空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

リアクション



トンネル ヒダカ


 ローグとして、トンネルを進む生徒たちの前方を歩いていた北条御影(ほうじょう・みかげ)は、前方から尋常でない気配が近づくのに気づいた。
「前から来る! 隠れろッ!」
 その言葉が終わるかどうかのうちに、無数の邪霊がつぶてのように生徒たちを襲う。マシンガンでも撃ちこまれた様な被害が出る。
 御影はとっさに隠れた岩陰から飛び出し、味方が立て直す時間をわずかでも作ろうとする。
「そちらから出て来てくれるとはな。手間が省けたぜ」
 闇を割るようにヒダカ・ラクシャーサと英霊真田 幸村(さなだ・ゆきむら)が現れた。幸村が言う。
「事情が変わってな」
 それにかまわずヒダカが、邪霊を一気に解き放つ。
 神城乾(かみしろ・けん)はヒダカに憎しみを抱き、突撃するも邪霊に体を撃ち抜かれる。
 乾は心では(諦めない! 攻撃をやめない!)と思うが、気持ちでどうなるものでもない。
 パートナーのアニア・バーンスタイン(あにあ・ばーんすたいん)を、危険だからと置いてきたのは正解だろう。
「だ、大丈夫?!」
 邪霊の攻撃を避けながらセス・ヘルムズ(せす・へるむず)が、乾にヒールをする。
 乾は地面に這いながらも、ヒダカに怒鳴ろった。
「なんで殺した?! なんでこんな事するんだ?!」
 それまで戦いは邪霊に任せ、生気なく立っていただけのヒダカが、ちらりと下を、乾を見た。
「……地球の国々を滅ぼしたシャンバラ王国を滅ぼすために決まっている……!」
 淡々とした口調に、かすかに憎悪が乗る。
「なに……?!」
 乾は言われた意味が分からず困惑する。
 アラン・ブラック(あらん・ぶらっく)は、ヒダカに付き添う幸村を彼から引き剥がして分断しようと剣を振るっていた。
 だが幸村は背後にヒダカを守ることに専念しているようで、アランが下がると追っては来ない。
 村雨焔(むらさめ・ほむら)も幸村と切り結び、言う。
「真田幸村ともあろう者が子供と共でなくては戦えぬか?」
「己の守護する主の側を離れる気は無い」
 当然のように答えられた。
「援護します」
 アランが焔の背後を守りに来る。これで多少は話す余裕ができる。
 また幸村が自分から打って出る気配は無い。それを察し、焔はさらに聞いた。
「なぜ、このような行動、テロ行為やキャラバン虐殺などに手を貸すのか。武人とは庶人の楯となり矛となり守るのが役目ではないのか?」
「『てろ』とは、よく分からぬ言葉だが……我らが主君を滅ぼした徳川への恨みが、俺を怨霊へと変えた!」
 焔は剣を払われる。剣を握った手に痺れを感じる。
 アランがとっさに焔の守りに入り、邪霊から彼をかばう。
 アリシア・ノース(ありしあ・のーす)が少し涙を浮かべた怒りの表情で、邪霊にバニッシュを打つ。
「焔をいじめるなー!! 大丈夫だよ、焔。私がついてる!」
 さすがにバニッシュは邪霊によく効く。
 焔は剣を握り直した。仲間の気持ちがありがたい。
「その身を怨霊に落としたと言うのなら、我が身にかけて払うまで!」

 ヒダカは乱戦を前に、気のない調子でたたずんでいる。何をしているようにも見えないが、邪霊は次から次へと現れ、生徒たちに襲いかかる。
「まとめて、ここで死ね……」
 おもむろにヒダカが、手に持つ錆びた刀を振り上げようとする。
 影の中から、何かが飛んだ。無数の闇でできた蛇が飛び出し、ヒダカの腕に巻きついた。
「なに……?! 邪魔をするのか、ヘル……」
 何事か起きかけているのを察し、生徒たちがヒダカに迫ろうとする。
 その中に、パートナーの守護天使早瀬重治(はやせ・しげはる)に守られ、ヘレトゥレイン・ラクシャーサ(へれとぅれいん・らくしゃーさ)がいた。ヘレトゥレインはヒダカに怒鳴る。
「いい加減になさい! 貴方が私の親戚だと思うと、とても情けないですわ!」
 重治は戦闘中で無ければ、額を押さえていただろう。
(たぶん違うじゃろうて。ヘレンも早く勘違いに気づいてくれればよいのじゃが)
 彼女は、ヒダカが自分と同じ「ラクシャーサ」という姓であるため、すっかり遠い親戚だと思い込んでいたのだ。
 しかし、それまで生気の無かったヒダカが、彼女の言葉を聞きつけてハッとする。
 それに応じて邪霊が壁となって動き、ヘレトゥレインたちと他の生徒を分けた。彼女はそれを良い事に、ヒダカにずんずんと迫った。
「親戚一同の恥ですわ。今すぐに、こんな事はおやめなさい!」
 その説教に対し、ヒダカは愕然とした様子でつぶやく。
「親戚……だと?!」
 突然、周囲を邪霊が竜巻のように飛びまわった。幸村があわてて、そこに飛び込んでいく。
 邪霊の渦が消えると、ヒダカや幸村の姿は消えている。そしてヘレトゥレインたちも、また消えていた。
「テレポートを使うのは、ヘルだけではなかったか」
 ヒダカたちの消えた空間を見て、焔がつぶやいた。


 黒い暴風のような邪霊の渦がまわりから消えると、ヘレトゥレインと重治は林のような場所にいた。明るい日差しが、緑を輝かせている。
 トンネル内の暗がりに慣れた目では、順応するのに少々の時間を要する。
 そこは空京郊外の公園のようだ。木々はまばらで、遠くの小道にはジョギングしたり、犬を散歩させる市民が見える。
 トンネル内の出来事が、まるで幻だったかのようだ。
 しかし彼女たちの前に、ヒダカがいた。
「親戚とは、どういう事だ?」
 ヒダカがヘレトゥレインを睨むように言う。だがヘレトゥレインも負けてはいない。
「あなたを見過ごしたとあっては、ドイツに居る両親に顔向け出来ません! ラクシャーサ家の恥ですわ!」
 ヒダカはあきらかに落胆して、うつむいた。
「ドイツ……? いや、違う……。ラクシャーサは……俺に戦い方を教えた師匠の姓だ。親戚じゃない……」
「あら、そうでしたの?」
 ヘレトゥレインは目をしばたかせた。
 少し大人しくなったヒダカをよく見ると、彼女と同じ、いや少し低いくらいの身長しかない。表情は凍ったようだが、顔立ちはまだ幼さを残している。
 ヘレトゥレインはふたたび説教を始めた。
「明るい所でよく見たら、まだ子供じゃないですか! いいですこと? 悪事などやめて家に帰りなさい!」
 ヒダカはびくりと体を震わせて、ヘレトゥレインを見た。怯えたような瞳だ。だが、すぐに彼女から視線を外す。
「……俺に、もう家などない。シャンバラ王国軍の砲撃で、家族も故郷もすべて、失った……」
 ヒダカはふらふらとした足取りで、そこを離れるように歩く。彼の周囲に現れた邪霊の渦がその姿を隠した。渦が収まると、ヒダカは消えていた。
「娘さん!」
 幸村がヘレトゥレインに近づく。
「ヘレンに何をするのじゃ!」
 重治が間に割って入らなければ、彼女の肩ぐらいはつかんでいそうな勢いだった。重治に睨まれて、幸村はさすがに踏みとどまる。改めて、言った。
「娘さん、妙な願い事だが頼まれてはくれないか? あんた、ヒダカの師匠の遥か遠い親戚という事にしておいてくれないか? 五千年も時間が空いているんだ。独逸国にまで親戚がいても、不思議では無いかもしれない、という事にしたいんだ」
「待つのじゃ。五千年とは、どういう事じゃ?」
 重治がいぶかしげに聞く。
「ヒダカは五千年前の戦いで、シャンバラ王国に滅ぼされた国の生き残りだ。シャンバラが数千年後に復活する事を知り、それを食い止めるために鏖殺寺院の施設で眠りについていたそうだ。
 さて、俺は置いていかれたようだな……。返事はまた風が向いた時にでも聞かせてくれ」
 幸村は木々の間に跳びこみ、姿を消してしまった。
「ううむ、何が何やら……」
 首をひねる重治。ヘレトゥレインもきょとんとしながら言う。
「うーん……。世の中、しっちゃかめっちゃかなのですわね……」