空京

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建国の絆(第2回)

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建国の絆(第2回)

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空京調査1


 空京各地では、先月に見つかった地下トンネルの埋め戻し工事が盛んだ。
 地下にそのような空洞があっては、地上の建物の安全性に問題が生じるからだ。
 そのため、建設作業などは一時中断され、空洞埋め戻し作業が最優先で行なわれている。
 空京市ではトンネルを、鏖殺寺院による開発妨害工作だとして非難の姿勢を強めていた。


 先日、パラ実の青空教室に派遣された蒼空学園教師砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)は、パートナーの機晶姫アナンセ・クワク(あなんせ・くわく)に空京地下の魔道的波長を調べるように頼んでいった。
 これは鏖殺寺院が復活させようとしている「救世主」から、空京を守るための下準備だそうだ。だが、そのためには空京市内百数十箇所に調査用の機材を設置する必要があったのだ。
 この機材は携帯電話程度の大きさなので、場所によっては密かに設置する事も可能だろう。しかし砕音は教師らしく、きちんと土地の所有者や住人に許可を得て設置するように言いつけて行った。
 とは言え、アナンセは人との交渉事は苦手だ。だが困っている彼女に、非常に多くの生徒が手助けを申し出た。

 調査活動の拠点とされたのは、オフィス街にある真新しいオフィスビルのワンフロアである。砕音の活動にビルの持ち主が協賛し、一般に貸し出す前のフロアを貸したそうだ。
 アナンセはそこに、調査機材を運び込んだ。
 それを手伝ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が提案する。
「アナンセさんは、ここで管制係をしてはどうですか?」
「はい、分かりました。それならできそうです」
 アナンセは素直にうなずく。
 だがターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)が色っぽく首をかしげる。
「う〜ん、人任せにしちゃったらアナンセ、成長できないんじゃないかしら? きっと砕音先生も、アナンセにもっと人とおしゃべりするのが上手くなって欲しいって思って、この事を頼んでいったのかもしれないわよ〜?」
「そう言えば、砕音さんも『アナンセはもっと人と話した方がいい』と言っていました」
 アナンセは言う。アリアはちょっと考えてから、また提案する。
「なら始めのうちは、皆さんもアナンセさんに聞きたい事があるでしょうから管制係をして、だいたい流れがつかめてきたら、実際に頼みに行ってみてはどうでしょう?」
「やってみます。よろしくご指導ください」
 アナンセは頭を下げた。ターラが彼女の手を取って、笑いかける。
「じゃあ、頼みに出るようになったら〜、まずは私たちと一緒に行ってみましょうね。実際に私たちが頼んでいるところを見れば、参考になると思うの」
「はい、よろしくお願いします」
 また頭を下げるアナンセ。
 巫丞伊月(ふじょう・いつき)がその様子にほほ笑む。
「あらあら、礼儀正しいのね〜。私もここに残って、皆から設置した場所の連絡を受ける事にするわ」
「地図へのメモは私にお任せください」
 伊月のパートナーでメモ魔のラシェル・グリーズ(らしぇる・ぐりーず)は、メモの仕事に意気込んでいる。
「ん〜、ただしイラストだけは入れないでねぇ」
「はぁ」
 伊月に釘を刺されて、ラシェルは不可解だという表情でうなずく。
 伊月はさっそく集まった者から、連絡先を聞いたり、自身の連絡先を教えてまわる。


(門が開いたことは、もうしょうがないから、それに備えなきゃ)
 東間リリエ(あずま・りりえ)は、そう気を引き締める。
 空京の地図を拡大印刷し、会議用の机を並べた上に置いて畳六畳程の大きさがある大地図にする。観測用器材を設置する場所に印を付け、それに番号を振って管理するのだ。
 また設置に向かう者には、その場所近辺の地図も用意する。
「あなたはこの地区ですね。設置が終わったら、巫丞さんに連絡してください」
 リリエは協力する生徒たちに地図を配り、誰がどこを担当するのかも確認しておく。

 まず市民に協力を依頼する前に、アナンセが集まった生徒へ今回の調査内容について説明する。
 ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)が興味深げに聞く。
「それで、この機材を設置すると、どうなるんだ?」

 調査では、空京地下に存在する、さまざまな魔法波動を観測、収集する。
 過去の遺跡から破壊的作用をもたらしたと思われる魔法波動を抽出したデータと突合せ、鏖殺寺院が「救世主」と呼ぶ存在について、過去に現れた何者かであるか、その性質や傾向などの情報を集めるのだ。
 そこから対策方法や現状が見えてくるかもしれない。

 そのためには空京市内に、同心円状になるべく均一の距離で調査機材を設置する必要があった。
 また観測するには、機材を地面に十分に接触させねばならない。かと言って、地面に埋めてしまっては、観測データを送信する事ができない。
 理想的には、機械の観測部を土に埋め、他の部分は地面上に出しておく事が求められる。

 島村幸(しまむら・さち)がそれらをまとめ、チラシを制作する。
 完成したチラシをながめながら、ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)が満足そうにうなずく。
「ふむ、これならば設置を依頼する市民への説明の一助となるはず。さすがは幸ですな
「ええ、このような活動に協力するのは当たり前ですよ。人命がかかっていますからね、もちろんですとも」
 幸は、にやりと笑う。
 研究者として、魔道的波長の観測には強い興味を持っていた。


 イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は空京市内のとある建設会社を訪ねた。地下トンネルが発見された際に傾いたビルを作っていた会社だ。イレブンはそこに、調査機材の設置を協力してもらえないか頼みに行ったのだ。
 【六学の絆】が作業員の救助活動にあたった事もあって、建設会社は協力を快諾した。市内の建設現場で調査機材設置箇所にあたる場所には、クライアントの許可をもらって設置すると言うのだ。
 イレブンは嬉しさに胸が熱くなる。
「もし不安などがありましたら、私たちが何とかしますので遠慮なくご連絡ください」
 カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が笑顔で、手を上げる。
「設置はあたしもやるよ! 任せきりにしちゃ、あたし達のいる意味ってないもんね」
 この建設会社は、市内にいくつもの現場を請け持っている。その会社が協力した事で、市内多数の機材設置も、楽になるだろう。


「ご協力、ありがとうございました!」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)がペコリとお辞儀をして、調査機材設置を終えた家を後にする。
 パートナーの天穹虹七(てんきゅう・こうな)が小さな声で言う。
「……良い人でよかったね、次もがんばろうね」
 アリアが、妹のように見える虹七に笑いかける。
「まだまだポイントはたくさんあるけど、頑張ろうね、虹七ちゃん!」
「……わたしも、おねえちゃんのためにがんばるよ。……次のポイントは、こっちだよ……あのお家だね」
 虹七は設置場所をマークした地図を広げ、道案内をする。交渉事は苦手ながら役に立とうと頑張っている。
(そういえば、アナンセさんはどうしてるかしら?)
 アリアはその様子に、今日から住民との交渉に出ているアナンセの事をふと考えた。


 アナンセが、ATMや電話案内のような調子で淡々と説明する。
「この活動の意義及び目的は、古代王国期に類似した魔道的波動が空京地盤に及ぼした影響を抽出し……」
「え、えーと、間に合ってます」
 バタン、と扉が閉じられた。アナンセは立ち尽くす。見かけがロボットなだけに、背後で見守っていたターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)はちょっと心配になる。
「アナンセ? 電源が切れたワケじゃないわよね〜?」
「はい。私は機晶石で動いていますから、石が劣化しない限り動き続けます」
 ターラのパートナーリィナ・ヴァレン(りぃな・う゛ぁれん)が、アナンセにアドバイスする。
「棒読みじゃなくて、抑揚をつけるといいんじゃないかなっ?」
「抑揚……。音の大小、高低を操作するという事ですね」
 ターラは何となく嫌な予感がした。
「じゃあ、ここで私たちに向かって練習してみましょう」
 アナンセは機材設置の説明を始めるが、まるでスピーカーの設定をいじっているように、彼女の声が変質する。
「そ、そういう事じゃないのよねぇ〜」
「すみません。どのように音声を調節すれば良いか、まだデータが不足しているようです」
「えっと、それじゃあ笑顔で説明するっていうのはどう? 自分が笑顔になれば、相手もきっと笑顔になってくれるよ」
 リィナがかわいい笑顔を浮かべて言う。しかし。
「私には表情を作る機能が無いのです」
 アナンセの顔は、人形同様に動く事はない。話す際も口を動かさず、喉の奥のスピーカーから音が出ているのだ。
(これは、なかなか前途多難ねぇ〜)
 ターラは、ふぅと息をついた。


 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は主に、女性の一人暮らしの家を中心に、設置を頼んでまわっていた。情報を集めて送信する機械だけに、やはり同性が頼んだ方が了解を得られやすいからだ。
「ありがとうございます。調査が終わったら、また回収に来るので」
 ミレイユが家主に礼を言って出てくる。
「お待たせ。設置できたよ。……どうしたの?」
 表で、残りの機械やパンフレットを持って待っていたシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が警戒した表情で、道の方を見ている。
「何か人相風体の良からぬ人々が、こちらを見ていました。念のため、巫丞さんに連絡を入れておきましょう」
「じゃあ、ここの設置が終わった連絡と一緒に話しておこう」
 ミレイユたちは、アナンセに代わって本部で管制役をする巫丞伊月(ふじょう・いつき)に、それらの事を連絡した。


「次の場所は、この道を右ですね〜」
 御影月奈(みかげ・るな)は機材設置場所を記した地図を見ながら、ルシアン・メネルマキル(るしあん・めねるまきる)と共に市街地を歩いていく。手には、説明用のチラシや箱に入れた調査機材を運んでいる。
 と、脇の道からバラバラと人相の悪い男たちが現れ、月奈たちの進路を塞ぐ。
「お嬢ちゃんたち、いけないなぁ。人の土地をかぎまわるような事しちゃぁ」
 あからさまに脅してくる彼らに、月奈は負けずに返す。
「おじさんたちこそ、生徒の研究を邪魔しちゃいけないよー」
「ああん?! なんだ、このガキ!」
 彼らが月奈につかみかかろうとした時、その頭上に真っ白い粉が広がった。小麦粉だが、とっさには何だか分からず、男たちは狼狽する。
「うぇっ?! なんだ?!」
 輩が目をこすっているうちに、彼らと月奈の間に清泉北都(いずみ・ほくと)が現れる。そしてガードラインで、人相の悪い奴らを叩き伏せた。
 月奈もおとなしくは、していない。外見からは予想できない素早い太刀筋で、男たちをなぎ倒していく。
「妨害なんてする人は、全力をもって迎撃しちゃいますよ〜」

 北都のパートナークナイ・アヤシ(くない・あやし)が異常を察知して、文字通りに空を飛んできた時には、人相の悪い男たちは、すでに制圧されていた。
「なんだ、クナイが来るなら、任せればよかったかなぁ」
 北都はぼやきつつ、空京警察に通報した。すぐにパトカーが何台も駆けつけてくる。男たちはギャアギャアわめきながら、警官に引っ立てられる。
 間に合わなかったクナイが内心、責任を感じるのか警官に情報を聞く。
「彼らは、いったい何者なのでございますか?」
 空京警察内部には契約者を嫌う者も多いが、こうして出動してくる「お巡りさん」はやはり人当たりの良い者が多い。
「この辺りが縄張りの暴力団のしたっぱだよ。地上げ屋で食ってるから、君たちの調査で地価が下がるような事があれば困るんだろう。この前の鏖殺寺院のテロで地面にトンネルができたせいで地価が下がったから、必死なんだろうな」
「あのような輩が跋扈しているとは、由々しき事態でございます」
 クナイが残念そうに言うと、警官が肩をすくめる。
「あの手の地上げ暴力団は、空京ができる時にだいぶ勢力を伸ばしたそうだよ。中には、暗殺も強盗も辞さない、鏖殺寺院も真っ青の凶悪な連中がいるから、君たちも注意しなさい」
 この事は、拠点のアナンセや巫丞伊月(ふじょう・いつき)に伝えられ、彼女たちは調査に協力する全生徒に注意を呼びかけた。