空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

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病院 砕音

 黒崎天音(くろさき・あまね)は病院に向かう前、鏖殺寺院の報道官ミスター・ラングレイについて調べていた。
 ラングレイは過去に一度だけ、リコが魔剣を抜いた際、人前に姿を現している。その時の映像情報は無く、目撃証言をもとに似顔絵が描かれていた。
 しかし彼が頭部に包帯を巻いていたため、黒髪という以外、その顔立ちは分かっていない。
 リコによれば、包帯の間から見えた目が青いそうだ。声の調子は、若い男のようだ。
 体型はマントにより、よく分かっていない。リコより背が高いのは確かなようだが。
 天音は、さらにラングレイによる犯行を調べたが、彼による犯行と分かっている事件はなかった。そのため捜査に携わる者の中には「ラングレイは声明を出すのが専門なのではないか」とする者もいる。


 聖アトラーテ病院。砕音の病室。
 ジェイダス観世院(じぇいだす・かんぜいん)校長が見舞いに訪れ、ベッドに身を起こした砕音は緊張の面持ちだ。
「わざわざ、ありがとうございます」
 頭を下げる彼に、ジェイダスは言った。
「君には研修でだいぶ世話になったからな。それが病状に響いたのではないかと心配したのだよ。それに我が校は最近、鏖殺寺院から徹底的に攻撃を受けていてね。君は過去に鏖殺寺院と戦った経験もあるようだ。何かアドバイスでもいただけないかな?」
「いえ、俺なんか……。えー、強いて言わせていただくなら、あなたは校長というお立場なんですから、昔はともかく今は危ない橋を渡るのは控えるべきでしょう。
 薔薇学が集中砲火を浴びたのは、各校の力関係によってフレキシブルに動くのが、鏖殺寺院にとって邪魔だったのかもしれないですね」

 黒崎天音(くろさき・あまね)は、本を一冊とA4の紙封筒を持参していた。
「研修では迷惑をかけたね。おそらく入院生活で退屈しているだろうと思って、見舞いを持ってきたよ」
 砕音に手渡した本は、分厚い車のカタログだ。付箋が2枚、別々のページに貼られている。
「この付箋は?」
 砕音の質問に、天音は意味ありげに笑みだけを返した。
 砕音は不思議そうな表情で、一つ目の付箋のページを開く。
「おー。俺の車、じゃない、俺と同じ名前の車か」
 そこにある車を見て、彼は笑顔になった。さらに、次の付箋のページを開く。
「もうひとつは何だ? ラングレイ?! ……じゃなかった。すごく似てるけど、微妙に違うな」
 砕音は少々意外そうだ。
「こんな名前の車もあったんだなー。探したら、皆や有名人の名前とか、それと似た名前の車もありそうだな。うん、ヒマ潰しするには、いい物もらった♪ ありがとう」
 砕音はにこにこしながら、天音に礼を言う。
 天音は彼がカタログを見る間、その表情を眼鏡ごしに、じっと見ていたが、本当に楽しんでいるように見える。
 天音は持っていた紙封筒も砕音に渡す。
「これは研修の感想文だよ」
「おっ、それはありがたいな。今後の授業の参考にさせてもらおう」
 砕音が封筒から紙束を出すと、間に挟まっていた紙が数枚落ちる。
「なんだ? ん、これも感想??」
 砕音は「おや」という顔から、不思議そうな表情になって天音を見た。
 紙は、爆破テロ現場の写真をプリントアウトしたものだった。天音がアングラネット上で集めたのか、かなり悲惨な光景もある。慣れていない者ならば、表情を凍らせて絶句しそうな写真だ。
 しかし砕音が動じた様子はない。天音は写真を一枚、手に取った。
「おや? これは別の調査をした時の資料だったんだけど……なぜ、ここに入ったのかな?」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が顔をしかめ、天音に言う。
「まったく、おまえは。きちんと片付けないから、こういう事になるのだ。いつも資料は使い終わったら、あった場所に戻せ、と言っているだろう? 本は出しっぱなし、服は脱ぎっぱなしで……」
 さっそく始まったブルーズのお小言に天音は苦笑しながら、砕音が拾い集めた写真を受け取る。

 他の生徒に席を譲り、天音は廊下に出た。
 彼は砕音のカルテを見たい、と思ったが、やはり患者のカルテは個人情報として厳重に守られていた。
 ジェイダス校長が天音に笑いかける。
「君は、先生の事が気になるようだな。彼は興味深い人物だから無理も無い」
 校長の笑みは謎めいていた。

 シモン・サラディーは久々に砕音に会って、少々緊張した面持ちだ。
「あの……早く良くなるよう祈ってるよ。研修の時は……迷惑かけて……すみませんでした」
 シモンはたどたどしく、それだけ言う。砕音はすまなそうに笑った。
「そんな気にするなって。白輝精のあほたれに利用されただけなんだからさ」
「その事だけどさ。ヘルって白輝精って人とは違うような気がするんだ。特に彼から何かを教えてもらったワケじゃないけど、今思うと意味ありげに『僕は僕だから』って言ってたなぁって思って」
「あいつの事を恨んだりしてないのか?」
 砕音に聞かれ、シモンは少し考えて言った。
「……下心があったからなんだろうけど……それでも、誰にも理解してもらえなかった時に、優しくしてもらったから。そんなに恨んでない、と思う」
 淡々と告げたシモンに、砕音は優しく笑いかけた。
「そうか。参考にさせてもらうよ。変な事を聞いて悪かった。ありがとうな」

 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は研修生として、この見舞いに同行していた。
 参加する際には、彼らしくジェイダス校長にも同行の礼を言っている。
 エメは砕音にも礼を言う。
「石化された際には先生に治していただいて助かりました。
 そうそう、手紙をしたためて来たので、読んでいただけますか」
「いえいえ、俺こそ、あの時は色々助けられたよ」
 砕音は手紙を開けて、読み始める。
 内容は礼を再度と、見舞い目的ではない事の詫びが書かれている。
 そして『門』が開くとどうなるのか、また止める手段を知りたい、とあった。

「先生が全てを知っているとは思いませんが、他に相談出来る相手がいないのです。
 止め方、開いていた場合の門の閉め方をどうか教えていただけないでしょうか。
 問題ないなら、ここで口頭で。もしくは、余白に書いて渡してください。
 本当に正しい事、皆を護る為なら躊躇しません」

 砕音はしばらく考える。
「……これって病院の門って事はないよなー。守衛さんが普通に閉めると思うし。
 鏖殺寺院が空京で何かやってるようなのは感じてるからな。
 んー……彼らの目論見が発動した時に、それから空京を守る方法をちょっと探してみるな。魔法学校の方が、遥かに専門って気もするけどな。俺はこんな状態なんで、アナンセに動いてもらうよ。
 場合によったら、皆にも手伝ってもらうような事になるかもしれない」
 砕音は彼のパートナーのアナンセ・クワク(あなんせ・くわく)に何事か頼む事に決めたようだ。
 エメと一緒に来た片倉蒼(かたくら・そう)が砕音に、見舞いとして饅頭詰め合わせを渡す。
「これ、食べて少しでも元気になってくださいね。
 先生には、今後は幸せになって欲しいんです。
 精神の安定が一番の薬だから、まず自分が愛されている事、愛される価値が自分にある事を信じて欲しいんです」
 蒼に言われ、砕音は少々驚いたようだったが、こくりとうなずく。
「ああ、ありがとう」
 蒼は、ふふっと笑う。
「先生が一番会いたがってる人が、後でお見舞いに来られるらしいですから、素直に甘えてくださいね」
「え。あ、そうなんだ。来るんだー」
 蒼に言われて、砕音の頬が赤らみ、自然と嬉しそうな顔になってしまう。


 そしてリコたちが、見舞いにやってくる。
 (詳細、次ページ)


 見舞い客たちが帰った頃、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、アイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)と共に、聖アトラーテ病院を訪れた。
 まずは受付に行って、聞いてみる。
「あー、ラルクって者なんだが……砕音から話は通ってると思うんだが……いいんだよな?」
「ああ! お話は聞いていますよ。そうですか、あなたが噂の恋人さん……。アントゥルースさんから伺ってますよ」
 やはり話はちゃんと通っていたようだ。
 そのまま「さあさあさあ」という調子で医師の元まで通される。怪訝そうなラルクに、医師が説明する。
 話によると、砕音の病状は見かけほど良い状態ではないそうだ。
 パートナー死亡の際に脳に傷を負い、それが今後にどんな異常を引き起こすか分からない、という。
 それでも今は安定しているので、あまりストレスや負担はかけないように、と注意された。

 それらを聞いたラルクは、深刻な顔で砕音の病室の前まで行く。
「っと、アインはすまねぇがここで待っててくれな。帰っててもいいからよ」
 ラルクが恋人と二人きりになりたいのを察して、アインはうなずいた。
「分かった。オレは外で見張ってる事にする。なにやら嫌な予感がするしな」

 ラルクが威勢の良い声と共に、砕音の病室に入った。
「おっす!砕音元気か!見舞いに来たぜ!!」
 砕音は恋人を見て、表情を輝かせる。
「ラルク! 来てくれたんだ。ちょっと見ない間に、逞しくなった気がするな」
「砕音……俺はもっともっと強くなる。お前を守れるぐらいにな!」
 ラルクは彼を強く抱きしめた。医師からあんな話を聞いた後だ。腕の中の砕音は、少しばかり細くなったような気もする。
「砕音、頼み事があれば、何でも言ってくれな! 俺、何でもするからよ!!」
 ラルクの勢いに砕音は少し驚きながらも、嬉しそうに言う。
「……だったら、これから数日でいいから、ずっと側にいて欲しいな……。でも無理はしてくれるなよ?」
 だがラルクは鷹揚に笑った。
「なんだ、そんな事なら、とっくに泊まりこんで看病するつもりだったぜ! さっき医者の先生からも許可もらったしな!」
 ラルクは見舞いの果物と共に、持ってきたとお泊り用具を見せる。砕音は嬉しそうだ。「よかった。なんだか裏のビルじゃ明日の会議で妨害予告されたとかでピリピリムードだし、明日は俺、検査用の機械とか色々入らないといけないから不安でなー」
「大丈夫だ、砕音。俺がついてる」
「うん……頼りにしてる」
 ラルクは心配げに砕音をのぞきこんだ。明るく振舞っているが、疲労の色が濃い。
「それよか、もう休んだ方がいいんじゃないか?」
「そうだな。ほんとに……今日は色々あって疲れたから……」
 砕音は大きく息を吐き出し、ラルクに身を預ける。
「へへ……砕音、思いっきり甘えていいぜ」
「うん……」
 砕音はラルクに甘えるように頬をすりつける。そして、しばらくすると、そのまま寝息を立て始めてしまった。


 翌日、砕音は大型の機械で検査となった。ラルクも付き添う事になる。
(こりゃ、エムアールなんとかってタグイの機械かねぇ。よく分からんな)
 砕音は薬で朦朧としているようだ。
 しばらく機械にかけられていると、うなされ始める。
「砕音、しっかりしろ。俺はここにいるぞ」
 ラルクが砕音の手を握ると、彼は焦点のおぼつかない目を開く。その瞳から、涙がこぼれる。
「ラルク……ごめんな。俺……おまえにだったら殺されるから……ッ」
「な、なに言ってんだ?! とんでもねぇ事、言うなって」
 ラルクが砕音を抱きしめると、彼はそのまま崩れるように意識を失う。周囲の看護士があわてて介抱する。

 同じ頃、アインは裏手のフォーラムをじっと見ていた。
 銃声が聞こえる。そこから見える教導団員の動きもあわただしい。何事か起きているのは確実だ。
(きな臭いな……。こちらにまで戦火が広がらねばいいが)」
 アインは厳しい表情で、見張りを続けた。

 なお、検査終了後、砕音はへこみながらラルクに謝ったという。
「うなされて妙な事、言ってごめん……。気持ちはあの通りなんだけどな……」