空京

校長室

建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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ドージェ1


 教導団のカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)の進言により設置された義勇兵向け娯楽室は、多くの義勇兵の溜まり場となっていた。
 聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)はここでバトラーとして働いていた。
 だがパートナーのお嬢様ゆる族キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は、遊戯台で遊んでばかりだ。
 娯楽室をきりもりするカナリーが注意する。
「もう! キャンティくんも、ちょっとは手伝ってよぉ」
「あらぁ、キャンティはスプーンより重い物は持てないですぅ。そういう事はひじりんがやってくれますわぁ」
 聖が「そうですとも」と続ける。
「お嬢様はそこにいらっしゃるだけで、多くの方々の目を楽しませ、心を癒す事ができる、いわば義勇兵のマスコットキャラクターでらっしゃるのですよ」
 聖はキャンティの愛らしさを滔々と語り始める。
 だが当のキャンティは、何か視線を感じて振り返った。
 娯楽室の入口から、キャンティを、特に彼女の猫耳に熱い視線をそそぐ少女がいる。表情は乏しいが、視線は耳に釘づけだ。
 聖がその少女に気づいた。
「おや、お客様ですね。いらっしゃいませ、ティータイムにされては如何ですか? どうぞお入りになってください」
 聖に言われて、少女は警戒したような足取りながら娯楽室に入ってくる。促されるままに、近くの席に座った。シャンバラ人のようだが教導団の制服を着ている。
 キャンティが、彼女のペンダントに目をつける。革紐に、獣の黒い牙を結びつけただけの素朴なアクセサリーだが、なぜだか不気味な感じを受ける。
「これは何ですぅ?」
「宝物」
「趣味を変えた方がよろしいですわよぉ。もっと綺麗なキラキラしたアクセサリーの方が、キャンティほどじゃないにしても可愛くなりますわ」
 少女は首を横に振った。聖がやんわりと取り成す。
「宝物とおっしゃるからには、どなたかとの思い出の一品なのではないですか?」
 少女はこくりとうなずき、言った。
「バリバリするの」
 キャンティは首をかしげる。聖は聞いてみた。
「……もしや、こちらは一見アクセサリーに見えて、実はスタンガンなのでしょうか?」
「敵を、殺す」
 少女は無表情のまま答える。
 その時、娯楽室の外で声が響く。
「あーっ! いたいた!」
 技術部の少尉があわてた様子で、娯楽室に入ってくると無表情な少女に言った。
「ケイティ、勝手に出歩いてはいけないとイェルナ教授に言われているでしょう?! すまないね、カナリーちゃん。このコ、技術部の秘蔵ッコなんで連れて帰るよ」
 聖が少尉を差し止める。
「まあまあ、お茶を召し上がってからでもよいではありませんか。技術部、という事はケイティ様は日々、難しい研究に従事なさっているのでしょう?」
「いや、彼女はレゾネイターだから、どちらかというと研究され……」
 少尉は「しまった」という顔で口を塞いだ。
「きょ、教授に怒られるのでケイティは連れていくぞ!」
 来た時以上にあわてた様子で、少尉はケイティを引きずるようにして娯楽室を出ていった。


 シャンバラ大荒野に、空間を割るように長身の美女が現れる。ドレスに中国風の甲冑をまとった彼女は、鏖殺寺院鮮血隊将軍林 紅月(りん・ほんゆぇ)だ。
 付近で彼女らしい人物が目撃されたと聞き知って、張り込んでいたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が紅月に走り寄る。
「林紅月。俺の義侠の心、あんたに預けるぜ」
「なに? 次に会った時は容赦せぬ、と言ったはずだ」
「ああ、だから容赦なくこき使って貰うつもりだぜ」
 紅月は考えこんだ。
「そう解釈したか……」
 トライブは彼女が、このように真面目に物事を取る事に、自分と同じ義の心を感じていた。
 律儀に自分の名前を名乗ったり、こちらの立場を案じたりする姿を見て、林紅月という人物に惚れ込み彼女のために命を張りたいと思ったのだ。
「断られても勝手について行くぜ? 惚れ込んだ相手の力になるのに、立場や事情は関係ないからな」
 紅月は諦めたように言う。
「……仕方ない。それでは、ひとつ頼まれてはくれないだろうか? 我々は波羅蜜多実業高等学校総長ドージェ・カイラスを探している。もし、その消息をつかめたら連絡して欲しいのだ」
 実は紅月などの鏖殺寺院メンバーは、ドージェを探してシャンバラ大荒野各地を探してまわっていたのだ。
 承諾を得て、トライブは顔を輝かせる。
「じゃあ、ドージェを見つけたら連絡するから、携帯番号とアドレスを教えてくれよ」
「あい分かった」
 トライブは紅月の電話番号とメールアドレスをゲットした。

 紅月が消えると、それまで誰かにトライブを邪魔されないようにと周囲を警戒していたベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)が小走りに駆け寄る。ただし素性がバレても困るので、仮面をつけて顔は隠していた。
「うまく話ができたようじゃな」
「ああ、張り切ってドージェを探すぜ!」
「ドージェ? 鏖殺寺院はドージェなど探して何をするのじゃろうな」


 シャンバラ教導団ヒラニプラ本校。
 すでに発射台に設置されたミサイルが、空に向けてそびえ立つ。
「ぬおおおおお! 我輩を差し置いて、いつの間にこんなものを作っておったのだ!」
 シャンバラ教導団で自他共にマッドエンジニアと認める青野武(せい・やぶ)が興奮した様子で、ミサイルを見上げる。
 ミサイルとその管制室の警備にあたる沙鈴(しゃ・りん)が、彼の前に立ちはだかる。
「危険ですので、こちらより先への侵入は控えていただけますか?」
 口調は柔らかだが、侵入は固く拒む姿勢だ。
「このミサイルの技術者に話があるのだよ!」
「開発の責任者であるカリーナ・イェルネ教授は第一師団と共に前線に行かれていますわ。運用担当の技術陣なら管制室につめていますけれど」
「いないなら、いまいる者でかまわん」
 鈴は手早く管制室に面会者の旨を伝え、許可が出ると、綺羅瑠璃(きら・るー)に彼を管制室に案内するよう命じた。

「だいたいCEP(半数必中界)から考えて対人用弾道弾なるものに効果があるのか? と……」
 管制室に入るなり声高に論じ始めた野武を、技術者の一人がどうにか割って入る。
「君は誤解しているな。あれは都市間弾道弾だと言っただろう? 本来は他都市を攻撃するための兵器で、対人武器などではない。あのドージェ・カイラスを甘く見てはいけないな。奴に対人用の攻撃手段で歯が立つワケがなかろう」
「なにぃぃ?! すると、ピンポイント攻撃のための終末誘導は不要という事か!」
 もしこの場に他校生がいたら「問題なのは、そこじゃない」と突っ込んでいた事だろう。

 結局、野武は後学のためにとミサイル発射に立会う事になった。
 パートナーの英霊シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)は目を輝かせて
「これは凄い! これなら月へも行けるかもしれませんな」
 と素直に感動している。
「この程度では亜宇宙を通過するのが関の山だ。月へは行けぬよ」
 野武はなだめるよう指摘する。野武としては
(こんなトンデモ兵器に回す予算があるなら、カチューシャでも量産した方が効果が高いであろうに)
 とボヤきたい気分なのだ。
 それでもシラノは宇宙への夢をかきたてながら、仕事に励んだ。
 この都市間弾道弾は、教導団が発掘した古王国時代の要塞から見つけた魔法爆弾をベースとした兵器である。
 もっとも、誘導装置や一部の推進装置に手を加えただけで、改造と言える程の改造ではない。
 これらは経年変化や保存状態が悪かったがための劣化で、射程距離や爆破威力は制作当時の五千年前より大幅に落ちている。
 当時は、パラミタのほぼ全土を射程に収め、都市を一発で滅亡させる程の威力があったと推測されていた。
 今回、配備にこぎつけた都市間弾道弾の射程は、シャンバラ地方のすべてをカバーする事もできない。
 それでも地球上で作られた兵器が作動しないパラミタにおいては、他に類を見ない破壊力を誇る兵器である。