空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

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デモ 妨害


 デモの前に立ちふさがったのは、学校による開発と建国を支持する圧倒的多数の市民たちだった。
 現在のシャンバラで、開発反対派や地球人排斥をかかげる者はマイノリティーである。 シャンバラにおいて古代王国が滅亡した後、シャンバラ再興を夢見る人々の間でまことしやかに伝えられてきたのは、こんな伝承だ。

 いつの日にかシャンバラ女王の名のもとに、大戦で散った勇士たちが復活し、地球人の友を連れて、シャンバラの地に戻るだろう。
 そして勇士たちと地球人たちはシャンバラ王国を復興させるだろう。

 涸れた大地と化した辺境シャンバラで苦しい生活にあえぎ、パラミタの周辺各国からさげすまれ、いいように侵略の対象とされてきたシャンバラ人にとって、現在の各学校生徒たちは、まさにシャンバラ復活のために現れた救世主に他ならない。

 そして空京は、開発賛成派の総本山とも言える場所だ。
 市民や周辺住民は、シャンバラ人も出稼ぎに来た地球人も、シャンバラ開発によって日々の生活を成り立たせている。
 シャンバラ建国を話し合う会議に反対するデモがあると知って、彼らは自分たちの生活を守るために立ち上がった。
 職場を臨時休業にし、畑仕事を休んででも空京に駆けつけ、デモを妨害するために集結したのだ。
「俺たちの仕事を守れ! デモ隊は鏖殺寺院の手先だ! 帰れ帰れ!!」
「俺たちのシャンバラを守るんだ!」
 さらに市民運動家らしい青年が、仲間に向かって呼びかける。
「開発反対なんて、一部の恵まれた働かなくていい連中の奇麗事だ! 俺たち普通の農民や市民にもにも恵まれた生活を送る権利があるんだぞ!」
 空京の女性市議が、拡声器でヒステリックに怒鳴る。
「デモに加わっている学生さんたちは親御さんに恥ずかしくないんですかッ?! あなたたちの親御さんが一生懸命働いたお金で学校に通わせてもらっていながら、その願いを踏みにじるんですか?! この恩知らず!!」
 あげくに運動家が設置した壇上の上から、幼女がマイクでデモ隊にベソをかきながら言う。
「あたちのパパがお仕事しちゃダメなの? パパは皆のために、がんばってビルを建ててるのに。パパをいじめるデモなんか大きらい……うえーん!!」

 盾をかまえた空京警察の部隊が、市民とデモ隊の間に入り、バリケードを築く。
「ここでの集会は禁じられています! ただちに移動してくだい!」
「暴力は反対じゃけん」
 危険な雰囲気を感じ、パラ実生としてデモに参加していたシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が訴える。
 が、警官たちが守るのは、なんとパラ実を始めとしたデモ隊だ。
 そもそも空京警察は、怒り狂った市民からデモ隊を守るために出動していたのだ。
 集まったシャンバラ人の群集からは「警察は鏖殺寺院の手先かー?!」と怒鳴り声があげる。
 平和的に自分たちの訴えをしようとするパラ実生徒たちにとり、開発反対派や環境保護団体と一緒にデモを行なったのは失敗だった。
「開発反対派め、用心棒にパラ実なんて連れてきやがって!」
 開発派に反対する人々にとっては、パラ実の存在はそんな認識だ。
 デモに加わる佐々木真彦(ささき・まさひこ)は、カメラを手に困惑していた。運動に加わる時、彼はその中の現地人にこう言った。
「自分は日本のためではなく、パラミラの皆様のために動きます」
 だが今、デモ隊を妨害しているのは、多数のシャンバラ人たちだ。対するデモ側のうち、反日団体は地球人ばかりだ。反開発はシャンバラ、地球とまざっているが、シャンバラ人の割合はデモ反対の側の方が遥かに多い。と言うより人数が莫大で、比べ物にならない。
 いかにもシャンバラ人の商店の女将さんといった中年女性が、沿道からデモ隊に食ってかかる。
「デモ隊は校長会議妨害して、シャンバラ建国を妨害するってかい! この悪魔! 鏖殺寺院の手先!」
 するとパラ実の大代紋 忠仁が怒鳴り返す。
「誰が鏖殺寺院じゃ?! ワシらパラ実に、けったいな嫌疑をかけようたぁ、おどれらこそ鏖殺寺院の手先じゃろが!」
 なお、この大代紋忠仁は蒼空学園の大草義純(おおくさ・よしずみ)の仮の姿である。
 もっとも普段の大人しく真面目な彼の姿とはかけ離れ、黒地に赤と金の着流しを着崩して刺青をはだけさせ、腹にさらし。髪はオールバックで、伊達眼鏡を外し、雪駄履き。まさに極道の男である。
 さらに情婦大代紋 緑に化けたジェニファー・グリーン(じぇにふぁー・ぐりーん)もノリノリで、彼にはべっている。彼女は髪を染め、アップにまとめてかんざしを刺し、肌はおしろいで白く塗っている。さらに黒地に赤と銀の着物に唐傘まで。
「あたしら、こんな扱いされて黙ってられるほど、甘かないよ!」
 ジェニファーは義純に負けじと、極道を演じきる。
(このパラ実生、どこかで会った事があるような……?)
 真彦は、怒声をあげて周囲を扇動しそうな義純を、持ってきたカメラで撮る。義純がそれに気づいた。
「なに、こっち撮っとるんじゃ! 記念撮影しとらんでデモを妨害しくさる連中、撮らんかい!」
 大代紋忠仁が真彦のカメラを、グイと手で集まった群集に向ける。
「鏖殺寺院の連中の顔、押さえたったわ!」
「なにぃ?! 俺はただの八百屋だ! 鏖殺寺院のクセに何言ってやがる!」
「あっ、カメラが?!」
 真彦は、怒りに燃える市民にカメラをむしりとられ、壊された。非暴力を旨としていた真彦はなすすべがない。ほくそ笑む大代紋忠仁(義純)。
 そこにパラ実生グレン・ラングレン(ぐれん・らんぐれん)が人ごみをかきわけて現れる。
「おい、暴れたって他校の反感が厳しくなるだけだ!」
「なんじゃと?! パラ実のくせにぶちふがいないけぇのう、わしがしばきあげて、すじ通させたるわいや!」
 大代紋にどつかれてもグレンは抵抗しない。
(はっ、平和的ってのも、しんどいもんだな……!!)
 グレンはボコボコにされながら、平和の大変さを噛みしめた。
 周囲ではお互いに「鏖殺寺院め!」とののしりあいが起こっている。
 「各学園と話合いの場を持つことを希望!」と書かれたプラカードを持ってデモに参加していた房総鈍(ぼうそう・どん)は途方にくれる。
 鈍は、デモが鏖殺寺院により行なわれるのだと、大きな勘違いをしていたからだ。
 デモに参加するパラ実生徒や反開発、反日の団体も、鏖殺寺院との関わりは完全に否定しているのだが。
「えっと……テロという行為は認められないですが、話合いによって寺院側と各学園側の考えの違いについて妥協点が見つけられるかもしれません……」
 鈍は大声で言ったつもりが、周囲に気おされて、つぶやきになってしまう。
 パートナーの猫又人寺(ねこまた・ひとてら)は周囲のヒートアップに、危険を感じる。
「今日の所は、もう帰ろうでござる」


 それらの様子は、デモ隊に潜入していた教導団憲兵科宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)によって密かに小型カメラに収められていた。さすがに彼女が求めたネクタイピン程の小さなカメラは、現在のシャンバラではおいそれと手に入らなかったが、手の中に収まる程度の物なら備品として借り出せた。
 さらに祥子は疑われぬようにシュプレヒコールをあげるなど、デモの一員になりきり、扇動者の撮影に徹していた。もちろん潜入調査の旨は、事前に上に了解を取っている。
 デモ反対に集まった群衆は「校長会議を守れ!」とわめき、空京警察は彼らに「道を開けなさい」と警告を呼びかける。
 その時、乾いた銃声がパンパンと響いた。
 群集の先頭の方で、馬車の荷台に上って大騒ぎしていた男が「ぐがあ!」と悲鳴を上げて、馬車から転げ落ちる。
「キャーーーッ!!」
 ネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)が絹を裂くような悲鳴をあげる。
「警備の人間が発砲しました! 皆様、逃げてください!」
 彼女の悲鳴まじりの声に、群集はパニックを起こした。彼らは一般の市民や農民だ。荒事には慣れていない。逃げ惑う者や、逆に石や店先の商品を警察に投げつけて暴れ始める者もいる。
 警察側は盾を構えて、暴動を抑えにかかる。
「誰だ、撃った奴はー!?」
 制服組が怒鳴り散らす。
(違う……撃ったのは警察じゃないわ)
 憲兵科の祥子は目星をつけたビルに跳びこみ、無線で応援を要請しながら、階段を駆け上る。

 ビルの屋上で朱黎明(しゅ・れいめい)は、地上で暴動が広がっていく様子を満足げに眺めていた。馬車の上で騒いでいた男を撃ったのは、彼の拳銃型光条兵器だ。
 そこに祥子がたどり着いた。
「動かないで! すぐに仲間が、ッ?!」
 黎明の銃が、祥子が構えたカメラを破壊する。
「失礼。私はシャイでしてね。カメラは苦手なのですよ」
 祥子は彼を睨みつける。
「あなた……鏖殺寺院の手の者? 暴動を起こして、何を企んでいるの?!」
「それは言いがかりというものです。あのような異教、私にとって潰すべき敵でしかない。それに……こんな楽しそうなパーティーが開かれているのに、参加しない手はないでしょう?」
 黎明は鷹揚に笑うと、ひらりと手すりを乗り越え、その姿が消える。
 予想していなかった動きに祥子の反応が遅れる。だが黎明が飛び降りたのは、裏手の少し低いビルの屋上だ。そこから階段を走り降りる。
「黎明様、こちらです!」
 ネアがドレスを翻してスパイクバイクで路地に突っ込んだ。黎明がその後部シートに飛び乗ると、爆音を響かせて発進する。
 祥子は歯噛みしながらも、引き続き応援の要請を行なう。だが暴動を抑えるために警官が借り出されている現状では、犯人確保は難しいだろう。


「きゃーっ、教導団が来ました。怖いですッ」
 セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)はそんな演技をしながら、率先して騒ぎまわっていた男に抱きついた。
「うわ、馬鹿。そんなしがみついたら逃げられないだろっ」
「いやーっ、置いていかないでー!」
「ちょ、ちょっと君、そんな胸を、じゃない、カラダを、いやいや……」
 振り払うには、セリエはナイスバディすぎたようだ。
 などと、やっているうちに、空京警察の応援に出動してきたシャンバラ教導団員に取り押さえられた。
「お疲れ様でーす」
 笑顔で教導団員に挨拶するセリエ。彼女もまた、デモに潜入して警戒にあたっていた教導団員だった。

「どいたどいた! 怪我人が通るぜ!」
 伊達恭之郎(だて・きょうしろう)が怪我人に肩をかして、救護所に向かう。
 広く開いたビルの前では、地面に毛布が敷かれて臨時の救護所となっていた。
「この人の治療も頼んだぜ」
「あら、この程度の傷だったら、すぐに治るわよ、ククク……」
 プリーストの望月あかり(もちづき・あかり)は妖しい笑いを浮かべつつも、怪我人に包帯を巻いていく。ヒールの呪文は重傷者のために温存だ。
 パートナーの忌部綿姫(いんべ・わたひめ)は運ばれてくる者の多さに嫌になって、どこかに姿をくらましてしまったが、あかりは熱心に治療に励んでいる。
(さすがに死者が出たら、夢見が悪いわよね)
 恭之郎はあかりに怪我人を託すと、また他に救護が必要な者を探して走っていく。
(姫やん……オレ、姫やんのために頑張るから!)
「恭ちゃん、こっち!」
 天流女八斗(あまるめ・やと)が、恭之郎を呼ぶ。彼女は地面に座り込み、倒れた怪我人にヒールをしていた。
「とりあえずヒールはしたから、救護所に運ぼう!」
「よし、二人で支えるぞ。おっさん、もうちょっとだからな」
 恭之郎は八斗と協力して、怪我人を救護所に運ぶ。



 やがて空京警察や応援に出動した教導団により、デモに反対して集まった民衆も散り始める。
 警察はデモ側、特に反開発を掲げる団体には安全のために早期終了を呼びかけた。

「やはり本来の方向性から、校長会議に影響を与える程にはなりませんでしたか」
 平然とプレスの腕章をつけてデモの取材にあたっていたエドワード・ショウ(えどわーど・しょう)が残念そうに言う。
 カメラで空京国際学生フォーラムを狙ったエドワードは、目を細める。
「おやおや、それでもあちらは嵐となったようですね」