空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

リアクション



校長会議 市内テロ



 校長会議で空京を訪れた薔薇の学舎一行は、中東資本の豪華なホテルに宿泊する。
 
「素晴らしい、この空京を見下ろす豪壮なビュー。二泊三日とは言え、我が薔薇の学舎にふさわしいオフィスと言えましょう」
 薔薇学の校長会議スタッフとして参加した明智珠輝(あけち・たまき)が、見晴らしのいい窓辺で妖しげな笑みを浮かべる。
 後ろで書類整理を始めたリア・ヴェリー(りあ・べりー)が背後から、むすっとした声で言う。
「珠輝、遊んでないで仕事しろ」
「遊ぶ、とはもっと趣向を凝らした楽しげなモノを意味すると思いますが……ふふ」
 意味ありげな珠輝の視線を、リアは見ようともしない。
「君たちは相変わらずだなぁ」
 シモン・サラディーがクスクス笑いながら言う。
「そういうシモンさんは……ちょっと雰囲気が柔らかくなったように思いますよ。スタッフにはご自分で応募を?」
「うん。例のあの先生の所にも行くって聞いたから、一言、言っておこうと思ってね」
 その時、入口の方から金城一騎(かねしろ・いつき)が「おーい、開けてくれー!」とドンドン、ドアを叩く。
 シモンが小走りに玄関に向かい、扉を開くと一騎とバロム・アーチェス
が二人がかりで大きな箱を運んで部屋に入ってくる。
「お疲れ様、重かった?」
「この程度、問題ないぞ。伊達に体育会系じゃないさ」
 バロムがシモンにニッと笑う。一騎もうんうんとうなずく。
「かさばるけど、どうって事ないぜ。ただウン百万とかいう値段が怖いけどなっ」
 彼らが運んできたのは、薔薇の学舎校長ジェイダス観世院(じぇいだす・かんぜいん)が着る着物と装飾品一式である。

 ドン

 どこか遠くで音が響いた。
「なんだろう?」
「……何事か起こったようですね。実に不吉です……ふふ」
 珠輝が見る窓の向こうに、一条の黒煙が伸びていく。
「俺、ちょっと様子を見てくるぜ!」
 一騎が外に飛び出していく。遠野御影(とおの・みかげ)がすぐ後を追う。
「鏖殺寺院のテロかもしれん。気をつけろ!」
「わーってるって!」


 同じ頃。蒼空学園の一行も、別のホテルに入っていた。
 校長の御神楽環菜(みかぐら・かんな)は動じる風もなく、パソコンに向き合って仕事中だ。
 何事も無かったかのようだが、ここにも爆発音は響いてきており、廊下の窓からは離れた場所に黒煙も見えている。
 【カンナ様の奴隷☆】こと樹月刀真(きづき・とうま)が、この状況確認のために出ていっている。
 葛稲蒼人(くずね・あおと)が少々遠慮がちに、熱心にキーボードを打っている環菜に言う。
「もしかしたら、ここも避難する必要があるかもしれません。お気持ちの準備だけはしておいてください」
「ええ。おそらく、その必要はないでしょうけどね」
 環菜は漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)がすっと差し出したファイルを受け取り、目を通し始める。
 設置した電話が鳴り、秘書役の【カンナ様の使用人】柊まなか(ひいらぎ・まなか)が受話器を取る。
「はい、こちら蒼空学園の……。……ええぇっ?!」
 まなかが声を上げ、青ざめる。 シダ・ステルス(しだ・すてるす)が彼女の表情の変化に「どうした?」と聞く。
「……この後に校長先生と面会予定が入っていた会社担当者の方たちが……爆発で亡くなったみたいです」
 シダは、ショックを受けた様子のまなかに寄り添った。
 環菜は冷静な口調で言った。
「彼らは、客人や協力者ではないわ。やっかいな口出し者に過ぎない。恨みを買いすぎた報いが訪れたのかもね。ずいぶんと汚い商売をしてきたようだから」
 突き放したような口調だが、この部屋にいる者は、彼女がそういう口の利き方しかできないと分かっている。
 神楽冬桜(かぐら・かずさ)が手早く入れたお茶を持ってくる。
「まなかくん、顔色が悪いから、とりあえずこれ飲んでリラックスして」
「う、うん。ありがとう」


 やはり同じ頃、蒼空学園と同じホテルの上階では、桜井静香(さくらい・しずか)校長ら百合園女学院の面々の部屋でも、爆発に気づいて不安が広がっていた。
「あたし、ちょっと様子を見てくるね」
 スタッフの秋月葵(あきづき・あおい)が軽快な足取りで駆け出していく。
「き、気をつけてね……」
 校長の静香が、心配げに声をかける。
「はーい! いってきまーす」


 建物の一角が爆発で破壊されている。破壊箇所はドーム状になって、その内部はメチャクチャに破壊されて黒コゲになっているのに、外側は傷ひとつない。
「こりゃ、ヘンな壊れ方したな。おーい、怪我人はいないか?」
 薔薇の学舎の金城一騎(かねしろ・いつき)がそう呼びかけながら近づこうとするのを、パートナーの遠野御影(とおの・みかげ)が急いで止める。
「近づくのは危険だ。まだ爆発物が残ってるかもしれないんだぞ?!」
「じゃあ、急いで見てくるぜ!」
「そういう問題じゃないッ」
 二人が話していると、野次馬の一人が「それだったら建物から避難した人が、もう確認したよ」と教えた。それで一騎もようやく爆発跡に踏み込むのをやめる。
 御影は胃痛と共に思う。
(お前が無茶で無鉄砲だって言うのはわかってる。だけど、もっと自分の事も考えてくれ……!)

「うわちゃー」
 やはり様子を見に来た百合園女学院のが、爆発現場の破壊具合に思わず、うめく。
(これ、静香校長が知ったらショックだろうね〜)
 蒼空学園の樹月刀真(きづき・とうま)は仲間に携帯電話で連絡を入れる。
「空京警察に聞いたところ、現在、同じような爆発が数件、続けざまに起こっているようです。そちらも警戒してください」

 空京警察のまとめによると、爆発は三件、銃撃による暗殺が一件発生。
 爆発では、複数の会社のエージェントが吹き飛ばされた。彼らは皆、今回の会議で空京を訪れた各学校校長に、売り込みや交渉を行なう予定だった。
 とは言え、校長と会談予定があっても特に被害の出てない企業の方が多い。
 また、暗殺は中国から移民団受入について教導団と話し合いに来た官僚が殺害されている。


(こんなに急にワタシの出番が来るとは思わなかったよぉ)
 薔薇の学舎でスタッフを努める佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、緊張した面持ちで持ち物をカバンにつめる。
 空京市内でテロが起こった事で、急遽、打ち合わせがしたいと教導団側スタッフより打診があったのだ。
 仁科響(にしな・ひびき)が、急ぎまとめた資料や書類を弥十郎に渡す。
「ほら、肝心の書類だ。臨機応変に事態に対応するのも貴公の職務だろう?」
「そうだねぇ。落ち着け……落ち着け……」
 弥十郎は自分に言い聞かせているが、やはり緊張が取れていない。
 響は青い薔薇のブローチを出してくると、弥十郎の手にそっと乗せた。
「青い薔薇は、薔薇を改良する人の夢だった。今は実現できている。だから貴公も叶えてこい」
「……! うん。薔薇の学舎のために頑張ってくるよ。あくまでもスマートに、ね」
 弥十郎はようやく本来の彼らしい、ほほ笑みを見せた。


 フォーラムの小応接室でシャンバラ教導団の琳鳳明(りん・ほうめい)が、薔薇の学舎スタッフの弥十郎と蒼空学園スタッフの樹月刀真(きづき・とうま)に説明を行なう。
「それで、フォーラム入場時の検査が強化される変更があって……資料はどれ?」
「こちらです」
 鳳明に聞かれ、必要な文書を用意してきたセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が、該当の地図を広げる。
 弥十郎は内心、教導団の窓口担当者が鳳明のような優しい印象の人物でほっとしていた。
 鳳明はそれまでも教導団からの知らせを持って、直に各校スタッフの元を訪れていた。わざわざ来るとは丁寧な人、と思われたようだが、これは実際に会って鏖殺寺院の紛れ込みを防ぐためでもあった。

 急の打ち合わせが終わって刀真は校長に電話をかけ、報告を入れた。
「で、まだ環菜校長は仕事をしてるんですか? 休むのも仕事のうちですよ」
「言われずとも調整できているわ。そんな話をしているヒマがあったら、とっとと帰ってきなさい」
 (はいはい)と苦笑しながら、刀真は電話を切った。
(俺は環菜校長を護りたくてココにいるんですよ)
 彼は、そのために忙しく飛び回っているのだ。



 ヒラニプラからの列車が空京駅に到着した。
 鄭紅龍(てい・こうりゅう)ら教導団員がホームに整列する。
 列車で空京入りしたのは、シャンバラ教導団団長金鋭峰(じん・るいふぉん)だ。
「出迎え、ご苦労。昨晩のテロについて調査はどうなっている?」
「ハッ。中華人民共和国からの使者団及び、各国籍の貿易会社複数に犠牲が出ております」
 紅龍はさっそく報告を始める。団長は儀礼的な挨拶は省き、いつも通りの固い表情で、報告を聞きながら足早に出口へと向かった。
 駅から校長会議会場のフォーラムまでは、防弾ガラスに装甲板で防護を固めたリムジンで移動する。紅龍は周囲に油断無く目を配る。
(団長を倒すのは俺だ。テロリストなんかに、やらせるかよ。命に代えても守る)

「使者暗殺か。本国からの棄民計画の遅れは避けられぬだろうな」
 フォーラムに向かう車内で、金団長が面白くもなさそうに言った。
 表向きは友好的な開拓団という事になっているが、実質は中国国内に不要な民をシャンバラ開拓の最前線に送り込もうという計画だ。予定地は、これまで厳しい自然の前に、シャンバラ人が踏みこまなかった土地である。
「おそらく本国政府は激怒して鏖殺寺院壊滅を煩く求めてくるであろう」


 駅から団長がじきにフォーラム到着との連絡を受け、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は団長の控え室に、手早く必要な資料や道具がそろっているか確認する。
「すべて問題なしです。……なんですか、それは?
 セラフィーナに聞かれ、見るからにパンダ気ぐるみな楊熊猫(やん・しぇんまお)が言う。
「団長用のお菓子アル」
「でしたら、つまみぐいしては駄目でしょう?」
「団長は甘いの苦手アル。だからって残したら、お菓子を用意した人が可哀想アル。だから私が代わりに食べてあげるアルよ」
「……」
 セラフィーナは毒見だと思って、それ以上は口出ししない事にした。
 団長にその菓子を運ぶ用意をしながら、メイド姿のライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が熊猫たちに言う。
「念のために、お菓子と飲物には僕がキュアポイズンしてからお出しするよ。……全部、食べちゃダメだからね」
「美味しいアル〜」