空京

校長室

建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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誘拐事件3

 人質を奪還した事で、生徒たちは戦いやすくなった。
 カーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)も、遠慮なく戦いはじめる。
「さあ、潰してあげるわ。たった五歳の女の子を誘拐するなんて……可愛いものに酷い事をする奴らに、容赦はしないわよ?」
 カーリーのヒロイックアサルト『アマリラス・ディ・セコフ』が容赦なく、誘拐犯に浴びせられる。
「出てこい大将さんよぉ!!」
 英霊原田左之助(はらだ・さのすけ)はランスを振り回しながら、果敢に敵の間に突っこんでいく。
「兄さん、落ち着いて……!」
 後ろからパートナーの椎名真(しいな・まこと)が引きづられるように後に続き、怪我を負っても我武者羅に突進する左之助にヒールを施す。
「落ち着いてられるかってんだ! てめえ勝手な理由で女子供に手を出す野郎は、一発ぶん殴る!!」
 金龍銀龍が左之助たちに襲いかかってくる。左之助は龍の腹の下を転がるように駆けていく。真が龍の攻撃を受け止め、押しあいになる。
 と、突然、二頭の龍の姿がかき消える。
「なんだ?!」
 真の視線の先で、魔術師を殴り倒してノックアウトした左之助が怒鳴る。
「何してんだ、真! 来いっつっただろ!」
 気絶したウィザードが、目論見通りに誘拐犯のリーダーだったらしい。一気に犯人側の士気が下がる。


「もう、いいだろ! 人質もいなくなったし、SP切れになってるんじゃないか?」
 当初、話し合いをしようとしていた緋桜ケイ(ひおう・けい)が、残る誘拐犯たちに呼びかける。
「先走って攻撃した奴らを止められなくて、すまなかった。でも、これ以上、戦っても仕方ないだろう?」
 雪国ベア(ゆきぐに・べあ)も犯人たちに言う。
「ちっとは話を聞いてもいいんじゃないのか? これ以上まだ暴れるってなら、ご主人に危害が加えられる前に徹底的にぶっ飛ばすぞ」
 ベアは「ご主人」ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)を守りたいが、犯人から話を聞きたいというソアの願いもかなえたい。複雑な心境だ。
「……これ以上、戦っても意味は無いようね」
 ヴァルキリーの一人が槍を置いた。続けて、武器や杖を捨てて誘拐犯たちは投降した。


 ソアがこの状況にも関わらず、もしくは、この状況だからこそか、投降した誘拐犯たちに遠慮がちに聞いた。
「私は自分が通う魔法学校が大好きです。その生徒や先生が事件を起こしていたなんて……理由を聞きたいです。辛い思いや、複雑な思いがあるなら、聞かせて欲しいんです」
 左之助に殴られたアゴをさすりながら、犯行グループのリーダーであるウィザードが答える。彼はイルミンスール魔法学校で教鞭も取る事がある、ヨーロッパ人のウィザードだ。
「これ以上、地球的な開発をシャンバラで進められては堪らないからだ。
 地球は人間による乱開発で環境破壊が進んでいるというのに、同じような事をこの浮遊大陸でもやろうとしているのだ。
 地球の環境破壊のツケを、シャンバラの土地や資源で補うなど間違っている」
 ケイは腕組みし、息をついた。
「やっぱり鏖殺寺院じゃなく反開発団体なのか。誘拐なんてやり方じゃ、決して上手くいくはずがないぜ」
「我々だって、最初は平和的に訴えていたさ。ちゃんと正規の手続きでデモもした。だが空京の市民たちは、我々のデモ行進を暴力的な手段で妨害したのだぞ! 数をかさに、少数の意見を主張する事さえ許さない、これは言論弾圧に他ならない」
 多少興奮した様子のリーダーに、悠久ノカナタ(とわの・かなた)が、指摘する。
「しかし、デモの際に暴れた者は逮捕されたと聞くが?」
「空京警察は逮捕者を、酒を飲んで暴れた程度の罪で解放してしまったぞ。我々の主張に対する言論弾圧や人権侵害については、まったくの無視だ。デモさえ許さないとは民主主義への挑戦に他ならない」
 どうもリーダーの発言は、多少の政治色に染まっているようだ。
 カナタはそう思いつつ、また言う。
「では鏖殺寺院の名を騙って、幼子を誘拐をするのが、おぬしらの正義なのかな?」
 リーダーは一瞬、言葉に詰まるが。
「……我々の身の安全のためだ。それに、あんなテロ組織、むしろ名前を使ってやって喜んでいるのではないか?」
 今まで黙っていたヴァルキリーが言葉を続ける。
「それにユーナー嬢にしても、開発思想どっぷりの両親の元で染められているくらいなら、私たちと来て真実に目覚めた方が幸せなんじゃなくて?」
 リーダーがなんとなく言いにくそうに、つぶやく。
「しかしまあ、五歳の童女を親から奪ったのは、さすがにやりすぎたかもしれん」
「貴方は甘すぎます。幼くあろうとも、大都市の長の娘である以上は相応の覚悟を持って日々、過ごすべきなのです。ユーナー嬢のように召使にべったりで礼節も知らないのは、文明社会の毒に犯された甘えゆえです」
 そのヴァルキリーとリーダーは睨みあう。
 当然の事だが、同じ団体に所属している者どうしでも意見の食い違いはあるようだ。


「アジトにある物は、全部回収しますね」
 ホワイト・カラー(ほわいと・からー)が携帯のカメラで状況を写真に収めつつ、魔法関係の資料と思われる物をかき集める。
 生徒たちは話しあって、とりあえず表に出て、エリザベート校長なりアーデルハイトの意見も聞いてから、誘拐犯とそこに加わる魔法学校関係者の処遇を決めよう、という事になった。
「それじゃ、ユーナちゃんを早くご両親の元へ送り届けてあげましょう」
 風祭優斗(かざまつり・ゆうと)が言う。ユーナはハンナに抱きついたまま眠ってしまっていた。ユーナを送る者は、先に坑道を出る事にする。ディエムもそこに同行した。



 坑道の外に出ると、そこには武装した警察が待ち構えていた。
「犯人は投降したし、人質も無事に助け出したよ! ええと……?」
 最初は警察の姿を見て笑顔を見せた生徒たちも、固い表情の警官たちに戸惑う。数人の警官がディエムに向かって突き進む。
「グエン ディエム! 鏖殺寺院のメンバーだな! 逮捕するッ!」
 若い警部が怒鳴る。ディエムは小さく舌打ちすると身を翻した。
「撃て!」
 警部が叫ぶ。走り去ろうとするディエムに、無数の銃口が向けられる。
「危ない!」
 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が飛び出し、降り注ぐ銃弾を浴びて、ディエムと折り重なるように倒れる。
 武装警官が面食らい、撃つのをやめた。だが警部が叫ぶ。
「何してる?! テロリストはまだ生きてるぞ!」
 ディエムは全身から血を流しながら
「彼女を救ってくれ!」
 と生徒たちに叫び、小さい棒状の物体を手に持った。彼の姿がかき消える。テレポートの力を込めたアイテムだったようだ。
「ジーナ、しっかりするのだ!」
 ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)がジーナにかけよる。
 少し前にジーナが言っていた言葉が、胸に突き刺さる。
「何が正しいかはわかりませんけど、すぐ力に訴えるこんなやりかたは間違ってると思います!」
 なぜ、そんな事を訴えるジーナがこんな目に会わなければいけないのか、ガイアスの胸に悔しさがこみあげる。
 生徒たちの中でヒールを使える者が皆、ジーナにヒールを放つ。それで、どうやら命は助かったようだが、彼女の意識は戻らない。
「なんて事するの?!」
 愛沢ミサ(あいざわ・みさ)が警官たちにつめよる。だが警部が悪びれない様子で言い放つ。
「テロリストである鏖殺寺院やかばう者など、射殺されても文句は言えないだろう」
 ミサは思わず手を振り上げる。だが何れ水海(いずれ・みずうみ)がその手首を押さえた。
「止めないでよッ!」
 ミサは涙を浮かべて怒鳴るが、水海は黙って首を振る。
 警部の命令で、坑道に警官たちが走り込んでいく。
 一人の警官が、そっとミサたちに近づいた。
「警部も色々あって、手柄を立てようと躍起なんですよ。ヨーロッパ系として出世の望みが薄い教導団を出て、契約者のエリートとして空京警察に入ったのに、地上から派遣された警部や警官から『バケモノと契約した若造が』と冷遇されててねぇ」
「だからって……こんな事……」
 ミサの瞳から涙がこぼれる。水海が言う。
「全ての人が悪人でもない。全ての人が善人でもない。わかっているだろう、ミサ」
 ミサはうつむき、唇をかんだ。


 空京から来た救急用の飛空艇が、ジーナを空京市立病院に緊急搬送していく。
 廃坑前では、拘束された誘拐犯たちが警官に手荒に並べられている。
 また空京警察は、当然のようにユーナやハンナを連れていってしまった。
 生徒たちは疲れた表情で、空京に戻っていく。
 ミサは姿を消したディエムに想いを馳せる。
(次に会った時、対峙する事になるなら、俺は戦うよ。でも今日は、……良い夢見てよね)

 空京警察と警部は、どうも手柄を独占してしまったようだ。その場に居合わせた生徒たちは「巻き込まれた」か、地元の協力として報告された。
 もっとも空京市長は、そんな空京警察の説明を受けはしたが、娘の話との食い違いから事態を把握したようだ。
 ミスドのミス・ウェッソンに市長から電話が入る。
「娘たちを助けていただいた生徒さんたちに好きなだけドーナツを食べさせて上げてください。料金は私がポケットマネーで払います」

 また、犯行グループ内のイルミンスール魔法学校の生徒や教職員については、彼らが空京警察に身柄を押さえられているため、警察の判断を待って学校での処分を下す事になった。
 罪の重さによって、停学や退学、パラ実送りなどになるだろう。



 その夜。空京市立病院の個室では、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が緊急処置を施され、病室で眠っていた。
 傍らではガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が付きっきりで見守っている。
 まだジーナの体内に弾丸が残っているため、摘出のための手術が必要だそうだ。

 急にガイアスが船を漕ぎ始めた。
 病室に誰かが、音を忍ばせて入ってくる。気配を感じて、ジーナは目を開けた。
「……誰、ですか?」
 思わず聞いたが、特徴的な姿は噂に聞いていた通りだ。
 現れたのはヘル・ラージャである。ヘルは時と場所からか、声を潜めて言う。
「ディエムから話は聞いたよ。君の事、すごく心配してる。それで僕が来たんだけどね。。大丈夫、治癒魔法をかけに来ただけだから。変な魔法じゃないよ? もとは女王陛下が編み出したくらいだからね」
 ヘルはジーナの体に、そっと触れた。ジーナは暖かい力が押し寄せるのを感じた。
 やがて小さな音を立てて、シーツの上に変形した弾丸やその破片が落ちる。
 ヘルは疲れた様子ながら、ほほ笑んだ。
「これで弾は全部、取れたよ。傷も残らないから安心していいよ。代謝を活性化したから少しの間、微熱が出るけどね。
 傷が治った理由を聞かれたら、警察とかには『夢枕に女王様が……』いや、これは我ながら言いすぎなので『夢枕に坑道の守り神が現れて、治してくれた』とでも言っておいた方がいいよ。僕が来たって言うと、鏖殺寺院の協力者だと思われて逮捕されちゃうから」
 ジーナは何か言おうとするが、魔法のせいか急速に眠りに落ちていってしまう。
 ヘルは彼女に布団をかぶせ、また静かに病室を出て行こうとする。が、途中で戻って、イスで眠っているガイアスに毛布をかけると、今度こそ病室を出て行った。