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リアクション
●海京神社の地下を探索する:page11
「いたいた……」
しばし小谷友美を見失っていた香神 冰鳥(かがみ・ひとり)は、石柱の影に彼女の姿を見出し追跡を再開する。溜息とともに冰鳥は胸をなで下ろしていた。数分前まで、完全にまかれたと思っていたのだ。
冰鳥は彼女になんらかの『秘密』の匂いを嗅ぎ取り、密かに尾行していた。それはもう長い時間の追跡だった。パーティ会場から地下への入口、そして延々延々延々……歩きに歩いてこの場所だ。途上、自分と同じように友美を追う人も見かけたが、その人は途中で脱落したようである。
冰鳥の体にぴたりと身を寄せ、伽院 幸(かいん・さち)もきらりと目を輝かせた。
「トモミンって意外と古風だよね? ひーくんと相性あいそー。ね、ひーくん?」
「古風?」
「だってさぁ」
幸は行く手を指さした。そこに立つは石造りの鳥居だ。地下の神社まで参拝にくるとは、なんて古風なジャパネスクと言うのだろう。だけど冰鳥は、全然、と首を振った。
「あーゆー自意識過剰な女、苦手」
苦虫をすりつぶした液を、ぐつぐつ煮た濃縮エスプレッソで飲んでいるような顔をして冰鳥は首を振った。好きになる要素なんてない、と思う、まったくもって、1ピコキュリーも。
蜂蜜の滝のような友美の髪は、ウェーブひとつとっても全力で『手間暇かかってます』と主張しているかのように完璧で、洒落た眼鏡はしっかりブランドもの、白衣風の白い上着も、『知的なアタクシ』を演出するように汚れ一つない――そんな友美が自意識過剰でなくて何だろうか。
「でも仮面被ってるだけかもー」
幸はそう食い下がるのだが冰鳥はにべもなかった。
「猫かぶりは幸だけで、充分」ぴしゃりと断言して、幸の発言を封じると、「ま、でも。イベントフラグと割り切って攻略、再開」と、冰鳥はふたたび友美の後を追った。もちろん幸も付いていく。
自意識過剰女、と冰鳥は友美を断じたものの、内心では疑問を感じ始めていた。何かに取り憑かれたような目つき……数時間前からずっと友美はこの調子であり、魂がどこか、遠いところに囚われているようにも見える。雲の上を歩むような足取りにしたって、まともとはとてもいいきれない。あれがまともな歩き方なら、ムーンウォークだってまともな歩き方だ。自意識過剰な人はそんな行動を取らないだろう。どうにも気になる。
石造りの鳥居はひとつではなかった。いくつもいくつもくぐって、いつしか鳥居だらけの不思議な空間となった。
やがて鳥居立ち並ぶ中、友美は黙って立ち止まった。すると、
「いけー、さちー」
なんといきなり、冰鳥は幸を背負い投げの要領で投げ飛ばしたのだった。柔道選手ないし某遊園地ヒーローショーの中の人でもなければ受け身が取れないくらい厳しい投げだったが、さすが猫(?)、幸は見事に着地して、しかも友美に一礼した。ささっと自己紹介してから述べる。
「えーなんか、神社にいるけどー。なになに、神頼み? それとも――パラミタ全体を揺るがす様なビックイベント?」
「……」
友美は幸を見ているのかいないのか、なんの注意も払わずに背を向けた。ところが幸はめげない。コンマ二秒後には友美の前に回り込んでいた。
「ひーくんとラブラブ橋渡ししたげるからー、おせーてー??」
「こらー! なんだそのラブラブ橋渡し、ってのは!」
我慢できなくなって冰鳥は飛び出していた。突然だがボクはこれこれこういうものだ、と口上してから、
「トモミンが待ってる、曰くありげなイベントに興味、あるんだよ」
きりっ、とハンサム顔で冰鳥は言うのだが、幸がすかさず茶々を入れた。
「ひーくん、ひょっとすると女性としてのトモミンにも興味がありありー?」
「え? 女として……?」
そのとき友美がけだるい目で、かすかにだが自分を見ていることを冰鳥は意識した。
意識すると、どうにも硬くなってしまった。自意識過剰女、雲の上フワフワの夢遊病女、いずれにしても興味など、全然まったくない。ないはずだ。だったら簡単に嘘だってつけるはず……にもかかわらず、冰鳥が過呼吸になりながら、やっと言えたのはこの一言だけだった。
「女としては……あー、ノーコメント」
「ひーのばーか、ぶちこわしじゃんかー」
幸が叫んだとき、一迅の風が二人の間を駆け抜けた。土埃が立つ。
顔を覆った手を上げたとき、そこには冰鳥と幸しか残されていなかった。
神社周辺に辿り着いたメンバーは他にも数組あった。
死のような静寂の中、整然と鳥居立ち並ぶこの異様な風景に、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は激しく興奮していた。
「ああ! ああ! こんな場所にこんなものがありますとは! どうも呪術の匂いを感じます!」
日の差さぬ地下にこれほどの規模の神社があったとは……静謐な雰囲気とともに、なにか呪術的な業を感じ、優梨の白い肌にはぷつぷつと鳥肌が立つのだった。
彼女のパートナー亡霊 亡霊(ぼうれい・ぼうれい)は何も言わない。酔狂な、とでも思っているのか、微妙にしかめっ面を作っただけだ……いや、元々彼はこういう顔だったと思われる。
「探索しますよ。ええ、たっぷりと、呪術的な造形を求めて」
優梨子と亡霊、奇妙な取り合わせは鳥居をくぐって奥部に入っていった。
濡れたような睫毛に想いを込めて、藍澤 黎(あいざわ・れい)は瞳をすっと細めた。籠もる想いは憂いだろうか、それとも哀しみ、あるいは疑念――その真実を識る者は、黎自身の他には無い。
「イコン戦を奉納させる神社か……」
光精の指輪で闇を照らし、陰る鳥居の一つ一つを露わにしてゆく。石造りの鳥居は裸身のように、白い姿を晒すのだった。
「存外、綺麗なものですよー」
黎の肩の上であい じゃわ(あい・じゃわ)が言った。
「制服の話か?」
黎が身に着けた白い制服――ジェイダス杯屈辱の戒めで己に科した枷は、ここに至る探索行で幾度か汚辱の危機に瀕した。しかし彼は、氷術で敵を凍らせ素早く立ち去るなどの方法で、神経質なまでに汚れを避けつづけたのだ。実際、黎が確認する限りでは、純白の上下にはシミ一つないはずだ。
「ちがうのですー」
「……なら、何の話だ」
「鳥居の話です。歴史あるものかと思いきや、意外と綺麗です。比較的新しいものだと思うのですよー」
「そうか。これが作られた正確な時期を調べてもいいかもしれない」
「お社は何か其処に在るものを、御祭する為に作られる物なのです。だから、何時このお社が作られたかも気になるですー」
黎は行く手に視線を流した。規則正しく並んでいるとはいえ、鳥居に次ぐ鳥居、気が遠くなる程の鳥居が続いていた。本殿がどこなのかは判らない。
「これだけ大量に鳥居が連なっている理由も気になるな」
「気にならないですよー」
予想外のじゃわの言葉に、黎は思わず訊き返した。
「制服の話です」じゃわは肩の上で、黎の瞳を見つめていた。まんまるな目で、じっと見つめていた。「じゃわは白い制服が汚れてもいーですよー。だって皆が怪我しない事や辛くない事が大事なのです」
「……」
肩の荷が下りた気持ちがする。黎はその口元に、微かな笑みを浮かべた。
「人々の為についた汚れなら……それは寧ろ、勲章と思うべきかもしれないな」
「まあ、無理に汚す必要はないですが。それくらいの気持ちでいてくれたらいーですよー」
じゃわはふふっと微笑した。
実は黎の肩――じゃわが座っているその場所の後ろに、ぽつんと小さな円形のシミがあるのだが、幸か不幸か二人とも、まだそのことに気がついてはいなかった。
一方、神社にはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)も到達しており、仲間たちとともに慎重に鳥居の間をくぐっていた。
「どうやらこのあたりが最終目的地みたいですぅ」
決して先輩ぶるつもりはないのだが、これまでの経験とそれに伴う成長からか、メイベルの言葉には、人々の耳を引きつけるカリスマ性が感じられた。
「だとしたら気をつけないとね。何がいるかわからないし……でも、怖がってばかりじゃなんだから、楽しく進むとしようよ」
これも思い出作り、と告げて、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は同行者たちの前を進んだ。その言葉が、笑顔が、どれだけ彼らを勇気づけていることだろう。ずっと前、約一年前の出会いからずっとそれを知る二人……イースティアとウェスタルのシルミット姉妹は、とっておきの笑顔を返してセシリアの手を左右から握っていた。
「暗闇の神社かぁ……なんつか、ちょっと怖いけど楽しいやん♪」
メイベルに続いて神社に足を踏み入れつつ、由乃 カノコ(ゆの・かのこ)は前髪ぱっつんのロングヘアを揺らした。ここまで色々あった。巨大ネズミに追いかけられたり、釣りをしている人を見学したり、途上でメイベルたちと出会い「よしなにー」と一言告げて仲間に入れてもらったり……そこからここまでも、彼らは沢山の戦いに勝ち、渓流を飛び越え岩にロープを垂らして降りて、ようやくここまで来たのである。
「楽しいアルか?」
カノコは変なコトいうアルな、とパートナーのナカノ ヒト(なかの・ひと)が言った。
「変かなー? ほら、自分経験ない? 遠足のときってよく、神社でお弁当食べたやん。鎮守の森にビニールシート敷いて」
「経験ないアル。でも、お弁当は好きアル」
実は用意してるアル、とヒトはバスケットケースを掲げて笑った。
「待ってくれ」そんなカノコとヒトのすぐ後ろから、ルカータン・ハルミア(るかーたん・はるみあ)が声を上げた。「何か聞こえないか?」
「ネズミとか、カニではないようですぅ」
メイベルも気づいた。神社の敷地のどこからか、金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえたのだ。ちょうど、人と人が切り結ぶような……。
「そればかりではありません。群れなす蟲が蠢くような音も」
切れ長の目を静かに見開き、バルシア・ティルナ(ばるしあ・てぃるな)も変を察知した。多足の生物が細かい脚を擦りあわせ粛々と進んでいる気配がする――さぞや奇怪な光景だろう。
女性のような可憐な容姿だが、ウルマグ ティーマン(うるまぐ・てぃーまん)はれっきとした男性だ。炎の河のように真っ赤で長い髪を手早く背で束ねると、
「行こう。味方が戦いに巻き込まれている可能性が高い」
愛用の突撃銃を構え、音のする方角を見極めるべく耳を澄ませた。
「そういうことなら、お弁当はほんの少し辛抱でございますね」ミナミチ ザンバ(みなみち・ざんば)はくすりと微笑む。がっかりするヒトにミナミチは、「大丈夫。すぐ終わらせるつもりでございます」と約束するのも忘れなかった。