。
「お帰りなさい〜」
 彼女の無事が嬉しくて、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は明日香に抱きついた。私のほうが小柄だから、とノルンは狭い通路の先行調査を申し出たのに、危ないから、と明日香は聞かず自身で向かったのだ。そんなノルンの頭をなでつつ、明日香は同行の仲間たちに告げた。
「この進行方向の先に、甲殻類らしき大型生物の姿が見えましたぁ。それとともに人の気配も……」
 明日香は彼らを見回して反応を待った。偶然進行方向が同じになったメンバーとはいえ、彼らはここまでの冒険で団結力が高まっている。
 回避しようという声も少しだけあったものの、
「進まない? 面白そうって言ったら不謹慎かもしれないけど、人の気配ってのも気になるし……もしかしてその生物に、追いつめられた人かもしれないじゃない?」
 と言う光智 美春(こうち・みはる)を始めとして、大多数がそちらに向かうことに賛成した。
「あたしも行くことに賛成! たとえ敵だとして、甲種焼酎が何だってのよ、ねぇ」
 エルーサ・レィバンティーネ(えるーさ・れぃばんてぃーね)が元気に手を上げた。
「甲殻類だろ……」
 舌切崎 五摘(したきりさき・いつつみ)はやれやれと肩をすくめた。内心、戦闘は避けたいところだが、パートナーのエルーサがここまでやる気なのだから仕方がない。この探索行で五摘は、知り合って間もないエルーサのことを色々と学んだ。基本は従ってくれるが、いざとなるとしっかり主張を通す子なのだ。それも、やや無茶な主張を。しかし、石橋を三回も四回も叩きがちな自分には、ぴったりのパートナーだと思ってもいた。
 自分も進みたいであります、と述べてから、草刈 子幸(くさかり・さねたか)は凛々しい眉をやや落として言った。
「自分たちと同時に地下に降りた者であればいいのでありますが……そうでないとすれば、一体どのような者でありますか……?」
「さあなあ」草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)は顎に手をやって考え込んだ。「何らかの悪だくみをしているヤツか、囚われるなりしてこの地に残るを余儀なくされている人間である可能性はありそうだ」
「悪だくみ……だったら怖いな」
 と一言ぽつりとつぶやき、エリス・ミーミル(えりす・みーみる)は莫邪を見上げたが、莫邪が「うん?」と振り向くと気恥ずかしげに、美春の背後に隠れてしまった。
 誰かが囚われている可能性を考慮し、「もし、幽閉されている人がいるとしたら……」とオルタンシア・トラモント(おるたんしあ・とらもんと)は胸を痛めた。「私たちにできること……あるはずですよね」
 オルタンシアは黒真珠のような瞳に愁いの色を浮かべる。このような場所に囚われるとはどんな気分だろう。
 そんな心優しい義弟の背を、ぽんと叩くのはロータス・ボート(ろーたす・ぼーと)だ。
「まだ誰かが捕まってるって判ったわけじゃない。もしそうだとしても助けりゃいいだけのことだ!」
「いずれにせよ、今成すことはただひとつ」濃いサングラスに覆面姿、そこから飛び出す黄金のリーゼント、謎の忍者『ザ☆マホロバ』ことジョニー・リックマン(じょにー・りっくまん)が指で印を組んだ。「先を急ぐことでござるよ。いざ参りましょうぞ!」
「はいですぅ」明日香は頷いたもののふと、「ところでザ☆マホロバさんはどうしてそんなに尖った髪型なんですかぁ」と問うた。
「それはわらわが答えてやろう、イルミンスールよ」ジョニーのパートナー園村 ハーティ(そのむら・はーてぃ)が腕組みしたまま、ずずいと大股に歩み寄ってきた。といっても十歳そこそこの外見ゆえ、尊大に顎を上に上げてみても迫力はなく可愛らしいばかりであるのだが。
「イルミンスール?」明日香が問うと、ハーティは尊大に顔を傾けて(そして、バランスを失って後ろに倒れそうになりつつ)鼻息を荒くした。
「そうじゃ、あの校長の下におる魔女どもは皆『イルミンスール』じゃ」
「たしかに、エリザベートちゃんはお友達ですけれど……」
「ますます許せんやつ! 宣言しておこう、わらわこと園村ハーティは、イルミンスールには絶対に負けん、とな!」
「これ」とジョニーが二人の間に入り明日香に詫びた。「申し訳ないでござる。この者、なぜかイルミンスール魔法学校に対抗心を抱いておるようで……」深々とお辞儀したので、彼の頭のリーゼントがぴょこぴょこと躍った。
「あ、いえ、いいんですよぅ、別に〜」明日香としてはむしろ、この小さな挑戦者を可愛らしく思うのだ。
「かたじけない」ザ☆マホロバは振り返って、「ハーティ、無闇にケンカを売るものではないでござるよ。今は共に戦う同志、良きライバルとして競い合うなら大いに結構、しかし足を引っ張ったりせぬようにするのでござる。さ、明日香殿と仲直りでござる」
「なんでそんなこと……」と言いかけたハーティだが、ジョニーの言うことももっともなので、不承不承とはいえ明日香に手を差し出した。「協力はしてやるが、負けない宣言は取り下げる気はないからのう」
「はい。よろしくお願いしますぅ」
 明日香はその手をしっかり握り、進軍を開始するのだった。そんな彼女の耳に口を寄せ、ノルンがそっとささやいた。
「ねえ明日香さん、忍者さんがどうしてツンツン頭なのか聞きそびれませんでした……?」
「あっ」

「探検はやっぱりわくわくだよねっ!」
「はいですぅ。先輩方に遅れずついていきましょうねぇ〜」
 如月 雪花(きさらぎ・せつか)レオン・マルシアーノ(れおん・まるしあーの)は、これが冒険初参加なのだ。明日香たちに合流し、興奮気味に会話を交わしている。
 そんな雪花のやや後方を、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が歩んでいる。彼はあまり全体の行動に口出しせず、特に新人に気をつけながらバックアップに徹していた。
「脱出に使えそうだね。この脇道」
 エースの傍らではメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、籠手型HCを使ってマッピングに余念がない。
「ところで、いいのかい?」メシエはぽつりと問うた。「こんな縁の下の力持ちみたいな役割で? 今日は新人が多い。先輩として、もっと先陣切って行動で示してもいいとは思うのだけど」
「それもいいとは思うけどね。こうやって見守るのも先輩らしくていいかと思ってさ。保護者の気分……なんて言ったら思い上がりかな。俺もまだまだ修行の途中だから」エースは笑った。「万一の事故があったら寝ざめ悪いしさ。脱落者が出て、地下で迷ってサソリやネズミとダンスなんて……想像するだけでも頭が痛いから」
「ときどき君が、本当に地球人なのか疑わしくなるよ」メシエは言った。彼が認識する地球人は、常に騒々しく、生き急いでいる存在である。悠然としたエースの姿勢はそれとは対称的だ。「君は本当に面白いね」
 メシエはエースを、改めて好もしく思っていた。