空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

リアクション



トンネル その夜以降


 どことも知れぬ暗い場所。闇に無数のスクリーンが浮いている。
 鏖殺寺院のヘル・ラージャはスクリーンのひとつを覗きこんで、ため息をついた。
「これも違う、か……。……?!」
 突然、背後に人影が現れた。
「くそへび、白輝精のIDで入りこんで何をしてる?」
 現れたのは鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイだ。さすがに同僚(?)相手には、いつもの丁寧な口調ではないようだ。
 ヘルはムッとした調子で言う。
「白輝精も僕も、くそへび扱い? それじゃ、どっちがどっちだか分かんないよ」
「なら、くそへび(雌)とくそへび(雄)で、問題解決だな」
 ひどい言い様に、ヘルはむくれた様子で聞く。
「で? なんで僕がここにいるって分かったんだよ?」
「ここの管理者は俺だ。不審なアクセスがあれば、すぐ分かる」
 そう言われても、あまりコンピュータに詳しくないヘルにはピンと来ない。ラングレイは更に言う。
「そもそも、ここにある情報は白輝精や鏖殺博士や長の知識の焼き直しだ。おまえが探ったところで新発見は、そう無いだろう。見なかった事にしてやるから、とっとと帰れ」
「ちぇーっ、なんだよ、その扱い。君の秘密を守るために、僕がどんだけ気をもんだと思ってるんだよ」
 しかしラングレイは言い負けない。
「話に聞いた限りじゃ、今回程度の事なら、おまえの口先のうまさで『さて、どうだろうね』とか、いくらでもはぐらかしようがあったんじゃないか? 逆に、おまえ程の二枚舌が、何をあわてふためいて自滅しているのかが疑問だ」
 ヘルは視線を落とした。
「……彼は、そんな口先で誤魔化せるような相手じゃないよ」
 いつになく陰りがある表情でヘルは言った。それを見てとったラングレイは、ふっと笑う。
「なるほど。口先で誤魔化したくない相手だったか」
「なっ……?!」
 ヘルがギョッとして顔を上げると、ラングレイが笑みを浮かべている。それが人の悪い笑みではなく、優しいほほ笑みだったので、ヘルは面食らった。
 ラングレイは言う。
「バレたって、俺が悪いって分かるだけで、おまえがジタバタするような事じゃないだろ?」
「白輝精は、君の手段が減るのは嫌がるよ。それに……君に辛い思いはさせたくないんだよ、彼女なりに」
 ラングレイは憮然とした顔になる。
「そのお節介は、校長会議対策で発揮して欲しかったがな。まあ、おまえが白輝精とヘル・ラージャ自身の想いの間で板ばさみになってるのは分かった」
「……」
 ヘルは黙りこくる。ラングレイがやにわに銃を抜き、彼につきつけた。さすがのヘルも驚きを隠せない。
「何?!」
「救世主復活のゴタゴタで、劣化した分身が暴走したので俺が始末した……という案なら行けるかもな」
 その言葉が意味する事に思い至り、ヘルはラングレイの顔をまじまじと見る。だが相変わらずラングレイは思考を読ませない。
「案って……。白輝精には僕の状態が丸分かりだよ。そんな話、通じるワケない」
「俺とあいつの間で取引が成立すればいいって話だ。上や下には、事務的報告で済ます。鏖殺博士がこんな事に口を出すハズもないしな」
 ヘルはラングレイをねめつけ、やがて言った。
「……君は、ひどいね。優しく手を差し伸べるポーズで、僕をダシにして白輝精の立ち居地を探る気か」
「だが、おまえにもメリットはあるだろう?」
 ヘルは答えない。ラングレイは銃をしまいながら言う。
「救世主祭りまで、一月以上は時間が空くから考えておけ。……まぁ、俺としちゃ、くそへびの方が煮詰まって爆発しそうってな面白いモン見れただけでヨシとしとこう」
「君、いい加減、言葉が悪いぞ」
 うなるヘルの肩を、ラングレイが軽く叩く。
「一人で鬱々と考えこんだって、ろくな事にならないぞ。まわりの力を貸してくれそうな奴に、それとなく相談してみたらいい」
「よっ、よくもまあ君がそんな事をヌケヌケと言え……あうぅ」
 ヘルが言い終わる前に、その姿が消える。ラングレイが彼をその空間から強制排除したのだ。
(これは『同病、相憐れむ』って言えるのかね?)
 ラングレイは煌くスクリーンをながめ、ふと思った。



 深夜。ヘルはいらだたしげに、もう何度目になるか分からない寝返りを打つ。
 そうやって一人でベッドに横になっていると、自分の物でない過去の記憶が次々と思い出され、押し潰されそうな気持ちになる。
 前に和原樹(なぎはら・いつき)が気にかけていた通りの状態だ。
 ついに辛抱を切らして、ヘルは上体を起こす。そしてベッド脇のサイドテーブルに置いた携帯電話を手に取った。
 しばらく適当に様々な画面を出していたが、ある電話番号を表示させたところで手が止まる。だが時刻表示を見れば、今が電話に適した時間でないのは一目瞭然だ。
 ヘルは大きく息を吐いた。と、力加減を誤って指が通話ボタンを押してしまう。「発信中」と表示された画面を見て、ヘルはあわてた。まだ携帯電話を新しい物に変えて、いくらも経っていない。まごまごしながら、どうにか電話を切る。
(何してんだ、僕は)
 ヘルは肩をすくめ、携帯電話をサイドテーブルに戻し、またベッドに横になった。
 だが、いくらもしないうちに携帯の着信音が鳴り響き、ヘルは飛び起きる。そろそろと携帯を手に取って見ると、やはり今しがた電話を誤発信してしまった相手からだ。
 ヘルは電話に出て、努めて明るい声で言う。
「もしもしー。やあ、ごめんねー。ちょっと手がすべってワン切っちゃったよ」
 電話の向こうで、ため息が聞こえたような気がした。ヘルはそれで、さらに言葉を重ねる。
「起こしちゃったかな。いやー、悪いね。最近のケータイってボタンがいっぱいあって、難しいんだよねー」
 我ながら意味不明な事を言っている、とヘルは思った。そろそろ冷たい言葉のひとつも浴びせられるかと構えていると、電話の相手が言葉を発した。
「案外、元気そうだな。また、どこか痛くなったのかと思って……驚いたぞ」
 早川呼雪(はやかわ・こゆき)は言葉の最後で、少し迷ってからそう言った。先程の息は呆れのため息ではなく、ホッと息をついたもののようだ。
 ヘルは安心しつつも、何を言ったらいいのか困った。
「あー、そういう訳じゃないんだ。ホントにミスだから……」
 言葉が途切れる。沈黙の後、呼雪が聞いた。
「眠れないのか?」
「……うん」
 ヘルの返事は、力が無かった。



 呼雪がフロからあがり、ダイニングキッチンに向かうと、ヘルが鼻歌まじりに料理をしていた。どうやらパスタのようだ。
 テーブルに目をやると、すでに目玉焼きやサラダ、スープが並んでいる。トースターにも分厚い食パンがセットされていた。その横にはドーナツも。
(なんだ、この取り留めのない食卓は? 朝食兼昼食兼三時のオヤツと言う事か……)
 呼雪は壁の時計を見て思う。広い窓から差し込む陽光も、午後の柔らかい光だ。
 深夜の電話の後、ヘルはテレポートで部屋に呼雪を呼びよせたのだ。

 やがてヘルが、皿に盛ったパスタを運んでくる。
「お待ちどー。ありゃ、やっぱ呼雪には僕の服じゃ、でっかいか」
 呼雪はヘルの服の中から、なるべくマトモな物を見繕って借りていた。
「これだけ体格差があるんだ。当然だろう?」
 素気無く返す呼雪の前に、ヘルは山盛りのパスタを置く。
「君は、もうちょっと食べた方がいいよ。今朝、改めて『壊しそうで怖いな』って思った」
「……あれでか?」
 呼雪の視線が冷たい。ヘルは肩を落とすと、テーブルに手と額をつけて謝った。
「ごめんなさい」
 シャンバラ教導団や空京警察などが見たら、驚きでアゴが落ちそうな光景である。
 頭を下げられて、呼雪も少々困る。
「そう言うお前こそ、体のために、ちゃんとバランスを考えて食べた方がいいんじゃないか? ……あれは栄養の問題とは違うのかもしれないが」
「んーとね。……白輝精と僕の同調率とか心の栄養とか魔力の現在量とかによる」
 ようやくヘルが白状した。心情の変化があったのだろう。
 それでも、あまり話したくない事なのか、ヘルは別の話を始める。
「それよりさ、今度、クリストファーとかココとか皆の友達も誘って、遊園地に遊びに行かない? ちょうど今、ハロウィンイベント中だから、僕もガッツリ仮装して行けば正体バレないと思うしー」
 ヘルの突拍子もない発言に、呼雪はいつもながら呆れる。
「お前に鏖殺寺院幹部としての自覚は無いのか?」
 しかしヘルはお気楽に答える。
「だって僕、任務はお休みだもーん。もし騒いだり襲ってくる奴がいたら、記憶をちょっと消して、強制テレポートでお池にどぼーん! だよ。イベントが中止になったヤダから、基本、遊園地や他のお客さんには迷惑かけずに穏便に済ませる方向で。
 それとさ。呼雪、もう誕生日でしょ? 話を聞いたらココとそのオマケのバンバラバンバン人(シャンバラ人のスガヤキラ(すがや・きら)の事と思われる)も誕生日が近いっていうから、遊園地内のパーティルームを借り切って合同でお祝いしよーよ。プレゼントは、僕が裸にリボンだけを巻いて『プレゼントは僕!』でいいかなっ?」
「……人を集めるつもりなら、それはやめておけ」
 呼雪は軽く眩暈を感じて、止めておく。
 ヘルは聞いているのかどうか、まだ話を続ける。
「そうだ。智彦も連れてきていいかな? 表向き、僕のパートナーって事になってた、あほゴーレムの黒田智彦(くろだ・ともひこ)だよ。今にして思うと、あいつにも友達を見つけてやればよかったって思うんだよね。まあ、智彦本人は人形と同じだから、なんも分かっちゃいないと思うけど」
「そうか? 天使像にも恋人ができた程だ。一概に無いとは言い切れないだろう」
「いやん。それ、僕のトラウマ〜」
 呼雪の指摘に、ヘルは耳をふさぐジェスチャーをする。そのふざけた様子に、呼雪は言う。
「しかし教導団とパラ実が衝突寸前だというのに、鏖殺寺院の幹部が遊園地や誕生日ではしゃいでいるとは……。案外、そんなモノなのか?」
 ヘルは口先を尖らせる。
「えー、いいじゃん。僕だって……今のうちに思い出を作っておきたいからね」
「え……」
 呼雪の手からすべり落ちたフォークが皿とぶつかって、ガチャンと音を立てる。
 ヘルはちょっと驚いてから、苦笑して言う。
「あのね。救世主ちゃんが降臨したらメチャ忙しくなりそうだから、今のうちに目一杯、遊んでおこうって言ってるの。……なんて顔してんの、呼雪」
 ヘルの姿が突然、消える。と、呼雪の背後に現れて彼に抱きついた。
「わーい、呼雪が僕と同じシャンプーの香りになったよー♪」
「あのなぁ……」
(また、はぐらかす気か……)
 能天気な言葉に、呼雪は呆れ、また諦めに近く思う。ヘルがその耳元で言った。
「ラングレイが力を貸してくれるかもしれないって」
「?!」
 呼雪が見上げると、ヘルは応えるように笑いかける。
「だから、僕の『痛くなる』のは、しばらく平気だと思うよ」