空京

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浪の下の宝剣

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浪の下の宝剣

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●海京神社の地下を探索する:page14

 押し寄せるムカデがまるで、魚籠から出されたウナギのよう。ウナギだったら美味しいが、こいつらは決して美味しくなかろう。
 ぞっとしない姿だが、美苗はムカデに触れることを躊躇しない。固め技で動きを封じ、スコルティス・マルダー(すこるてぃす・まるだー)に頭を撃ち抜かせるという戦法をとった。
「あんたが行きたいなんていうから、地下に潜り込んでこのザマ、まあ可愛い子と知り合えたからいいけれど、そもなんでこんな場所に来たかったんだか……」
 スリーパーホールドの要領で、ムカデをガッチリ捕まえながら美苗が言うと、
「話は簡単よん。あわよくば宝剣をゲット、ノゾミカナエタマエといくつもりだったに決まってるじゃない♪」
 オネエ口調でスコルティスが答える。非のつけどころのないハンサムであるにもかかわらず、彼は『彼女』と呼ばれるのを好むタイプの男性なのだ。有り体にいうと、オカマちゃんである。
「あんたねぇ……願いを叶えるにしても、宝石店もクラブ持ってる経営者、しかも両方もがっぽがっぽ儲かってるセレブじゃない。欲しいものなんてある程度は手に入るんじゃないの?」
 まったく、強欲な男はモテないわよ、と美苗が茶化す。美苗がふんづかまえたムカデを撃ち抜いて、
「失礼ね! 私は、体は男でも、心はちゃんとした乙女よ!」スコルティスは憤慨した口調で言った。「少なくとも、美苗よりかは女らしいわ!」
「へいへい、分かりましたよ、でも、ろくでもない願いを叶える為に働かされる人の身にもなってよね〜」
「なら、どうして、ついて来たのよ! 誰も手伝ってなんて言ってないわ!」
 キーキー声を荒げるスコルティスである。とはいえ手は忙しく働き、銃で敵を牽制していた。
「あんた一人じゃ、危ないからよ! 保護者ぬきでの探索は危険ですことよ〜」
「なんですって! 立場が逆! 保護者はワタシよ、ワ・タ・シ!」
 かように口喧嘩の絶えぬ二人であるが、抜群のコンビネーションで次々ムカデを減らしていた。

「ちぇいん、すまいとぉ!」
 歩夢はフルーレをしっかり握り、ムカデに向かって切りつける。一撃は命中したが二撃目は、ムカデの甲冑に弾かれてしまった。
「腰が甘い!」千代は厳しい声と共に歩夢の前に立ち、「チェインスマイト!」手本たるべく技を繰り出した。さすがの強さだ。千代のランスは、歩夢が討ち漏らしたムカデを突き刺し息の根を止めた。
「こう、だよ……」声の厳しさに変化はないが、千代は眼を細め、「このムカデは千代にはまだ荷が重い。回復で皆を助けるのだ」と指示した。

 空飛ぶ箒の扱いにかけては天下一、魔法少女ストレイ☆ソアの右に出る者はないだろう。彼女は魔砲ステッキで威嚇射撃を繰り返しながら爪先で跳躍、鳥居側面を踵で蹴り三角蹴りの要領で、空中に待機させた空飛ぶ箒ファルケに両手でつかまった。それで止まるかと思いきやさらにワンステップ、ファルケの胴を鉄棒のようにして一回転大車輪、跳躍し鳥居の上に飛び乗ったのだ。
「教えて下さい」
 ソアは同じく鳥居の上、たたずむ白い薄衣の姿に問いかけた。さすがに彼女も反応が間に合わなかったか、ソアの発言を許すことになった。
「私が気になっているのは海鎮の儀のことです。そのまま考えると『海を鎮めるための儀式』ということになりますが……そこに何の由来があるのでしょう? そして、イコンで戦わせる意味とは?」
 ステッキは足元に置いた。話してくれるのなら戦う気はない、というソアの意思表示である。
「ご主人! そいつに気を許しちゃいけねーぜ!」
 鳥居の下で雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が声を上げた。それとほぼ同時に絹の女は身を翻し、ソアの胴に回転蹴りを見舞っていた。決して痛くはなかったが、ぽんと体が浮き上がるような感覚に襲われる。
「っ……!」
 咄嗟にソアは手を伸ばしていた。その手が薄衣を掴んだ。するりと絹が滑り落ちる。ソアの体も鳥居の下に真っ逆さまだが、地上に落ちる寸前、ベアが滑り込んでキャッチしてくれた。
「ご主人、怪我はないか?」
「ありがとう、ベア、大丈夫だから………」
 ふかふかとベアの毛の感触を味わいつつ、ソアは彼女の姿を探した。
 女が着地し、走り去るのが見えた。紫色の和服、亜麻色の長い髪が揺れている。どこかで見たことのあるような後姿だった。
「……これは?」
 そのときソアは自分が、彼女がまとっていた白い薄衣を握ったままなのに気づいたのである。

 敵の動きが悪くなったのは、ここでメイベル・ポーター一行や七枷陣、佐々木弥十郎らが参戦したからである。数で勝るだけがとりえのムカデは、これで一気に追い立てられる側に回っていた。
「メガネメガネ−!」
 眼鏡を失い取り乱す類だが、振り回すソニックブレードでしっかりムカデを斬り立てていた。
「落ちつかんか、おぬし、眼鏡は頭の上だ頭の上っ!」
 セレナが彼に叫んでいるのだが、聞こえているだろうか。
 彼らの横を駆け抜け、天音は亜麻色の髪の女に追いすがった。
「その髪の色、後ろ姿、まさか君は……」
 天音の知っている女性によく似ていた。手を伸ばすと、
「!」
 彼の指が紫の和服に触れるより先に、彼女は振り向いた。細身の顔は、口元を除くほとんどすべてが仮面に覆われている。仮面は、蟹を思わせるグロテスクな形状だ。中央に光る目は紫紺、吊り上がった形で、なんら感情を込めぬまま天音を見つめていた。
 ――女の真っ赤な唇が、短い時間開いて閉じた。
 その言葉の意味を天音が考える時間はなかった。一瞬の後、天音の体は浮き石でできているかのように易々と、浮き上がり吹き飛ばされていたのだ。
 鳥居に背中から激突し、そのまま、天音はすべり落ちるように鳥居の下に座り込んだ。骨が二三本砕けたかもしれない。強烈な痛みに息が詰まる。噛みしめた唇が切れ、薔薇のように赤い血がしたたり落ちた。
「あの、無理しないで下さいね……何て偉そうな事言えないですけど」
 天音に駆け寄る姿があった。歩夢だ。治療を施す。
「なにぶん初めてなので……」
 手際がいいとまでは言えないものの、歩夢がなしたのは適切な治療だった。
「ありがとう」
 痛みが引くと天音にも、周囲をうかがう余裕ができた。
 戦いは収束に近づいていた。大半のムカデが死骸となり、残る少数も逃走を開始していた。
「……」
 天音がなにか呟いた。
「何です?」
 歩夢は彼に顔を近づけた。
「こう言ったのさ。浪の下にも都の候ぞ……と」
 平家物語の一節だ。そしてこれは、『彼女』がただ一言、口にした言葉でもあった。