空京

校長室

建国の絆(第1回)

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建国の絆(第1回)

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校長会議 会議


 イルミンスール魔法学校の校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)一行がテレポートで直接、会場であるフォーラムに現れる。
 当然、お目付け役にアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)も一緒だ。


 厳重な警戒の中、校長会議が開始された。
 前日の聖冠に関する話も取りざたされる。
 だがエリザベートは退屈そうだ。教導団員がモニタを使って説明をしているが、耳に入っていない様子だ。
「ふわぁ……眠いですぅ」
 リリサイズ・エプシマティオ(りりさいず・えぷしまてぃお)が長時間の会議に備えて用意した、ふかふかのクッションにもたれ、うとうとし始める。
 今日はだて眼鏡をかけたリリサイズがエリザベートの腕を揺らし、声を潜めて注意する。
「他校の校長も見ておいでですわ。しゃんとなってくださいな」
 校長はこしこしと目をこする。リリサイズは彼女の前に、資料を広げる。そこにはエリザベート校長が読んで飽きないように、リリサイズやリヴァーヌ・ペプトミナ(りう゛ぁーぬ・ぺぷとみな)が描いた絵も描いてある。
「わ〜、へたっぴですぅ」
 その絵に注意を引かれて、少しは資料を見るエリザベート。とは言え、その内容をどこまで読んでいるかは分からないので、リリサイズは資料の内容を暗記している。必要があれば、すぐに助言できるだろう。
 講師のアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)から受け取った書類を、校長の前に押しやる。
「校長、会議は進んでいるのだから、集中を解かれないでいただきたい」
 アルツールは断固とした口調だ。予想通り生徒たちは、エリザベートに優しい声をかけたり、リラックスさせようとしている。ならば教員である彼は、心を鬼にして会議に支障が出ないようにするだけだ。
 エリザベートは「ぶぅ」とふくれながら、アルツールに促されて前方の大型モニタに目をやった。


 会議では、パラ実による被害の現状が説明される。
 特に、麻薬生産と輸送ルートの拡大が問題視された。これらは地球上にも密輸され、販路は拡大の一途だと言う。
 これを放置していては、今後の国際問題になりかねない。
 また略奪行為が最近、深刻化しているとも報告される。中には村や集落が焼き討ちされて全滅してしまった例もある。これを避けて、今後に難民が発生する恐れもある。
 パラ実生の間には大きな動きがあり、分校単位や組単位で侵略に等しい行為を行なっている。どうやら勢力を南下させようという兆しがあった。
 教導団では、これらへの取締りを徹底的に行なう事が約束された。
 なおパラ実生徒会は、これをパラ実への越権行為、逆に侵略行為だとして対決の姿勢を示している。パラ実生徒会は口実を見つけて、さらに南にパラ実の勢力地域を拡大したいようだ。
 なお、この生徒会とは、パラ実を掌握する四天王のトップに君臨するS(生徒会)級四天王の事を指している。

 教導団団長金鋭峰(じん・るいふぉん)は言う。
「我々は横暴な不良分子に脅かされる、善良なるシャンバラの民を守らねばならない。もちろん友好的な関係を求める、パラ実生については保護の対象とする」

 その団長の後ろに控えるのは、教導団のスタッフサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)だ。秘書の仕事に専念し、団長に資料や原稿などを渡している。
 無表情で仕事に徹しているようだが、その頭の中は雑念でいっぱいだ。
「団長、今日もかわいいナ
 団長かっこいいナ、ああっ喋ってル! 動いてル!
 こんな近くで団長見れて幸せ……
 団長ってば、つむじが可愛い(妄想)
 団長かわいいよ団長!」

 サミュエルのこんな想いが表に表れていたら、会議会場はズッコケが起きていただろう。
 もりろん彼は無表情にその雑念を綺麗に隠していたので、会議はエリザベートの眠気を誘う、生真面目な雰囲気のまま進行した。
 ただグリム・アルヴィル(ぐりむ・あるう゛ぃる)だけは、それを感じ取って、適宜、サミュエルを肘でこづいていた。
(サミュ、意識が散漫だぞ。団長、守るんだろ?)


 また最近、学生の間では、友好的なパラ実生だけを集めて、それをパラ実のトップと認めてはどうか、という案が取りざたされている、とも紹介された。
 だがパラ実以外の五校長により傀儡政権を建てる事は、これまで無関心や不干渉、友好的な関係だったパラ実生や四天王にまで、激しい敵対感情を抱かせかねない。
 校長会議では、ありえない事だと一蹴された。
 もっとも、こうした他校による傀儡生徒会作りや、まるでパラ実が差別でもされているような抗議運動は、今後、侵略に積極的なパラ実四天王にとっては、実に都合の良い材料として働くだろう。



 次に、議題は鏖殺寺院に移る。
 鏖殺寺院について、まず現在までに判明している事が、簡単に説明された。


【鏖殺寺院について】

・シャンバラ古王国に内乱を起こして滅亡に追い込んだ邪教。
 現在もシャンバラ建国の中止を要求。

・構成人員数は、各学校と比べても少ない数百人程度。
 もっとも生徒数の少ない薔薇の学舎よりも少ないとされる。

・逆に、構成員個々の能力は非常に高いとも言われるが、個々の能力差も大きい。

・地球人の一般構成員は、地球上でテロ組織に身を投じる境遇の者が、パラミタまで入ってきた者が多い。ただし契約者の例にもれず年齢は若い。

・少ない人員に対して、ゴブリン等を配下に従えたり、反地球的な民族を味方につけてカバーしている模様。

・組織中央が保有するシャンバラ古王国に関する知識や技術は、六首長家や各学校を超える。
 これらを有する組織幹部の戦闘力は非常に高い、と言われている。

・各地に独立する小組織が乱立しており、横同士の繋がりは希薄と思われる。
 各集団、各幹部によって、活動手段や掲げる主張に開きが認められる。

・鏖殺寺院をまとめるのは、古代から続く彼ら独自の教義である。
 だが教義に関わる事柄は秘密主義によって公にされる事は少ない。

・情報提供者、資金提供者などの協力者は、裏で相当数が存在すると思われる。

・組織の長はアズール・アデプター。
 シャンバラ古王国時代から存在する人物とされ、パラミタが再度現れる五千年の間、地球上でも何度も活動が確認されている。
 だがアズールを名乗る人物は度々変わっており、この名は組織の長が代々名乗る名前との説もあるが、詳細は不明である。

・今年2019年前半頃に一部で粛清、もしくは対立が発生。現在は鎮火の模様。


 どうも個々の細かい作戦レベルではともかく、大枠で目新たしい情報は無いようだ。
 その時、フォーラム内に警報が鳴り響いた。続いてスプリンクラーが作動、天井から大雨のごとく水が放出される。

「鏖殺寺院が襲ってきたですかぁ? 腕が鳴りますぅ」
 魔法学校校長のエリザベートが、会議中とは打って変わって楽しそうに言う。
 同校講師のアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)がぴしゃりと止める。
「このビルを吹き飛ばすおつもりか? 他の参加者の安全にも関わるのだから、警備の教導団の誘導に従い、慎重に行動なされよ」

 対する百合園女学院の桜井静香(さくらい・しずか)校長は、おびえた様子で周囲を見る。
「な、何が起こったの?」
「大丈夫です。落ち着いて行動しましょう」
 彼女を警備する教導団員の一員一色仁(いっしき・じん)がさわやかな笑顔で静香に言う。自分が焦ると護衛対象がパニックに落ちるからだ。仁は自分が怪我をしても爽やかに笑ったに違いない。
 避難経路もミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)が状況ごとに数パターンを作っており、もう頭に入っている。ミラが百合園の一行に言う。
「避難指示が出ましたら、私たちが誘導いたしますわ」


 教導団の青野武(せい・やぶ)が警報装置のスイッチに飛びつき、切ろうとする。しかし、なぜか警報は止まらない。
「これは大本から切らんと止まらぬか! 黒、そっちはどうなのだ?!」
 携帯電話ごしに黒金烏(こく・きんう)が応える。
「スプリンクラーも切る事ができません。これから水道管の方でじかに水を止めて来るであります!」



 フォーラムの上の階では、廊下に突然、一団の武装した集団が現れていた。
「本当にテレポートしてきたよぉ!」
 曖浜瑠樹(あいはま・りゅうき)は敵発見の知らせを報じる。
 その間マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は武装集団に牽制の銃撃を浴びせる。迎撃を予想していなかったのか、相手はあわてて廊下の陰に逃げ込んでいく。
 倒れた敵を見てマティエは驚く。ゴブリンだ。
 物陰に隠れた相手が、射撃を始める。それもゴブリンだった。
「りゅーき、ゴブリンがAK撃ってるよ?」
「よく仕込んだなぁ」
 感心している場合ではないのだが。
 マティエは光学迷彩を使って身を消し、別方向にまわりこむ。その間に瑠樹の報告で応援が駆けつけてくる。


 会議場では、教導団員たちが校長やスタッフをすぐに避難させようとする。
 しかし金鋭峰団長が、それを止めた。
「シャワーを怖がって血を流す愚は避けるべきだな」
 そして、上階に敵出現の知らせに、矢継ぎ早に指示を出す。
 会議の進行を手伝っていた女性士官が、団長に歩み寄る。
 銃声が響いた。
 団長をかばって女性士官の前に立ちふさがったサミュエルが、ぐらりと背後に崩れる。
「このッ!」
 グリムが女性士官に飛びかかり、銃を持った腕をねじ上げる。他の教導団員も続き、あっと言う間に武装解除して、取り押さえた。
「だ、団長は無事なのカ?」
 サミュエルが聞く。
「貴官よりは無事だ」
 耳元で言われて、サミュエルの血の気が引いた。後ろに崩れた彼を支えたのは、団長その人だったようだ。怪我よりも、そっちの方で気が遠くなりそうだ。
「衛生兵に、二階級特進させるつもりはない、と伝えておきたまえ」
 団長に言われ、サミュエルは仲間たちに運び出された。
 幸い、拳銃が護身用のもので威力もなく、校長会議にあわせてプリーストが(他校もあわせて)普段以上に集まっていた。
 金団長は何事も無かったように、ふたたび指示を出し始める。


 やがてスプリンクラーの放水が止まった。
 上の階に出現していた銃で武装したゴブリンの集団も、現れた時と同様、テレポートで消えた。
 しかし現場は水浸しで混乱しており、会議の続行は不可能とされた。
 この日に話し合われるはずだった議案は後日、関係する学校同士で個々に協議されるか、実務者同士の会合でまとめるよう取り決められる。

 出現したゴブリンは鏖殺寺院支配下の物である可能性が高いとされた。
どうやらテレポートで奇襲をしかけて、フォーラム内部を混乱させる作戦だったようだ。
 しかし曖浜瑠樹(あいはま・りゅうき)にその作戦を読まれて迎撃され、あっさりと引いたようである。
 なお、瑠樹は後日にその功績を認められて、教導団第一師団少尉に昇進となった。
 十人からの部下を与えられたが、瑠樹本人はまだ実感できていないようだ。
 もっとも第一師団で少尉であっても、他の師団に行けば、これまでと同じ士官見習いの待遇となる。

 また金鋭峰を襲った女性士官は、襲撃の事どころか、自分が校長会議のスタッフに参加が決まった頃からの記憶がごっそり抜け落ちていた。
 これも鏖殺寺院の仕業だと思われた。
(射撃の腕は高くとも、持ってるのが豆鉄砲の彼女が操られたのは不幸中の幸いだったな。他にもっとゴツイ物を持った奴が、いくらでもいたのだからな)
 グリムはホッとしていた。