空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

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トンネル 直後

「わたくしたちを呼び出した、という事はメニエス様に話があっての事と受け止めてよいのでしょうか?」
 吸血鬼ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が主メニエス・レイン(めにえす・れいん)を守るように前に立ち、ヘルに聞いた。優雅な口調、物腰だが、主を守る揺ぎ無い姿勢だ。
 トンネルからヘルたちが消えた後、彼女たちも空京の一角にテレポートされたのだ。
 ヘルは軽い口調で答える。
「そうそう。始めましてだけど、メニエスの事は聞いてるよ。『ヒ』も眩んじゃうような大活躍だったそうじゃない? 第三師団についちゃ残念だったけど」
 メニエスが話そうという気配を感じてミストラルが一歩下がる。メニエスは油断のならない微笑を浮かべて、ヘルに答える。
「あたしの事をずいぶんと知っているようね? 光栄だけれど、ストーカーされていたと思うと、ちょっと気持ち悪いわ」
 メニエスの言葉に、ヘルは笑う。
「鏖殺寺院の『草』があちこちに潜んでるんだよ。彼らの報告で君の事を聞いたの。『草』は破壊工作とか一切無しで、目立たない地味で真面目な一員や一般人として振舞って、怪しまれない最低限の連絡だけを寺院に入れてるんだ」
「あら、鏖殺寺院は案外と幅広く人を配置しているのね」
 メニエスの少々意外そうな感想に、ヘルはポリポリと頭をかく。
「うーーん。配置って言うかねー。それぞれの幹部が、それぞれ勝手に活動していて横のつながりや連絡なんか無きに等しいからね。なにしろ
『五千年前の戦いの混乱期に鏖殺寺院に入りました。このたび復活したので、生前の作戦を続行します』
 って人が結構いる上に、皆して記憶が薄れてたり、喪失してるもんだから『ああ、そうですか』としか言い用がないんだ。
 この前も『え? そんな所で鏖殺寺院、活動してたっけ?』っていう、どこかの別荘で鏖殺寺院が出たって話があったくらいだしー。
 それでも鏖殺寺院としての教義に沿って行動してれば、なんとかなるでしょっていう希望的観測」
 ヘルの身もフタも無い説明だと、鏖殺寺院も実に適当な組織のように聞こえる。
 メニエスは言った。
「こうして呼ばれたという事は、もう分かっているのだと思うけど……あなたに協力できないかしら? あたしは女だからあなたを愉しませる事は出来ないけれど、女が一組居るだけでも色々融通が利くのではない?」
「うん、いいよ」
 快諾されて、逆にメニエスは戸惑う。
「鏖殺寺院の仲間にしてほしい、と言っているのだけど?」
「うん。君は実績もあるし、こうして僕の趣味を分かった上でアピってるワケで。他にもトンネルの集団の中で『鏖殺寺院に入れてー』って意識はいくつも感じたけど。
 部下や特殊アイテムや僕ら幹部の助けが無いと何もできないくせに、僕が危なくなったら後ろから切るー、みたいな雰囲気バリバリなので無視ったよ。その点、君は実行力がありそうで安心。とゆー事で、これあげる〜」
 ヘルの手から出た二本の黒い波動が、メニエスとミストラルの手に打ち込まれる。もっとも痛みは無い。その場所に、刺青のように鏖殺寺院の紋章が浮かびあがる。
「これは?」
「カオスな組織をまとめるために長アズールが新たに導入した、鏖殺寺院の証明とか手形のようなもの。それで僕と白輝精の部下って扱いね。あ、もちろん見せなくていい時は消してられるし、お好みで体の別の場所に移せるからね。それから他の鏖殺寺院の作戦やメンバーを邪魔しないように、その危険を察知するとビビビーっと痺れちゃう仕かけ。
 僕自身は今回かなり働いたから、一月くらいダラダラお休みしてリフレッシュしてるけど、白輝精の方は教導団とパラ実の争いにちょっかい出したり、ドージェとの交渉に向けて色々動くので、行ってみるといいかもね。
 じゃあ、正義の味方に捕まらないようにね〜」
 ヘルが手を振って、テレポートで消える。
 メニエスは手の紋章を見つめ、楽しそうにほほ笑んだ。
「面白くなってきたわね。クックックッ……」



 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)はとあるマンションの一室で、辺りを見回していた。どうやらヘルの新居らしい。
 ヘルの意図も分からずに、ここにテレポートされたクリストファーは、床に散らばるCDを見かねて片付ける。どう整理していいか分からず、積むだけになったが。
(ショパンのノクターンに、二胡の楽曲集……なんかイメージが違うな)
 窓から外を見ると、そこは空京のようだ。
 しばらくすると、ヘルがテレポートでやってきた。
「ごめんね、待ったー?」
 気安く抱きつくヘル。続いた言葉に、クリストファーは驚く。
「今日のところは、時間を潰したら帰った方がいいね」
「えっ、なんでだよ?!」
「クリスティーちゃんの事が心配なんでしょ?」
 ヘルに笑顔で指摘され、クリストファーは無言でうなだれる。
 パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、当初は一緒に校長会議のスタッフとして頑張っていた。だが、その会場からクリストファーが姿を消し、連絡もつかなくなった事で何事か察しているような気がした。
 ヘルはクリストファーの髪をなでながら説明する。
「僕はこれから一月ぐらい、特に仕事が無いんだよね。一応、空京に残って不測の事態に備えろって言われてるけど、ほぼお休みみたいなもんだし。
 白輝精の方はパラ実の過激派四天王とかドージェを見つけて、どうにかしたいみたいだから、鏖殺寺院メンバーとしてキャリアを積みたいなら、そっちに行った方がいいね。
 でもさーでもさー。せっかく僕がお休みなんだから、空京に残って今度、皆で一緒にどこか遊びに行かない? 二人っきりでデートもいいけどね。
 まあ、これからの事は後で考えて決めてからでいいや。
 とりあえず君は、鏖殺寺院に潜入して情報を探ったのがバレて、僕に人質として連れ去られた後に、色々と楽しまれたあげく道端にポイされたって路線でいいかな。あっ、もちろん、フリだからね! 正体を隠した僕の部下のプリーストが安全そうな奴を連れてきて発見させるから。僕もちゃんと陰から見張っててあげるから、もしそいつが変な気を出しても、空京に惨殺死体が転がるだけの話だよ」
 ヘルがクリストファーの腕に触れると、そこにアザのような後ができる。しかし痛みは無く、痺れたような感じがするだけだ。
「これでヒドイ事された証拠になるでしょ。部下のヒールで消えるしね。痛覚は消すから、それまで動きは鈍くなっちゃうんだけどねー」
「魔法でアザをつけるだけ……?」
 不満そうにクリストファーはヘルを見上げる。
「跡が無いと変でしょ、って事だよ。それに、この魔法をかけるのに接触は必要だし、体中に無いと変でしょ?」
 にまにま笑うヘルの顔を見て、クリストファーは(やっぱりヘルくんはヘルくんだったよ……)と思った。