空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

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トンネル 聖冠の行方2


 ヘルにテレポートされ、五人の生徒たちがその場に現れる。
「えっえっ? なに?」
 黒河カイリ(くろかわ・かいり)は当然のように、目を丸くしている。
「お前がヘルか」
 カイリのパートナーの十六夜十夜(いざよい・とおや)が、彼女を守るように前に立つ。
「ヘルさん、久しぶりだな」
 ヘルとは顔見知りの和原樹(なぎはら・いつき)が驚きつつも、友好的に挨拶する。もっとも彼のパートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)はムッとした顔でヘルを睨んでいた。
 當間零(とうま・れい)などは戦闘中にテレポートされたので、光条兵器を振る姿勢のまま、ポカンとしている。なお彼のパートナーは連絡役としてトンネル外に待機していたので、ここには連れてこられなかった。
 状況を軽く説明した後、ヘルは言った。
「じゃあ、さっそく僕に何か言ってみよー!」
 いきなり、そんな事を明るく言われても困る。
 カイリが聞いた。
「えっと、じゃあ……女の子にも興味はありますか?」
 十夜は(友達と話でもするつもりか!)と呆れる。
「恋愛対象じゃないけど、お友達にはなれると思うよ」
(答えるなよ……)
 十夜は頭痛を覚えた。噂では色々と聞いていたが、ヘルという奴は予想以上に非常識な性格の持ち主のようだ。
 零はようやく気持ちを切り替え、ヘルに聞く。
「鏖殺寺院は何を求めているのですか?」
「そりゃ、前々から言ってるように、シャンバラの建国というか復興というかの反対だよ」
「何故、多くの人の悲願であるシャンバラの再興を妨げようとするのです?」
「その多くって、何に対しての多く? 少ない反対なら潰していいの? それに、もっと多くの反対があったらどうするのさ。現に反対してる僕たちに、お前らは少数派だから諦めるのが当然って事?」
「いえ、そういう意味ではないのですが」
 零に代わって、今度は樹が聞く。
「じゃあ、鏖殺寺院がシャンバラ建国を嫌うのは何故なんだ?」
「そりゃ昔から、ずーっと戦争してるようなものだからねぇ。相手方の力が増しちゃイヤでしょ」
「戦争? でも、どうしてテロという手段を選ぶんだい?」
「逆に聞いて悪いけど、テロってどういう意味で? そもそも僕たちは一回もテロをした覚えがないけど? 学校や首長家たちがテロだって騒いで、僕らにテロリストのレッテルを貼ってるだけじゃない?」
 するとフォルクスがイラついた様子で口を出す。
「屁理屈を言うな。鏖殺寺院は爆発物をしかけたり、人様の財産を非合法に奪っているだろう? そういう事だ」
「えー、それだったら僕らも君らのお仲間から、拉致られたり、財産奪われたり、爆発物をしかけられたりしてるよ? ……君たちのような表の存在には知らされてないだろうけどね」
 生徒たちは困惑する。樹がヘルを見つめるように、言った。
「俺としては、ヘルさん自身が鏖殺寺院がそうした暴力的な手段を使う事をどう思ってるのか、聞きたいな」
「……僕?」
 ヘルは困った顔をする。
「僕はね、うー。嫌いじゃないけど、大変な思いしてまで、そんな手段を選ばなくてもいいかなー、とか」
 カイリが今度は真面目な事を言う。
「私たちはパラミタが好きだし、鏖殺寺院の人たちもパラミタが好きでこんな事をしているんだったら、一度話し合ってみたいな」
「それは君たちが、まだパラミタについて何も知らないから言える事だと思うよ。パラミタをシャンバラに置き換えてもね」
 その返事に、カイリはしょげる。
「私たちも鏖殺寺院の人たちを一方的にテロリストなんて言って嫌っているみたいだけど、こんな状況なんとかしたいよ!」
 ヘルは苦笑して、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩くように、なでた。どういう意味なのかとカイリは戸惑う。
 零がふたたび口を開いた。
「可能ならば話し合いで解決し、シャンバラ女王が心を痛めないで済むように努められないでしょうか」
 ヘルはちょっと眉を寄せる。
「うーん。君ってシャンバラ女王がどんな人か知らないよね? そういうのって危険だよ。まあ、これから起こる事を見てれば、何か発見があるかもしれないね」
 ヘルは、ふぅっと息を吐き出すと言った。
「君たちは、ちょっと誤解してるかもしれないな。たとえ、ここで僕の気が狂って『改心』したとしても鏖殺寺院は何も変わらないよ。僕が消されて、もっと強硬派の奴が幹部に取り立てられるとかじゃない?」
 一同は押し黙る。しかし樹は聞いた。
「ヘルさんは自分の存在に迷ったりする事はないのかい? 白輝精の分身って言ってるけど、こうして話を聞いていると人格は別々みたいに感じるんだよな」
「ぬぅ。そこは『ない』としか答えようがないぞ。僕誕生以前の白輝精代々の記憶は前世で、僕と今の白輝精の間は、最近は……白輝精が言うには、姉と弟だって」
「ヘルさんから見たら?」
 樹にさらりと聞かれ、ヘルは思わず彼を軽く睨んだ。フォルクスが身構える。
 しかしヘルは、すねた様に答えた。
「ヒミツ!」
 ヘルは「もう別の人、呼ぶ」と今度は麻野樹(まの・いつき)をそこにテレポートさせる。
「へっ?! ここはぁ? ああっ、ヘル!」
 彼は戦闘でかなりボロボロになっているが、パートナーのプリースト雷堂光司(らいどう・こうじ)が彼のサポートに徹したおかげで、まだ元気は残っていた。さっそくヘルに詰め寄る。
「黄金の鍵は、薔薇の学舎に収められるはずだったんだろぉ? 鍵が学舎の物なら、王冠にだって権利はあるはず!」
 ヘルが樹に言う。
「おろ。鍵は薔薇学のじゃないよ。でもまー、情報規制が地元保安官もどきの四天王から掛かってたみたいだから、しょうがないか」
「……何の話だよぉ」
「あの鍵は、もともと金目の物目当てに古代遺跡に踏み込んだパラ実生が、守護者とかブチ殺して無理やりゲットしたものだよ。でも彼らは鍵の価値が分からなくて、街の古物商に売っぱらった。
 ただ、くだんのキャラバンの主はその鍵が、ジェイダス校長が探している物だと気づいたのさ。校長はエネルギー源のサンプルとして、鍵を求めてたようだけどね。
 キャラバンは古物商から鍵を買い取って、入手した経緯を偽ってジェイダス校長にふっかけて売りつけようとしたんだ。ひどい手段で手に入れた物を転売転売で、経緯を分からなくして売るアイテムロンダリングってところかな。
 でも校長だって馬鹿じゃない。本当にアイテムを持っているのかも分からないし、どんな手段で手に入れたかも不明。怪しいから、とにかく薔薇の学舎まで持って見せに来いって話になったの。
 で、どこにあるか分からない鍵を探す鏖殺寺院としては、それが発見されたらジェイダス校長の元に知らせが入る可能性が高いんじゃないかと思って、ヒダカたちを潜入させていたワケさ。
 ちなみに、その手続きや準備の途中でエンジェル・ブラッドが学舎にあるって分かって、僕まで潜入する事になったけどね。
 話は戻って、キャラバンが鍵を運んでるって聞いたヒダカは、それが薔薇の学舎に着く前に奪いに行ったんだよ。
 到着しちゃったら、校長や【闇の帝王】ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)やイエニチェリたちの目を盗んだり、戦う事になるからね。いくらヒダカが直接戦闘能力にかけちゃ僕より強くて、一人で一軍ぐらい相手にできるったって、さすがにそれは無理だし。
 それでヒダカがキャラバンを見つけて『貴様らの持っている鍵をよこせ』とか、いつもの調子で暗く横柄に言ったらしいのね。キャラバンも、麻薬と武器の密輸でウハウハしてた奴らでさ」
 そこで樹が、驚きの声をあげる。
「ま、麻薬と武器ぃ?! それに密輸ぅ?!」
「そそ。基本、パラ実傘下の御用商人だもん。普通のキャラバンじゃ、ICレコーダーなんてシャンバラでは高価な物を持ってるワケが無いよ。そいつらが『やかましーわ、このガキ、ぶっ殺す』みたいに襲いかかったら、ヒダカの邪霊攻撃でグシャグシャグシャ〜。はい、大全滅のできあがり、と。
 でも話を聞いたラングレイが『殺す程の事じゃない』だとか『全滅させる必要はなかった』とか……僕も全滅についちゃ、完全犯罪になって鏖殺寺院のやった事って立証するのが難しくなるから反対なんだけどね。レコーダー持っててくれて良かったよ。
 とにかくラングレイが、自分の関係する作戦で無駄な人死にが出たってショックで寝込んじゃってさー。まったく、どんなテロリストだよ。
 それで僕が、後始末するハメになってさ。キャラバン全滅を調べる、現地の保安官を自称する四天王に話を聞いたり、キャラバンメンバーそれぞれの家族を探して、今後の生活資金と見舞金を通りすがりのイイ人のフリして渡したりさー。
 なんで僕があんなに働かなきゃいけないんだか。だから、この後一ヶ月は僕、きっちりお休みをもらいますから!!」
「……何の宣言だよぉ」
 ぼやく樹。


 ヘルが、話し合いに来た生徒と話している間に、呼雪クリストファーココを呼び、ヘルの部下や話し合いの輪から離れる。
(他の誰かに話すのは嫌がるだろうか。だが俺だけでは……。この二人なら、きっと大丈夫だ。嫌ならば止めてくれ。読んでいるならば……)
 呼雪は、先程ヘルの部屋に行った時の彼の体調異変と解決法と思われるもの、そしてヘルの正体について、二人に手短に話した。



「そろそろ到着しそうだね」
 ヘルが顔をあげ、言った。
 空中から魔法のロープが現れ、話しに来た者たち、さらにココ、呼雪、クリストファーにも巻きつき、縛り上げてしまう。
「今から、君たちは人質でーす。危ないから、脇にいてね」
 もともとのヘルの部下が、彼らを一箇所にまとめ、柱から離れた場所につれていく。

 突然、柱のレリーフたちが動き始める。
 ようやく生徒たちが『門』に到着したのだ。
 聖冠の入った透明な柱の方にも、変化が起こる。柱から、透き通った姿の古代の女性騎士が現れる。
「女王の名を、みずからの利権やシャンバラ王国内の利権争いに利用しようとする簒奪者どもめ!」
 冠を我が物にしよう、利用しようという意識を感じ取って聖冠の守護者が覚醒したのだ。
 守護者とレリーフは生徒たちに襲いかかった。

 戦いをくぐりぬけて、東雲いちる(しののめ・いちる)大宮金平(おおみや・こんぺい)が柱の方に走り出てくる。
「これが女王様の冠ですね」
「おお、さすが神々しいぜ!」
 二人の前に、透明な柱に重なるように聖冠の守護者が立つ。
「よく来ました。シャンバラ女王の力にならんと志す者たちよ。あなたたちに女王が少女時代に使っていた聖冠クイーンパルサーを託しましょう。これは女王本人か、女王が冠を贈った人物に渡してください」
 いちると金平は、大きな魔力を感じた。そして理解する。
 彼らは、聖冠クイーンパルサーをその守護者より正式に託されたのだ。
 透明な柱から冠は消えている。聖冠は安全な異空間に置かれ、召還する事によってこの世界に現れるのだ。
 もっとも彼らは女王器を託されているだけなので、その能力を使う事は基本的にできないようだ。
「おおぉ、俺に勅命がくだされたッ!」
 金平はそう感動にうち震える。
 彼らに冠を託し、守護者は消えていこうとする。ヘルがそこに近づき、言った。
「五千年もの間、おつかれ。サレンディア」
 守護者の女性騎士がヘルを見る。彼に向ける口調が、多少親しげな物に変わった。
「……まさか長き任務の終わりに、またあなたに会おうとはね。あなたにも陛下をよろしく、と言った方がいいかしら?」
「会えたらの話だね。まっ、斬姫刀うんぬんからは守るよ」
 守護者はほほ笑み、そして消滅した。
 いちるがヘルに身構える。
「かっ、冠は渡しません!」
 だがヘルは素気なく返す。
「はい? それは君が『渡して』って頼まれたんだから、君がどうにか女王陛下を探して渡さなきゃダメでしょ。僕に任されても困るよ」
「え? ええと……門を開ける訳には……」
 いちるが困ってもごもご言うと、ヘルはさらに言った。
「君たちに聖冠クイーンパルサーが託された瞬間に『門』は開いたよ。これで魔剣、鎮魂岩、聖冠の三重の結界が消えて、ようやく本結界にアタックできるようになった。それでも、あと一、二ヶ月は待たないといけなそうだけど」
 いちるは頭が「?」だらけになってしまう。
 金平がヘルに聞きただす。
「鏖殺寺院は何を目覚めさせようとしているんだ?! その結界の中にいるのは……?!」
「僕らの救世主」
「……どういう意味だ?」
 金平はヘルをねめつける。ヘルは肩をすくめてみせる。
「やれやれ、言葉通りの意味なんだけどなー。
 まったく、僕としたっぱ三人に、何人がかりで襲ってこようとしてんのさ。怖いから、万一に備えて人質一人持って逃げさせてもらうよ」
 ヘルはロープで巻いたクリストファーを横抱きにし、三人の部下の少年と共にテレポートで消えた。
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)たちが残された人質に駆け寄る。
「おにいちゃんたち、無事でしたか?!」
 ファルも呼雪に駆け寄り、ロープを外しにかかる。