空京

リアクション

校長会議　各校テロ

　水浸しになった会場をながめて、会場スタッフたちは呆然としている。
　しっかりセットしていた髪も綺麗なスーツもずぶ濡れになってしまったヘルローズ・ラミュロスは、半泣き半怒りだ。
「もう！　クリーニング代と美容院代、鏖殺寺院が払ってくれるんでしょうね？！」
　宮坂尤（みやさか・ゆう）は呆然と彼女に、つぶやき返す。
「それは、まあ無理だと思いますけど……この全館水浸しのフォーラム、やっぱり私たちが後始末するんですよね？」
「……私、急用を思い出したわ」
　きびすを返そうとするヘルローズの腕を、尤ががっしと止める。
「逃げないでください。一緒に掃除、頑張りましょう。人が掃除した場所をただ汚されて、私だって腹が立ってるんですよ」
「うぅ、せめて残業代くらいは出るんでしょうねー……」


　校長会議で起こったテロについて、フォーラムに問い合わせの電話が殺到する。
　校長会議開催事務局の広報部に入ったミヒャエル・ゲルデラー博士（みひゃえる・げるでらー）はアマーリエ・ホーエンハイム（あまーりえ・ほーえんはいむ）と共に、電話対応にあたる。
「教導団が武装組織を退け、人的被害は軽微に抑えられております。本日、議決するはずだった議案については後日、事務方の会合や各校校長や担当者同士の会談により順次、決めていくよう手はずを調整いたします」
「そのようなご質問にはお答えいたしかねます。ただいま電話が殺到しておりますので、ご理解とご協力をお願いいたします。失礼いたします」
　ミヒャエルたちはひっきりなしに、しゃべり続ける。


　ヴァイシャリーにある百合園女学院の事務室。
　届いた荷物や手紙の山の中から、突然、目覚まし時計らしきベルの音が響き始める。
「何かしら？」
　女学院は、やはり事務員も女性ばかりだ。居合わせた者は、いぶかしげな視線をかわす。
　新人事務員の女性が、詰まれた宅配便の箱の山に近づく。その中から、けたたましいベルの発信元らしき、ひとつの箱を選び出す。
　配送票を見ると、宛先は「桜井静香（さくらい・しずか）校長」、中身は「授業用備品」とあった。
　だが校長は、校長会議に出席するため空京に出向いている。
「とにかく、うるさいからベルは止めましょう」
　事務員は手早く包みを開けていく。
「えっ……何、これ」
　彼女は絶句した。
　包みの中には、うるさく鳴る目覚ましと共に、爆弾と思しき装置が入っていた。

　その後の調べで、爆弾は完全な物で、目覚まし時計と接続さえしていれば、ベルが鳴ると同時に大爆発を起こしていた、と判明した。時計が接続されていなかったのは、配送途中で外れたなどの理由ではなく、意図的に繋げなかったものと思われる。
　また、それらが入っていた箱の内部には、鏖殺寺院の紋章が描かれていた。


　百合園女学院で目覚まし時計が鳴り始めたのと同日同時刻。
　ツァンダの蒼空学園でも異変が起こっていた。
　校内のネットに繋いだ全コンピュータが突然、画面に「シャンバラの地を去れ」という文字を現し、直後にダウンしてしまったのだ。そのメッセージ画面には、やはり鏖殺寺院の紋章が表示されていた。
　これは御神楽環菜（みかぐら・かんな）校長に代わり、学園の留守を守っていた校長のパートナールミーナ・レバレッジ（るみーな・ればれっじ）が陣頭に立って復旧に当たり、半日後には完全復旧を果たした。
　運悪く作業中だったデータを除けばデータの損壊は見られず、またこれによるデータ流出等も認められなかった。
　原因は、地下にあるＸルートサーバと蒼空学園のネットワークの間に、何者かが割り込み、妨害をしかけたためだと、ルミーナは結論づけた。
　これが発展すれば、シャンバラにおける全ネットワークが麻痺する恐れもある。ルミーナは危機感を強め、関係者を集めて対策を練った。


　やはり同じ頃、イルミンスール魔法学校。
　図書室の侵入許可の無い場所に入り込もうとした生徒が、見咎めた教師に止められる。
「どうしたのかね？　いつも真面目な君たちが、こんな場所に入り込もうなど……」
　止められたのは、イギリス人ウィザードとそのパートナーのシャンバラ人だ。
「ここまでか……」
　シャンバラ人の青年の手に、宝珠が現れる。教師はそれが一般には使用が禁止されている爆発の魔法球と気づいた。
「なっ……何をする気だね？！　早まったマネはやめなさい！」
「早まった？　我々鏖殺寺院にこんなマネをさせるのは、元はと言えば、貴様たち女王派のせいだろう？！」
　教師は思わず、後ずさった。
「お、鏖殺寺院？！　魔法学院をたばかったのか？　君からも彼を止めてくれ！」
　教師に言われたウィザードの少女は、しかし鋭い眼光で返した。
「止める理由などないわ。国をメチャクチャにされた怒りは同じだもの」
「国って……イギリスに、そんな政変は……」
「違う！　私の本当の国は、あんたたちヨーロッパの連中に壊されたんだッ。……聞こえの良い理想を掲げたって、あんたたちが作ろうとするシャンバラ王国なんて地球上の差別と搾取の結晶じゃない！」
　彼女の黒い肌に、教師は言葉を呑む。
　そこに魔法学校のナイトの一団が駆け込んでくる。
「鏖殺寺院のテロリストとはお前たちか？！」
　教師はあわてて、振り返ってナイトたちを止めようとする。
「ま、待て！　彼らを刺激するな！」
　その背後で爆発が起きた。二人が抱き合い、魔法球を爆発させたのだ。

　ナイトやウィザードたちの懸命の鎮火作業により、図書室の被害は一地点に食い止められた。
　死者は爆発を起こした当人二人。彼らを止めようとした教師は、入院する事になったが命に別状は無かった。
　犯人二人は、イルミンスール魔法学校に普通に学生として入学していた。
　しかし彼らのうちシャンバラ人は、五千年前にも鏖殺寺院に与していたようだ。そして自身の理想に見合う者と契約し、パラミタに戻ってきたのだろう。