空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

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病院 リコ潜入

 魔剣の主高根沢理子(たかねざわ・りこ)はプリプリと怒っていた。
「まったくもう! 新日章会といい、次から次に何なのよ!」
 リコは思いを寄せる蒼空学園教師砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)に会おうと、彼が入院する聖アトラーテ病院に潜入できないかとウロウロしていた。
 病院入口には新日章会の教師が居座り、リコや用の無い学生が病院内に入ることを厳しく取り締まっていた。
 また聖アトラーテ病院側も、校長会議への警備協力から見舞いも入院患者の家族などに限っていたからだ。
 だがリコはここのところ、何人もから、それこそ初対面の他校生からも「面倒事や騒ぎを起こすな。帰れ」と説教されて不機嫌になっていた。
「だから見つかって騒ぎにならないように潜入するって言ってるでしょ!!」
 まだ怒っているリコの様子を見て、同じ蒼空学園の友人葛葉翔(くずのは・しょう)が笑う。
「やっぱり高根沢は、説得されて諦めるような奴じゃなかったな。……高根沢は砕音先生に会いたいんだろ?」
「もちろん!」
 言い切るリコ。翔は彼女が本気だと確信して安心した。
「だったら協力するぜ」
「え、いいの?!」
 反対ばかりされていたせいか、リコは戸惑う。
 アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)がリコに言う。
「他人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやらです。砕音先生だって、きっと待っているはずです」
 翔も力強く言う。
「よしっ、高根沢を応援する奴らで【チーム高根沢】を結成だ」
 リコも無邪気に盛り上がる。
「おおー! それ、なんかカッコイイ。がんばるぞー!」



 薔薇の学舎の校長会議スタッフ藍澤黎(あいざわ・れい)の言葉に、ジェイダス観世院(じぇいだす・かんぜいん)校長は興味深げな表情を浮かべた。
「それが我が校に利益がある、と君は言うのかね?」
「ジェイダス様は大局の為、可憐な恋の花を美しくないと切り捨てる様な見識をお持ちではないでしょう? 美しい恋の散り様の為に助力していただけませぬか?」
 ジェイダスは、ほぅとため息をついた。
「他校の内部事情に関わるようなマネを、私が許せると思うかね?」
「そうですか……」
 すげない返事に黎は肩を落とす。校長は会議のための資料に目を通しながら言った。
「それにしても……夏期休暇の間に、見違えた生徒が多いようだ。特に長期、学舎を離れていた生徒が加わるとなると、私も名と顔を思い出すのが一苦労しそうだよ」
 黎は顔を輝かせる。
「ありがとうございます」
「ん? どうかしたかね?」
(やはり校長は思った通りの人であった)

「フィルラ、校長の許可が得られた。高根沢殿のスタンバイを頼む」
「よっしゃ。沙幸はん、これがボクの制服や。理子はんには、ちょっとちっちゃいかもしれへんけど」
 黎の連絡を受け、フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)はすでに用意してあった自身の白い制服と帽子を、久世沙幸(くぜ・さゆき)に渡す。
「そうねぇ。でも、このくらいならアレンジで何とかするわ。ありがとう!」
 沙幸は薔薇の学舎の制服一式を借り受け、急いでエレベーターに向かう。
 そこは薔薇の学舎一行が泊まる、中東資本の豪華なホテルである。
 エレベーターで階下に下りると、待ち構えていた藍玉美海(あいだま・みうみ)が廊下の陰から顔を出して「こちらですわ」と手招きする。どこか遠くから掃除機の音が響く。
「この時間、ホテルの客室階はほとんど人が通りませんわ」
 美海はその階の女子トイレに向かうと、リコが待ちかねたように迎える。
「借りられた? うわー、すごい。白い制服だー」
 沙幸たちはリコを薔薇の学舎の生徒に化けさせ、学舎の見舞い一行に紛れ込ませようという作戦だ。
 沙幸は今日も【恋のキューピット☆】として頑張っている。
 はしゃぎだしそうなリコに、沙幸は唇の前で人差し指を立てた。
「しー。騒いだら見つかるでしょ」
「いっけない。とにかく着替えてみなきゃ」
「なら、わたくしは外で見張っていますわ」
 美海はトイレの外に出ていく。
 リコは着替え用のボードを引き出して、それに乗る。
「入るかなー。男のコの服が小さかったりしたら、けっこうショックかも」
「大丈夫よ! ほら、サラシだって用意してきたんだから」
 ぽんぽんと上半身の服を脱いだリコに、沙幸がサラシをまき始める。
「はーい、息を吐いて。思いっきり巻くよ!」
「ぎづいぎづい〜」
「告白のためでしょ! がまんがまん♪」
 沙幸は笑顔でサラシをリコの胸に巻いていく。リコは、はあとため息をついた。
「今日ほど、ひんぬーで良かったと思った事はないわねー……」
「えー? でも成長期なんだから、これから大きくなるわよ」
「そうは言ってもさー」
 むにん。リコは沙幸の大きな胸をつかんだ。
「きゃあぁっ! も、もう! 何するの?!」
 思わずサラシを手放し、自分の胸を両腕でガードする沙幸。リコは悲しそうに言う。
「同い年なのに沙幸の胸は、こーんなでっかいのにー。しくしく。と言う訳で、さわらせろー」
「何が『と言う訳で』よ! きゃあ! ダメだったらー」
 と、ふざけていたリコは背後に、ものすごい殺気を感じた。恐る恐る振り返ると、おどろ線を背負った美海がものすごい形相で、リコに迫っていた。
「わたくしの沙幸さんに手を出さないでくださいますーーーー?!」
「うきゃー! ごめんなさい、ごめんなさいっ」
 沙幸は拳を握り、怒りを抑えた調子で言う。
「途中でふざけるから、サラシがとけちゃったでしょ! お見舞いの時間は決まってるんだから、とっとと着替える!」
「は、はーい」



「ほーら、かわいい男の子に大変身〜☆」
 沙幸に付き添われ、薔薇の学舎の制服に身を包んだリコがチーム高根沢の皆の前に出てくる。
「どう? 似合ってるかな」
 リコのパートナー、ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)がほほ笑んだ。
「髪型もショートカットだし、可愛らしい男の子に見えるわよ」
「……喜んでいいのか、女らしくないと悲しんでいいのか」
 ジークリンデは褒めたのだが、リコは少々複雑な表情だ。
「そうそう、他にもリコに協力してくれる人が見つかったわよ」
 ジークリンデが言う。
 白波理沙(しらなみ・りさ)たちが、リコに協力して囮役をかって出たのだ。
「うわー、ありがとう」
 リコは嬉しそうだ。


 メンバーの中で唯一、微妙な表情を浮かべているのはウルフィナ・ロキセン(うるふぃな・ろきせん)だ。ウルフィナも砕音に想いを寄せており、以前から彼を巡って何かとリコと張り合ってきた仲である。
「ううー。お見舞いにリコちゃんも来るんだ? せっかく誰にも邪魔されずに砕音先生とラブラブできるチャンスだと思ったのにー」
 彼女も、パートナーの剣崎誠(けんざき・まこと)の蒼空学園の男子制服をぶん捕って着用している。誠は研修参加者として、この見舞いに同行を認められていた。
 ウルフィナには誠の制服はかなりブカブカで、ズボンのスソや袖は何重にも折りまくっている。何か聞かれたら、
「これから成長するんだから、大きいほうがいいって言われたんだもん!」
 と押し通すつもりだ。
 リコはウルフィナに、んべっと舌を出す。
「ふーんだ。ウルフィナばっかり会わせるもんですか!」
「な、なにをー。リコちゃんには負けないもん!」
「あたしだって負けないわよ!」
 いつもの張り合いが始まった。がため息をつく。
「おまえら、これから協力して病院に潜入するんだ。少しは自重しろ」
「ううう〜〜〜」×2
 誠に注意され、二人は「ふんっ」と互いに、そっぽを向いた。
 リコは改めて感慨にふける。
「これで砕音先生に会いに行ける。久しぶりに会えるなー。うぅ、でも『なんで来たんだ?』とか言われたら、どうしよう……」
 リコは病院に潜入できる確信がつくと、今度は不安が沸いてきたようだ。
 あの夏祭りの夜のような、心細げな表情を浮かべている。と、葛葉翔(くずのは・しょう)は思った。彼女の肩を軽く、ぽんぽんと叩く。
「理子、悔いの無いよう、行ってこい」
 リコは少し驚くが、翔に笑顔を向けられ、にっこりと笑い返した。
「……うん! がんばってアタックしてくる」



 薔薇の学舎の一団が、聖アトラーテ病院に入っていく。他校の校長に対しては、新日章会も口出しするような事はない。
 ちょうどその時、
「よっと……」
 ジェイク・コールソン(じぇいく・こーるそん)は聖アトラーテ病院の横手にある柵を乗り越えた。
 その姿を新日章会の教師が見とがめる。
「おい! そこで何をやっている?!」
「うわ、見つかった」
 焦った声を出すジェイク。
 白波理沙(しらなみ・りさ)は「逃げるわよ、リコ!」と叫んで、リコ(?)の背を押して逃げはじめる。
「薔薇学に注意が行ってる間に潜入しようと思ったのに、失敗したわ!」
 理沙は走りながら、後ろに聞こえるように説明を怒鳴る。
 ターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)もとにかくキャーキャー言いながら一緒に逃げていく。柵から飛び降りたジェイクが、そこに合流した。
 教師が「待ちなさい!」と追ってくるが、理沙たちが待つはずもない。彼女は小声で仲間に言う。
「このまま、付かず離れずで先生たちを引っ張るわよ」
「が、頑張って走りますわ」
 リコに化けたチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は、なるべく皆の背に隠れるようにして、ただ完全には隠れないように注意しながら走った。
 チェルシーは蒼空学園制服を着て、身長をごまかすために少し高い靴をはき、髪型もツンツンにセットしている。
 ターラがぼやく。
「面白いけど、走るのはキツイわ。特に胸」
 ジェイクは急に、ターラの露出度が高い衣装がこのマラソン(?)でズレたらどうしようと心配になった。
(その時は全力でマントをかけるか……)
「さあ、リコの恋の成就のために、走って走って!」
 理沙が自分へも含めて、皆を鼓舞した。


 新日章会がチェルシーリコに気を取られたのを確認し、剣崎誠(けんざき・まこと)は男装したリコに言う。
「今だ」
「うんっ」
 リコは誠たちに隠れるようにして、薔薇の学舎の一団と共に病院の建物内に入った。

 全員がいっぺんに入るには、病室の広さも限られる。また話もしにくいので、一人もしくは数人づつで順番に砕音に面会する事になった。
 自分たちの見舞いの順番を待つ間、ウルフィナとリコは落ち着かない様子で待っていた。
 ウルフィナはそわそわと廊下を行き来しながら、笑顔の練習をしている。
 リコは潰れた髪を直すのに忙しい。顔を隠すために、学舎の帽子を深くかぶっていたためだ。