空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

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病院 告白


 病室。
 研修生として見舞いに来た緋桜ケイ(ひおう・けい)が、沈んだ表情で砕音に言う。
「俺も研修じゃ、先生には迷惑かけちまったからな。本当にすまなかった」
 砕音は苦笑する。
「あれは、おまえのせいじゃないぞ。こっちこそ、あの時の傷がアザになって残ってたりしないか心配だよ」
 ケイは、へへっと笑う。
「それなら安心してくれ。こう見えても荒事には、けっこう関わってきてるからな。そんなヤワじゃないぜ。先生には感謝してる」
「うわー、そんなにホメても何も出ないぞっ」
 そう言って笑う砕音に、ケイは辺りを見回してから声を潜めて言った。
「それでよ。実は、リコが俺たちと一緒に来てるんだ」
「えっ、そうなのか?」
「会ってくれるか……?」
 砕音はケイにうなずいた。
「ああ、俺も彼女には言っておいた方がいい事があるからな」


「砕音先生、会ってくれるってよ」
 病室から出てきたケイの言葉に、リコは飛び上がる。
「うあー。どうしよう〜」
「リコが行かないなら、あたしだけで行くもんねー♪」
 ウルフィナ・ロキセン(うるふぃな・ろきせん)がとっとと病室に入ろうとする。リコはあわてて、彼女を追いかける。
「待ってよ。ヌケガケは許さないんだから!」

「先生に会えなくて寂しかったよぉ〜☆」
 ウルフィナは病室に入るなり、ベッドに起き上がっていた砕音に抱きつこうとする。リコは砕音に笑顔を向けたまま、ドーンと彼女を横に突き飛ばす。
「先生、お久しぶりでぇす」
 鼻を壁にぶつけたウルフィナが、リコの肩をがしっとつかむ。
「リコちゃんたらぁ、急にブリっ子してどうしたのかなっ?!」
「えー、何を言ってるの、ウルフィナちゃんたらー」
 女同士の醜い争いが勃発しかけた時、砕音が言った。
「わざわざ来てくれて、ありがとうな。……でも俺、つきあってる恋人がいるんだから、たとえ教え子相手でも、イチャイチャしている風に誤解して見られるのは困るぞ」
 リコとウルフィナは硬直した。カラ笑いと共に言う。
「う、うっそだー。だって先生、女の人の影とか無いじゃない」
「ウソじゃないぞ。写真があるから、見てみてくれ。これが証拠」
 砕音は自身の携帯電話を取り出し、二人に渡す。
「先生の恋人って……ものすごくナイスバディの美女だったりして」
「アイドル顔負けのカワイイ娘とか……」
 リコとウルフィナは、二人で恐る恐る砕音の携帯を見た。
 携帯電話の画面には、砕音とラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)のツーショット写真。
 二人は寄り添い、ラルクは砕音の肩を親しげに抱いている。
「……このマッチョなおっさん、誰?」
「……先生、写真、間違ってますよ?」
 だが砕音は妙にもじもじとした様子で答える。
「だから、それが俺の恋人なのっ。ラルクっていうんだ。……ちょっと見た目は怖いかもしれないけど、優しくて頼りがいがあって逞しくて価値観が合ってて一緒にいると落ち着いて……」
 砕音はテレテレと頬を赤らめながら、笑顔でのろけ始めた。
 対するリコとウルフィナは、ブリザードの中に放り出されたように凍りついていた。
「そ、そーいえばキレイげな男の人には、そーゆー人が多いって噂で聞いた事があるけど……まさか先生がそーだったなんてー!!」
「先生がジェイダスに手篭めにされて男色に走っちゃったよー!」
 ウルフィナは盛大な勘違いを口走った。
「こうなったら、あたしとリコちゃんの愛の乙女パワーで、先生をノーマルに復帰させるよ!」
「よし来たー!!!」
 剣の花嫁ウルフィナの体内からは光条兵器が、リコは魔剣こと斬姫剣スレイヴ・オブ・フォーチュンをその手に召還する。
「うわうわうわッ?! ちょっと待て、おまえらーっ?!?!」
 砕音はあわてた。
「必殺! ヲトメパワー☆ラブラブフラーッシュ!!!」
 ダメでナゾな必殺技を叫びながら、リコはウルフィナと共に剣を振り下ろす。
 哀れ、砕音先生、一巻の終わりか。

「はれ?」
「あう?」
 リコとウルフィナはきょとんとして言った。
 剣を振るう腕をそれぞれ、ベッドを飛び出した砕音にがっちりと止められている。砕音はついでに腕で、倒れてきた点滴も押さえていた。
 二人はあまりの速さに対応できなかった。
 砕音は大きくため息を吐く。
「はぁ〜。……高根沢、ロキセン、ここは病院だぞ? こんな危ないモノを振り回したら駄目じゃないか。他の患者さんに迷惑をかけちゃいけないぞ」
 病室に看護士が走り込んでくる。
「アントゥルースさんっ、どうしま……何やってるんですか! 動き回ったら駄目だって言ってるでしょう?!」
 看護士に怒鳴られ、砕音は二人の腕を放して点滴を戻し、すごすごとベッドに戻る。
「ど、どうも、すみませーん。体がなまってたんで、生徒相手にちょっと殺陣でもやってみようかなーって」
「何を馬鹿な事を言ってるんです! 点滴が逆流した上に外れかけてるじゃないですか」
 見ると、点滴を差した場所の包帯が血に染まっている。
「うひー。血がー」
 半泣き顔になる砕音。看護士は不機嫌そうに手当てを始める。
 その間に、リコとウルフィナはふらふらと病室を出ていった。


 病院のロビーで待っていた悠久ノカナタ(とわの・かなた)が、リコとウルフィナに気づく。
 あきらかにショックを受けている二人の様子に(ああ、やはりか)とカナタは考える。
「そう気を落とすでない。おぬしたちは、まだまだ若い。恋も人生もこれからであろう? この先、きっと素晴らしい相手との出会いもあるに違いない」
 カナタは優しく諭し、励まそうとする。
 だが、しかし。
「う、う、うわーーーーーん!!」
 リコとウルフィナは明後日の方角に激走していった。
「これ、おぬしたち、どこに行く?!」
 驚くカナタが、その場に取り残された。

 聖アトラーテ病院の一角には、職員や看病で泊まりこむ家族向けに食堂がある。
 ウルフィナはリコを連れ、この食堂に走り込んだ。
「リコちゃん! こうなったら、もう……やけ食いだよーッ!」
「そうねっ! おばちゃんっ、カレー、あるだけちょうだいっ!」
「あたしには定食とラーメンと……とにかくあるだけ何でも!!」
 リコはがむしゃらにカレーをがっつきだした。ウルフィナは食堂に残る食べ物すべてを食べ尽くすような勢いだ。
「うわーーーん!! 男なんてー!!!」×2
 病院の食堂に、二人の乙女の叫びが木霊した。
「おい……」
 二人の様子に、剣崎誠(けんざき・まこと)が呆れた様子だ。カナタが言う。
「まあまあ、今は失恋にどっぷりと漬かって、悲しみを晴らすのも手であろう。そうして次の恋に踏み出すものだ。命短し恋せよ乙女、とも言うからな」



 だいぶ時間が過ぎた頃、
「うえ〜〜〜っぷ……食べすぎたあぁぁ」
 地を這うような声を出しながら、リコは友人たちと共に聖アトラーテ病院を出てきた。
 ウルフィナの方はピンピンしている。
「あれー? リコちゃんはデザート行かないの?」
 恐ろしき胃袋だ。
 葛葉翔(くずのは・しょう)が心配そうに「大丈夫か?」とリコに聞く。
「うぅ……しばらくカレーは見たくないかも」
 そこにハイテンションで居丈高な声が響き渡る。
「ヒャッハー!! 待ってたぜぇ、リコとやら!
 砕音のあの姿は本当の物ではなく、仮の物だ!」
「な、なに?!」
 ザシャアアアァァァ!!!
 そこには、いかつい大型バイクにまたがるモヒカンが一人。
 世紀末的無法者南鮪(みなみ・まぐろ)だった。彼がまたがるバイク型機晶姫ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)は攻撃的にドルルルルルル!!というエンジン音を上げている。
「……あなた、誰?」
 リコが聞いた。鮪は、偉そうに笑った。
「フッ、俺か。俺はな……【性帝砕音軍】南鮪(みなみ・まぐろ)だッッ!!」
「せーてーさいおんぐん?」
 リコはポカンとする。
「間違いないぜェ〜。砕音陛下は、本当の自分を隠しておられる!
 おまえが砕音陛下を一番愛する女ならば、俺は砕音陛下を最も尊敬する男なのだァ〜。だから判るぜ! だから、おまえも判るだろう!」
「いえ、全然、何がなんだか分からないんだけど」
 しかし鮪はリコの言う事など、聞いちゃいない。
「ヒャッハァ〜愛は時には奪うもの! 偽りの心が生み出した愛が、真実の想いに負けるか! 心配するな俺は博愛主義者だァ〜!」
 そして鮪は一枚の紙切れを取り出し、リコに渡す。白紙の婚姻届だ。
「これは?」
「この婚姻届にサインをしておけェ〜。おまえも、もう結婚できる年! 強引に既成事実を作れば、砕音が真の自分を取り戻した時、おまえの物になるかもだぜェ〜?」
「ぷーーーーッ! そんな事、できるワケないでしょ!!」
 リコは怒りながら、婚姻届を懐に入れる。
 鮪は満足そうに笑う。
「大切な人を想う者達に、学校の違いなんざ、些細な問題だぜェー! ヒャッハァー!!」
 大笑いをあげながら、鮪はハーリー・デビットソンに爆音を上げさせ去って行った。
「リコ、ちょっとその婚姻届をよく見せてくれないかしら?」
 ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)が言って、リコが差し出した紙をまじまじと見る。
 ビュッとジークリンデが槍を振った。爆炎波で出た炎で、婚姻届をチロチロと炙る。
 白紙だった婚姻届の男性の欄に「南 鮪」と炙り出されてくる。
「あ、あぶりだしッ?! てっきり年賀状専用のワザだとばかり思っていたわ!」
 リコが驚愕の表情で言う。
「危なかったわね、リコ」
 白波理沙(しらなみ・りさ)が婚姻届をビリビリと破る。
「うんうん、危機一髪だったわ〜。……ところで、あの鮪って人、何を言いに来たのかな?」
 久世沙幸(くぜ・さゆき)が苦笑して答える。
「さ、さあ……ちょっと分からないわね」
 そんな風に友人たちと談笑するリコを見て、は安心したような微笑を浮かべた。