空京

校長室

建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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イリヤ分校1


 キマクオアシスから幹線道路沿いに南下すると、宿場町ヒビオアシスがある。古くは遊牧民同士が物々交換の市を開いていたオアシスが発展してできた町だ。
 そこまでは携帯電話も通じ、市場には様々な商品が並んでいる。
 しかし幹線道路を離れると、そこはシャンバラ大荒野らしい、道ひとつないステップや荒野が広がっていた。
 波羅蜜多実業高等学校イリヤ分校は、ヒビからそんな荒地を西に、馬で二日の地点にある。

 ヒビの市場では、パラ実への青空教室教師として派遣された砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)が買物をしていた。彼と一緒に来た生徒たちも、それぞれ買出しや情報収集に行っている。
 砕音の派遣元である蒼空学園が多少の資金を出してはいたが、井戸や用水路を作る事を考えると、心もとない金額である。
 しかも戦争状態であるため、商品の値段はいつもより高い。中には略奪されたと思しき品まで店頭に並んでいた。
 それでも市場は人々でごった返し、そこここで値段交渉が行なわれている。
「おいおい、砕音、大丈夫か?」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が太い腕で、人波に流されかけている砕音を引き寄せる。
「あぅ〜」
 砕音は、値段交渉バトルで燃え尽きたようだ。
 吹っかけられた値段を、どうにか常識的な値段まで引き下げている。これで買うべき物はすべてそろった。砕音は、事前に決めてあった生徒たちとの集合場所へ向かう事にする。
「そいつは俺が持つぜ」
 ラルクは、持っていたロープの束を肩にかけなおし、空いた腕で砕音が運ぶ包みを持ち上げる。
「ん? このくらい平気だぞ。なんか悪いしな」
 包みを取り返そうとする砕音に、ラルクはにやりと笑う。
「いいって、いいって。俺はこういう時のために、鍛えてるようなモンだからな」
 ラルクは、この前まで入院していた砕音が心配でならないのだ。【全日本番長連合総番長】の名にふさわしい力強さで、軽々と荷物を運んでいく。
 砕音は照れと嬉しさの混じった表情で、その隣に寄り添う。
「でもラルクは、前々からドージェの事が気になるって言ってただろ? つきあわせちまったようで悪いな」
「なに言ってんだ。俺はドージェの事も気になるが、それ以上に砕音の事が気になるしな」
 砕音は真っ赤になった。
 油断無く周囲に気を配っていたアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)が、二人をせかす。
「ほれほれ、早く行かないと、いつまで発っても目的地に着かんぞ。待っている奴もいるんだろう? 急いだ、急いだ」
(まったく。見ていないと、すぐいちゃつくんだから困ったものだ)
 アインは、砕音との買物でうかれた様子のラルクに、そっとため息をつく。
 戦地は遠いとはいえ、やはり周囲の人々はいつもより殺気だっている気がする。警戒するに越した事は無いだろう。
 ラルクはアインの言葉で、ある事を思い出した。
「そうだ、砕音。パラ実の復興を協力したいって仲間がいるんだが……手伝ってもらっても構わないよな?」
「ああ、もちろんだ。パラ実の生徒が力を貸してくれるなら、とても心強いぞ」

 集合場所に行くと、ラルクが呼び集めたパラ実の生徒たちが、買物を終えた生徒と共に集まっていた。
 そして、それとは別に、当然のようにあの男もいた。

「ヒャッハァー!!
 ついに性帝砕音陛下がこのパラ実の地に降臨された! 性帝軍の総力を持ってお出迎えに来たぜ!」
 ドルンドルンドルン!!

 【性帝砕音軍】を自称する南鮪(みなみ・まぐろ)が、スパイクバイクを大きくふかしながら騒ぐ。
 砕音は気圧されながらも、笑顔で礼を言う。
「や、やあ、南。迎えに来てくれて、ありがとう」
「性帝陛下にふさわしい性帝バイクを用意したぜ! 足として使ってくれ!」
 やたらと豪華な玉座付きの大型バイクが、誰も乗っていないのに自走して砕音の前に進み出る。棘々しいデコレーションを施された、バイク型機晶姫ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)だ。
 砕音は少々迷ったが、結局ハーリーに乗せてもらう事にした。やはり大型バイクに乗ってみたかったのだろう。
「そうだ、砕音先生には今のうちに、これをお渡ししておきます」
 守護天使のリオ・ソレイユ(りお・それいゆ)が、砕音に青い涙滴型の石の付いたペンダントを渡す。禁猟区のお守りである。
「貴方には、必要ないのでしょうけどね」
 苦笑して言うリオに、砕音はほほ笑む。
「そんな事ないって。俺も退院したばかりで皆に迷惑かけないか、心配だからな。心遣い、嬉しいよ。ありがとう」
 彼はリオに礼を言うと、ペンダントを首にかけた。


 買い集めた資材を、持ってきた備品と共に荷馬車に載せ、一行はヒビオアシスを発った。
 荷物を満載した荷馬車の歩みは遅く、イリヤ分校に到着するまで三日がかかる。

 イリヤ分校の分校長は、D級四天王マゼンタ・ヴィーだ。身長2m、体重100kgのマッチョな女戦士である。
 D級四天王の座を奪わんと、前分校長とタイマン勝負して勝ったはいいが、分校長としての地位と責任まで背負う事になって途方に暮れていたそうだ。
 またマゼンタは、砕音のNGO時代の知人でもあった。
 舎弟を従えて出迎えに出てきた分校長マゼンタが、やってきた一行に手を振る。
「遠路はるばる、よく来たね。会うのはミャンマー以来だね、ヒロ」
 分校長が誰に言っているのかと、きょとんとする一行の間で砕音が困った顔をする。
「ヴィー、『砕音』だ」
 マゼンタ分校長は、頭をかいてガハハと笑った。
「ああ、そうだった。本名に戻したんだっけね。あたしはずっと『ヒロヒト・トヨタ』で呼んでたから、どうも、そっちが出ちまうのさ」
 砕音は思いきり額を押さえている。
 蒼空学園の椿薫(つばき・かおる)が不思議そうに、彼に聞く。
「どういう事でござるか、先生?」
 教え子として当然の疑問に、砕音は諦めたように答える。
「……昔、NGO活動を妨害しに来るゲリラとやりあってるうちに、すっかり目をつけられたんで、安全のために偽名を名乗ってたんだ」
 マゼンタが悪気のない様子で、さらに続ける。
「当時は謎のテロ組織、今になって鏖殺寺院と分かったけど、その長アズール・アデプターとヒロが相打ちになって死んだって噂だったから、心配してたんだよ」
「……アズール・アデプターはピンピンしてるんじゃないか? 動画で見る限り」
 それでもマゼンタは、不思議そうに言う。
「でも昔は、アズールは北欧系の美青年って話だったのに、今のアズールは、香港で武器の貿易商をしてたエリオット・ウォンってオヤジだろ?」
「えー、三日間歩きづめの挙句に、出所不明な噂話を聞かされるのは辛いなー、とか言ってみる」
 砕音が苦りきった様子で言うと、マゼンタ分校長はまたガハハと笑う。
「それもそーだ。皆、荷物も置きたいよな。砕音の新しい校舎も、もう中で寝泊りくらいはできるから見てってくんな」
「は? 俺の校舎って?」
 分校長が示す方向に、高さは二階建て程だが、ピラミッドのような形状の建物がある。よく見れば、まだ建造中だ。
 材料は巨石ではなく、初期のピラミッドのような日干しレンガである。
 南鮪(みなみ・まぐろ)が作成中の小ピラミッドに駆け上がり、雄たけびをあげた。
「ヒャッハァー! 働け働けェ! お前らの純粋な血と汗を持って、性帝砕音陵を完成させるのだァ〜!」
 騒いでいる鮪の足元が、ガラガラと崩れる。
「わー!」と叫びながらレンガと共に転がり落ちる鮪。
 しかし、このピラミッド型校舎新築の資金を出したのは、鮪率いる性帝砕音軍なのだ。
 ハイドラ・佐藤(はいどら・さとう)が魔剣の遺跡で見つけた発見物を売り、彼の兄貴分である鮪がその金を、砕音の名前でイリヤ分校に新校舎代としてポンと寄付したのである。
 空京の歓楽街で仲間と遊べば一夜で泡と化す金額も、シャンバラ大荒野で日干しレンガを買うと、大きな建物の一軒や二軒は建てられるだけの量になった。
 そのレンガを使い、分校生を巻き込んでピラミッド型の校舎を自分たちで建設しているのだ。
 イリヤ分校は、もともとは泥で作った小屋や大きなテントが数十戸程集まっただけの寒村である。
 レンガ作りの立派な新校舎に、住人である生徒たちは大喜びだ。
 この分校は元々、その地に住む住民の集落だった。しかし今ではドージェを崇め、村の長を四天王とする、典型的なパラ実の村となっている。

 砕音は性帝砕音陵にぽかんとしているうちに、同行してきた生徒共々、歓待を受ける事となった。
 客人を迎える礼儀として、ご馳走が用意される。ただ、この周辺での食事は、ヤギのミルクや、鳥の足の揚げ物、トカゲの丸焼き、サソリの煮物などである。もちろん木の実や芋など植物系の物もあったが。
 一部の生徒は、いろいろ理由をあげて食事の席から消えた。
 砕音は過去のNGO活動で慣れているのか、地元パラ実生や荒野慣れした生徒と共に、それら地元の食事をパクついている。

 食事もそろそろ終わる頃、砕音は「ちょっと失礼」と小箱を持って立ち上がろうとする。パラ実生のドラゴニュートガガ・ギギ(がが・ぎぎ)が止める。
「パラ実の校舎は禁煙じゃないし、未成年の前だからって気にする事もないよ。副流煙とか気にする奴もいないし。というか、そんなの気にするのは文化的差じゃないのかね?」
 ガガが指した先では、食後の一服にキセルを吸っている地元民までいる。
「そうなのか。じゃあお言葉に甘えて」
 砕音は座りなおし、それでも風向きを気にしつつ、タバコに火をつけた。
 ガガがおもむろに彼に聞く。
「ところで、提供しようという生活の術は地球人用なのかね?」
「いや、なるべく現地の人がやってる方法に近い形にするつもりだ。現地の人が自分たちだけで出来るようにならなきゃ、なんの意味も無いからな。
 生徒の安全のために最低限の機械は使うけど、それも現地で代わりになる方法を提示しようと思ってる」
 話を聞いていたガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)
「そうしてもらえると、ありがたい」
 とうなずく。後日、砕音が帰った後でも、自分たちだけで作業を行なえるようにする事が彼の目標だ。
 ガガは小首をかしげた。
「だが荒くれのパラ実生や、一年の半分は遊牧しているような奴らに、それが浸透するのかねえ?」
 砕音はほほ笑んだ。
「やってみて合わなければ、無理にやる事は無いな。ただパラ実には、せっかく農業科もあったんだし、麻薬を栽培するくらいなら、別の農作物を作った方がいいんじゃないかと思ってね」
 ちなみにラルクや鮪が集めてきたパラ実生の中には「そう言えば、俺って農業科だったよなぁ」という者も少なくない。
 それらを聞いて、ガガはパートナーの弁天屋菊(べんてんや・きく)に目配せする。
 どうやら砕音に、イリヤ分校を他校の傀儡とする気はないようだ。
 菊はちらりと、百合園女学院から来た神倶鎚エレン(かぐづち・えれん)を見る。
 エレンは今の話を「今後の周辺住民への広報活動に活用します」と言って、さらさらメモに取っていた。
(何がどうってワケじゃないが、どうも百合園風を吹かしてるのが引っかかるんだけどねえ)
 菊の不審の目に気づいたのかどうか、エレンが顔をあげ「何か?」と尋ねる。
「いやぁ、いちいちメモるなんて、お嬢様は真面目だねぇって思ってさ」
「それ程でもありませんわ」
 エレンは穏やかに、ほほ笑んで返す。
 ちなみに、ここに至るまでにイリヤ分校の傀儡化を考える打診がニ、三あった。
 その件を砕音に丁寧に問い合わせてきたシャンバラ教導団員は、それを考えていない旨を説明すると、納得して帰っていった。
 対して、一方的に蒼空学園の利益を求めてきた者たちは、今回の活動にふさわしくないと追い返されている。
 もっとも先程の椿薫(つばき・かおる)などは、パラ実生との挨拶で
「なにか無性にお手伝いしたくてきたでござる」
 と述べるなど、純粋に支援のために来ている。
 そんな蒼学生には悪いが、それでも菊は(これだから蒼空学園の奴らは……)と思わずにいられない。
 菊は勘ぐるのはやめ、砕音に聞いた。
「で? 今回の派遣元である蒼空学園や御神楽校長の意図は何なんだい?」
「うーん。たぶん校長としては、行方不明の石原 肥満(いしはら・こえみつ)氏の手がかりを得られないか、ってところじゃないかな。
 あまり農業支援とかパラ実の授業正常化は考えてくれてなさそうだ。まず『それが我が校にどんな益をもたらすと言うの?』とか聞かれちゃうしな。
 俺は元々、春先から青空教室行きの希望は出してたんだよ。なぜか、それを根拠に薔薇学送りになったり、入院したせいで後回しになってたけど……」
 蒼空学園としては、砕音に井戸掘りよりも石原氏捜索をして欲しかったようだ。